親指姫のアイデンティティ

茜琉ぴーたん

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Complex

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 だいたい愚痴と不平は吐けば吐くほど顔が歪んで見ていられない。
彼女を突き動かしている感情が私への嫉妬と対抗心ならばこのままつらつら喋らせるだけでその品位も美しいビジュアルも崩れて失ってしまうだろう。
 以前の私なら彼女をおとしめてさっさと勝鬨かちどきを上げていただろう。でも私はそんなことで自分の価値が上がらないことは分かっているし品位が下がることも知っている。
『私の方が…』
 貴女も可愛い、私も可愛い、皆可愛い、それで良いじゃない…所長が私をたしなめた時にそんな事を言っていた。
 なんなら『可愛い』なんて価値観さえ持たなくたって良い、私は闘おうと構えた両手を下ろして
「体格と性格は関係無いとは思います。私はチビですけど勝ち気だし大人しくありませんし、気まで小さい訳じゃありません。背が高くたってヒラヒラの服着て良いんですよ、他者評価なんてどうだって…まぁモデルだから必要なのか……とにかく、あの、そんなに私が気になるんならカメラの前で闘いましょうよ、モデルとして、」
と和解を提案する。
『はぁ?』
「デザインに関してはすみません、雑談から咲也さんがひらめいたので正直知らないっていうか…エミルダさん、まだ現場で仕事したいんじゃないですか?加齢によるロリータ撤退って聞いてますけど…アラフォーでしょうけどまだスタイル良いんだし。ポージングもさすがサマになってました」
『な…え…』
 少しの失礼とたっぷりの本音、他者を攻撃するのは良くないけれど自分に自信を持つことは悪いことじゃない。持て余して元カレに固執するなら華々しい世界に戻ってしまった方が承認欲求も満たされることだろう。
「それとも漠然とイライラする感じですか?だとしたら周りを巻き込まないでカウンセリングとか受診をお勧めします…婦人科とか」
『ふじんか…』
 咲也さんは浴衣の帯を締めて私の言葉をキョトンとして聞いていて、エミルダさんの反応が気になるのかスマートフォンの背に耳を付ける。
 この動揺っぷりはやはり図星だったのか、彼女はすっかり覇気を失い静かになってしまい…咲也さんに電話を代わった。
「もしもしエミ、ライムさんは確かに小柄だからスカウトの目に引っかかったけど、きちんと自分の仕事をしてくれてるよ。小柄ってだけで重用してる訳じゃない…あと別れない」

 エミルダさんの返事は聞こえなかったけれど、ちょうど内線が鳴ったので私はそちらの対応に入る。
 それはホテルスタッフからのモーニングコールで、朝食を始めて良いかという確認でもあった。
 咲也さんの通話がいつまで続くかは分からないから定刻通り開始してもらうよう伝えると、本当に時間通りに玄関の呼び出しベルが鳴らされてワゴンを押す女性が2名入室して来る。
 半熟のオムレツ、弾力のありそうなソーセージ、種々のパン。簡易的とは言えども充分豪華なそれらは大きなダイニングテーブルに所狭しと並べられていった。
 そして咲也さんを遠目に見つつ「始めてもよろしいでしょうか」と聞かれたので、
「お願いします」
と答えて彼の分のパンも適当にオーブンへ入れてもらう。

 あぁなんて優雅な朝食だろう。あまり寝てないから体は怠いしエミルダさんからの電話で気分は良くないと言うのに…美味しそうなご飯は見た目だけでも胃を刺激した。
 「何かあればお呼びください」とスタッフさんも出てしまったので彼を窺うと、なんだか穏やかに話を続けているらしくベッドへ腰掛けてタブレットPCを開いている。
 平和的に解決しそうなのだろうな、チンと音が鳴れば私はクロワッサンに個装のバターを載せてしばし溶けるのを待った。


 食事を始めて10分ほどしてやっと彼がダイニングへ現れて、
「ごめん、ひとりにしちゃって…美味しそう、いただきます」
と厚いベーコンのトングを掴む。
「片付いたんですか?『別れて』って言ってましたけど」
「最初はね。なんだろうな……SNSとかスタッフの評判で、ラムさんのことを意識し始めて、僕との噂を聞きつけて爆発、みたいなことだって」
「へぇ…元カレが惜しくなったんですかね」
「それもなんだろうけど…婚活で身長を理由にフラれたり…少し焦ってたらしいよ、早めの更年期とか…情緒のコントロールが上手くいかないみたいだ……受診とか言ってたけど、そういうの詳しいの?」
 オリジナルサンドでも作るのか、咲也さんはクロワッサンを上手に割ってふわふわのスクランブルエッグとベーコンを挟み込んだ。そしてケチャップをとろりと掛けてからカップへコーヒーを注ぐ。
「んー…母が以前そんな時期がありましてね。カリカリして…落ち着いた頃に謝られました」
「そう…そういうのと同じなのかな、エミも過去にバチバチやってた子とかに対して申し訳ない気持ちがあるみたいだよ。ミスコンでもないのに比べたり競ったりね…うん、美味しい」
 過去を悔やむ気持ちは私も分かる。「何故あの時あんな事を言ってしまったんだ」と思い返すことはしばしばあるし勘違いした己のおごりに顔から火が出そうなほど恥じることもある。
 様々な悩みや葛藤があるところに過去の後悔とかが重なってしまったのか、結構侮辱された気もするが匿名でゴチャゴチャ書く人よりも彼女の言葉は清々しい気がした。
「でも元カレに新しい彼女ができたからって普通直談判します?」
「嫉妬だよ、ラムさんが僕より小さな女の子だったから……エミはね、あの身長がコンプレックスだったんだよ。…昔ね、デザイン事務所で背中丸めて仕事してるのを見つけて、顔もキレイだしモデルに仕立てたら思いの外良くて、ブランド立ち上げ時に一緒に来てもらったんだ。予想以上に自信を付けてあんな感じになっちゃったけど…見た目のコンプレックスってのはいつまでも引きずるみたいだね…昔馴染みとは言え距離感が近過ぎたのかもしれないね、キチンと肩書き通りの付き合いをするよ」
 はむはむとクロワッサンサンドを齧ると端からスクランブルエッグが垂れてきて、手で受けたそれを舐めとる彼の仕草は想像通りいやらしい。
「…身長がキーになった恋愛か……変わってますね、私たち」
「僕はラムさんが僕より高身長でも恋してたよ、たぶん」
「嘘つき。小さいから優越感だって言ってたじゃないですか」
「分かんないや、実際…メンツが立たない以外に不都合が無いし。それに、どんなに高くても上に乗っちゃえば同じだろ?」
 咲也さんは料理を取りつつわざと立ち上がり見下ろす角度で私を見つめ、
「咲也さん、まだ早いです」
とこちらがナプキンで顔を隠せば大人しく腰掛ける。
「うん、ふふっ……今日は散策もしようね、昼はここの1階にあるレストランがいいかな、晩はまた部屋で……今夜も寝かさないって言ったら怒る?」
「怒りませんけど…元気ですね」
「うん…ラムさんが可愛くて、エミも元気になりそうで…僕も元気♡」
「だめ、咲也さん、廊下に人が居るから」


 猥談わいだん混じりの朝食は楽しく過ぎて行き、余ったおかずがもったいないと言えばホテルのスタッフさんはそれらでサンドイッチをたくさん作って届けてくれた。
 私たちはそれを持って街を歩き、早めに食べて昼前には部屋へ戻り…外出中に整えられたベッドシーツや浴衣を見れば咲也さんは
「またぐちゃぐちゃになるのが申し訳ないねぇ」
と私を押し倒して満足そうに笑うのだった。
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