3秒の楽園

松竹梅猫

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《同棲14日目》

 早いものでこの四人生活を初めて半月が経過した。

 今日は土曜日で偶然全員が休暇の日だ。

 朝食はホットケーキ。珍しく律がぼーっとつついている。

 大学の新生活で毎日忙しくしているようだから、疲れているのかもしれない。

 だいたい白井兄弟は人として出来すぎているきらいがある。

 律は国立大法学部に進学し、入学式では総代として挨拶をしたくらいだ。しかもこいつはフェンシングを子どもの頃からやっていて高校では全日本を連覇している。史上最年少の記録らしい。

 朔も大学を出て研修医として毎日忙しそうだ、今も分厚い医学書かなにか英文の本をめくりながら食事している。これも珍しく行儀が悪いのでこいつも疲れているのかもしれない。

 公平は黙々と食べながらテレビを眺めている。

 都内の水族館がリニューアルオープンしたようだ、まだ俺は行ったことがない。そこでぴんときた。

「リフレッシュしよう!」

 俺の突然の宣言に三人はきょとんとする。

「水族館行こうぜ!」


 というわけで水族館デートである。初デートとしても水族館はなかなか定番ではないか。まあ俺たちは別に付き合っているわけではないが同盟を組んでいる俺たちは確実にデート気分である。

 そのデート気分をより高めるために俺はひとつの目論見を達成した。今日の公平の服を俺たち三人で決めたのである。

「けっこう混んでますねー!」

「並んでるのか。まあ土曜だしテレビでやっていたのだから当然か」

 到着した水族館は今朝テレビで流れていたところである。

 人混みに加わり列に並ぶことにする。

 自然と三人の間に公平が入れられて、三人分の視線を受けているのだが公平は全く気がついていない。

「可愛い」

 思わず口に出してしまった。

 公平は不思議そうにあたりを見回して可愛いものを探している。すまん、お前なんだ。

 律と朔が睨んできたが仕方ない。

 普段洋服にあまり興味のない公平が俺たちが選んだものを着ているという点でもうありがたいのに、それに対して疑問を持たないというこいつの警戒心の無さもなんか尊い。

 足のラインがわかるダメージジーンズは膝や腿の素肌を少し見せていて、大きめのベージュのトレーナーは白Tとレイヤードしてある。トレーナーは俺の私物だ。いたってシンプルだが、萌え袖になるようにしましたここ大事。

 ちなみに律がそんな公平とお揃いの格好をしている。トレーナーの色は紺色だが。

 背丈も同じなので二人が並んでいると双子コーデのようだ。黒髪の公平と茶髪の律と、カラーリングが対照的なのもあいまってなかなかどうして、可愛い。
 
 前に並んでいる女子たちが俺の後ろで「おそろかわいいー」とくすくす笑っているがこの二人のことだろう。わかる。

 列が進み水族館の中に入るとリニューアルオープンしただけあってかなり綺麗だった。

 四人とも魚大好き! とかじゃないが十分楽しめる。ひとつひとつ丁寧に展示を見て回った。

「ペンギン! 公平ペンギンです、可愛いですね」

「んー」

 屋内プールでペンギンがたくさん泳いでいた。飼育員のお姉さんが展示場の中で掃除をしていたが、公平はそっちを見ている、同業者として気になるのだろうがペンギンを見てやれよ。

「チンアナゴいるぞ、チンアナゴ」

「お前が連呼したがるような名前だな小学生」

「大人になっても好きだろチンアナゴは!」

 俺と朔がたびたび言い合っていると律がなだめて公平が面白そうにちょっと笑う。

 その調子でどんどん見て回って、次はイルカショーに向かった。

 イルカの派手な動きに惜しみなく拍手を送り、

『ではステージに上がってイルカに指示を出してみたい人~!』

「はいはいはい!」

観客体験型のイベントには全力で手を挙げた。
 
 その甲斐あって俺はあててもらえて、無理矢理朔に行かせた。

 子どもたちにまじって朔がステージに上がるのをげらげら笑ったが、朔がイルカから頬にキスをもらったとき客席から黄色い声が上がったのはなんか釈然としない。

『お兄さん、イルカのちゅーはどうでしたか~?』

『ひんやりしていたけど、熱烈でしたね』

 朔の感想には客席ともども俺たちも笑った。

 律と朔のリフレッシュを狙って来たが俺もかなり楽しんでしまっている。四人でいるからなのかな、なんでも楽しいのは。

 いろいろな種類の魚が泳ぐ大水槽の前で俺たちは小休止する。

 水槽の目の前で壁も床も青く照らされている。

 大きなエイが目の前を泳ぎ去っていく姿は優美で目を引いた。

「楽しいですね」

「ああ」

 律も朔も俺と同じ気持ちだったようだ。立案者としてほっとしている。

 公平はどうだろう。と見やると目が合った。

「俺も」

 そう言ってうっすら笑ってくれる。そんなに表情がころころ変わらないこいつにしてみたら満開笑顔かもしれない。

 良かった、と胸が暖かくなる。

 良かった、四人が同じ気持ちで。楽しいと思う瞬間に四人でいられて良かった。

 水槽を見上げる公平の手を俺は横目に見る。今この手を握りたい、だけどここは人目があるし俺たちはただの幼馴染だ。握ったら驚かれるか、軽蔑されるか。公平のことだから案外気にしないかも。

 握っちゃうか、いや待てと迷っていたら急に声をかけられた。

「あれ? 偶然あんたも来てたの」

 聞き慣れた声に振り返ると伊織がいた。

「あ、噂の幼馴染くんたち? てことはなに、あんたもデート?」

 本当こいつはいつもあけすけなく話すやつだな。他三人もなんだ、と振り返ってきた。

 伊織は俺と会う時よりもめかしこんでいる。ヒールを履いて髪も巻いてるしなによりミニスカートから見事な御御足がのぞいている。デートというなら納得だ。

 俺以外をじろじろと観察して目を細めて笑う。

「やっぱリアルで見ても皆顔イイわよね、モテそうなのに男同士って世間的にはもったいないわ」

「お前が言うな。彼女ほっといてなにしてんだよ」

「レイラなら今トイレ。あ、ごめんね? 急に話しかけて。あたしこいつの仕事仲間なの」

 俺を指差して三人の顔を見回す。戸惑いながらも律はぺこりと頭を下げた。

「まさか修十にこんな美人の知り合いがいるとはな」

 朔の感想には伊織は目を輝かせた。

「ありがと。あなたもこんな奴の幼馴染にしては褒め言葉上手ね」

 どうしてお前らは謎に意気投合して俺をディスるのか。

 あ、でもね、と伊織は上着のポケットからスマホをなにやら取り出す。

「あたし可愛い彼女がいるから、そういう目では見ないでね。ま、あなたたちはその心配ないだろうけど」

「わ、わあ……」

 伊織が見せつけてきたのはスマホの画面だ。二人の美人女性が下着姿でキスしてる写真。伊織と彼女だろう。律が思わず目を覆った。

「お前なんつー写真を待ち受けにしてんだよ」

「すっごく可愛く撮れたから見せたくなるのよね」

「自由だな……」

「違うわよ、自慢してんの」

 伊織はスマホをしまう。
 
 俺はこいつのこういう、人目や常識を気にせず自分自身に誇りを持っている姿が好きだ。

「相変わらずかっこいいなー、お前」

「何言ってんの。見た感じ、あんたも同じようなもんじゃない。自分の気持ちに気づいたみたいで良かったわ」
 
「ばればれですか」

「あんたわかりやすいのよ。じゃ、あたし行くから。また話聞いてあげる、邪魔してごめんね!」

 颯爽と去ったかと思いきや、フロアの奥で女性と合流した姿が見えた。彼女の腕と自分の腕を絡ませて伊織は大事そうに相手を見上げていた。

 いまだ手を握りたい、と迷っている俺よりも何歩先も行く女だ。

 俺はいつまでも伊織には勝てない気がした。

「なかなかクセのある知り合いだな」

「でも素敵な人ですね」

 伊織の良さが三人にも伝わったようでよかった。公平はなんにも言ってないがきっとそうだろう。


 動物園の時と同じく、帰りにはショップに寄った。

 律が思い出にとぬいぐるみをどれか買おうと悩んでいて公平に選ばせた結果、この水族館オリジナルのふわふわしたペンギンに決定した。

 満足そうに律がペンギンぬいぐるみと見つめ合っているとこれまた満足そうに朔が頷いているのが気持ち悪かった。

 水族館を出て四人で並んで歩く中、律がにこにこして言う。

「また来ましょうね!」

「だなー。てか四人休み合ったらばんばん出かけようぜ、次はどこ行く?」

「うーん、富士山とか?」

「急におかしいとこ選ぶな!?」

「律がそう言うなら行くしかあるまい、夏には富士山だな。体力をつけておかねば」

「まじか。違うだろ普通遊園地とか温泉とかだろ!」

「温泉いいですね。あと博物館とかも行きたいです、観光してみたいところがいっぱいあるんです」

「時間が足りんな」

「大丈夫だろ、俺らずーっと一緒なんだからさ」

「そうですね」

「そうだな」

 俺のその何気ない言葉に律も朔も当然同意して会話が続く。

 だがそこで何故か公平が立ち止まった。

 俺たち三人は数歩先で気がついて振り返る。

 公平は棒立ちしている。忘れ物でもしたのか?

「どうした、こうへ……」

 問いかける朔の声が途切れる。

 俺も目を見張った。

 公平が何処か泣きそうな顔をしている。

「え」

 なんでそんな顔をしてるんだ?

 俺たちが驚きに固まっていると公平は一転してへらりと笑った。

「なんでもない」

 なんでもないわけあるか。お前はそんな風に笑わないだろ。それじゃあまるで動物園で働いていた時の接客時のものだ。とりはからった笑みだ。

 どっと心臓が高鳴った。不安にだ。

 谷底を前にして全身から血の気が引く感覚に似ている。

 その谷底をのぞく勇気がとっさにわかず俺たちは皆顔をこわばらせて帰路についた。

 なにを話しながら帰ってきたのか覚えていないくらいに俺はずっと呆然としていた。

 公平が風呂に入る。

 リビングで残された三人はそれぞれ言葉を探していた。家の中だというのに突っ立ってそろいもそろって険しい顔をしている。

 皆戸惑っていた、困惑していた。

 直感で、公平がなにかを隠したことがわかっているからだ。

「あいつ、なんか、隠してる」

 俺が喘ぐように言うと。律と朔は無言の同意をした。

 ここまで俺たちを不安にさせるのは、そんなことが今まで一度たりとも無かったからだ。それゆえにそのなにかはおそらく良い話では無いということだ。

「でも、なにを隠してるかなんて全然わかりません」

 そうだ。今まで俺たちはそういうこととは無縁だった。腹の探り合いなんてお互いしたことがなかった。だから信頼できる仲だったんだ。

「朔、そういえばなんか前言ってたよな。公平が好意を受け取らないとか」

「ああ、あれか。別に、子どもの頃のことだ」

 朔は小学生の時の思い出を話す。公平が告白されてそれを振って、どこか怯えているようで。「いっしょにいることはできない」と発言する。

「それって、さっきのと似てないか。俺がずっと一緒にいるって言ったらああなったよな」

「じゃあ、公平は私たちと一緒にいられないって思ってるんですか。やっぱり私たちもその女の子みたいにお別れしなきゃってことなんですか」

「律、落ち着け」

「でも、でも……」

 律が動揺して部屋の中を歩き出す。朔はそれをなだめようとした。

 その時、スマホのバイブ音が鳴る。

 テーブルの上で朔のスマホが光っている。

 画面には朔の父親の名前が表示されていた。電話だ。
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