夜空の軌跡

スイートポテト

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第一章

さよなら ママー3ー

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「舞ちゃんおはよう!」

「……」

 私は顔をひきつってしまった。私は家族以外に話しかけられるのが苦手だった為、いつもクラスの端っこにいたつもりなのだ。しかし、どうしても流星は私の方へと足を運んでくる。1度だけ私に話しかけるのをやめて欲しいと流星に頼んだ。だが10日経つ今も、1日たりとも流星は私から離れることは無かった。

「わぁ~舞ちゃん髪をくくってきたの?リボンになっててかわいー!」

「……いつもと同じ髪型だけど……」

「うん!知ってるよ!」

「……可愛いって思ってないでしょ……」

「思ってるよ!」

 愛想振りまく笑顔と上っ面だけの言葉……ただのゴマすりにしか思えなかった。人の顔ばかり見て、気を使って、無駄に大人ぶってる子……私は3歳ながらに彼の事をそう見ていた。無邪気な姿はまるで私の姉のよう……そう考えると何だか少し可愛くも見える。しかし決定的に違うこの完璧主義でが違和感でしか無かった。

「ねぇ舞ちゃん!舞ちゃんと同じリボン結びをしたピンク髪の女の子がいるよね?あの子はだァれ?」

「私のお姉ちゃん……」

 流星くんは1度私を見た。私が横目で見ながら「何?」と問いかけると、流星は私の青くグラデーションがかった髪を優しく撫でながら

「たしかに。この髪、お姉ちゃんにそっくりだね」

 そう言いながらはにかんだ。その優しい笑顔に私は顔を逸らし、自分の髪を撫でた

「ん、お姉ちゃんとの姉妹の証……」

 姉と私……髪の色は違えど、グラデーションかかった髪色。これは父と母の遺伝で綺麗に色付いたものだった。染めたような髪質ではなく、艶やかで淡い色……顔も見なりも似ない私達の唯一の共通点。私がふと流星に目を向けると、彼は無邪気に笑って見せた。

「素敵だね」

 私は初めてこの髪を褒められて花が綻んだように心が温まった。姉と姉妹であることを肯定して貰えたようで嬉しかったのだ。元々姉は変わり者で、自分の世界に陶酔し、周りが見えなくなる傾向にある。その内容も私は元々軍人の嫁だったのだの、一郎と会いたいだの……妄想染みていて、一部では不気味がられていた。逆にその子供らしい妄想が高じて可愛がられたりしていた。その為親戚や近所の人から「変わり者のお姉ちゃんとは違う」とよく言われたものだ。だから姉との共有点を褒められた事がこんなにも嬉しいとは思わず、頬が赤く熱を帯びた。

「ありがとう」

 流星は目を見開き、私を見つめていた。流星は照れ臭そうに目を逸らし、頭を掻いた。偶には可愛いところもあるのだな。無意識に私は彼のことが気になり、声をかけた。

「流星くんだっているでしょ?兄弟」

 流星は横に首を振った。

「僕のお母様は、僕を産んだ後に病気になって、赤ちゃんを産めない体になったんだ。だから妹も弟もいないよ」

 流星の横顔は悲しそうであった。私は流星の顔を見て少し罪悪感を感じた。いつも無邪気に笑っている流星が、こんな顔をするなんてと後ろめたくなった。しかし彼は私に顔を向けると何もなかったように微笑みかけた。

「舞ちゃん。今度は3人で遊ぼ?」

 流星の対応が変わらない様子に私は不満をぶつけた。

「どうして舞ちゃんを避けないの?さっき嫌な顔してたよね。傷つくことだったんでしょ?なのにどうして舞ちゃんとまだ一緒に居ようとするの。舞ちゃん……星野君のそういうところ子供っぽくなくて意味わかんない!」

 流星は口を開けて驚くと、私の顔を覗き込んだ。私の顔を見てはニコリとほおを上げた。

「舞ちゃんと一緒。僕は昔からお父様とお母様が喜ぶ為にいろんなお手伝いしたり、お勉強を頑張ったんだ。礼儀のお勉強。いつも笑顔でいる事。みんなと仲良くすること……だからね、舞ちゃんがいつも大人しく遊んでたことが気になったんだ。あんまり笑わないし、みんなと違う……もしかしたら僕と同じなのかなって思ったんだ。舞ちゃんもお父様やお母様に喜んで欲しくて、大人しくていい子になったんじゃないの?」

 流星の言葉に表をつかれた。自分がお父さん亡き後にお母さんのために手伝いを頑張っていたこと。いい子になってお母さんを困らせないようにしていた。大人しいのも聞き分けが良く、扱いやすい子を演じるためだ。誰にも気づかれたことがなかったことに流星は見抜いた。私は流星に甘える様に強い口調で訴えた。

「星野君と違う!お金もないし、お母さんも1人で私たちを育ててくれてて……星野君みたいにまだ失ったことも、足りないものがないわけでもない!舞ちゃんにはお父さんもいない!お金もない!ないものを数えちゃいけないって、わかるよ?お母さんがいつも言ってるから……でもお母さんがあんなに苦しそうにしてるの嫌なんだもん!!」

 流星は私を見て真剣な眼差しを向けた。流星は私の頭に手を置いた。そしてゆっくりと撫で回してくれた。私は涙が頬を伝った。

「がんばったね」

 私は流星の優しい声に心が溶かされていった。緊張も、心の仮面も剥がされていく。私はその手をにぎりしめた。

「星野君……意味わかんない」

 流星は頬を染めて喜ぶと、私の頭から手を離した。流星は私の顔を再度見て、にっこりと笑いかけた。

「舞ちゃんは笑ってる方が可愛いよ」

 私は思わずその言葉が子供っぽくないと感じ、思わず笑いが出た。

「なんだかおじさんみたい」

 私がそういうと流星は慌てて弁解をし始めた。

「おじさんじゃないもん!僕3歳だもん!」 

 私が手を口も下に当てて笑っていると、流星は頬を膨らめながら睨んできた。しかし私の顔を数分見た後笑いかけた。私はこの一件で流星の印象が変わった。流星にも流星なりの考えがあって、大人っぽい振る舞いをしているのだと知った。それを素直に私に教えてくれたことが何よりも嬉しかった。そんなことを考えていると、別のクラスから姉がやってきた。姉は長いグラデーションピンクの髪を揺らしながら私に話しかけた。

「舞!迎えにきたよ!帰ろう!」

 黄色いカバンに青のスモックを着て、目を輝かせている姉を見て私は自分のロッカーに駆け寄り、黄色いカバンを手に持った。姉の元まで走っていくと、流星の声に引き止められた。

「舞ちゃん!今度また泣いちゃったら、僕がお話し聞きにいくね!今度は舞ちゃんを助けてあげるからね!」

 相変わらず子供っぽくない言葉だが、無邪気な笑顔と、純粋な気持ちが心に刺さった。私は数ヶ月以来久しぶりに心から笑顔になれた。


 幼稚園バスを降り、姉と2人で手を繋いだまま帰路についた。いつもの道を降り、家の扉をあけた。扉の先にはお母さんがご飯を作って待っていてくれた。姉は走って母の元へいき、抱きついた。私はその姿を後ろから見て笑った。お母さんがこちらににこやかに話しかけてきた。

「お帰りなさい。今日は楽しかった?」

「うん。友達がね?できたんだ」

 お母さんは私に友達ができたと聞いて目を輝かせた。

「あら舞、今の幼稚園で友達ができたの?よかったねぇ。初めてのお友達だね」

 私は母の言葉に頷いた。流星のことを思い出すと胸が熱くなった。姉はお母さんの元を離れると仏壇に手を合わせた。

「舞、ママ。パパは天国にいっちゃったんだよね」

 私はお母さんと顔を見合わせた。お母さんは姉に顔を向けると頷いた。すると、姉は嬉しそうに笑い始め、私の手を引いた。

「この前ね!街で天国ってお店見つけたの!もしかしたらパパ。そこにるんだと思う!」

 私は姉の言葉に嫌な予感がした。天国というお店……なんのお店なのかわからないが、お父さんに会えるというだけで怪しいことがわかる。私は姉の顔を不安げに見ると、姉はにこやかな笑みで私の手をひき、玄関に向かった。お母さんがその後を追う形で走ってきた。姉が玄関を開け、笑顔で外に出る際、私は振り返ってお母さんの顔を見ると鬼の形相をしていた。私は初めて怒る母の顔に少し恐怖心を抱いた。

 小道を抜け、街の繁華街に出た。私はその光景に不信感を抱いた。街に男と女が腕を組み歩いている人が多い。看板も子供ながらに不気味さを感じていた。姉はある看板を見つけると、階段のある建物を指差した。

「ほら!あそこ見て!“天国”ってお店」

 “天国”……子供にはわからないところではある。そういう知識がないから。私もその1人でなんのお店かわからなかった。しかしその店の雰囲気から怖くなり、姉の手を引いた。

「お姉ちゃん……ここ止めよう……」

 私がそこまでいうと、店の上から男性が降りてきた。

「おぉ、なんだこの娘たち。可愛いじゃんかぁ」

 禿げ上がった頭部。派手な色のスーツを身に纏う男性。どこからどう見ても一般の男性には見えなかった。反社会組織にいそうな見た目に、私は怖くなりその場で後退りした。姉は私の震える体に気がつき、前に出て話した。

「おじさん!ここ天国なんでしょ?パパを返して!」

 男性は少し考えた後、姉の頭を撫でた。

「嬢ちゃん。パパは死んじゃったのかな?」

 男性の声は優しく、私達をあやしてくれた。姉は警戒心を抑え、過去の話を口にし始める。

「パパね。バイクで車と当たって死んじゃったの!そのせいでママは毎日朝も昼も夜も働いていて……ママが可哀想なの!お願い!パパを返して!!」

 姉の強い思いに男性は心を惹かれたのか、少し言葉を詰まらせた後、姉の目線まで体をかがめた。姉の頭を撫でながら淡々と話を始める。

「嬢ちゃんいいかい?パパは帰ってこない。一度人は死んだら、この世には戻ってこれないんだ。でもお嬢ちゃんがママを思うなら、お前が自分の未来を犠牲にしても母親を守りたいっていうなら、俺が助けてやる」

 姉は息を飲んだ後、首を縦に振った。すると男は小さな声で「いい目だ」と言った後、姉の手をつかんだ。男は姉の手を引くまま、“天国“というお店の階段に足をかけたその時、母が姉を抱き抱えた。男は私達家族の方を振り返ってみた。

「私の娘をどこに連れて行くつもりですか?」

 私は緊迫した空間から解放されたように泣き出し、お母さんの胸にとびこんだ。姉はなんのことかわからない顔をして母をみた。男は静かな口調で淡々と話を進める。

「何って、あんたの娘が望んだんだ。お前さんを助けるために未来をささげるってな」

 お母さんは首を横に振った。

「この子はまだ3歳です。このお店がどういうお店かもわかっていません」

 男は頭をかきながら大きくため息をついた。

「あのなぁ、金がなくて困ってるお前たちを助けるために、こんな小さいガキが頑張るって言ってんだ。その気持ちを汲み取るのも、大人の仕事だろ」

「こんな幼い子に体を売らせるなんて……犯罪だってことわかってるんですか?」

「誰も体を売らせる気はない……」

 男は母の耳元に口を添えると小さな声で囁いた。

「あんた、夏川だろ?お前が産んだピンク髪の娘を、佐野議員が欲しがってる」

 佐野家……代々日本の政治家を輩出しており、一部では裏社会を牛耳る権力を持っている噂があった。佐野家は代々子供が生まれると、競争心を養うために養子をもらい、子供同士で競わせる風習があった。しかしそのやり方に絶えられない子供が多く、養子の中には自殺する子もたえなかった。自殺者が絶えないことから佐野家は養子をもらう際、手切金として多額のお金を支払っている。男はその話を淡々とし、胸ポケットから紙を取り出した。姉の顔写真と共に、姉のことを探しているという文言が書かれた手紙を見せられた。

「あんたの旦那、金融会社だけじゃなくて俺たちに金を借りてたんだわ。だから俺の親父はあんたが金を返せなければ、あんたの娘を引き渡すようにいうつもりだ。そうなるくらいだったら、今のうちにその子を引き渡したほうが気が楽だぜ」

 お母さんはその言葉を聞いて首を横に振った。姉と私を強く抱きしめると、お母さんは凛とした声で話し始めた。

「この子は何があっても渡しません。私がこの子を守ります。どんなことをしても」

 しかしそんな思いとは裏腹にお金がない問題は解決されない。男はその言葉を聞くと
お母さんに条件を持ちかけてきた。

「それならうちで働け。前払いで俺が借金を全額出してやる。お前のノルマは200人だ。それが達成されるまでここで働く……それを条件にしていいっていうなら、お前の娘を見逃してやる。どうだ?」

 私はその言葉を聞いて意味がなんとなく通じた。お母さんはお父さん以外の人と寝る……そう考えただけで顔が青ざめた。行かないでほしくてお母さんのスカートにしがみついた。姉もお母さんの袖にしがみついた。しかしお母さんは姉を私の隣に置き、笑顔を向けた。その顔は少し悲しそうだった。私達はお母さんの後ろ姿を見ながら何もできずにいた。お母さんは“天国“の階段に足を踏み入れて行った。

「ママ……!ママぁぁあああああああ!!!」

 私の姉の叫び声が町中に響いた。私は何もできず、ただそこで追いかけようとする姉を抑え込むしかできなかった。
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