Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃

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第三話

第六十節   一時のみの休息

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 目の前のエイリークが突然倒れたことで、レイとケルスは慌てて傍に駆け寄った。声をかけても返事がない。鼻血を出しているということは、何処か打ったのか。隣にいたラントは顔に手を当てて、何やら呟いていた。

「おいおい……。冗談なのに本気にして倒れるとか、いくらなんでも童貞が過ぎるぜエイリーク……」
「お前、エイリークに何を言ったんだ……?」
「……いや、今度教えるわ……」

 反省しながらラントはアマツたちに向かって矢を放つ。その後両手を顔の前で合わせ、グリムに対しての謝罪のポーズをとった。
 彼の様子を知ったグリムの動きが一瞬止まってから、さらに動きが機敏になったと理解する。明らかに彼女から殺気を感じたことにより、もう一つ理解した。

「……グリムが、キレたな」
「面目次第もござらんわ……」

 グリムの攻撃の威力が増し、アマツやルーヴァが押されていることがわかる。彼女の攻撃を受けきるので精一杯、といった様子だ。彼女と距離を取ったアマツやルーヴァが、肩を竦める。

「やれやれ、老体にはちと刺激が強い」
「どうかなデックアールヴ、今日はひとまずお預けにしないかい?」
「黙れ。貴様らの意見は聞かん」
「いやいや異種族の戦士よ、この場は我らの意見に賛同したほうが得策ぞ」

 周りをよく見渡してみるがいい、アマツのその言葉に従って、レイたちも周囲を見渡す。戦場だった商店街広場が、静寂に包まれていた。その場にいた村人たちが互いに殺し合い全滅したということを、まざまざと見せつけられたのだ。

 迂闊だった。もっと早くに村人たちをグレイプニルから解放しておけば。そう考えても後の祭りだ。さらに商店街広場の奥から、複数人の足音が聞こえてくることが分かった。生き残っている他の村人たちか?

「そうそう、最後に一つだけ。女神の巫女ヴォルヴァ、一度鎮魂の島グラヘイズムに寄ることをお勧めするよ。墓荒らしの被害もあるかもしれないし」
「え……!?」
「では、我らはこれにて。御免」

 アマツが懐から赤い鉱石を取り出し、地面に落として踏みつける。見覚えのある魔方陣が展開し、彼ら二人はその陣に包まれるようにしてその場から消えた。武器を収めたグリムが近付き、警告する。

「チッ……致し方あるまい。おい貴様ら、逃げるぞ」
「に、逃げるってなんで」
「奴らめ、この惨状の仕掛人を私たちだと誤認させるために謀ったな。このままではまた、謂れのない罪を被ることになるぞ」

 彼女の指摘に、それは困るということでレイたちはその場から逃げるように走る。気を失っているエイリークはラントがおぶり、彼らは急いでその場から立ち去った。

 ******

 レイたちはひとまず、走れる場所まで全力で走った。誰一人としてすれ違うことがないようにと。走って走って、足が棒になるまで走り抜く。
 やがて、ある竹林に辿り着く。膝をついて、痛みを訴える肺に新鮮な空気を送り込んだ。何度も深呼吸をして、ようやく周囲の景色に目を配るまでに落ち着ける。
 
 周りにあったのは、溢れんばかりの竹だった。辺り一面が竹に囲まれ、地面はカーペット代わりと言わんばかりに、笹の葉にまみれている。緑一面な光景。
 その光景を見たレイは、以前もここに来たと思い出す。あれは確か、二年前。カーサとの戦いで敗北を喫した際、グリムの空間転移の術で離脱した後のこと。ヤクとスグリ、そしてエイリークと共に、ここに飛ばされたことがある。

「そうだ、エイリークは!?」

 思わず彼の無事を確認する。あの惨劇が起きた村で、彼はラントに何かを吹き込まれて気を失ったのだ。ラントを見れば、隣に横たわっているエイリークの姿を目視できた。怪我をしていない様子に一安心して、肩を揺する。

「エイリーク?おーい、起きてエイリーク」

 何度か揺すったのち、がばりと勢いよくエイリークは飛び起きた。

「ラントのバカヤロー!……って、あれ?」

 エイリークは呆けた様子で瞬きをして、ゆっくりと周囲を見渡す。状況が理解できていないようで、少し混乱しているみたいだ。そんな彼にまず、グリムが静かに一喝する。

「ようやく起きたか阿呆め」
「怒らなくてもよくないかな!?それに、悪いのはラントでしょ!?」
「あー……すまんなエイリーク。でもそのあれだ、頑張れ」
「なにがだよ!もう!!」

 ぽん、とエイリークの肩に手を置いたラントに対して、彼は色々な感情を思わせるような表情と口ぶりで反論した。場の空気が和む。くすくす、と笑いを収めてから、これからについて話す。
 ラントとグリム、そしてケルスはここが一体どこか、皆目見当がつかないと告げられる。そんな中レイが、この近くには村があるということを彼らに教えた。エイリークも周りの風景を見て、ようやく思い出したようだ。そうか、と呟いてレイに微笑みかける。
 夜も大分更けているが、まだ深夜というには早い時間帯。幸いにもここから目的地まで、そう時間はかからない。決まるが早いか、レイたちは竹林の近くの村まで向かうのであった。

 ******

 辿り着いた村は、松明の明かりで照らされている。そこ彼処に点在している段々畑に、水車が回っている屋敷。のどかな空気が流れるそこは、二年前に訪れたガッセ村であった。
 二年前のカーサの襲撃を受けたその村は、今は復興され元通りとなっている。村の奥にある一際大きな屋敷に向かえば、玄関前で懐かしい人物との再会を果たす。

「おお、其方たちは。これは久しいの」
「ご無沙汰しています、ヤナギさん」

 玄関前にいた年老いた男性──ヤナギ・ベンダバルとは、二年ぶりの再会である。彼もレイたちのことを覚えていてくれたようで、夜も更けているからと快く屋敷内へと案内してくれた。
 夕飯は食べたのかと尋ねられ、そこで脳が思い出し、身体が空腹を訴えてくる。ご丁寧にエイリークの腹からはまだです、と答えが返るほど。赤面して俯くエイリークに、ヤナギがからりと笑う。

「すぐに用意させよう、しばし待たれるがよい」
「うう、ごめんなさい。ありがとうございます……!」

 ヤナギが近くにいた従者に、レイたち五人分の夕食を手配するように指示してくれた。夕食ができるまでの間、屋敷内の広間でヤナギを話をすることに。二年間のうちに変わったことなど、積もる話をある程度語り合った頃。ヤナギが一つ尋ねてきた。

「それで、若様たちは息災か?」

 その問いに、思わずレイはエイリークたちと顔を合わせる。話していいものか悩んだが、言わないわけにはいかないだろう。仲間たちの視線が、そう訴えてくる。
 そこでレイはまず、最初にヤナギに、これから話す内容を彼だけではなく、とある人物──自分たちがお世話になっているゾフィーのことだ──にも聞いてもらいたいと、説明した。それでもいいかと尋ね、ヤナギから許可をもらう。次に、持っていた通信機を起動させる。通信機は無事に繋がり、ゾフィーの声が広間に届く。
 レイはゾフィーに現在地と状況を伝え、ヤナギのことを紹介した。そして一度瞳を閉じてから、ヤナギに己の知っている事実を告げた。

 ヤクとスグリが消息不明だということ。彼らを連れ去った可能性のある、集団のこと。その目的のこと。最近頻繁に起きている死者の蘇りや墓荒らしの主犯が、その集団の首領であること。
 それらの事実をありのままにヤナギに話してから、レイは一つ尋ねた。

「あの、ヤナギさん、ゾフィーさん。今話した集団の人たちの中に、そのルヴェルって奴に仕える人がいたんです。その人たちはアマツとルーヴァって名乗っていたんですが……ご存知ですか?」
『なんだって!?』
「……レイ殿、今なんと申された……!?」

 レイの説明に、信じられないと声色を変えたゾフィーと、己の耳を疑うような緊迫とした表情を張り付けるヤナギ。彼らの反応に驚きつつ、もう一度答えた。

「その……アマツとルーヴァ、ですが……」
『……そんな、まさか……!!』

 通信機越しに聞こえるゾフィーの声は、愕然としている雰囲気を思わせた。目の前に座っているヤナギも苦虫を噛み潰したような、今聞いた事実をとても受け入れられない、と言わんばかりの疑惑の念を、顔に張り付けている。
 二人の様子にどう声をかけようかと考慮していたが、やがて先にゾフィーが答えた。

『……そのルーヴァって名乗った男性。彼は、札を用いた術を使っていなかったかい?』
「はい、使っていました。もしかして、お知り合いですか?」
『僕というより、ノーチェ魔術長の恩人だよ。……数年前に亡くなられた、ミズガルーズ国家防衛軍、魔術部隊の前部隊長。ルーヴァ・ヴァイズング部隊長さ』

 彼の言葉にレイたちは戦慄する。そこへ畳みかけるように、ヤナギも話す。

「とても信じられん話だが……レイ殿が申された名に、覚えがある。その人物は生前は、ここガッセ村の領主をなさっていた。某の息子であり、若様の父親。十四年前ブルメンガルテンの事故で命を落とした、アマツ・ベンダバル、その人じゃ」

 今度はレイたちが己の耳を疑った。自分たちに襲ってきた人物が、ヤクとスグリに関係のある人物たちだったなんて。そんな一度死んだはずの彼らがどうして。動揺に包まれるも、その答えは至極明解なものであった。

「そう、か……。だから、墓荒らしと死者の蘇り……!」

 ルヴェルは、死者の蘇りをするのは、その魂が傷ついているからこそだと告げていた。こびりついた魂の傷を癒すために、死者の蘇りをしていたと。
 いくら女神の巫女ヴォルヴァの魂を救済したいからって、当代の女神の巫女ヴォルヴァと無関係な人物からそう囁かれても、正直あまり響かない。レイがそうなのだから、ヤクやスグリにとっても同じことだろう。

 だが、もし女神の巫女ヴォルヴァと深く関係のある人物たちから、不意を突かれるようなことがあったとしたら?その人物たちから、救済したいと言われたのなら?そう手を差し伸べるように、ルヴェルが仕組んでいたとするなら?

 贋作グレイプニルだって、人間を間引くためとは言っていたが、それは単なる隠れ蓑だったのではないか。
 あの足枷の真骨頂は、装着した人物を意のままに操る洗脳能力にあるのだろう。意識を剥奪し、意のままに操れる真作グレイプニルを模したものだというのなら、その程度の力はあると思われる。先の事件で村人たちで互いに殺し合いをさせていたのが、いい例だ。

 すべてはその手に女神の巫女ヴォルヴァを収めるため。何もかもが、計算しつくされたことなのだと、理解させられる。
 顔から血が抜けていく感覚を覚える。警鐘が頭の中で鳴り響いて頭痛がしそうだ。


 ──一度鎮魂の島グラヘイズムに寄ることをお勧めするよ。墓荒らしの被害もあるかもしれないし。


 去り際にルーヴァが残した言葉の意味を、理解してしまう。まさか、そんなこと。不安から思わず、首からぶら下げているペンダントを握った。
 そんな自分の様子が気がかりに感じたのか、エイリークたちが声をかける。

「大丈夫?」
「あ……うん、大丈夫……」
「大丈夫じゃねぇだろ、そんな顔面蒼白で」
「っ……」

 疑惑や不安が、暗雲のようになって心のうちに広がる。ひとまず、今晩は屋敷に泊まるといいと言ってくれたヤナギの言葉に、甘えることにした。
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