Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第三話

第五十四節 恐怖心を取り除く

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 ズゥニの呪医結社を調べていくうちに、分かったことがある。
 その結社の構成員は、大昔に滅びたとされる”ズゥニの一族”と呼ばれる一族の血縁関係者が多かった。その一族たちはとりわけ治癒能力が特化されていたらしい。投薬だけでなく、己の身体の細胞だったり血液だったりと、媒体は様々だがそれらを駆使して医術を施すこともあったそうだ。医療魔術、というよりはその在り方は呪術的なものの方が近い。
 また、その一族の治療を受けて回復した人物は、ズゥニの呪医結社の構成員になることが義務付けられている。理由は定かではないが、ズゥニの一族の秘伝とも呼べる能力の安全保持、のためでもあったのだろう。彼らの理念は、己の生命の救済を突き詰めること。そのためならば殺人も厭わない彼らのことだ、高い能力を外部に漏らされては困ると判断したのだろうとうかがい知ることが出来る。

 確かに彼らの能力には目を見張るものがあるが、それが世間に受け入れてもらえるか、となれば話は別になる。一般の医療とは異なり、呪術的な施しによる心身の回復という治療行為は、通常の感覚しか持ち合わせていない人間からしたら、眉唾物と思われても仕方ない。
 くわえて当時は第三次世界戦争後ということもあり、人間による種族差別が横行していた時代だ。能力に対して異端の烙印を押され、迫害される可能性は十分にあり得た。だから彼らは結社を形成し、地下に潜り時に裏社会から政治に介入して、どうにかその血を絶やさないよう活動してきたのだろう。

 そんな結社が何故、世界保護施設が引き起こした事件への関与が疑われているのか。今思い返せばあの時の世界保護施設の急成長は、異常だった。世界保護施設は戦闘能力など皆無であり、人体実験の能力と知識に特化されている集団であるはず。
 そんな彼らが日々の研究だけで、実際の戦闘に繰り出されている自分たちカーサを上回る戦力を確保できるだろうか。あの、白の魔物を産み出す技術は果たして、彼らのみの知識で生まれたものなのだろうか。実は自分たちが知らない裏のところで、結社と施設が繋がっていたとでも言うのだろうか。

 調査は連日進み、そのうえでヴァダースの中である一つの答えが導き出されてしまった。やはり、カーサの中にまだスパイが紛れ込んでいるのだと。

 襲撃地の地下という視点は通常ならば見落としてしまいがちな部分だ。しかし連日起きる謎の襲撃のこともあり、ボスから事件の事後調査を命じられていた。実際にその際の報告書もまとめられ、提出されている。
 だがその報告書にはヴァダースが知り得た情報の一つでもある"ズゥニの呪医結社"に関する報告は、一切記されていなかった。まるでカーサにその情報が開示されないよう、裏で隠蔽工作が行われていたかのように。

 そんなことが出来る人物がいるかもしれない、という疑惑がヴァダースにスパイの存在がいるという事実を知らしめた。そしてそれらの資料を最終的にまとめていた人物。それがメルダーだったという事実も、ヴァダースに深くのしかかった。ボスの疑惑を晴らすために調査したというのに、これではまるで本当に、メルダーがスパイであることを証明しているようなものではないか。

 認めたくない、信じたくない。その思いを抱えながら、しかし言葉にすることもできないまま相変わらず日々が過ぎていく。幸か不幸か、ヴァダースが調査しているとメルダーに悟られないよう振る舞うことはできているらしい。いつもの底抜けに明るい調子で、自分に接してくる。
 そんな彼を見ていると、メルダーへのスパイ疑惑について考えている自分が、とてつもなく情けなく感じる。疑惑は、ボスの杞憂だったのではないかとも思えるほど。本来ならすぐ問いただして是非を問わなければならないところだが、ヴァダースは中々その行動に移ることが出来なかった。

 そんな憂鬱とした気分を抱えながら過ごしていた、ある夜のこと。
 その日は久々にメルダーと肌を重ね合わせた。今は存分に満足した後の余韻を楽しんでいる、はずなのだが。その日はうまく会話を続けることが出来ず、メルダーの話を聞く役に徹していた。ベッドの中で抱き合っていたが、ふとメルダーがヴァダースの胸元に顔を埋める。

「……メルダー?どうしました?」
「いやですね、俺、今が本当に幸せだなぁって実感してるんです」
「なんですか、藪から棒に」
「ずっと思ってたことですよ。ただ逃げていただけの自分に、こうして恋人ができて一緒に過ごす時間が送れるなんて。思ってもみなかったんですから」

 甘えるように、ヴァダースの胸元に頬擦りするメルダーが、何故か遠くに行ってしまいそうで。思わず彼を抱きしめ、小さく見えた頭を撫でる。

「ずっと俺、嫌なことから逃げてた。逃げて、欺いて、果ては裏切って。のことも守れない、そんな自分が大嫌いだった」
「そんなこと……」
「これからもきっと好きになることなんてないって、思ってた。でもヴァダースさんに愛されている自分のことは、少しずつ好きになってったんです」

 メルダーの言うあの子とは、以前彼が話した子のことだろうか。
 メルダーと同じ──"記憶する能力"に特化した種族の一族の末裔だとされている、彼の知り合いという子供。
 しかしなぜ今になってそんなことを話すのだろう。こんな、今生の別れを切り出すかのような言葉を。

「メルダー……」
「ボスに助けていただいて、カーサに入れてもらえて。信頼できる部下が出来て頼れる先輩がいて。今俺は夢を視てるんじゃないかって、時々思ったりもするんですよ?こんなに幸せな日々なんて、今まで送ってこなかったんですから」
「……それは貴方の努力の結果でしょう」
「……なんだか今日のヴァダースさん、いつもより俺を褒めてくれますね」
「貴方があまりにも萎れたような態度を見せるからです」
「……慰めてくれるなんて、ヴァダースさんってやっぱり優しい人です」

 ふふ、とどこか満足げに笑うメルダーに対し、ヴァダースの心は沈んでいく。まさか、勘付かれたのだろうか。己がメルダーのスパイ疑惑を晴らすために、独自に調査していることを。浮かんだ不安を紛らわすかのように彼の名を呼んでから、口づけを要求する。くちゅり、と静寂の中に響くこの音が、二人を繋いでほしいと願ってやまない。

「……いつか。いつか俺にはこんなに優しい恋人ができたんだって、あの子にも教えてやりたいなぁ」
「前々から気になっていました。貴方の言うあの子とは、どんな子なんです?」
「そうですね……血は繋がってないんですけど、同じ一族の末裔だってこともあって、俺にとっては大事な弟のような存在なんです。まぁ、嫌われてましたけどね。でも笑った顔はめちゃくちゃ可愛いんですよ」

 それからメルダーは、その弟のような存在について語る。
 ある事情でスラム街に赴いた際に出会ったこと。なかなか心を開いてくれなかったこと。それでもめげずに向き合った結果、隣にいることを許してくれたこと。
 そんな折にある組織に見つかって、その子が身売りされそうになったこと。そしてその子を助けるために単身飛び出して、それが結果的に大勢の人間を苦しめることになってしまった、ということ。

「今はもう、あの子がどこにいるのかわからなくなったけど……。また会えたらいいなぁ」
「……いつか会えたら、私に紹介してくれますか?」
「もちろんですよ!真っ先にヴァダースさんに紹介しますから」

 にこりと笑うメルダーの顔を見ると、胸が苦しくなる。思わず彼の肩口に顔を埋めながら抱きしめれば、彼の笑い声が耳を掠める。

「今夜は俺よりもヴァダースさんの方が、甘えたいみたいですね」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
「へへ、ごめんなさい」

 よしよし、と今度はメルダーがヴァダースの頭を撫でる。……こうして肌を重ねられるのも、今日が最後かもしれないという漠然とした予感に震える。嫌だ、と。こんなにも強く思えるのは久し振りだ。自分がここまで、誰かに執着するなんて。
 メルダーはしばらくの間何も言わず頭を撫でてくれていたが、ふいにこんなことを口にする。

「……今からの話は、たとえ話ですよ?」
「なんですか急に……」
「もし、もしもですよ?俺が貴方を裏切るようなことがあれば。その時はヴァダースさんの右目で殺されたいです」
「なにを馬鹿なことを言うんですか……!」

 思わず顔を上げて彼を睨みつければ、きょとんとした顔をされたあとくすくすと含み笑いをされる。

「いやいや、たとえ話ですって。本気にしないでくださいね?」
「質の悪い冗談にもほどがあると言ってるんです!そんなことを急に言われるこちらの身にもなって──」

 ください、という言葉はメルダーのキスで阻まれる。触れるだけの、しかし暖かなそれ。離れたメルダーの顔には満面の、それでいて、何処か充足感に満たされているような笑み。

「大丈夫ですよ、ヴァダースさん」

 俺はいなくなったりなんかしませんから。

 その言葉はどんな別れの言葉よりも痛くて。深々と、ヴァダースの胸に突き刺さるのであった。
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