Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃

文字の大きさ
110 / 142
第四話

第九十九節  魔を断つ剣

しおりを挟む
「バ……馬鹿ナ、アリ得ン!我ノ衝動ニ、打チ勝ッタダト!?」

 動揺を隠しきれない、といったような魔剣の意思の声が聞こえる。次に聞こえてきた声は、自分の身を案じていたような仲間の声。

 なんだ、いったい何が起きている。

 目を開いてみれば、そこはキュシーを乗っ取った魔剣ダインスレーヴの意思と戦いっていた、あの場所で。視界の先には、この状況に対してひどく狼狽えている魔剣の意思。自らの手に握られていたのは、奪い取った魔剣ダインスレーヴ。

 それを握っていても、グリムは自らの意思でここに立っていると、はっきりと理解できていた。魔剣の意思とやらに、身体の自由を奪われている感覚もない。
 これなら斬れる。キュシーに憑いている、あの邪悪なだけの魔剣の意思を。そう確信して、ゆっくりとキュシーに近付く。
 一方、キュシーを乗っ取っている魔剣の意思は、あり得ないと言葉を繰り返す。

「我ノ数百年ノ衝動ニ、タカダカ数十年シカ生キテイナイ、矮小ナ小娘ガ打チ勝ツナゾ、アリ得ン!アリ得ンゾ!!」
「……この剣に宿っているのは"貴様"の意思などではない」
「ナニ!?」
「この剣に宿っているのは、一人の男の願いや祈りの意思。憎悪の果てに生まれた貴様の意思ではない。もはやこの剣にとっては、貴様はただの異物な存在よ」
「フザケタコトヲ抜カスナ!我ハソノ剣ノ意思ナルゾ!!」
「それは違う。貴様とこの剣は、もはや別たれたのだ」

 魔剣が手になじむ。まるで今まで使っていた武器のような、そんな感覚すら覚える。魔剣の意思の前に立つと、静かに告げる。

「そしてこれが、私の意思だッ!!」

 魔剣を掲げ、グリムはキュシーの身体を袈裟斬りする。攻撃を受けた部分からは光が溢れ出す。まるで、キュシーに纏わりついていた闇のマナのオーラを浄化しているような光景。
 斬撃を受けたキュシー、否、魔剣の意思は、悲鳴を上げながら絶望の声を上げる。様子を見る限り、恐らく魔剣の意思は本当に消滅させられているのだろう。

「何故ダ、何故コノヨウナァア!!」
「自らが生まれた意義を忘れてしまった時点で、貴様はもはやダインスレーヴではなくなった。そのことに気付けずに、暴走しおってからに」
「小娘、貴様ァア!!」
「だが貴様にかける情などない。貴様はキュシーの願いを手折ったのだ。その報いは貴様自身の消滅で受けるがいい」
「ァアア!!」

 最後の断末魔の叫びと共に光が拡散し、やがて収束する。静寂が辺りを包み、グリムの足元には穏やかな表情のキュシーが倒れていた。
 本当は今すぐにでも弔ってやりたいが、まだ自分にはやることがある。

 グリムは火口に近付くと、まずは手に持つ魔剣に意識を傾けた。脳内で言葉を思い浮かべて、魔剣に伝える。

「ダインスレーヴ、少しいいか」
『……なんだ』
「貴様のことを存分に振るってやりたいが、生憎私は剣は不慣れだ。多少加工するが、問題ないな?」
『その程度か。貴様がどのような形であれ我を振るうと誓うのなら、姿形など細かしいことには目を瞑れる』
「目などないくせによく言う。……それと、腕輪を作りたい。貴様の力が宿っているものを。できるか?」
『造作もない。貴様が我を握ったときに、貴様の記憶も我に共有された。腕輪の用途も大方予想できる。いいだろう、存分に我を利用しろ。我も貴様を利用する』
「上等だ」

 意識を魔剣に傾けたままのグリムを心配してか、エイリークたちが声をかけてきた。その声で我に返ったグリムは、一度振り向いて返事をする。

「グリム、大丈夫か?」
「大事ない。私は私のままだ。それより、これからこの剣を加工していく」
「加工?」
「このままでは私はこやつを振るうことはできんし、なによりこの剣に宿っている魔力を物質化せねばならん」
「そっか、俺たちの目的は魔剣ダインスレーヴそのものだけど、力を分けたものも手に入れなきゃだったもんな。魔剣一つじゃ、どうしようもならない」
「そのようなことが、できるのですか?」

 ケルスの質問に、グリムは自信をもって可能だと伝える。武器の加工は確かに今までやったことはないが、彼女は一切の不安を抱えていない。
 何故なら、自身の身体に流れるデックアールヴ族の血が、加工方法を教えてくれている。会ったこともない同族の意思を、確かに感じるのだ。
 そう伝えれば、アヤメが答える。

「さっすがグリムっす!その調子でやるっすよ!」
「私に命令するな忍の」
「がーん!ここはお礼の一つも言うシーンじゃないっすか!?ねぇ!?」

 わざとらしく振る舞うアヤメに、場の空気が和む。グリム自身も、リラックスした状態で魔剣の加工に臨める。一つ息を吐いて、再び火口へ振り向く。

 まずはマグマから溢れている自然のマナを、空間上に集束させていく。この作業がまず難しい。手順や力加減を少しでも間違えると、火山そのものにも影響を与えてしまう。慎重にマナを集める。同時進行で、魔剣の加工に十分なマナを集束する。
 手中に集まった自然のマナは、元がマグマであるためその性質上、高温を発している。高熱のエネルギーはマナを通じて、グリムにも流れ込む。
 手が焼け爛れそうになるのをぐっとこらえながら、それぞれのマナを魔剣に与えていく。炎熱のマナに包まれた魔剣は、熱に晒されて赤く変色していく。

 ここからが、最も慎重にしなければならない作業だ。まずは魔剣の形を剣から大鎌に変えていく。そのためにグリムのマナをマグマのマナの塊へと送り、頭の中で思い描いた形に魔剣を打つ。
 その際、今回は腕輪を作るための魔力を仕分けなければならない。作る腕輪は六つ。力を少しでも余分に送り込もうものなら、魔剣そのものを破壊してしまう。丁寧に魔剣を切り分けながら、同時に大鎌を仕上げていく。

「ッ……!!」

 手が熱い。感覚なんて、もう痛みしか感じない。それでも放り出すわけにはいかない。放り出してしまったら、なんのためにここまで来て、なんのために家族を斬り捨てたのか。それらがすべて無意味となってしまう。

 大鎌が、ほとんど完成に近い形に仕上がる。そこまで出来たら次は、腕輪の加工をしてしまう。マグマのマナの塊に、魔剣から流れ出ているマナを腕輪たちへと流し込み、打ち付けていく。腕輪はこれで完成だ。

 順調に作業は進み、最後の仕上げに入る。グリムのマナと大鎌に流れている魔剣のマナを融合させ、大鎌に定着させる作業。ここで失敗したらすべての作業が水の泡になる。最大限の配慮をしながら、丁寧に打ち上げる。お陰で無事に、目的のものは完成した。
 全部の作業工程が完了し、マグマのマナを霧散させる。光が散るように霧散したマグマのマナの中から現れたのは、一振りの大鎌と六つの腕輪。

 それらを手に取ったグリムは全身の力が抜け、ふっとその場に倒れこみそうになった。それを支えたのは、アヤメである。
 今は礼を言う気力もなく、素直に彼女の身体にもたれかかる。

「……お疲れ様っす」
「……ああ……」
「グリム!」

 突然倒れこんだ自分を心配したのか。仲間たちがグリムに駆け寄る。焦る彼らに力を使いすぎただけだと話し、一つ息を吐く。それならば一安心と脱力したエイリークが、グリムが手に握っている大鎌と腕輪を見る。

「これが、魔剣だったものなの?」
「ああ……。腕輪には、魔剣の力が込められている。装着すれば、女神の力を相殺させることができるだろう……」
「そっか……ありがとう、グリム」
「フン……」

 グリムから腕輪をもらったエイリークが、仲間たちにそれを渡す。そんな中、レイがそれにしても、と話題を振った。

「グリムが魔剣を握ったときは、どうなるかと思った。あのままグリムも暴走するんじゃないかって、こっちは冷や冷やしたんだからな」
「そういえば、あの時……。私は、どうなっていたのだ……?」
「魔剣から溢れた闇のオーラが、グリムさんを覆ってしまったんです。僕たちはすぐに救出しようとしましたが、その前にドームになっていた闇のオーラが砕けたのですよ」

 そして、先程の状況に至ったのだとケルスが話す。そんなことになっていたのかと、何処か他人事のように考えた。あの時どうなっていたのかと尋ねられ、魔剣に見せられた記憶について──その剣に宿っていた意思も、説明する。
 すべての説明を伝えても、何故魔剣に意思が宿ったのかはわからないと呟く。グリムの呟きに、アヤメがもしかして、と言葉を漏らした。

「ウチの里でよく言ってたことなんすけど、物とか長い年月を経て古くなった道具に、時たま霊魂が宿るそうっす。思念とかが重なり合って、生成されるとかなんとか。そのことを、ウチの里では付喪神って呼んでるっす」
「付喪神……?」
「神が喪に付く、で付喪神。もしくは九十九の神って言われてるっすね。悪しき霊魂宿れば災禍を齎し、清き霊魂宿れば祝福を齎す。そう言い伝えられてるっす」
「悪しき霊魂宿れば災禍を齎し、清き霊魂宿れば祝福を齎す……」

 レイがアヤメの言葉を復唱する。一つ頷いた彼女は言葉を続けた。

「これはウチの憶測っすけど、聞けばその魔剣には最初祈りや願いが込められていたんすよね?それに様々な原因が不幸にも重なって、穢れてしまって魔なる剣へと姿を変えてしまった……」
「それをグリムが浄化したから、邪悪な意思は砕けて、魔剣にはまた祈りや願いが復元された……。だから魔なる剣じゃなくて、魔を断つ剣に変わった、とか?」
「あくまで憶測っすけど、そういった解釈をしてもいいんじゃないんすかね?だってこの剣は、グリムのお姉さんが打ち上げた剣なんすから」

 アヤメの言葉に、大鎌となった魔剣を見る。何か、感情がこみ上げそうになる。

「……みんな。ウチはもう少しグリムをここで休ませるっすから、先に火山から出て馬車とか手配しておいてくれないっすか?」
「え……?」
「疲れたグリムのこと、すぐ歩かせるわけにもいかないっしょ?」
「……そうか、それもそうだよね」

 アヤメの提案にレイが頷き、エイリークたちを連れてその場から離れた。
 明るい口調でお願いするっす、なんて声をかけたアヤメだったが、やがて誰もいなくなった空間で、優しい口調で言葉をかけてきた。

「……もう、誰もいないっすよ」
「……たわけ。貴様がいるではないか……」
「……、それにしても、やっぱり火山の火口近くだけあって、あっついっすねぇ。汗が止まらないっすよ」

 軽口を叩きながら、アヤメからぎゅ、と抱きしめられる。彼女の腕の感覚が、いやに優しすぎて。グリムは思わずその腕にすがる。それに気付いたらしいアヤメが、また声をかける。

「……宿に帰ったら、また一緒に温泉入ろうっすねぇ」
「やかましい、この……。このッ、愚かな人間が……!」
「へへ、やかましいのは今に始まったことじゃないっすか」
「……忍の」
「なんすか?」
「確かに貴様の刀で、私は、キュシーを殺したが……私は貴様を恨みは、しない。貴様に罪を擦り付けるつもりは、ない……!」
「グリム……」

 キュシーを殺すと選択したのは、自分なのだから。
 そう続けて、だが、と一層腕に強くすがる。

「今だけは。今この時だけは……貴様の腕を貸せ……!」
「……もちろんっすよ。大丈夫、誰にも言わないっすから。だから今だけは、汗をかけるだけかいておくといいっす。新陳代謝ってやつっすね」
「……ばか、もの……!」

 そうしてしばらくの間、グリムはアヤメに縋った。大好きだったキュシーのことを、胸の内で弔いながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...