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第三話
第五十四節 高潔
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ヤクを慰めていたスグリだったが、数分後にはヤクも落ち着けたのだろうか。腕の中の彼が「もう大丈夫だ」と告げる。その言葉でゆっくりと抱擁を解いたスグリが見たヤクの顔色は、先程よりも良くなっていた。そのことに、ひとまず安堵する。
「……本当に大丈夫なんだな?」
「ああ……。……独りよがりになって、すまなかった……」
「そう言うなら、今度は最初から相談しろ」
「……すまなかった」
落ち着いた様子のヤクに、スグリはその夢についてもう少し詳細を聞くことにした。他に気になることはなかったか、尋ねられたヤクはしばし考え込んでからそういえばと呟く。
「……敵はレイのことを戦の樹とか、女神の巫女とか言っていた気がする……」
「戦の樹に、女神の巫女……?」
最初の単語は初耳だが、女神の巫女という単語に内心動揺が走った。念のため聞き間違いはないかと再度確認したが、間違いなくそのように言っていたとヤクは答える。女神の巫女については、先日受けた講義で教えを受けた。しかし戦の樹が何を意味するのか、二人には皆目見当もつかない。
意見を交わしながら考えを巡らすも、その日は何も答えは出なかった。夜もだいぶ更けて、仮眠でも取らなければ明日の訓練に差し障るということで、二人は一度横になるのであった。
******
眠りについたスグリは夢の中で久々に、あの場所に訪れていた。ぼんやりと輝きを放っている泉とやたら立派な樹木が聳えている、己の潜在意識の中に。スグリは彼女に用事があって、ここまで来たのだ。
目的の人物はスグリがここに来ることをわかっていたかのように樹木の幹に座り、こちらに微笑んでいる。その人物とは、運命の女神であるヴェルザンディ。幼少期からスグリを見守ってきた彼女は、変わらない姿のままで彼の潜在意識の中に在り続けていたのだ。ここ最近はめっきり話す機会が減っていたが、久し振りの再会に彼女も嬉しそうだった。
「やぁスグリ、久し振りだね」
「そうだな、ヴェル。お前とこうして話すのは、随分久し振りな気がする」
「キミ、随分と忙しそうにしていたからねぇ。中々話しかけてくれなくて、実は寂しかったんだぞ?」
「それは……悪かった」
「あっはは、いやなに冗談さ。私はずっとここからキミを見ていたから、本当は全然寂しくなかった。今のはちょっとした女神ジョークだよ」
くすくす、楽しそうに笑うヴェルザンディにスグリはため息を吐く。からかうなと苦言を呈するが、そんなやりとりを懐かしく感じてしまう自分がいるのだから、世話がない。ひとまず彼女の近くまで向かう。
彼女から己が女神の巫女だと聞かされていたスグリは、彼女に尋ねたいことがあった。ヤクの夢の話を聞いて、彼はその夢が単なる夢ではないと薄々感じたのだ。今一度、女神の巫女についてしっかりと把握するためにも、スグリは今回ここまで来た。
「聞きたいことがある」
「キミの幼馴染が見たという、夢の話についてだろう?」
「やっぱりわかっていたか」
「そりゃそうさ。キミの様子はここからすべて見えるからね」
くすくす、と楽しそうに笑うヴェルザンディだが、やがて表情を切り替えてスグリに話し始める。
「キミの幼馴染がそんな夢を見た理由には、ある理由があるからなのさ。女神の巫女には、夢渡りと言った特殊能力が備わっているんだ」
「夢渡り……?」
「そう。女神の巫女は他の女神の巫女と接触した時や意識した時に、夢を視る。その女神の巫女が歩む命運、結末の未来の夢をね」
「それは、予知夢とは違うのか?」
「似て非なるもの、というべきかな。夢渡りで見る夢は、接触した女神の巫女の運命に特化されるものなんだ。夢の内容も徐々に変化する場合もあるけど、その女神の巫女の未来の運命の選択肢の一つということには、変わらないのさ」
彼女の言葉を自分で反芻する。ヴェルザンディはスグリに嘘は吐かない。その事実が、今の話は真実であることの証明になっている。つまりヤクが夢で見たレイが死ぬ未来も、確定ではないにしろ可能性があるということが証明されてしまっている、ということだ。そしてそこまで考えを巡らせてから、ふと我に返る。
「ちょっと待てヴェル。今の話が本当なら……もしかして女神の巫女は、俺一人だけじゃないってことか……!?」
今のヴェルザンディの説明とスグリの仮説が成り立つ場合、ある疑問が浮かぶ。
夢渡りが女神の巫女の特殊能力の一つであること、またその能力が発動する条件が別の女神の巫女と接触した場合であることから、最低でも女神の巫女は二人以上存在しなければならない。
スグリが把握している女神の巫女は、己一人だけ。しかし自分はヤクが見た夢を視ていない。この時点でスグリ以外の女神の巫女が存在しているという前提が確定する。
ヴェルザンディはスグリの言葉を否定することなく、そうだと頷く。
「キミも知っているはずだぞ?運命の女神はウルズ姉様と妹のスクルド、そして私の合計三人いる。一人の女神に対して、一人の女神の巫女が存在するってね」
彼女の言葉を聞いて、ずっと忘れていた事実を思い出す。言われてみれば、彼は初めてヴェルザンディに出会った時に説明を受けていた。
──そして運命の女神と直接コンタクトが取れる存在が、世界には三人いるんだよ。それが、女神の巫女と呼ばれる巫女。
彼女とのこれまでの会話を思い出したスグリは、思わず手で顔を覆う。
世界を導き守り抜く義務が課せられる存在、女神の巫女。世界樹に定められ、決して逃れることのできない絶対的な運命を背負う人物。
「ここまで理解したキミは、もう分かったんじゃないか?残り二人の女神の巫女が、誰なのか」
「……ヤクと、レイか……」
「そう。今代選ばれた三人は、キミ達だった」
「それもレイの場合は、ちょっと事情が違うんだろ……?」
「どうしてそう思うんだい?」
ヴェルザンディの問いに、スグリは静かに答える。ヤクが話した夢の中でレイは、女神の巫女とは別の呼び名で呼ばれていた。
「戦の樹……。それが何を意味しているのかは分からないけど、なんとなく俺たちとレイの間には、何か違いがある。直感でそう思ったんだ。ただの女神の巫女なら、そんな余計なことを言う必要なんてないだろ?」
「……そこまで察しているなら、説明しないわけにはいかないね」
何処か達観したように息を吐いたヴェルザンディは、戦の樹について説明した。聞かされた内容は、思わず自分の耳を疑うほどのものだった。
戦の樹とは、原初の人間の子孫を指す言葉であること。世界樹は数百年単位で成熟し、世界の危機を知らせるかのように、一人の子を成すのだそうだ。世界樹ユグドラシルから産まれ落ち、全ての時間軸に介入できる存在。それが、戦の樹。
世界樹ユグドラシルより直接マナを与えられた、生きる生命源。過去、現在、未来に影響を与え、世界の行く末や運命すらをも定められる、時間の干渉者。
そして戦の樹には、世界樹から全世界へと巡らせたマナを見定め、管理し、最終的に己を通じて世界樹へ還元する役割がある。神の御業とも呼べる術を、戦の樹は生きたままのヒトの身で出来る、唯一無二の存在。
簡潔にまとめると、他の女神の巫女とは存在の成り立ちが根本から違う、ということだ。違いはそれだけではなく、力そのものにも大きな違いがあるのだと、ヴェルザンディは続けた。
「戦の樹として生まれ覚醒した女神の巫女は、受け継いだ女神の力と世界樹の力、両方をその身に宿しているのさ。そこがまず、違う点だね。キミは確かに私の女神の巫女だが、キミに宿っているのは私の力だけ」
「俺が扱える風のマナには、お前の力も含まれているんだよな」
「そう。もちろんその力だって、神の力に変わりない。けど世界樹の力はいわば、この宇宙そのものの力といっても過言じゃないんだよ。神は宇宙なくしては存在できない存在だからね。力の差は歴然としているのさ」
そこまで語り、彼女はしかし、と表情を険しくする。ヴェルザンディは、世界樹の力には有限があると話を続ける。
「キミも学んで知っていることだと思うが、普通に魔術を使うのであれば、集束され放出されたマナは、効力を失えば再び空間上に散布されて終わる」
「同じじゃないのか?」
「……世界樹ユグドラシルの力である宇宙の力は、その力を行使した分だけ己の命を糧にして、世界樹に還元しなければならない理が定められているんだよ」
ヴェルザンディの言葉に、頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚える。今、彼女はなんと言ったのだ。世界樹の力を行使したら、己の命を糧にして還元しなければならない?それはつまり──。
「待てよ、ヴェル……。それって、レイがもし女神の巫女として覚醒して世界樹の力を使ったら、最終的には死ぬってことなのか!?」
スグリの質問に、ヴェルザンディは頷くことで肯定した。その事実に愕然とする。口から何か言葉が漏れた気がしたが、スグリ自身の耳にも届かなかった。
「安心したまえ。世界樹の力を行使しても、そう易々と命を削っていくわけじゃない。これまでの戦の樹たちも、ほとんどの子が天寿を全うしている」
「だけど……!」
「女神の巫女に選ばれた者は、戦いの運命からは逃げられない。それは三人が全員そうさ。キミはそれを受け入れただろう?私が何度忠告を繰り返しても、いつも己の選択に自信を持って前に進んだ。それと変わらないよ、スグリ」
ヴェルザンディの言葉に、思わず口を噤む。
──言ったろ、ヴェル。俺は、大事な人たちを守れるような俺になりたいんだって。たとえ戦いの運命から逃げられなくても、俺がしたいことは変わらない。どんな選択も俺が納得して選ぶんだ、後悔なんてするもんか!
過去、ヤクと出会う前に彼女に宣言した言葉を思い出す。確かに自分は後悔しないと決めた。どんな結果になろうとも、それが自分で選択したものならば納得できるのだから、と。
一度己の手を見つめてから、確認するかのようにヴェルザンディに声をかける。
「ヴェル……過去、俺に言ったよな。今代の女神の巫女には、力の本質を知り、降りかかる災厄から世界を守るための力をつける時間……土壌が必要なのかもしれないって」
「そうだね」
「今までとすることが変わらないって言うのなら、俺は今聞かされた現実から逃げない道を選ぶ。今よりも強くなって、残りの女神の巫女であるヤクとレイを守り抜く。絶対に」
そうだ。戦いの運命から逃れられないというのなら。その運命を切り開いて、生き抜くための力をつけてやろう。その力で、せめて自分の守りたい人たちのことは守り切れるように。それが最終的にヤクとレイを守ることにも繋がると、今は信じたい。
そう決意して告げれば、ヴェルザンディは満ち足りたように微笑んでから言葉を紡ぐ。
「……キミが今代の女神の巫女に選ばれて良かった。キミの心はいつも真っ直ぐで、その決意はいつだって心地良い」
「変われないんだ、俺。昔から誰かを守ることで自分を保っているようなもんさ」
「そんなことはない。キミは大きく成長している。女神の私が保証するんだから、胸を張りたまえよ」
「ありがとうな」
「さて、そろそろしっかり寝るんだ。身体が寝てても頭が起きていると、現実世界でそれが反転してしまうぞ?」
「わかったよ、もう行く。……またな」
「ああ、また」
ヴェルザンディに笑って返事をしてから、スグリは己の深層心理から離れるのであった。
「……本当に大丈夫なんだな?」
「ああ……。……独りよがりになって、すまなかった……」
「そう言うなら、今度は最初から相談しろ」
「……すまなかった」
落ち着いた様子のヤクに、スグリはその夢についてもう少し詳細を聞くことにした。他に気になることはなかったか、尋ねられたヤクはしばし考え込んでからそういえばと呟く。
「……敵はレイのことを戦の樹とか、女神の巫女とか言っていた気がする……」
「戦の樹に、女神の巫女……?」
最初の単語は初耳だが、女神の巫女という単語に内心動揺が走った。念のため聞き間違いはないかと再度確認したが、間違いなくそのように言っていたとヤクは答える。女神の巫女については、先日受けた講義で教えを受けた。しかし戦の樹が何を意味するのか、二人には皆目見当もつかない。
意見を交わしながら考えを巡らすも、その日は何も答えは出なかった。夜もだいぶ更けて、仮眠でも取らなければ明日の訓練に差し障るということで、二人は一度横になるのであった。
******
眠りについたスグリは夢の中で久々に、あの場所に訪れていた。ぼんやりと輝きを放っている泉とやたら立派な樹木が聳えている、己の潜在意識の中に。スグリは彼女に用事があって、ここまで来たのだ。
目的の人物はスグリがここに来ることをわかっていたかのように樹木の幹に座り、こちらに微笑んでいる。その人物とは、運命の女神であるヴェルザンディ。幼少期からスグリを見守ってきた彼女は、変わらない姿のままで彼の潜在意識の中に在り続けていたのだ。ここ最近はめっきり話す機会が減っていたが、久し振りの再会に彼女も嬉しそうだった。
「やぁスグリ、久し振りだね」
「そうだな、ヴェル。お前とこうして話すのは、随分久し振りな気がする」
「キミ、随分と忙しそうにしていたからねぇ。中々話しかけてくれなくて、実は寂しかったんだぞ?」
「それは……悪かった」
「あっはは、いやなに冗談さ。私はずっとここからキミを見ていたから、本当は全然寂しくなかった。今のはちょっとした女神ジョークだよ」
くすくす、楽しそうに笑うヴェルザンディにスグリはため息を吐く。からかうなと苦言を呈するが、そんなやりとりを懐かしく感じてしまう自分がいるのだから、世話がない。ひとまず彼女の近くまで向かう。
彼女から己が女神の巫女だと聞かされていたスグリは、彼女に尋ねたいことがあった。ヤクの夢の話を聞いて、彼はその夢が単なる夢ではないと薄々感じたのだ。今一度、女神の巫女についてしっかりと把握するためにも、スグリは今回ここまで来た。
「聞きたいことがある」
「キミの幼馴染が見たという、夢の話についてだろう?」
「やっぱりわかっていたか」
「そりゃそうさ。キミの様子はここからすべて見えるからね」
くすくす、と楽しそうに笑うヴェルザンディだが、やがて表情を切り替えてスグリに話し始める。
「キミの幼馴染がそんな夢を見た理由には、ある理由があるからなのさ。女神の巫女には、夢渡りと言った特殊能力が備わっているんだ」
「夢渡り……?」
「そう。女神の巫女は他の女神の巫女と接触した時や意識した時に、夢を視る。その女神の巫女が歩む命運、結末の未来の夢をね」
「それは、予知夢とは違うのか?」
「似て非なるもの、というべきかな。夢渡りで見る夢は、接触した女神の巫女の運命に特化されるものなんだ。夢の内容も徐々に変化する場合もあるけど、その女神の巫女の未来の運命の選択肢の一つということには、変わらないのさ」
彼女の言葉を自分で反芻する。ヴェルザンディはスグリに嘘は吐かない。その事実が、今の話は真実であることの証明になっている。つまりヤクが夢で見たレイが死ぬ未来も、確定ではないにしろ可能性があるということが証明されてしまっている、ということだ。そしてそこまで考えを巡らせてから、ふと我に返る。
「ちょっと待てヴェル。今の話が本当なら……もしかして女神の巫女は、俺一人だけじゃないってことか……!?」
今のヴェルザンディの説明とスグリの仮説が成り立つ場合、ある疑問が浮かぶ。
夢渡りが女神の巫女の特殊能力の一つであること、またその能力が発動する条件が別の女神の巫女と接触した場合であることから、最低でも女神の巫女は二人以上存在しなければならない。
スグリが把握している女神の巫女は、己一人だけ。しかし自分はヤクが見た夢を視ていない。この時点でスグリ以外の女神の巫女が存在しているという前提が確定する。
ヴェルザンディはスグリの言葉を否定することなく、そうだと頷く。
「キミも知っているはずだぞ?運命の女神はウルズ姉様と妹のスクルド、そして私の合計三人いる。一人の女神に対して、一人の女神の巫女が存在するってね」
彼女の言葉を聞いて、ずっと忘れていた事実を思い出す。言われてみれば、彼は初めてヴェルザンディに出会った時に説明を受けていた。
──そして運命の女神と直接コンタクトが取れる存在が、世界には三人いるんだよ。それが、女神の巫女と呼ばれる巫女。
彼女とのこれまでの会話を思い出したスグリは、思わず手で顔を覆う。
世界を導き守り抜く義務が課せられる存在、女神の巫女。世界樹に定められ、決して逃れることのできない絶対的な運命を背負う人物。
「ここまで理解したキミは、もう分かったんじゃないか?残り二人の女神の巫女が、誰なのか」
「……ヤクと、レイか……」
「そう。今代選ばれた三人は、キミ達だった」
「それもレイの場合は、ちょっと事情が違うんだろ……?」
「どうしてそう思うんだい?」
ヴェルザンディの問いに、スグリは静かに答える。ヤクが話した夢の中でレイは、女神の巫女とは別の呼び名で呼ばれていた。
「戦の樹……。それが何を意味しているのかは分からないけど、なんとなく俺たちとレイの間には、何か違いがある。直感でそう思ったんだ。ただの女神の巫女なら、そんな余計なことを言う必要なんてないだろ?」
「……そこまで察しているなら、説明しないわけにはいかないね」
何処か達観したように息を吐いたヴェルザンディは、戦の樹について説明した。聞かされた内容は、思わず自分の耳を疑うほどのものだった。
戦の樹とは、原初の人間の子孫を指す言葉であること。世界樹は数百年単位で成熟し、世界の危機を知らせるかのように、一人の子を成すのだそうだ。世界樹ユグドラシルから産まれ落ち、全ての時間軸に介入できる存在。それが、戦の樹。
世界樹ユグドラシルより直接マナを与えられた、生きる生命源。過去、現在、未来に影響を与え、世界の行く末や運命すらをも定められる、時間の干渉者。
そして戦の樹には、世界樹から全世界へと巡らせたマナを見定め、管理し、最終的に己を通じて世界樹へ還元する役割がある。神の御業とも呼べる術を、戦の樹は生きたままのヒトの身で出来る、唯一無二の存在。
簡潔にまとめると、他の女神の巫女とは存在の成り立ちが根本から違う、ということだ。違いはそれだけではなく、力そのものにも大きな違いがあるのだと、ヴェルザンディは続けた。
「戦の樹として生まれ覚醒した女神の巫女は、受け継いだ女神の力と世界樹の力、両方をその身に宿しているのさ。そこがまず、違う点だね。キミは確かに私の女神の巫女だが、キミに宿っているのは私の力だけ」
「俺が扱える風のマナには、お前の力も含まれているんだよな」
「そう。もちろんその力だって、神の力に変わりない。けど世界樹の力はいわば、この宇宙そのものの力といっても過言じゃないんだよ。神は宇宙なくしては存在できない存在だからね。力の差は歴然としているのさ」
そこまで語り、彼女はしかし、と表情を険しくする。ヴェルザンディは、世界樹の力には有限があると話を続ける。
「キミも学んで知っていることだと思うが、普通に魔術を使うのであれば、集束され放出されたマナは、効力を失えば再び空間上に散布されて終わる」
「同じじゃないのか?」
「……世界樹ユグドラシルの力である宇宙の力は、その力を行使した分だけ己の命を糧にして、世界樹に還元しなければならない理が定められているんだよ」
ヴェルザンディの言葉に、頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚える。今、彼女はなんと言ったのだ。世界樹の力を行使したら、己の命を糧にして還元しなければならない?それはつまり──。
「待てよ、ヴェル……。それって、レイがもし女神の巫女として覚醒して世界樹の力を使ったら、最終的には死ぬってことなのか!?」
スグリの質問に、ヴェルザンディは頷くことで肯定した。その事実に愕然とする。口から何か言葉が漏れた気がしたが、スグリ自身の耳にも届かなかった。
「安心したまえ。世界樹の力を行使しても、そう易々と命を削っていくわけじゃない。これまでの戦の樹たちも、ほとんどの子が天寿を全うしている」
「だけど……!」
「女神の巫女に選ばれた者は、戦いの運命からは逃げられない。それは三人が全員そうさ。キミはそれを受け入れただろう?私が何度忠告を繰り返しても、いつも己の選択に自信を持って前に進んだ。それと変わらないよ、スグリ」
ヴェルザンディの言葉に、思わず口を噤む。
──言ったろ、ヴェル。俺は、大事な人たちを守れるような俺になりたいんだって。たとえ戦いの運命から逃げられなくても、俺がしたいことは変わらない。どんな選択も俺が納得して選ぶんだ、後悔なんてするもんか!
過去、ヤクと出会う前に彼女に宣言した言葉を思い出す。確かに自分は後悔しないと決めた。どんな結果になろうとも、それが自分で選択したものならば納得できるのだから、と。
一度己の手を見つめてから、確認するかのようにヴェルザンディに声をかける。
「ヴェル……過去、俺に言ったよな。今代の女神の巫女には、力の本質を知り、降りかかる災厄から世界を守るための力をつける時間……土壌が必要なのかもしれないって」
「そうだね」
「今までとすることが変わらないって言うのなら、俺は今聞かされた現実から逃げない道を選ぶ。今よりも強くなって、残りの女神の巫女であるヤクとレイを守り抜く。絶対に」
そうだ。戦いの運命から逃れられないというのなら。その運命を切り開いて、生き抜くための力をつけてやろう。その力で、せめて自分の守りたい人たちのことは守り切れるように。それが最終的にヤクとレイを守ることにも繋がると、今は信じたい。
そう決意して告げれば、ヴェルザンディは満ち足りたように微笑んでから言葉を紡ぐ。
「……キミが今代の女神の巫女に選ばれて良かった。キミの心はいつも真っ直ぐで、その決意はいつだって心地良い」
「変われないんだ、俺。昔から誰かを守ることで自分を保っているようなもんさ」
「そんなことはない。キミは大きく成長している。女神の私が保証するんだから、胸を張りたまえよ」
「ありがとうな」
「さて、そろそろしっかり寝るんだ。身体が寝てても頭が起きていると、現実世界でそれが反転してしまうぞ?」
「わかったよ、もう行く。……またな」
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