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4…くだけた声
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しおりを挟む数日後、待ちに待った競合調査日。
またまた指名された私は張り切ってオーサキへと乗り込んでいた。
「こんちは、美羽ちゃん」
「あ、こ、こんにちは」
エアコン売り場に優雅に立っていた栄さんは、私の姿を見るや手を振って笑顔をくれる。
でもこれはまだ営業スマイルっぽい。たまに見せる素の笑い顔が見たいのだが今の私では力不足なようだ。
「すみません、回らせてもらいます」
「はーい、どうぞ」
競合相手を簡単に入らせてくれるのだから感謝せねば、壁面いっぱいのエアコンを見上げて目的の機種を探し胸のICレコーダーの電源を入れる。
「あー、あー、…2.2、35,800円、工事別…」
「昨日のドラマ観た?まさかアイツが犯人とは思わないよねー」
「…2.5、38,800円、工事込みセール品…」
「どんでん返しは面白いけどそれを予告されたら萎えるよねー」
ヒソヒソ込める声に被せるように繰り出されるどうでもいい話。
振り返り
「…栄さん、」
と睨めば彼は
「はぁい」
と貼り付いた笑顔で返す。
栄さんは価格調査する私の後ろを付いて回り、どうでも良いことを話しては録音を妨害してどうやら楽しんでいた。
これが本来というか敵地たる相応の対応な訳だがやり方がいやらしい。後で録音を再生したらきっと私は笑ってしまうだろう。
「邪魔しないでもらって良いですか」
「嫌だな、ここは僕らのホームよ、店員である僕が何を話そうと勝手じゃない」
「…ごもっともです……2.8、49,000円、工事別、」
「ここはオーサキィ~、電機のぉ~、オオ~サキィ~」
「っもう!なん…ぷっ」
あの夜の食事があったからか心の距離がだいぶん縮まった気がする。それは私だけでなく彼も感じてくれていると思う。
おかしなノリで話したりおちょくったり、顔を見合わせてニコニコ笑い合えるこのひとときがとんでもなくワクワクする。学生の時の恋愛のドキドキに似ている感じ、このじゃれ合う感じが楽しくて嬉しい。
そんな感じでぐるぐる売り場を回り最後の洗濯機コーナー、目ぼしいものを調査し終わった私はICレコーダーの電源を落として胸ポケットに収め直した。
ちなみにだが女性もののワイシャツには胸ポケットが付いていないものがほとんどで、それは言わずもがな「胸が邪魔になるから物なんか入らない」という前提で作られているためである。飾りポケットなんてものがあるが制服のベストを着てしまえばそこは見えない、お洒落なブラウスでも付いていないのが当たり前だ。
そんな中で私のシャツに胸ポケットが付いているかと言えば、それはこれがメンズシャツだから、なのである。男性用のスリムタイプがちょうどいい感じで、丈も長いので動き回っても腰周りに融通が利くので重宝している。
「……」
「(めっちゃ見られてる…)」
先ほどから栄さんは、私がパーカーの胸元を開きレコーダーを取り出し戻すという作業を胸に穴が開きそうなくらい凝視していた。
ここに物が入ることにそこまで違和感は感じないだろう、男性ならばこのポケットはあって当たり前のものなのだから。
しかしまぁ違和感があったとしても口には出さない、出せないだろう。身体に関わることは店とか関係無く話題にすべきではない、軽い知り合い程度の仲だし異性ならば特にだ。
「…じゃあね、また何かあれば聞きにおいで」
「堂々と聞いて良いんですか?」
「いや、まずいけど…また遊びにおいで」
「仕事なんですけど…では、また」
「またね」
パーカーのフードと裾を翻して帰路に着く。
貧相な胸でも目の前にあれば視線を持っていかれるのは男性の性というものなのだろうか。
そう、あまり明かしたくはないが私の胸部は膨らみが些か足りないというか成人女性の平均的なそれに達してないというか、つまりは貧乳である。
具体的に言うとAカップ無いくらい、ホルモンバランスによって多少の差はあるが見逃せる誤差みたいなもので…ブラジャーは過分な隙間を持て余していて役不足といった感じだ。なので胸ポケットに存分に物を挿せる訳で、ペンだって手帳だって思いのままである。
別に悩んじゃいない、小さくて困ることなど無いし大きかったからといって胸元を露出するタイプではないし。
でもまぁ男性からすると物足りなくはあるのだろう。初めてのセックスで服を脱いだ時の元カレのガッカリした顔と言ったら…あれはなかなかに自尊心を抉られた。
「(栄さんも…大きい胸がお好きだろうか…)」
愛さえあれば何でも許せるだろうが、興奮させる力が足りないというのは酷くプライドが傷付くし第一関門で躓かせて申し訳ないといった気にもなる。その後の合体が最上級の出来なら良いが私は自分をそこまでの名器だとも思えない。
そして視覚で分かるぶん女性は損をしている気もする…男性器は平常時ならその大きさや形は露見しないのだから。
まぁこれで変な男を篩に掛けられるなら良いのかな、なんなら「小さい胸が超絶好きだ!」という男性に上手く見つけてもらえたら儲けものだ。
「(…昼間からアホなこと考えちゃった…書き起こししよ)」
私は自店へ帰るといつもの通りイヤホンを着けて、自分の間抜けな声と微かに聞こえる栄さんのおどけた声に耳を澄ませた。
・
翌週も調査をして栄さんとささやかな関わりを持って自店舗へと帰る、まるで通い妻みたいな触れ合いでも私の心は満たされて幸福感が募っていく。
彼の態度は最初こそ固いものの帰る頃には毒気を抜かれたように柔らかくなっていて、途中で何かあっただろうかと邪推するくらいには情緒が安定していないように見えた。
「(もしかして闇でも抱えてんのかな…)」
「おい小動、データ上げたか?」
昼を終えて売り場へ降りた私に、メインカウンターより遠征して来た宇陀川が気安く声を掛ける。
この人は白物売り場の全権を握っているような口振りをするが責任者ではない。あくまでうちのフロア長が不在の間のお守り役である。
なので困ってもいつの間にか逃げているし問題案件は翌日に持ち越してなぁなぁにする。都合次第で重心をあちらこちらに移す日和見な管理職だ。
「はい、アップしてます!」
「ん。今日は栄は居たか?」
「…はい、いらっしゃいましたけど」
「しばらく会ってねぇな…何色のネクタイしてた?」
「へ、青色、でしたかね…」
「オーケー、ご苦労さん」
これは私の記憶力を試しているのだろうか、返答に満足した宇陀川はニタニタとまたカウンターへ戻って行った。
親しいなら自分から会いに行けば良いものを、先日は栄さんはうちに来ていたし会話をしていたようだし、関係は悪くないように思えるのだが。
もしや複雑な事情が絡んだ関係なのか、しかして宇陀川は女好きで有名だし男性には手を出しそうにない。
「(いや、栄さんのすっきり美貌フェイスなら男性も虜にできるのでは……無いか、)」
ともあれ二人は何か意識し合っているのだな、今の私が個人の交友関係に口を出すのは得策ではあるまいし宇陀川から睨まれるのも御免だ。
尋ねるならば栄さん側からにしたい、怠そうな背中を見送ってから配置に着いた。
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