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第一章

第五一話 魔堰試運転

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 タライに海水を溜めて甲板の真ん中に。

 ウォータージェット魔堰はメリッサに頼んで魔力を充填済み。

「準備万端です!」

 翌朝、後部甲板には長大なホースがトグロを巻いていた。おそらくビクトリア号を一周してもまだ余裕があるであろう大型海獣の腸管。長過ぎて使えないそれを昨日見つけた送液魔堰で断ち切って水汲みに使用する。

 トティアス史上初の送液魔堰の起動実験を大勢の乗組員が興味津々で見守っていた。

 水を張ったタライの水面に筒状の魔堰を手に持ったまま立てる。真上に向ければ支障はないだろう。

「いきますよー!」
「「「おおっ!」」」

 穂積の、ビクトリアの、みんなのワクワクが止まらない。

「ウォータージェット魔堰っ! 起動ぅ!」

 筒表面のスイッチに触れた。

『ヴゥウウウウウ――――ン』

 魔堰から微かな駆動音と共に微振動が手に伝わり、水面に波紋が広がる。

「おおっ!」

 波紋は徐々に激しくなり、――水面から水玉が浮き上がった。

「ん?」

 複数の水玉が重力に逆らって浮かび上がり、真上に向けられた筒状魔堰の口に集まってまとまり、ソフトボールほどの水球になっていく。

(これって……まさか……)

『――ヴンッ』

 直後、タライの水面がボコボコと泡立ち蒸気を吹き上げた。

(いかん!)

 タライから立ち昇る湯気の熱さに耐えて魔堰を保持したままスイッチから指を離すと、浮いていた水玉が弾けて落ちた。駆動音と微振動が止み、水面の発泡も収まってくる。

「ふう……」

 停止を確認して立ち上がりタライを見ると、底に焦げたような穴が空いている。タライをどかしてみたところ甲板にも同じく焦げた穴があった。

「ホヅミ! 大丈夫か!?」

 慌てるビクトリアに目を向けて、

「ごめん。逆だったみたい」

 吸入と吐出の向きを間違えていたようだ。

「甲板に穴空いた。テヘッ」
「テヘペロじゃない! この馬鹿! 怪我は無いんだな!?」
「大丈夫だよ。ありがとうビクトリア」
「はぁ~。まったく心配させてくれるな。馬鹿者!」

(超可愛いなぁ~。今夜も可愛がってあげないと)

 別のタライに海水を用意し、魔堰を逆さまに持ち替えて再チャレンジ。

(タライが焦げて、目に見える程度の穴が空いた。てことは、もしかするとコイツは……)

「今度こそ!」

『ヴゥウウウウウ――――ン』

 水面に波紋が広がり、今度は下方の口に水が集まって、ソフトボール程度の水球がくっ付いた。やはり重力に逆らって浮いている。

『――ヴンッ』

「おお! やはり!」

『ジィジジジジジ――――』

「やるじゃないか! 厨二病の開発者ぁ!」

 断面は単分子並みに細く、水流は見えない。しかし、超高圧極細水流の影響範囲は目視できた。

「これは! ビー〇サーベル! いや! 水レーザーサーベル! だ!」

 あまりの超高圧噴射に、水分子が蒸発を通り越してプラズマ化している。それは白く光り輝く直線。長さは1メートルほど。

「わっはははは! すごい! モノなら切れないものは! 無い!」

 大興奮の穂積。これなら十分に使い物になる。最強の刀剣だ。ただし鍔迫り合いはできない。相手の剣が切れるから。

「水レーザーサーベル魔堰『ムラマサ零式コラプス改』と名付けよう!」
「おい、ホヅミ」
「ふははは! わぁーはははは!」
「ホヅミ! おーい!」
「愛しのビクトリア! これ俺にちょうだい!」
「運動魔法が無いと使えんのだろ?」
「魔力チャージは誰かに頼むから。ちょ~だい!」
「自分の魔堰は自分でチャージするもんだ」
「だって、俺には出来ないもん! お願い! ね? いっぱいしてあげるから……」
「む……。そ、そうか……? もう……! しょうがないなぁ~」
「ありがとう! 愛してるよ!」
「カカカっ! よせよせ照れるぅ」

 甲板の真ん中でイチャつく二人に乗組員が唖然としている。ビクトリアが穂積に落とされたことは知れ渡っていたが、その甘い雰囲気が信じられない。

「あの船長が……恋をしている!」
「あの船長が! 女の顔を!」
「あの船長がぁー!」

「先生も貰うことになったらしいぞ!」
「何!? あのアジュメイル義姉妹を二人とも!?」
「羨まし……くはないな。そこまで行くと」
「ああ。すぐ死ぬ未来しか見えない」

「クリスも予約済みだってよ!」
「あ!? 予約ってなんだ!」
「船長の奴隷に手を出して、ただで済むわけが……」
「その船長が認めたらしい! 妾候補だってよ!」
「マジか! ホヅミめ! あの野郎!」
「俺たちのクリスたんを! 許せんな……」
「許せん! ビクトリア号のクリスたんを!」

「まぁ、どうせすぐ死ぬだろ」
「よく考えてみたら、クリスたんの成人までには死ぬな」
「間違いない。少しだけ憐れですらある」
「冥土の土産に船長と先生だぞ。贅沢だ」
「アルローのため、死ぬ気で働いてくれるってよ」
「死ぬまでの間違いだろ」
「死んでもだな」
「クリスたんが毒牙にかかることも無いだろう」

「「「……がんばってな」」」

 乗組員から後ろ向きに認められた。

 全員で船尾から水タンクまで腸管を引きづり長さを決めて印を付け、綱引きの要領で両方から引っ張って浮かせると、穂積は『ムラマサ』を構えて正面に立った。

「じゃあ、切りまーす」
「「「おー!」」」

 プラズマの刀身を上から下にゆっくりと下ろすと、何の抵抗もなく腸管がスッパリと断ち切れた。

「マジかぁ。そんなに簡単に切れちまうたぁ。とんでもねぇ……」

 その異次元の性能にジョジョが舌を巻く。

「続いて送液魔堰を使って放水テストを行いまーす。何人か腸管の取り回しにご協力を。口を船外に向けて構えてくださーい」

 送液魔堰の吸吐出方向を確認して、吐出口をホースの端にねじ込み、しっかりロープで縛り付ける。もう一つロープを魔堰本体に括り付けて、スイッチを入れて舷側から海面に垂らす。水レーザーサーベル魔堰と違い、スイッチから指を離しても連続運転することは確認済みだ。

(やっぱりコイツは刀剣として使うつもりで作ったんだな。プラズマ出っ放しは危険過ぎるし……。スイッチ機能は後付けかもしれんが)

「いきまーす! 放水テスト開始!」

 魔堰の吸入口が海面付近に近づくと、海面が一部浮き上がってピトリとくっ付いた。ゴボゴボ音がしてホースが暴れ出す。

「水が流れ始めました! しっかり保持して!」
「「「おー!」」」

 海獣の腸管に海水が流れ込み、端から張り詰めた膨らみが伝播していく。やがて終端から水流が溢れ出した。

「出たぞー!」
「おおおー! すげぇ! 本当に水を送る魔堰だ!」
「『ポンプ』っていうらしいぞ!」
「これ、超便利じゃん!」
「甲板流しにも使えるな!」

 乗組員にもこの魔堰の有用性は痛いほど分かる。今までは水桶で一杯ずつ海水を汲み上げて使っていたのだ。作業効率が跳ね上がるだろう。

「オッケー! テスト終了しまーす。じゃあ、司厨部の皆さんはホースエンドを水タンクまでお願いします。ホースが暴れないように、各所で保持して。準備できたら合図してくださーい」
「「「「おっけー!」」」」

 ホースの終端を踊り場まで引っ張り上げて、補水ハッチに突っ込み準備完了。踊り場からチェスカが手を振って叫ぶ。

「ホヅミさーん! 準備できましたー!」
「よし! 送るぞー!」
「どうぞー!」

 再び送液魔堰を起動し海面へ。海水がホースを掛け上がる。

「わっ! 出てきたー!」
「チェスカさーん! 一杯になったら教えてー!」
「はーい! ひひひっ。すごい……。あんなに苦労したのに。どんどん溜まってく」

 送液魔堰の実力に大興奮のチェスカ。水タンクはあっという間に満水になった。

「わわわ! ホヅミさーん! ストップ、ストーップ! 溢れる! 溢れてる!」
「はーい! はい、停止ー! じゃあ、このホースは水汲み専用ってことで! 屋上にコイルしておきましょう!」
「「「「おっけー!」」」」
「この送液魔堰は厨房に置いておきまーす」
「「「「よろしく~」」」」

 ここから先はクリスの出番。海水の混じった水タンクを丸ごと真水精製する。

「ホヅミさま……。いくつに分けたらいいですか……?」
「クリス。これからは塩結晶を規格化しよう」
「きかくか……?」
「塩結晶の大きさを決めて造るんだ。小さいものから、大きなものまで。十種類くらい。大きさが決まっている方が、販売や輸送の面で効率的だ。価格設定もしやすいし、店舗での見栄えもいい」
「わかりました……! 規格化……! 大きさはボクが決めても……?」
「うん。クリスが造りやすいように決めてくれ」
「はい……!」

 水タンク上部のハッチから塩結晶を造っては取り出し桶に入れていくクリス。

(やっぱり効率が悪いな。クリスなら複数同時に造れるけど、取り出すのに手間がかかる)

 食堂屋上で腸管をコイルしていたチェスカに聞いてみる。

「チェスカさん。かごとかってない? ざるでもいい」
「ありますよ。どのくらいのですか?」
「水タンクのハッチを通るくらいの大きさ」
「……ははぁーん。私にもわかりましたよ。何がしたいのか。ちょっと待ってください」

 チェスカは厨房から竹ひごで編まれた目の粗い籠にロープを括って持って来てくれた。

「おっ! ぴったりだ。ロープまで付けてくれて。さっすがチェスカさん」
「ひひっ。でも……あの、ホヅミさん。私のこと、チェスカさんって呼ぶの、止めてくれません?」
「ん? なんで?」
「いやぁ~。畏れ多いっていうか……」
「畏れ多い? 俺になんで?」
「いや、だって。その内、アジュメイルに婿入りするんですよね? それって、アルロー諸島連合の首長になるってことじゃないですか」
「そうなるの……か?」
「当たり前じゃないです……か?」
「「…………」」

 チェスカは「ひひっ」といやらしく笑うと、猫撫で声でずいっと尻を摺り寄せてきた。自信がある部位なのだろう。思った通り、ぷりっとしたいい尻だ。

「ホヅミさんの権力で私をお屋敷で雇ってくださいよ~。なんなら、お妾さんでも構いませんよ? ひひひっ」
「チェスカさん……チェスカなら歓迎だけど、たぶんビクトリアに消炭にされるよ?」
「…………冗談でーす。ヤダぁ~。ホヅミさんのエッチ~」
「ホヅミさま……? チェスカさん……? ナニシテルンデスカ…………?」

 踊り場からプレッシャーが降り注ぐ。クリスの双眸が真紅に光って屋上の二人を見下ろしていた。

「ク、クリス……。いやぁ、この籠を水タンクに沈めて、この中で結晶化させれば……効率がいいかなぁ…………と」
「ク、クリス……。べ、別に遊んでた訳じゃないよ? ちょっとした冗談だしぃ…………ひっ」

(アレェ? クリスからビクトリアやゼクシィと似たようなプレッシャーが……)

「チェスカさん……。ホヅミさまの愛妾は……ボク一人だけ……。いずれホヅミさまのご寵愛を……独占!……するんです……。ボクの邪魔するんですか……?」

 クリスのプレッシャーが重く増していく。真紅のオーラが立ち昇る。一体どうやって出しているのか。

「いえ! いいえ! 邪魔しない! 邪魔なんか、絶対しないから! お、応援する! 私はクリスを応援するよ! ひひひっ! だから……ね?」

「…………。ならいいんです……。籠……。貸してください……」
「はいーぃ! 只今っ!」

 即座に籠を担いで踊り場に駆け上がるチェスカ。

「い、いやぁ~。私はクリスが一番有利だと思ってたんだぁ。ひひっ」
「そうですか……?」
「そうだよぉ。なんたって若いからね! 若さには誰も敵わないよぉ~。ひひっ!」
「そうかな……?」
「きっと子供だっていっぱい産めるよ。船長も先生もあの歳でしょ? クリスの方が絶対有望だよ! ひひひっ!」
「そうか……!」
「そうだよぉ。あっ! 私がいろいろと教えてあげるよぉ! これでも……なかなかの技巧派だと自負してるんだ。ひっひっひっ」
「是非……! よろしく……!」
「任せときなって……。そんで、ホヅミさんを手籠めにしちゃえ……。だから、これからもよろしくお願いね! クリス……さま! 私のことはチェスカって呼んで。どうぞ、ご贔屓に……ひひひっ」
「はい……。チェスカ……。よろしくね……。えへへ……ぐへ……」
「ひひひひっ!」
「えへへへ……!」

 チェスカがクリスの妹分? になった。これからのち、二人の奇妙な関係は長く続いていく。チェスカの性技指導を受けたクリスは、ソッチ方面でも持ち前の天才性を遺憾なく発揮することになるのだが――、

「…………コソコソと何を話してるんだ?」

 穂積が気付くのはまだ先の話だ。
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