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第三話
第五十二節 悲観
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夢を見た。
もっともそれが夢と実感したのは、目覚めた後のことだったが。
荒れに荒れ果てたその場所は、まさしく戦場だった。自分の身体は傷だらけで、まさしく満身創痍の状態。それでも自分は、向かわねばならないと強く感じていた。大事な、たった一人の弟子の元へ。足は一歩踏み出すだけでも折れそうで、腕の感覚もほぼなかった。内臓は果たして正常に機能するのだろうか、そう疑いたくなるほどにダメージを負っていた。全身が一つの間違いで砕け散ってもおかしくない状況で、それでも自分は見知らぬ仲間たちと上の階層を目指して、登っている。
その先で今まさに、自分の弟子とその仲間が強大な敵と戦っている。自分たちが必ず追い付いてきてくれると、信じながら。ならばその希望を叶えるのが、師匠としての責務だ。
崩れ落ちそうになる身体を気力で引きずり、辿り着いた目的の最上階。ようやく力になってあげられると思い、顔を見上げた先にあったのは──。
腹部を刺し貫かれている、弟子の姿だった。
全身の血が凍り付く。
呼吸の仕方は忘れた。
その光景が網膜にこびり付いて。
それから──。
「これで……今代の戦の樹、女神の巫女も終わりよ……!」
その全身が炎か鮮血に塗れた、赫の人物の声が、鼓膜で木霊した。
「──レイッ!!」
叫んだはずだ、そのはずだ。目の前の現実を受け入れたくないと言わんばかりに、弟子の──成長した姿のレイの名前を、叫んだのだ。
******
「ッ!!」
意識が覚醒する。あまりにも悲惨な光景に、身体が拒絶反応を起こしたのだろうか。目の前には静かに寝息を立てて寝ている、レイの姿。今まで見ていた光景にいた成長した姿ではなく、数時間前に出会った幼子の姿のままだ。
「ハァッ……は、はァ……ア……」
血の気が引く、とはまさにこのこと。いつもの体温が低い状態ではなく、脳に血が巡らない感覚に襲われる。自分の呼吸の音はもちろん、バクバクと早めに脈動する心臓の音すら、嫌に耳に響いて煩い。震える手で隣にいるレイの頬を撫でれば、柔らかい感触と人肌のぬくもりが手の平に伝わる。ふにゃりと幸せそうに表情を緩め、甘えるようにヤクの手の平に頬を擦り付ける。そこでようやく、今まで自分が見ていた光景が夢だったのだと──レイは今、生きているのだと実感した。
「ぃき、て……生きて、る……」
その事実を前に、どうしようもなく胸が締め付けられた。思わず抱きかかえれば、腕の中のレイはやはり、幸せそうに自分にすり寄るのであった。
結局その後は一睡もすることが出来ず、一人で悶々と考え事をしていた。
何故これまで面識がなかった子供の、未来の夢を自分は見たのか。いくら考えてもその答えが出なかった。ただの夢だと一蹴したかったが、どうにも鮮明な光景であるがために、夢という簡単な言葉でまとめられるものだろうかと悩みもした。堂々巡りの自問自答は不毛な時間を浪費するだけで、何一つ解決しなかった。
しかしそんな中でも一つ、わかったことがある。この子供は、何があっても守り切らねばならない、と。
朝食後レイを孤児院の他の児童に紹介したところ、彼らは快くレイを受け入れてくれた。遊びに誘われたレイ自身も、嬉しそうに彼らの輪の中に入っていく。ひとまずはここの児童たちと仲良くなれそうだということに、安堵の息を吐いた。
そしてレイが他の児童と遊んでいる間に、ヤクはスグリから昨晩の話の詳細を聞くことにした。彼いわく、今日の午前中に役所にレイについて相談に行ってみるとのこと。そこで彼について、一応孤児院で保護児童扱いにする手続きを行うのだそうだ。
本来なら出生届などを調査するのが正解なのだろうが、昨晩のレイの様子を見て、考えたのだと説明を受ける。
「レイがお前に懐いているってこともあって、その辺りも考慮したそうだ。だからといって両親を探さない、というわけじゃないが……。引き離すのはあまりにも酷だろうってのが、リゲルの考えだ」
「そうか……。だが今日の夜にはもう……」
「まぁ、な……」
そう、今日は士官学校休校日の最終日。つまり明日からはまた、士官学校で訓練漬けの日々が始まるということだ。今日の夜にはもう、士官学校の宿舎に戻らなければならない。そのことをレイには伝えておかなければならなかった。いつも一緒にいると約束はしたが、こればかりは自分たちにもどうしようもできない。
「……泣かせてしまう、だろうか」
「泣くだろうな。こればかりは仕方ないことだと思うし、謝るしかないぞ」
「……そう、だな……」
あんなに自分に懐いているレイを泣かせてしまうことには、罪悪感を覚える。しかしこればかりは、自分たちにはどうしようもできない事案だ。スグリの言う通り、謝るしかない。しかし内心では、早く士官学校に戻り自主練習をしたいという気持ちが膨らんでいた。今朝がたの夢が頭の中に入り込んで、消えないのだ。レイを守るために強くならなければならないのだから。
しばしの沈黙が二人の間に流れるが、そんな二人に他の孤児たちと一緒に遊んでいたレイが突撃してきた。ぽす、とした衝撃を受けて視線を下に向ければ、満面の笑みを張り付けたレイの姿。
「にーちゃんたちとも遊びたい!」
なんとも無邪気な姿にヤクもスグリもしばし呆気に取られるも、今は子供たちの遊び相手になるべきなのだろうと考えた。小さく笑ってから、何で遊びたいのかと答える。スグリは孤児の一人にせがまれて肩車をする。きゃっきゃとはしゃぐ子供たちと共に、二人は夕食の時間まで子供たちの相手をするのであった。
それからは時間が経つのは早いというもので、あっという間に夜になる。そろそろ士官学校の宿舎に戻らなければならない、ということで二人は帰投の準備を整える最後に玄関に向かう前に、レイのもとへと立ち寄った。彼のそばにはリゲルもいて、今後についての話をするタイミングだと伝えられた。
何も知らないレイは何の疑問も持たずにヤクに近寄る。ヤクは膝を折ってレイと視線を合わせてから、話を切り出した。
「レイ、お前に言わなければならないことがある」
「なーに?」
「……私とスグリは、しばらくの間ここには帰ってこれない。だから、今日から一緒に寝ることはできなくなるんだ」
「え……やだ!」
「本当にすまないと思っている。寂しい思いもさせてしまう。だけど、私たちにも帰らなければならない場所があるんだ」
「やだやだ!おれ一緒がいいって言ったもん!一緒にいてくれるって約束してくれたもん!にーちゃんたちの嘘つき!!」
ヤクの言葉の意味を理解して、レイは啖呵を切ったかのように大泣きし始める。ヤクの言葉が許せないのだろう、泣きながらぽかぽかとヤクの胸を殴る。予想はしていたが、やはりここまで泣かせてしまったことに心が痛む。何を言っても嫌だと泣き喚くレイにどう言葉をかけていいのか困惑していたが、そこにスグリが助け舟を出す。
「レイ。確かに一緒にいるって約束したのに、それを破られたら悲しいし怒りたくなるよな。けどな、なにももうずっと会えないってわけじゃないんだ」
「じゃあいつ会えるの!?」
「それは分からない。けどまた必ず、お前に会いに帰ってくる。この約束は、絶対に破ることはしない」
「そんなこと言ったって、また約束破るんだ!!」
「そう思っちゃうよな。ならこうしよう。俺がまた約束を破ったら、その時は針千本を飲んでお前に謝る。そういう誓いを立てよう」
そう言うと、スグリは自分の右手を変わった形にしてレイに差し出す。小指だけを立てて、それ以外の指は折り曲げられている形。レイは彼の言葉とその行為に少しだけ興味を示したのか、恨めしそうな目つきはそのままにスグリを見る。
「……なぁに、それ」
「俺の住んでいた村で、よくあった風習なんだ。指切りって言ってな。互いの小指を絡めてから、指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ますって言ってそれを解く。こうして互いに誓いを立てて、この誓いを破ったら本当に針を千本飲ませてやるぞって約束させるんだ」
「……痛そう……」
「痛いなんてものじゃないだろうな。きっと死ぬほど痛い。でもそれは誓いを破った罰だから、仕方ないことなんだ。でも誓いを破らなければ、針を飲む必要はない。だから俺はお前と、俺は必ずここに帰ってくるって誓いを立てるために指切りをしたいと思っているんだ」
スグリはそう言って、最後の一押しと言わんばかりに「男同士の約束だ」と一言付け加える。彼の真っすぐな言葉にレイは心動かされたのか、おずおずと指切りの形をした左手を差し出す。不安そうにスグリを見上げて質問を投げた。
「ちかい、絶対に破らない……?」
「ああ。そのために指切りをするんだからな」
スグリは自身の小指をレイの差し出された左手の小指に絡めて、軽くその手を振りながら誓いを立てる。先程の「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」という言葉を告げて、最後に「指切った」と一言呟いてから、その手を解いた。
「ちかい、たった?」
「ああ。これで俺とお前の間には、スグリ・ベンダバルは必ずお前のいる孤児院に帰ってくるっていう誓いが立てられたぞ。この誓いを破ったら、俺は針千本を飲まなきゃいけなくなったってことだ」
スグリの言葉を聞いたレイは、途端にスグリに抱き着く。誓いを立てたとはいえ、やはり離れがたいのだろう。しかしその数秒後、様子を窺うようにちらりと視線を投げかけられる。レイの意図を汲み取ったのか、スグリが話す。
「お前とも指切りがしたいらしいぞ」
「……なるほど。レイ、私とも指切りするか?」
「……うん」
先程スグリがしたように、ヤクとレイも互いに指切りをする。最後の指切った、という言葉の後に指は解いたが、レイは今度はヤクに抱き着く。ぎゅう、と服を強く握られ顔を擦り付けられる。その小さな頭を優しく撫でれば、彼が小さく呟く。
「やぶったら、はりせんぼん……!」
「ああ、わかっている。大丈夫、今度の誓いは破らないから」
「うん……!」
レイもようやく納得してくれたのだろう。ゆっくりと離れる。最後にと、ヤクはカバンの中から一冊のノートとペンを取り出し、レイに差し出した。
「ヤクにーちゃん、これなに?」
「お前に渡そうと思ってな。ここで過ごしたことを、このノートに書いてほしいんだ。書くことは何でもいい。これで遊んだとか、何が楽しかったとか、ここでの思い出を書いてまとめておいてほしいんだ」
「なんのために?」
「今度会えた時に、お前がここでどんな風に過ごしていたのかを知りたいんだ。楽しいことは、いろんな人と一緒に楽しみたいだろう?」
「うん!」
とりあえずは機嫌を取り戻してくれたのだろう。レイはヤクが差し出したノートを手に持つと、楽しそうにそれを眺める。
「そうだな……これは今度会う時までの宿題にしようか。その時に、成果を私に見せてほしい」
「わかった!おれ、これにいっぱい楽しいこと書く!楽しみにしてね!」
「ああ、楽しみにしている」
最後にもう一度レイの頭を撫でて、孤児院を後にするヤクとスグリ。なるほど、自分たちを保護してくれたルーヴァも、このような温かい気持ちを抱いていたのだろうか。一人そんなことを考えながら、宿舎までの道を歩くヤクであった。
もっともそれが夢と実感したのは、目覚めた後のことだったが。
荒れに荒れ果てたその場所は、まさしく戦場だった。自分の身体は傷だらけで、まさしく満身創痍の状態。それでも自分は、向かわねばならないと強く感じていた。大事な、たった一人の弟子の元へ。足は一歩踏み出すだけでも折れそうで、腕の感覚もほぼなかった。内臓は果たして正常に機能するのだろうか、そう疑いたくなるほどにダメージを負っていた。全身が一つの間違いで砕け散ってもおかしくない状況で、それでも自分は見知らぬ仲間たちと上の階層を目指して、登っている。
その先で今まさに、自分の弟子とその仲間が強大な敵と戦っている。自分たちが必ず追い付いてきてくれると、信じながら。ならばその希望を叶えるのが、師匠としての責務だ。
崩れ落ちそうになる身体を気力で引きずり、辿り着いた目的の最上階。ようやく力になってあげられると思い、顔を見上げた先にあったのは──。
腹部を刺し貫かれている、弟子の姿だった。
全身の血が凍り付く。
呼吸の仕方は忘れた。
その光景が網膜にこびり付いて。
それから──。
「これで……今代の戦の樹、女神の巫女も終わりよ……!」
その全身が炎か鮮血に塗れた、赫の人物の声が、鼓膜で木霊した。
「──レイッ!!」
叫んだはずだ、そのはずだ。目の前の現実を受け入れたくないと言わんばかりに、弟子の──成長した姿のレイの名前を、叫んだのだ。
******
「ッ!!」
意識が覚醒する。あまりにも悲惨な光景に、身体が拒絶反応を起こしたのだろうか。目の前には静かに寝息を立てて寝ている、レイの姿。今まで見ていた光景にいた成長した姿ではなく、数時間前に出会った幼子の姿のままだ。
「ハァッ……は、はァ……ア……」
血の気が引く、とはまさにこのこと。いつもの体温が低い状態ではなく、脳に血が巡らない感覚に襲われる。自分の呼吸の音はもちろん、バクバクと早めに脈動する心臓の音すら、嫌に耳に響いて煩い。震える手で隣にいるレイの頬を撫でれば、柔らかい感触と人肌のぬくもりが手の平に伝わる。ふにゃりと幸せそうに表情を緩め、甘えるようにヤクの手の平に頬を擦り付ける。そこでようやく、今まで自分が見ていた光景が夢だったのだと──レイは今、生きているのだと実感した。
「ぃき、て……生きて、る……」
その事実を前に、どうしようもなく胸が締め付けられた。思わず抱きかかえれば、腕の中のレイはやはり、幸せそうに自分にすり寄るのであった。
結局その後は一睡もすることが出来ず、一人で悶々と考え事をしていた。
何故これまで面識がなかった子供の、未来の夢を自分は見たのか。いくら考えてもその答えが出なかった。ただの夢だと一蹴したかったが、どうにも鮮明な光景であるがために、夢という簡単な言葉でまとめられるものだろうかと悩みもした。堂々巡りの自問自答は不毛な時間を浪費するだけで、何一つ解決しなかった。
しかしそんな中でも一つ、わかったことがある。この子供は、何があっても守り切らねばならない、と。
朝食後レイを孤児院の他の児童に紹介したところ、彼らは快くレイを受け入れてくれた。遊びに誘われたレイ自身も、嬉しそうに彼らの輪の中に入っていく。ひとまずはここの児童たちと仲良くなれそうだということに、安堵の息を吐いた。
そしてレイが他の児童と遊んでいる間に、ヤクはスグリから昨晩の話の詳細を聞くことにした。彼いわく、今日の午前中に役所にレイについて相談に行ってみるとのこと。そこで彼について、一応孤児院で保護児童扱いにする手続きを行うのだそうだ。
本来なら出生届などを調査するのが正解なのだろうが、昨晩のレイの様子を見て、考えたのだと説明を受ける。
「レイがお前に懐いているってこともあって、その辺りも考慮したそうだ。だからといって両親を探さない、というわけじゃないが……。引き離すのはあまりにも酷だろうってのが、リゲルの考えだ」
「そうか……。だが今日の夜にはもう……」
「まぁ、な……」
そう、今日は士官学校休校日の最終日。つまり明日からはまた、士官学校で訓練漬けの日々が始まるということだ。今日の夜にはもう、士官学校の宿舎に戻らなければならない。そのことをレイには伝えておかなければならなかった。いつも一緒にいると約束はしたが、こればかりは自分たちにもどうしようもできない。
「……泣かせてしまう、だろうか」
「泣くだろうな。こればかりは仕方ないことだと思うし、謝るしかないぞ」
「……そう、だな……」
あんなに自分に懐いているレイを泣かせてしまうことには、罪悪感を覚える。しかしこればかりは、自分たちにはどうしようもできない事案だ。スグリの言う通り、謝るしかない。しかし内心では、早く士官学校に戻り自主練習をしたいという気持ちが膨らんでいた。今朝がたの夢が頭の中に入り込んで、消えないのだ。レイを守るために強くならなければならないのだから。
しばしの沈黙が二人の間に流れるが、そんな二人に他の孤児たちと一緒に遊んでいたレイが突撃してきた。ぽす、とした衝撃を受けて視線を下に向ければ、満面の笑みを張り付けたレイの姿。
「にーちゃんたちとも遊びたい!」
なんとも無邪気な姿にヤクもスグリもしばし呆気に取られるも、今は子供たちの遊び相手になるべきなのだろうと考えた。小さく笑ってから、何で遊びたいのかと答える。スグリは孤児の一人にせがまれて肩車をする。きゃっきゃとはしゃぐ子供たちと共に、二人は夕食の時間まで子供たちの相手をするのであった。
それからは時間が経つのは早いというもので、あっという間に夜になる。そろそろ士官学校の宿舎に戻らなければならない、ということで二人は帰投の準備を整える最後に玄関に向かう前に、レイのもとへと立ち寄った。彼のそばにはリゲルもいて、今後についての話をするタイミングだと伝えられた。
何も知らないレイは何の疑問も持たずにヤクに近寄る。ヤクは膝を折ってレイと視線を合わせてから、話を切り出した。
「レイ、お前に言わなければならないことがある」
「なーに?」
「……私とスグリは、しばらくの間ここには帰ってこれない。だから、今日から一緒に寝ることはできなくなるんだ」
「え……やだ!」
「本当にすまないと思っている。寂しい思いもさせてしまう。だけど、私たちにも帰らなければならない場所があるんだ」
「やだやだ!おれ一緒がいいって言ったもん!一緒にいてくれるって約束してくれたもん!にーちゃんたちの嘘つき!!」
ヤクの言葉の意味を理解して、レイは啖呵を切ったかのように大泣きし始める。ヤクの言葉が許せないのだろう、泣きながらぽかぽかとヤクの胸を殴る。予想はしていたが、やはりここまで泣かせてしまったことに心が痛む。何を言っても嫌だと泣き喚くレイにどう言葉をかけていいのか困惑していたが、そこにスグリが助け舟を出す。
「レイ。確かに一緒にいるって約束したのに、それを破られたら悲しいし怒りたくなるよな。けどな、なにももうずっと会えないってわけじゃないんだ」
「じゃあいつ会えるの!?」
「それは分からない。けどまた必ず、お前に会いに帰ってくる。この約束は、絶対に破ることはしない」
「そんなこと言ったって、また約束破るんだ!!」
「そう思っちゃうよな。ならこうしよう。俺がまた約束を破ったら、その時は針千本を飲んでお前に謝る。そういう誓いを立てよう」
そう言うと、スグリは自分の右手を変わった形にしてレイに差し出す。小指だけを立てて、それ以外の指は折り曲げられている形。レイは彼の言葉とその行為に少しだけ興味を示したのか、恨めしそうな目つきはそのままにスグリを見る。
「……なぁに、それ」
「俺の住んでいた村で、よくあった風習なんだ。指切りって言ってな。互いの小指を絡めてから、指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ますって言ってそれを解く。こうして互いに誓いを立てて、この誓いを破ったら本当に針を千本飲ませてやるぞって約束させるんだ」
「……痛そう……」
「痛いなんてものじゃないだろうな。きっと死ぬほど痛い。でもそれは誓いを破った罰だから、仕方ないことなんだ。でも誓いを破らなければ、針を飲む必要はない。だから俺はお前と、俺は必ずここに帰ってくるって誓いを立てるために指切りをしたいと思っているんだ」
スグリはそう言って、最後の一押しと言わんばかりに「男同士の約束だ」と一言付け加える。彼の真っすぐな言葉にレイは心動かされたのか、おずおずと指切りの形をした左手を差し出す。不安そうにスグリを見上げて質問を投げた。
「ちかい、絶対に破らない……?」
「ああ。そのために指切りをするんだからな」
スグリは自身の小指をレイの差し出された左手の小指に絡めて、軽くその手を振りながら誓いを立てる。先程の「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」という言葉を告げて、最後に「指切った」と一言呟いてから、その手を解いた。
「ちかい、たった?」
「ああ。これで俺とお前の間には、スグリ・ベンダバルは必ずお前のいる孤児院に帰ってくるっていう誓いが立てられたぞ。この誓いを破ったら、俺は針千本を飲まなきゃいけなくなったってことだ」
スグリの言葉を聞いたレイは、途端にスグリに抱き着く。誓いを立てたとはいえ、やはり離れがたいのだろう。しかしその数秒後、様子を窺うようにちらりと視線を投げかけられる。レイの意図を汲み取ったのか、スグリが話す。
「お前とも指切りがしたいらしいぞ」
「……なるほど。レイ、私とも指切りするか?」
「……うん」
先程スグリがしたように、ヤクとレイも互いに指切りをする。最後の指切った、という言葉の後に指は解いたが、レイは今度はヤクに抱き着く。ぎゅう、と服を強く握られ顔を擦り付けられる。その小さな頭を優しく撫でれば、彼が小さく呟く。
「やぶったら、はりせんぼん……!」
「ああ、わかっている。大丈夫、今度の誓いは破らないから」
「うん……!」
レイもようやく納得してくれたのだろう。ゆっくりと離れる。最後にと、ヤクはカバンの中から一冊のノートとペンを取り出し、レイに差し出した。
「ヤクにーちゃん、これなに?」
「お前に渡そうと思ってな。ここで過ごしたことを、このノートに書いてほしいんだ。書くことは何でもいい。これで遊んだとか、何が楽しかったとか、ここでの思い出を書いてまとめておいてほしいんだ」
「なんのために?」
「今度会えた時に、お前がここでどんな風に過ごしていたのかを知りたいんだ。楽しいことは、いろんな人と一緒に楽しみたいだろう?」
「うん!」
とりあえずは機嫌を取り戻してくれたのだろう。レイはヤクが差し出したノートを手に持つと、楽しそうにそれを眺める。
「そうだな……これは今度会う時までの宿題にしようか。その時に、成果を私に見せてほしい」
「わかった!おれ、これにいっぱい楽しいこと書く!楽しみにしてね!」
「ああ、楽しみにしている」
最後にもう一度レイの頭を撫でて、孤児院を後にするヤクとスグリ。なるほど、自分たちを保護してくれたルーヴァも、このような温かい気持ちを抱いていたのだろうか。一人そんなことを考えながら、宿舎までの道を歩くヤクであった。
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