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第三話
第六十節 また会う日を楽しみに
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目を覚ませば、靄がかかったような淡い部屋の天井が見えた。あの夢の続きはどうなるのだろう。自分は、ヤクを殺してしまうのだろうか。
いいや、そんなはずはない。ガッセ村から飛び出すときに決めたはずだ。なにがあっても、自分はヤクを守るのだと。それに夢渡りで見る夢はあくまで暫定的なものであり、決定事項ではない。ということはまだ、あの未来とは違った分岐の未来がある可能性も存在している。大丈夫、今知ったのならば対策だって講じれるのだ。
「……起きるか」
朝から暗い考えを持つのはやめよう。気分を切り替えるかのように起き上がり、朝食の準備の手伝いに向かうのであった。
朝食後、子供たちの相手をして三時間くらい経った頃。孤児院に一人の訪問者が来た。子供たち──とりわけレイはその人物を見た瞬間、飛び出す。
「ヤクにーちゃんっ!」
ぽす、と突撃してきたレイをヤクは受け止めてから頭を撫でる。他の子供たちも久し振りの再会なのだろう、嬉しそうな様子をそのままにヤクに群がった。その様子をしばらく眺めていたが、他の子供たちに遊び相手をせがまれる。
「わかった、順番な?」
返事を返せば、子供たちは笑顔を振りまきながらスグリに近付く。スグリも一人一人の相手をしながら、まったりと時間を過ごす。ただしその間、ヤクと話すことはなかった。もっとも、レイがずっと彼に付きっきりだったこともあり、話す機会がなかったとも言えるが。
その後昼食も食べて、しばらくしたあとのこと。少し体を動かそうかと伸びをして、瞼の裏にある光景が流れる。
休憩室で教員の一人が戸棚の上にある箱を取ろうとしてバランスを崩し、その教員の後ろにいた子供たちに箱が直撃するという光景。箱の中身は重いものだったらしく、直撃を受けた子供たちは頭から出血して。重傷を負ってしまうという悲惨なものだった。平穏だった時間が一瞬にして崩れる光景を前に、スグリは思わず戦慄する。
そしてそこまで見てからはっと我に返り、周囲を見回す。今自分がいる場所は、休憩室からそんなに離れていない。今向かえば間に合うだろうかと、なんと気なしに足を向けた。
休憩室に向かうと、ちょうど光景の中にいた子供と教員の姿があった。様子を窺えばスグリの見た光景通りに、子供たちに何か頼まれたのか教員が件の戸棚へ向かう。このまま自分が介入しないと、きっと先ほど見た光景の通りになってしまうかもしれない。漠然とした予感が胸を掠めた。なるべく不自然でない形で会話に混ざる。
「どうしたんだ?」
「ああ、スグリ。いやね、この子たちが戸棚の上の箱が気になるって言うから、確認も含めて下ろそうかなって思ってたんだよ」
「そういうことなら、俺がおろそうか?戸棚も結構高さあるし、バランスでも崩したら大変だろ?」
「そうだね、じゃあお願いしちゃおうかな」
「お安い御用さ」
教員に代わってスグリは戸棚の上においてある箱を手に取り、ゆっくりとそれをおろした。見た目以上に箱は重く、内心驚いたほどだ。埃をかぶっているかと思われたがそれほど古いものではないらしく、汚れは目立たないくらい。
何が入っているのかと箱を開ければ、そこには大量の本があった。表紙から察するにそれはレシピ本らしく、様々な料理のレシピが記されている。中には地域独特のレシピがまとめられている本もある。図書室からあぶれた本たちだろうか。気になるところではあるが、ひとまずその場は教員に任せることにした。
その後も似たような現象は続いた。孤児院内の庭でボール遊びをしていた子供たちが、誤って道に出たところを馬車に惹かれる光景が浮かべば阻止した。おやつの時間でマグカップを床に落として割ってしまう光景が浮かべば、落ち切る前にキャッチした。
そんなことが一日の内で何回も起きるものだから、子供たちからは魔法使いだなんてもてはやされる。しかしスグリは子供たちとは違い、実際はそんなものではないのだろうと憶測を立てていた。
******
その日の夜。夢の中でスグリは己の潜在意識の中に来ていた。彼女──ヴェルザンディに会うために。ここ二日間で自身の身に起きたことについて、彼女に問いただそうと──正確には確認するためかもしれない──思ったのだ。
潜在意識内にある樹木の幹に、ヴェルザンディはいつものように腰かけてスグリを出迎えた。彼女も、なぜ自分がここに来たのかを理解してるのだろう。待っていたよと声をかけられる。
スグリもいつものように挨拶を交わしてから、幹に腰かける。一呼吸おいてからまず、昨夜見た夢の話から語り始めた。
「……夢渡りで、夢を視た。未来の俺とヤクの夢だ。理由は分からないが、俺たちは殺しあっていた」
「そう……。キミの夢渡りの能力も、ようやく開花したようだね」
「……ああ。夢渡りの能力が開花する時期には、個人差があるのか?」
単純な疑問をぶつけてみる。スグリの問いに対し、ヴェルザンディはそうだと肯定した。彼女いわく、扱えるマナの強さに比例するかたちで能力が解放されていくとのこと。自分はヤクよりも魔力の扱い方に慣れるまでの時間が長かったこともあり、能力開花までに時間がかかってしまったのだろう。それがヴェルザンディの見解だった。
だが能力そのものに優劣はないとのことだ。夢渡りの能力の能力は、女神の巫女全員に平等に与えられるものなのだと。
「夢の結末が曖昧なことも、そうなのか?」
「そうさ。キミが見た夢も、結末まではわからなかっただろう?」
「ああ、結末が見える前に夢から覚めたからな。どうしてなんだ?」
「それは、女神の巫女自身が見届けなければならないことだからだよ。前にも言った通り、夢渡りで視えた夢の内容はあくまで暫定的なものであって、確定された未来というわけではない」
夢はあくまで、未来視の能力の範囲内での事象に他ならない。安定した未来へ向かうための手助けなだけであり、そこに意思はないのだと。
「万物が流転するが如く、常に変わり続けている未来は万人に等しく与えられるものなのさ」
ヴェルザンディいわく巫女は、その万人の未来をよりよくするための役割を担った存在とも言えると語る。その万人の中には、巫女自身も含まれているのだそうだ。
「女神の巫女だからって、何もかもが特別ではないんだよ」
「つまり、何でもかんでも未来予知が出来るわけじゃないってことか」
「そういうこと。ただし、キミの巫女の能力に限っては完全にそうとも言い切れないかもしれない」
ヴェルザンディの言葉に違和感を覚えたスグリが、どういうことかと視線で訴える。まさか、今日自分の身に起きたことが関係しているのだろうか。
「キミはもうすでに気付いているんじゃないかな?」
「もしかして、今日起きた出来事は全部……お前の能力によるもの、なのか?」
「正解。私は現在の時間軸を司る運命の女神だからね。長い時間ではなく、今現在という時間軸において起こることへの予知ができる。それが、私の力を受け継いだ女神の巫女の能力さ」
「現在という時間軸における予知……?」
「簡単に言えば、極端に限定的な未来予知能力といったところだね。この先すぐ起きることが予見できるといった感じ、と言えばわかりやすいかな?」
彼女の言葉に頷く。わかりやすい説明だったと褒めれば、当然さと軽快な返事が返ってきた。スグリは一度己の手の平に視線を落としてから、ヴェルザンディに尋ねる。
「俺が扱えるマナの力が強まったから、巫女の能力が解放されたって解釈でいいんだよな?」
「そうさ、その解釈で合ってるよ」
「つまり俺は、強力な巫女の力を扱えるようになったってことになる。だったら俺と同じように覚醒した女神の巫女には、俺が女神の巫女だってバレてしまう可能性もあるんじゃないか?」
この質問は彼にとっては、疑問というよりは確認に近かった。
手練れの魔術師やマナの扱いに慣れてきた人物は、空中に浮遊するマナが誰のものなのか、判別できるようになる。同じ道理で女神の巫女も、誰が女神の巫女なのかわかってしまうのではないか。
しばしの沈黙の後、すべてを理解しているかのようにヴェルザンディは答える。
「……そうだね、巫女同士は互いに惹かれあう。本人が隠そうとしても、意図していなくても、察知されてしまう可能性は十分にあり得るよ」
「……そうか」
「それをなんとなく理解していたから、キミは今日ここに来たんだろう?」
ヴェルザンディの言葉に、思わず肩をすくめる。さすがは未来を見通せる運命の女神の一人、と言ったところだろうか。
「なんだ、わかっていたのか」
「あくまで勘の域は出ないけどね。それでも私は、ここからずっとキミを見ていたから。ある程度の予測は立てられるってものさ」
「女神なのに随分と人間臭いこと言うんだな?」
「キミに影響されたから、かな?」
「謝っておくべきだろうか?」
「いいさ、気にしてなんかいないよ」
「助かる」
相手は女神だというのに、まるで姉弟か友人かのようなやりとりだ。それが酷く心地いいと感じるが、スグリは一つの決断をもってここに来た。いつ切り出そうかと考えあぐねていたが、いつまでも言わないわけにはいかない。意を決して、口を開く。
「だったら……一時的でいい。俺の巫女の力、封印してくれないか?」
スグリの言葉に、ヴェルザンディは最初無言を返した。しかし一度だけさらりと風を吹かせると、まずその理由を尋ねてくる。
「……このまま巫女の力を強くすれば、きっとヤクにはバレる。あいつも女神の巫女だからな。俺の憶測になるけど、たぶんアイツはこの力を疎むと思う。今までの人生が運命で定められていた、なんて。きっとあいつは納得できないだろうなって」
「……あの子のこれまでを考えれば、簡単に受け入れるのは難しいかもね」
「ああ。それなのに隣で俺が巫女の力を使えば、アイツを追い詰めてしまうかもしれないって思った。俺は、アイツを守るために強くなるって己に誓ったんだ。だから俺自身だとしても、アイツのことを傷付けたくない」
脳裏によみがえるのは、ヤクの横顔だった。昔の笑顔と今の影が差した顔が、胸に痛い。最近の彼を受け入れられなくて冷たく接し、避けているが、本心では彼には笑顔でいてほしい。過去の辛苦を忘れられるくらい、幸せになるべきなんだと考えているのだ。
「でも、わかっているのかい?キミが今までマナをうまく扱えていたのは、女神の巫女だったからっていう部分も大きい。それを封印するということは、マナの扱いに障害が生じるということになる。それでもいいのかい?」
ヴェルザンディの言葉は最もだ。今まで己の力だけで、マナをうまく扱えていたわけではない。女神の巫女として覚醒して、その本質を理解していたからなせる業ともいえる。それらを封印することで、ある程度の弱体化は免れない。しかしスグリに後悔の念はない。
「いいんだ。たとえマナが上手く扱えなくなったって、俺には剣がある。なにもかも切り伏せて見せるさ」
そう答えれば、ヴェルザンディも納得したように天を仰ぐ。どうやらスグリの答えに満足したのだろう。わかったと呟いてから、封印のための文字を空間に描いていく。
それが書き終わると同時に、淡い光と優しい風が二人を包む。
「これで封印の陣は完成した。これから徐々にだけど、私とキミのリンクを絶っていくよ。まぁそこまで覚悟できているなら、私とのしばしのお別れも苦じゃないね」
「悪い、我が儘言って」
「気にしないでくれたまえよ。たとえ封印したとしても、私はいつでもこの場所からキミを見守っているから。寂しくはないだろう?」
「そうだな、それは頼もしい限りだ」
そう言葉をかけて、瞳を閉じる。ヴェルザンディとのしばしのお別れに、スグリは彼女に礼を言いながら夢から覚めるのを待つのであった。
第三話 完
いいや、そんなはずはない。ガッセ村から飛び出すときに決めたはずだ。なにがあっても、自分はヤクを守るのだと。それに夢渡りで見る夢はあくまで暫定的なものであり、決定事項ではない。ということはまだ、あの未来とは違った分岐の未来がある可能性も存在している。大丈夫、今知ったのならば対策だって講じれるのだ。
「……起きるか」
朝から暗い考えを持つのはやめよう。気分を切り替えるかのように起き上がり、朝食の準備の手伝いに向かうのであった。
朝食後、子供たちの相手をして三時間くらい経った頃。孤児院に一人の訪問者が来た。子供たち──とりわけレイはその人物を見た瞬間、飛び出す。
「ヤクにーちゃんっ!」
ぽす、と突撃してきたレイをヤクは受け止めてから頭を撫でる。他の子供たちも久し振りの再会なのだろう、嬉しそうな様子をそのままにヤクに群がった。その様子をしばらく眺めていたが、他の子供たちに遊び相手をせがまれる。
「わかった、順番な?」
返事を返せば、子供たちは笑顔を振りまきながらスグリに近付く。スグリも一人一人の相手をしながら、まったりと時間を過ごす。ただしその間、ヤクと話すことはなかった。もっとも、レイがずっと彼に付きっきりだったこともあり、話す機会がなかったとも言えるが。
その後昼食も食べて、しばらくしたあとのこと。少し体を動かそうかと伸びをして、瞼の裏にある光景が流れる。
休憩室で教員の一人が戸棚の上にある箱を取ろうとしてバランスを崩し、その教員の後ろにいた子供たちに箱が直撃するという光景。箱の中身は重いものだったらしく、直撃を受けた子供たちは頭から出血して。重傷を負ってしまうという悲惨なものだった。平穏だった時間が一瞬にして崩れる光景を前に、スグリは思わず戦慄する。
そしてそこまで見てからはっと我に返り、周囲を見回す。今自分がいる場所は、休憩室からそんなに離れていない。今向かえば間に合うだろうかと、なんと気なしに足を向けた。
休憩室に向かうと、ちょうど光景の中にいた子供と教員の姿があった。様子を窺えばスグリの見た光景通りに、子供たちに何か頼まれたのか教員が件の戸棚へ向かう。このまま自分が介入しないと、きっと先ほど見た光景の通りになってしまうかもしれない。漠然とした予感が胸を掠めた。なるべく不自然でない形で会話に混ざる。
「どうしたんだ?」
「ああ、スグリ。いやね、この子たちが戸棚の上の箱が気になるって言うから、確認も含めて下ろそうかなって思ってたんだよ」
「そういうことなら、俺がおろそうか?戸棚も結構高さあるし、バランスでも崩したら大変だろ?」
「そうだね、じゃあお願いしちゃおうかな」
「お安い御用さ」
教員に代わってスグリは戸棚の上においてある箱を手に取り、ゆっくりとそれをおろした。見た目以上に箱は重く、内心驚いたほどだ。埃をかぶっているかと思われたがそれほど古いものではないらしく、汚れは目立たないくらい。
何が入っているのかと箱を開ければ、そこには大量の本があった。表紙から察するにそれはレシピ本らしく、様々な料理のレシピが記されている。中には地域独特のレシピがまとめられている本もある。図書室からあぶれた本たちだろうか。気になるところではあるが、ひとまずその場は教員に任せることにした。
その後も似たような現象は続いた。孤児院内の庭でボール遊びをしていた子供たちが、誤って道に出たところを馬車に惹かれる光景が浮かべば阻止した。おやつの時間でマグカップを床に落として割ってしまう光景が浮かべば、落ち切る前にキャッチした。
そんなことが一日の内で何回も起きるものだから、子供たちからは魔法使いだなんてもてはやされる。しかしスグリは子供たちとは違い、実際はそんなものではないのだろうと憶測を立てていた。
******
その日の夜。夢の中でスグリは己の潜在意識の中に来ていた。彼女──ヴェルザンディに会うために。ここ二日間で自身の身に起きたことについて、彼女に問いただそうと──正確には確認するためかもしれない──思ったのだ。
潜在意識内にある樹木の幹に、ヴェルザンディはいつものように腰かけてスグリを出迎えた。彼女も、なぜ自分がここに来たのかを理解してるのだろう。待っていたよと声をかけられる。
スグリもいつものように挨拶を交わしてから、幹に腰かける。一呼吸おいてからまず、昨夜見た夢の話から語り始めた。
「……夢渡りで、夢を視た。未来の俺とヤクの夢だ。理由は分からないが、俺たちは殺しあっていた」
「そう……。キミの夢渡りの能力も、ようやく開花したようだね」
「……ああ。夢渡りの能力が開花する時期には、個人差があるのか?」
単純な疑問をぶつけてみる。スグリの問いに対し、ヴェルザンディはそうだと肯定した。彼女いわく、扱えるマナの強さに比例するかたちで能力が解放されていくとのこと。自分はヤクよりも魔力の扱い方に慣れるまでの時間が長かったこともあり、能力開花までに時間がかかってしまったのだろう。それがヴェルザンディの見解だった。
だが能力そのものに優劣はないとのことだ。夢渡りの能力の能力は、女神の巫女全員に平等に与えられるものなのだと。
「夢の結末が曖昧なことも、そうなのか?」
「そうさ。キミが見た夢も、結末まではわからなかっただろう?」
「ああ、結末が見える前に夢から覚めたからな。どうしてなんだ?」
「それは、女神の巫女自身が見届けなければならないことだからだよ。前にも言った通り、夢渡りで視えた夢の内容はあくまで暫定的なものであって、確定された未来というわけではない」
夢はあくまで、未来視の能力の範囲内での事象に他ならない。安定した未来へ向かうための手助けなだけであり、そこに意思はないのだと。
「万物が流転するが如く、常に変わり続けている未来は万人に等しく与えられるものなのさ」
ヴェルザンディいわく巫女は、その万人の未来をよりよくするための役割を担った存在とも言えると語る。その万人の中には、巫女自身も含まれているのだそうだ。
「女神の巫女だからって、何もかもが特別ではないんだよ」
「つまり、何でもかんでも未来予知が出来るわけじゃないってことか」
「そういうこと。ただし、キミの巫女の能力に限っては完全にそうとも言い切れないかもしれない」
ヴェルザンディの言葉に違和感を覚えたスグリが、どういうことかと視線で訴える。まさか、今日自分の身に起きたことが関係しているのだろうか。
「キミはもうすでに気付いているんじゃないかな?」
「もしかして、今日起きた出来事は全部……お前の能力によるもの、なのか?」
「正解。私は現在の時間軸を司る運命の女神だからね。長い時間ではなく、今現在という時間軸において起こることへの予知ができる。それが、私の力を受け継いだ女神の巫女の能力さ」
「現在という時間軸における予知……?」
「簡単に言えば、極端に限定的な未来予知能力といったところだね。この先すぐ起きることが予見できるといった感じ、と言えばわかりやすいかな?」
彼女の言葉に頷く。わかりやすい説明だったと褒めれば、当然さと軽快な返事が返ってきた。スグリは一度己の手の平に視線を落としてから、ヴェルザンディに尋ねる。
「俺が扱えるマナの力が強まったから、巫女の能力が解放されたって解釈でいいんだよな?」
「そうさ、その解釈で合ってるよ」
「つまり俺は、強力な巫女の力を扱えるようになったってことになる。だったら俺と同じように覚醒した女神の巫女には、俺が女神の巫女だってバレてしまう可能性もあるんじゃないか?」
この質問は彼にとっては、疑問というよりは確認に近かった。
手練れの魔術師やマナの扱いに慣れてきた人物は、空中に浮遊するマナが誰のものなのか、判別できるようになる。同じ道理で女神の巫女も、誰が女神の巫女なのかわかってしまうのではないか。
しばしの沈黙の後、すべてを理解しているかのようにヴェルザンディは答える。
「……そうだね、巫女同士は互いに惹かれあう。本人が隠そうとしても、意図していなくても、察知されてしまう可能性は十分にあり得るよ」
「……そうか」
「それをなんとなく理解していたから、キミは今日ここに来たんだろう?」
ヴェルザンディの言葉に、思わず肩をすくめる。さすがは未来を見通せる運命の女神の一人、と言ったところだろうか。
「なんだ、わかっていたのか」
「あくまで勘の域は出ないけどね。それでも私は、ここからずっとキミを見ていたから。ある程度の予測は立てられるってものさ」
「女神なのに随分と人間臭いこと言うんだな?」
「キミに影響されたから、かな?」
「謝っておくべきだろうか?」
「いいさ、気にしてなんかいないよ」
「助かる」
相手は女神だというのに、まるで姉弟か友人かのようなやりとりだ。それが酷く心地いいと感じるが、スグリは一つの決断をもってここに来た。いつ切り出そうかと考えあぐねていたが、いつまでも言わないわけにはいかない。意を決して、口を開く。
「だったら……一時的でいい。俺の巫女の力、封印してくれないか?」
スグリの言葉に、ヴェルザンディは最初無言を返した。しかし一度だけさらりと風を吹かせると、まずその理由を尋ねてくる。
「……このまま巫女の力を強くすれば、きっとヤクにはバレる。あいつも女神の巫女だからな。俺の憶測になるけど、たぶんアイツはこの力を疎むと思う。今までの人生が運命で定められていた、なんて。きっとあいつは納得できないだろうなって」
「……あの子のこれまでを考えれば、簡単に受け入れるのは難しいかもね」
「ああ。それなのに隣で俺が巫女の力を使えば、アイツを追い詰めてしまうかもしれないって思った。俺は、アイツを守るために強くなるって己に誓ったんだ。だから俺自身だとしても、アイツのことを傷付けたくない」
脳裏によみがえるのは、ヤクの横顔だった。昔の笑顔と今の影が差した顔が、胸に痛い。最近の彼を受け入れられなくて冷たく接し、避けているが、本心では彼には笑顔でいてほしい。過去の辛苦を忘れられるくらい、幸せになるべきなんだと考えているのだ。
「でも、わかっているのかい?キミが今までマナをうまく扱えていたのは、女神の巫女だったからっていう部分も大きい。それを封印するということは、マナの扱いに障害が生じるということになる。それでもいいのかい?」
ヴェルザンディの言葉は最もだ。今まで己の力だけで、マナをうまく扱えていたわけではない。女神の巫女として覚醒して、その本質を理解していたからなせる業ともいえる。それらを封印することで、ある程度の弱体化は免れない。しかしスグリに後悔の念はない。
「いいんだ。たとえマナが上手く扱えなくなったって、俺には剣がある。なにもかも切り伏せて見せるさ」
そう答えれば、ヴェルザンディも納得したように天を仰ぐ。どうやらスグリの答えに満足したのだろう。わかったと呟いてから、封印のための文字を空間に描いていく。
それが書き終わると同時に、淡い光と優しい風が二人を包む。
「これで封印の陣は完成した。これから徐々にだけど、私とキミのリンクを絶っていくよ。まぁそこまで覚悟できているなら、私とのしばしのお別れも苦じゃないね」
「悪い、我が儘言って」
「気にしないでくれたまえよ。たとえ封印したとしても、私はいつでもこの場所からキミを見守っているから。寂しくはないだろう?」
「そうだな、それは頼もしい限りだ」
そう言葉をかけて、瞳を閉じる。ヴェルザンディとのしばしのお別れに、スグリは彼女に礼を言いながら夢から覚めるのを待つのであった。
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