Fragment-memory of moonlight-

黒乃

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第三話

第五十八節 無限の愛の中に身をゆだねる

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 メルダーはヴァダースから視線を放さないまま、己が知ったという事実について語っていく。

「ある時、俺は知ってしまったんです。結社が、世界保護施設と手を組んでいたことを。結社は、相手を殺すことで生を永らえるなんて言いながら、その口で自分たちの情報を売っていたんです。自分たちの身の安全を保障を、見返りにってね」
「そんな……」
「数年前の世界保護施設によるカーサ西のアジト襲撃も、その一端はズゥニの呪医結社が提供した技術が影響していたんです。結社が開発した治癒能力を応用して作られた、成長させるための薬。世界保護施設がそれを産まれたばかりの赤子に投薬して、魔物の腹に孕ませて……」

 それが当時の世界保護施設急成長の理由か。
 メルダーはどこか遠くを見るように目を細めて、告白を続ける。

「結社は、生き残るために今度はあの子を差し出そうとした。あの子の、他人に擬態する能力は、一族の中でも特異的なものだったから……。それを知った俺は、その時初めて結社を裏切りました。彼らの隙を見て、あの子を結社の外へと連れだした」

 ただ、その時の行動が原因で世界保護施設には、己がスパイだということがバレてしまった。本来ならその場で殺されてしまうだけのメルダーだったが、世界保護施設は彼にチャンスを与えたそうだ。今回のメルダーの行動を、丸ごと不問に付すと約束までして、彼らが出した条件。

 それはカーサへスパイとして潜入し、ヴァダースを抹殺する、というものだった。

「俺がカーサのボスに拾われるため、世界保護施設は小芝居を打ちました。俺が謎の組織から追われているって設定を作り上げて、いつかカーサのボスに救われるという状況に持ち込むため、数日がかりで無駄に戦闘を起こした」

 綱渡りのような計画だったが、結果としてメルダーは追われていたところをローゲに救い出されて、カーサに入隊することが出来たのだと説明を受ける。
 ヴァダースを抹殺するため、最初は演技で明るく接していたとメルダーは白状した。最初に出会った時の手合わせで、あわよくば、とも考えたそうだ。

「でも、失敗に終わってしまいました。思った以上に、貴方は強かった」
「……あの時の殺気には、そういう意味があったんですか……」
「気付いていましたか……」
「その当時は殺気の意味までは理解できませんでしたが、ね……」

 初顔合わせのあの日。あの手合わせの時に向けられたメルダーが纏っていた殺気。そこに込められていた意味を、まさかこんな形で理解してしまうことになるなんて。
 心の内で知りたくなかった、と吐き捨てるヴァダースをよそに、メルダーは語る口を止めない。

 手合わせの時にヴァダースを仕留めし損ねたメルダーは、ならばと作戦を切り替えた。まずはヴァダースとの親密度を上げることにしたのだ。相手に隙がないならば、時間をかけてヴァダースに隙を作らせる作戦に切り替えればいい、と。
 だから必要以上にメルダーはヴァダースに構い、彼の意識を自分へ向けるように仕向けた。

 闇オークション作戦時の己の異常なやる気も、語った言葉も、すべて偽りだがメルダーを知ってもらうための演技なのだと。そう語るメルダーの表情は、何故か痛々しく歪んでいく。

「闇オークションの時も、俺は貴方を助けないことが本来なら正解の行動だったんです。でもあの場での俺の立場はカーサの最高幹部だったから、迂闊な行動が出来なかった」
「あの場には、ボスもいましたからね……。下手を打てば、貴方が殺されてもおかしくはなかった」
「その通りです。それに貴方が優しい人だって言うのは、わかっていましたから。だから情に訴えるように、俺は自分の腕を斬って貴方を助けました」

 その結果ヴァダースの己に対する態度が柔らかくなり、作戦は順調に進んでいるとメルダーは手ごたえを感じていたのだと話す。
 自嘲気味に白状した彼は、でも、と己の両手を見下ろしながら震える声で続けた。

 ある時から、ヴァダースを裏切っている己がとてつもなく卑しい存在に見えてしまった、と。

 調査任務の指揮官として現場に赴き、指示を出すことで素直に従う部下たち。ときには己の悩みなどを聞いてくれる四天王たち。そして同じ最高幹部という立場で、誰よりも近くにいたヴァダース。
 カーサでスパイとして活動していくなかで、メルダーは彼らに己が裏切者だと悟られてはなるまいと、必死に己を偽りながら生活していた。そんな己に疑うことなく接してくれる彼らと関わっているうちに、メルダーの目には彼らの姿が眩しく見え始めていたらしい。

「真っ直ぐな貴方たちを見ているうちに、自分が矮小な存在に思えて仕方なかった。怖いからって地下に逃げて、殺されるのが嫌だからなんて言い訳して殺して、逆らえないからって裏切り続けている自分が、憐れに思えたんです」

 ぐ、と両手を握って、メルダーは苦しそうに俯く。羨ましかった、と弱弱しく零れたメルダーの言葉は、彼の泣き声に聞こえた。

 一度そんな風に自己嫌悪に陥った以降、メルダーはヴァダースを抹殺する意識がぼやけていったそうだ。本当にこの人を殺したら、自分は解放されるのだろうか。否、そんなことは恐らくあり得ない。元々自分はカーサにとっては敵対組織である、世界保護施設側の人間なのだから。そうでなくともカーサへの裏切りに対する刑罰は、死をもっての処刑。
 どのみち己には、破滅の未来しかないのだと悟った。そこでようやくメルダーは気付いた。本当の意味で世界保護施設に売られたのは、己だったのだと。

 ならば自分がヴァダースを殺そうが殺せまいが、世界保護施設にもズゥニの呪医結社にも関係ないではないか。そう感じたメルダーは、己に課せられた任務を放棄しようと考えた。どのみち死ぬのなら、納得できる死を選びたい、と。

「そう考えてから始めたカーサでの生活は、本当に楽しかった。自分が裏切者だってことを忘れそうになるくらい充実していて、人生の中で一番"生きてる"って実感できていました」

 しかし、それは許されないことなのだと思い知らされる事件が起きた、と。メルダーは胸を抉られたかのようにそこを強く掴みながら、ヴァダースに先日より起きていた襲撃事件についての詳細を語った。

 ここ数日起きていた奇妙な襲撃はすべて、メルダーへの警告の意味が含まれていたのだという。
 襲撃地となったカーサのアジト周辺の地下には、ヴァダースが調査して判明したように、ズゥニの呪医結社の地下拠点があった。そこに奇襲をかけたのは世界保護施設であり、その場所を襲撃するように指示したのは結社側だったそうだ。
 世界保護施設側はすでに、結社側からメルダーを斬ることの了承を得ていた。結社もメルダーが例の子供を組織から脱出させた件で、彼を裏切者と判断していた。

「カーサにスパイとして潜入して五年間もの間動かなかった俺に対して、世界保護施設は残されている時間は少ないって、警告してきました。アジトの地下にある結社の地下拠点を襲撃して、早く貴方を殺さなきゃお前が逃がした子供も殺すって、脅してきたんです」
「では、まさか結社側はもうすでに……」
「多分、見つけたんだと思います。俺が逃がしたあの子のことを……。けど手を出さなかったのは、俺にあの子のことで脅すための材料として、利用価値があったからだと思います……」
「……そこまでして、彼らは貴方を使って私を殺したかったんですね」
「卑怯な手ですが、俺にはもっとも有効的な手でもありました。俺は何よりも、あの子の幸せを願っていたから……」

 メルダーの言葉ももっともだ。人質を取るという手は、卑怯であると同時に相手の行動を制限させるための最も強力な手段でもあるのだから。
 そこでふと、ヴァダースはあることをメルダーに尋ねた。

「……まさか、あの時の処刑も……」
「……その通りです」

 ヴァダースが尋ねた内容。それは己の邪眼の能力を説明するために行われた、カーサに潜入していた工作員の処刑についてだ。あの時ヴァダースが殺した工作員の正体は世界保護施設の人間であり、彼は尋問の際に「もう時間は残されていない。蛇の目はすぐそこにまで這い出て、春色を睨みつけている」と言葉を残していた。
 ヴァダースはそれらの情報を聞いたからこそ、カーサの中にはまだスパイがいるという可能性を考えた。

「あの工作員も、俺に警告するために利用されたんです。蛇の目って言うのは、世界保護施設のシンボルなんです。そんで春色ってのは、俺のことなんですよ。結社にいた頃から、俺の髪色が春の草原の色に似てるからって」

 さら、とメルダーが己の草色の髪を手に取る。
 つまり世界保護施設はメルダーに、ズゥニの呪医結社の地下拠点を襲うことでプレッシャーをかけていた、ということになる。カーサのアジト周辺を選んだ点も、メルダーに対してカーサに絆されるな、染まれるはずがないと、再確認させるためだと思うと──。

「そして彼らはいよいよカーサの西のアジトこの場所を襲撃地にした。この場所はヴァダースさんにとっても過去の傷痕で、そこで襲撃すれば殺せるのだと、俺に指示を出してきたんです」

 メルダーはそう言いながら一度、手にしていた短剣を強く握りしめる。

「それに、ヴァダースさんが俺の正体に気付いているかもって、薄々感じてました。だから、もう選択肢なんてなかった。こうするしか、できなかった」

 そう開き直るように言い切ったメルダーの瞳からは、涙が一筋流れていた。
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