Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第三話

第五十一節 心を穏やかにする

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 その日、メルダーが執務室の自分のデスクの脇にある花を飾った。急になぜ花を飾るのかと疑問に思い質問してみれば、任務先で見つけたとのこと。あまりにも綺麗だったからと、その場から数本かすめ取ってきたのだそうだ。その花は白い花弁が美しく、ヴァダースも見覚えのある花だ。

「この花、調べたらカランコエって花だったんですよ。花言葉は確か──」
「幸福を告げる、たくさんの小さな思い出、あなたを守る、おおらかな心」
「知っていたんですか?」
「知識の一つとして覚えていただけですよ」
「さすが。それにしても、いい花言葉ばかりですよね!花自体も綺麗だから、一気に好きになったんです」
「そうでしたか」

 メルダーに告白をした日以来、ヴァダースのメルダーに対する態度は随分と丸くなった。恋仲になったということで最初こそどう接したらいいかわからなかったが、今までの自分の態度を顧みながら接していくようになった。その結果、刺々しさが抜けて丸みを帯びるようになった、ということである。
 多分、傍から見ても己の態度が変わったことは知られてしまうだろう。シャサールには、恋仲になったことが翌日には既にバレてしまったくらいだ。女の勘とはまったくもって末恐ろしい。

 残っている書類を片付けていく最中に、ふとメルダーから仕事の後の予定が入っているかどうか尋ねられた。

「今日は特に夜勤もありませんし、定時で上がる予定ですがそれが何か?」
「じゃあその……その、あれですよ!」
「メルダー?」

 ヴァダースの答えを聞いたメルダーは何処か顔を赤らめて目を泳がせながら、単語としても聞き取れないような、言葉にならない言葉を話す。直接的に表現するのではなく回りくどい話し方に、増々疑問が浮かぶ。質問してきておいて、何がしたいのかさっぱりわかりかねる。

「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか?」

 いい加減仕事も溜まっていることだし、要件があるのなら先に済ませてほしいと言外に伝えれば、彼は勢い良く頭を下げながら叫ぶように宣言した。

「ヴァダースさんの今夜を俺に下さいっ!」

 彼の宣言の後、一瞬の沈黙。最初こそ彼が何を言ったのか理解できなかったが、鼓膜からようやく前頭葉に届いた言葉を噛み砕き、一気に顔に熱が集まった。その後、叱るでもなく否定するでもなく手を頭に置きながら、一言だけ呟く。

「あ、貴方は……なんてことを、大声で話すんですかっ……!」

 恥ずかしいやら嬉しいやらで一人混乱する脳内。今夜をくださいということは、とどのつまり情交に及びたいというメルダーからの誘い文句だ。確かに自分たちは恋仲になった。部下たちが知らない隠れた場所でキスも交わしたこともある。そこからさらにもう一歩踏み込みたい、と。
 急になんてことを言いだすのかと怒鳴りたくもなったが、彼から求められていることが嬉しいと感じてしまっているために、叱るに𠮟れない。それにセックスしたいという直接的な表現はせずに、彼なりに言葉を選んだであろうことも、理解できる。その努力に免じる必要はあるだろう。

「……わかりました。いいでしょう。ですが言ったからには、貴方が色々と用意してくださいね」
「……!はい!もちろんですよ!」

 途端に上機嫌になったメルダーの様子に苦笑しながら、改めて書類に目を落とす。
 ここ最近、どうもアジト周辺での襲撃が多い。警戒態勢は敷いているが、どうも相手が見えないのだ。少なくともミズガルーズ国家防衛軍の奇襲ではない、ということは確かだ。彼らが自分たちに襲撃をかけるならば、最低でも十名前後の分隊で仕掛けてくる。これは今まで彼らと衝突したことから知り得たこと。

 では世界保護施設かと尋ねられれば、正直微妙なラインではある。まず襲撃の目的や意図が見えない。四年前のアジト急襲時の彼らの目的は、自分たちが生み出した実験体のデータ収集だった。そのための陽動の規模も大きく、実際自分たちは彼らの策に引っ掛かり、致命的なダメージを負うことになった。
 それを踏まえ今回の襲撃の狙いを考えるが、どうも雲を掴んでいるような感覚だ。再び自分たちを実験ネズミにするにしては、ここ数日の襲撃の規模が小さすぎる。加えて襲撃してきたのはどれも、何の変哲もない魔物たち。死体を検分した部下の報告によると、どこにも細工を加えられた痕が見られない、とのこと。

 単なる偶然、で済めばいい話なのだが──。
 なんにせよまだ情報が少ない。もう少し手掛かりが集まってから考えてもいいだろうと結論付けて、ヴァダースは書類整理に取り掛かるのであった。

 そしてその日の仕事が終わる。メルダーも午後は書類整理の仕事だったらしく、上りの時間は一緒だった。時刻は夜の八の時間を過ぎている。
 ちなみにアジト本部があるヴァーナヘイムには、ホテルの類は存在しない。ゆえに身体を重ねる場合、どうしてもプライベートな空間に限られる。ヴァダースもメルダーもそのことを承知しているため、今晩はメルダーの部屋に泊まることになった。ちなみに食事は既に本部の食堂で済ませてある。着替え終えた二人はそのまま、宿舎までの帰路につく。

 恋仲になった後も何度か彼の部屋に入ったことはあるが、部屋に招かれるたびに殺風景だった彼の部屋に少しずつ、彩りが増えていった。よく見れば部屋にはすでに、カランコエの花が飾られてある。
 コートを脱いでハンガーにかけたところで、メルダーに声をかけられる。

「その、えっと……やる前にシャワー浴びませんか?」
「あ……ああ、そうですね。軽く汚れを落としましょうか」
「もしでしたら、お先にどうぞ!その間に色々用意しますから!」

 準備がいいと言えばいいのだろうか、メルダーはヴァダースにバスローブを手渡して赤面しながらシャワーを勧めた。そこまで露骨な反応をされてしまうと、こちらも嫌でも意識してしまいそうになる。顔に熱が集まる感覚を覚えながらもバスローブを受け取ったヴァダースは、そそくさと逃げるように脱衣所へと向かった。
 服を脱ぎ、眼帯を外してから浴室に入り、シャワーを浴びる。うっかり髪を濡らしてしまうと、行為の時に面倒なことになりかねない。なるべくシャワーのお湯が髪にかからないよう細心の注意を払いながら、その日の汚れを簡単に洗い流した。

 シャワーを浴び終えバスローブを羽織ったヴァダースは部屋に戻り、メルダーにシャワーを浴びるように促す。メルダーはバスローブを羽織ったヴァダースを見て、固唾を吞む仕草を見せた。しかし即座に我に返り、どこか焦りながら脱衣所へと逃げていった。台風か何かかとぼやきつつ、窓から見える景色に視線を落とす。

 相変わらず灰色に包まれた街並みと、所々に申し訳程度に建っている街灯のぼんやりとした灯りが灯っているだけの景色。その場所を強烈なほどの月明かりが照らしている。ここに住み始めて八年。もう随分と目が慣れてしまった。

 こつ、と窓に頭を傾ける。
 恐ろしいくらいに、今が平和だと感じている。こんなに平和でいていいのだろうかと疑ってしまうほど。仕事は危険はあれどもそれなりに順調で、隣には愛する人がいて、信頼できる部下たちがいて。大きな事件もない、穏やかな日々。国際指名手配されている犯罪者であるにも拘らず、とても充実した時間を過ごせていることに、不安を感じていないと言えば嘘になる。時々、自分は夢を視ているのではないかと錯覚するときもある。だが──。

「お待たせしました、ヴァダースさん」

 脱衣所からメルダーが戻ってくる。彼の存在が、ヴァダースに今が現実であることを知らしめるのだ。小さく笑ってから「待ってましたよ」と答える。そんな彼に対しメルダーも目尻を下げ、幸せそうに微笑む。そのまま寝室に入り、ベッドに向かい合わせになるかたちで腰を下ろす。そしていざ、というところで互いに固まった。

「えーっと、ヴァダースさんは男役と女役のどっちがいいですか?」
「どっちがいいですか、とは?私はてっきり貴方が女役をやってくれるのかと思っていたのですが」
「え?いやいやいやいや!?俺だってヴァダースさんが女役をやってくれるものだとばかり!」
「いや、それは……私も男ですからね?」
「俺だって男です!なによりヴァダースさんより年上なんですから!こう、大人としてのプライドとかあれそれとかありましてですね?」

 沈黙する二人。先に動いたのはメルダーだった。ヴァダースを押し倒そうと動くも、そこは彼もこれまで鍛えた反射神経がなせる業か、メルダーの手を掴み押し倒されるのを阻止した。

「諦めて俺に抱かれてくださいヴァダースさん……!」
「ご冗談を。いくら貴方とは言え、こればかりは譲れませんよ……!」
「それは俺も同じですから……!それに大人の言うことは聞くものですよ?」
「大人大人と豪語する人ほど子供とはよく言ったものです……!」

 力が拮抗しているのか、ぐぐぐと力を入れるも絶妙な体勢で固まる二人。一向に均衡が崩れなかったが、不意にメルダーの姿が消える。ふっ、と忽然と姿を消したものだからヴァダースは勢い余って体勢が崩れてしまう。意図せず仰向けに倒れてしまったところに、してやったりな表情をしたメルダーが見下ろしてきた。こんな状況になってしまった原因は、メルダーの血の能力のせいだろう。

「能力を使うとは卑怯ですよ!」
「いえいえ、これもれっきとした戦法ってやつですよ~?それに俺から誘ったんですからやっぱりここはきちんと責任を果たそうと思いまして、ね?」
「そんな責任の取り方がありますかこの馬鹿!」
「あー!?馬鹿って言った方が馬鹿なんですからね!?」

 まるで子供の言い争い。傍から見たらなんてくだらない口論だと苦笑されることだろう。しかし二人はその後もどちらが男役か女役かと議論を繰り返し、どうにか無事に肌を重ね合わせることはできた。しかし一回では飽き足らず、四度ほど同じ夜を共にしたのであった。
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