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黒乃

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第三話

第五十五節 過度をつつしめ

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 その日は回避からのカウンター攻撃の訓練だった。空間上に浮遊しているマナの球体からの攻撃を回避しつつ、攻撃してきた球体にカウンターで技を決める。これが基本の動きとなる。球体を破壊、または無力化することで成功だ。球体からの攻撃は最初は単調なものだが、徐々にスピードや数が増え、難易度も増していく。

 攻略のポイントはいくつかあるが、まずは回避のタイミングと反撃に入るための詠唱タイミング。これらを間違えないようにしなければならない。こちらが魔術による攻撃を使用する場合は回避と反撃の間に、詠唱の動作が挿入される。
 回避、詠唱、反撃。この三つの工程をいかに相手より速く回せるか。そこに成功の鍵が隠されている。各種の工程を一つ一つ分けて考えるのではなく、すべてを一つの工程として考えて動くべきだろう。回避したあとに立ち止まり詠唱を始めてしまうようでは、最初のうちは反撃ができるとしても難易度が上がる後半では、反撃する前にこちら側が攻撃を受けてしまう。

「次、二十五番!」
「はい!」

 さて、どうするか──。
 ヤクは配置につき、開始の合図を待つ。一度息を吐いて集中力を高めた。空間に浮遊している球体は全部で八個。これはこの訓練の最高難易度が五段階中の、三段階目にあたる数だ。自分よりも前の士官学生が訓練しているときの様子を見たが、球体からの同時攻撃があることは把握した。

「始め!」

 教官の合図でまず、球体からの一斉攻撃が始まる。それを躱し、射線が遮られる場所へ移動した。見つかるまでの余裕はせいぜい数十秒。ここで反撃するのは得策ではない。まずは球体がどこに浮遊しているかを確認する。物陰から顔だけ出して辺りを一瞥したあと、小さく詠唱をして、まずは氷のマナを圧縮させた個体を生み出す。それを転がすように空間上にばら撒いた。

「っ!」

 球体に居場所が知られた。今は詠唱はできない。
 球体からの攻撃を再び躱し、準備を整える。攻撃が当たる位置に長居しないよう、ステップを駆使しながら攻撃を躱しつつ、周囲環境を今一度確認していく。

 一般的に魔術を行使する場合には、詠唱が必要となる。しかし一度詠唱を始めてしまうと、マナを集束させるために集中しなければならない。そのため、動きがある程度制限されてしまうのだ。威力の強い術を発動させる場合は、集束させるマナの量に比例するかのようにその場で立ち止まり、詠唱を唱える時間が増える。
 詠唱を完了させる前に相手から攻撃を受けてしまうと、態勢を整えられなくなるだけでなく、そこから姿勢を戻すための時間も必要になってくる。個人戦でならともかく、団体戦や部隊ごとの戦闘の場合はそこから一気に陣形が崩されてしまう原因にもなりかねない。

 ヤクが最も得意とする属性は氷。最近は自主練習の結果も相まって、周囲を凍結させるための術を獲得することもできた。今回の訓練対象である球体が扱うような精密射撃は、得意とするところではない。しかし相手の動きを牽制させるのは、何も球体だけの専売特許ではない。

 攻撃を躱しつつ、球体たちがある一定の場所に集まるように、ばら撒いていたマナの個体を放っていく。氷のマナの散布が十分にできたと考えたヤクは、もう一度球体たちからの射線を遮れる場所に移動して、術を展開させた。

「我が眼下を永久の大地で包め──"永久凍土の抱擁コキュートス"!」

 ヤクが杖を掲げた直後。浮遊させておいた氷のマナの個体が膨張していく。体積が増していくそれらは互いにぶつかり合うと融合して、さらに大きな氷塊へと変化を繰り返す。変化していくマナの個体は一定の場所に集められた球体さえも包み込み、やがてそれらの稼働を停止させた。

 最初から大型の魔術を展開する必要はない。徐々に魔力を散布して、十分に己の魔力が空間上に存在している状態ならば、それを応用するまで。
 今放った技── "永久凍土の抱擁コキュートス"は、一度撒き散らせたマナを触媒に、刺激を与えて高圧縮させて密度を上げる。そうすることで爆発を起こすカラクリになっている。爆発した触媒の魔力は一気に膨張して、体積を増やす。壁を作り出すことはもちろん、対象を閉じ込める棺にも変化させることが出来る。己で考えて、編み出した技の一つだ。

 身動きが出来なくなった球体が無力化され、稼働停止となる。教官もその状況を見て、ヤクに結果を言い渡した。

「よし、二十五番合格」
「ありがとうございます」

 ふう、と一つ息を吐いて隊列に戻る。隣の士官学生に小さく声をかけられた。

「さすが成績一位なだけあるな」
「……まだ、足りないくらいだ。私はもっと、強くならなければならない」
「はは……凄い向上心だな」

 彼の言葉に苦笑する。決して、向上心ではないのだ。本当に、今のままでは力不足だと感じているのだ。レイを、守るためにはまだ足りないと。

 ******

 スグリに自分が見た夢について告白してから、数日経ったある日。その日も訓練終了後に自主練習をしようとしたが、直前で雨が降ってやむを得ずに休息することにしたのだ。部屋で座学の復習でもしようと考えたが、スグリから話があると声をかけられた。なんでも"戦の樹"について、分かったのだと。

「本当か……!?」
「ああ、色々調べて分かった。お前にも、伝えておかなきゃと思ってな」
「教えてくれ。戦の樹とは、なんなんだ?」

 それからスグリから、その戦の樹についての詳細を知らされた。その内容を聞かされた直後は正直、夢物語や単なる空想かと笑い飛ばしたくなった。しかし目の前の真剣な眼差しのスグリを見て、それが紛れもなく現実であり真実だということの裏付けになっていた。言葉を発するための口は多分、震えていたと思う。

「そんな……じゃあ、もしも。もしもレイがその女神の巫女ヴォルヴァの力を解放してしまったら……!」
「……力を使い続ければ多分、レイは死ぬ」
「そんな!なにか、なにか回避する方法はないのか!?」
「落ち着け。まだお前の夢が現実になるって決まったわけじゃないし、レイが女神の巫女ヴォルヴァの力を目覚めさせないこともあるかもしれない」
「それだって不確定だろう!?……どうしてなんだ、どうしてあの子がそんな存在で、女神の巫女ヴォルヴァになるかもしれないって勝手に運命を決め付けられなければならないんだ……!」
「ヤク……」

 まだ自分より幼い子供なのに、進む道を間違えれば確実に死ぬ運命が待っている、だなんて。何故こんなにも理不尽なことが起こるのか、起きてしまうのか。世界の危機を知らせるためだけに生まれてきた、など──。

「あの子はまだ、力のことも何も知らない子供なのに……!」

 そんな運命、変わってあげられるのなら変わってやりたいくらいだ。何もできない自分が歯痒く、ただただ無力感に苛まれる。しかしやがてそこから沸々と、ある思いが湧き上がる。

「……もっと、強くならなければ……」
「ヤク?」

 スグリが不審を感じたのだろう、見定めるように自分を見つめる。
 こんなに不安に思うのは、自分がまだ弱いことを自覚しているからだとヤクは結論付けた。レイをしっかりと守れるための力がないからだ、と。ならばやることは一つしかないとも考えた。幸い自分たちが今いるこの場所──士官学校には、強くなるための設備もカリキュラムも整えられている。

「今のままでレイを守ることが到底出来ないなら、私は強くならなきゃいけない。レイが女神の巫女ヴォルヴァの能力を、目覚めさせないためにも」
「……また一人で抱え込むなよ」
「スグリ……」
「言っただろ、レイのことに関しては俺も無関係じゃない。誰かを守るのに、何もかもを一人で背負い込もうとするのはただの傲慢だ」
「……わかっている。だから、お願いだ……私と一緒に、レイを守ってほしい」

 そう告げて頭を下げれば、スグリはわかっていると答える。肩に手を置かれておずおずと頭を上げれば、彼の瞳から強い光が伝わってきた。必ず守り抜く、と言外に伝えられる。

「二人で守るんだ、絶対に」
「ああ……ありがとう、スグリ」

 それから二人はさらに自主練習に励んだり、技の編み出したりして以前よりさらに鍛錬に取り組むようになった。

 ******

 それにしても、とヤクは他の士官学生が訓練している様子を見学しながら考える。スグリから聞かされた戦の樹と、女神の巫女ヴォルヴァについての話。その内容を改めて整理して、思った。世界平和のためならばと、命の一つを物のように扱う神の傲慢さが腹立たしい。
 確かに人間には神の条理を知る術はない。しかしだからとて、神が人間の命をまるで駒の一つみたいに扱ってもいいなんて理由はないはずだ。自分たちは己の意思で生きているのに、それがすべて仕組まれているだなんて考えたくない。もし世の理から何まで仕組まれているとするならば、それではまるで、自分たちはただの神の操り人形と変わらない。そんなのを、生きているだなんて言えない。

 だから、証明してみせる。自分たちは決して、神の傀儡なんかではないと。
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