海の彼方のトティアス 〜船員さん、異世界へゆく。海に沈んだ世界で絆を育み生き抜く、普通の男の物語~

万年ぼんく

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第一章

第五二話 曳船

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 クリスの真水精製が終わり、恋人二人、候補一人と一緒に昼食を取っていた。席順でひと悶着あったが順番に交代していくことで折り合いがついたようだ。

 今日は隣にビクトリア、正面にゼクシィ、斜め向かいにクリス。三人とも淫猥なことを囁きながら肉を分けてくれる。トティアス女子は性的に大らか、というか相当おかしいが、男なら嫌なわけがない。

(クリスはどこでそういうセリフを覚えてくるんだ? また奴隷商人か?)

 犯人はチェスカなのだが、まだ穂積には知る由もないことだった。

 塩結晶の規格化は上手くいった。食堂の長テーブルに十種類の大きさの異なる塩結晶が並ぶ。

 パッサーはそれぞれの結晶の重さを測りながら、価格設定を吟味しているようだ。規格化の案は絶賛された。穂積には商才があると言う。

(文字を書けないのは致命的だとも言われたけど。しょうがないじゃん。学びようが無いんだから)

「ホヅミ。そら。あーん」
「あーん」

 ビクトリアがリンゴを差し出してきたので、礼を言って齧り付く。丸ごとなのが如何にも彼女らしい可愛らしさだ。

「「ちっ……」」

 これは隣の席に座った者の特権だとか、三人の間でいろいろと取り決めが交わされているらしい。

 一つのテーブルで展開される桃色空間に、独り身の男性クルーたちが嫉妬と羨望の眼差しを向け、穂積を射殺さんばかりに睨んでいた。

「くそったれ! ホヅミめ!」
「くっ! 先生の胸元がいつも以上に開いている!」
「クリスたんのあの目! 女の目じゃないか! くそホヅミが!」
「落ち着け。今だけだ。時期に死ぬ」
「そうだな……。そう考えれば可哀想なヤツでもある」
「それでもあれは……羨ましい」
「「「――死すべし!」」」

 他にも二つのテーブルでその空気に便乗している者たちがいた。

 桃色テーブルその二――。

「はい。トムぅ~。あ~ん」
「あ、あーん」
「へへっ。美味しい?」
「ああ。旨い」
「よかったぁ。午後も頑張ろうねぇ~」
「ああ」

 桃色テーブルその三――。

「あっ! もう、ロブったら。ご飯粒付いてるじゃない」
「え? どこ?」
「取って上げるぅ。はい、取れた。はむ」
「あ、ありがと。デリー姉さん(ニッコリ、キランッ)」
「――っ! ふふ~ん。いいってばぁ! あ~んしてあげるぅ!」
「あ、あーん」

 トムは完全にマリーに落とされた。ロブの傷心もデリーによって癒やされつつある。大型海獣の襲来で人が死ぬのは当たり前で、死に直面した雌雄は互いを求め合う。

(問題はあぶれた男どもか……知ったことかっての)

 次のアルロー帰港時にトムとマリーは一緒になるだろうとのこと。そうやって結ばれ、家庭に入るためにビクトリア号を下りた女性クルーは数知れない。

 そのほとんどがゼクシィのジンクスに寄るものだと言うのだから、穂積が貰う以外に道は無かったのかもしれない。

「報告! 曳船が到着しました! 高速艇が接近中! ギャングが乗船許可を求めています!」

 メリッサが食堂入口で曳船の到着を報告した。いつもキビキビ動き、ハキハキと喋る彼女には皆の注目が集まりやすい。

 かなりの美人なのでゼクシィを失った若手の次なる標的になっても良さそうなのだが、不思議なことに軟派な男たちは皆チェスカに流れて、メリッサとは一線を引いている様子だった。

「ふぅ、やっと来たか。乗船を許可する! 高速艇の発着ゲートを開放! 誘導しろ!」
「はい! 発着ゲートを開放! 艇を誘導します!」
「ジョジョに高速艇の発進準備をさせておけ。曳航索を取ったら曳船側の確認に向かう」
「はい! 甲板長に本船高速艇の発進準備を伝達します! 曳航索の接続後、船長は曳船へ移乗! 了解しました!」

(メリッサさんはホントにすごいなぁ。海兵そのものだ……かっこいい)

 一般商船の乗組員はここまで厳格な雰囲気は無い。良く言えば大らか、悪く言えば緩い。

「ホヅミさま……ギャングって……?」
「曳船の乗組員だろう。本船配置の人員を送ってきたんだ」

 ここで言う『ギャング』とは悪党や悪者を意味するのではなく、港湾荷役における船内荷役作業員や荷役作業員の一ユニットを指す言葉。

 今回の場合は、曳航索の綱取りや曳航中の監視、曳船との連絡、本船クルーとの打ち合わせなどを行う作業員たちが乗船を求めているということだ。断る理由は無い。

 船長であるビクトリアが曳船に乗り込み、相手船側の現場確認を行ってから曳航作業が始まることになるのだろう。到着が遅れた事も含めていろいろと文句を言って帰ってきそうな雰囲気がある。

「クリスは居室に入ってろ。目立つと良くないだろう。ホヅミも付いていてやってくれ」
「はい……。わかりました……」
「了解。俺も目立つみたいだからな」
「そうだ。お前の漆黒の髪と瞳は……たまらん。――じゃなくて、目立つからな」

 曳航作業を見てみたいところだったが、ビクトリアの言う通り穂積は目立つ。いずれ帝国にバレるとしても、それが遅いに越したことはない。大人しくクリスと居室で控えていることにした。

 曳船のギャングを迎え入れ、曳航索の接続作業が始まったことを確認したビクトリアが居室へとやってきた。これからジョジョと共に曳船へ行ってくるとのことだ。

「じゃあな、愛しのホヅミ。ギャング共も礼儀が成っちゃいなかった。よくいる荒くれ者の集団だ。――ちょっと文句を言ってくる」
「気を付けてな。愛しのビクトリア。待ってるよ」
「ああ。しっかり詫びを入れさせ、値引きさせて、すぐに帰ってくるからな。大人しく待っていてくれ……」
「ビクトリア……」

 抱き合い、ねっとりと口付けする。ビクトリアの熱烈なキスはいつも最高に心地いい。

「ぷはぁー。カカっ。やはり、いいなぁ。たまらん」
「ふぅー。こっちのセリフだよ」
「――今夜は寝かさんぞ?」
「楽しみにしておきます」

 後ろでクリスが不機嫌そうに唇を尖らせて唸っている。

「…………少しなら、クリスと遊んでいても構わん。粒の揃った塩結晶は見事だった。褒美もやらんとな」
「船長……! 忠誠を誓います……!」
「クリスを煽らないでくれ。いろいろと大変なんだ」
「カカっ! 本人がそう望んでいるんだ。劣情を持て余して暴走されても困る。適度に発散させてやれ」

 そう言い残してビクトリアは颯爽と高速艇に乗り込み、本船から離れていった。

「ホヅミさま……。よろしくお願いします……」
「クリス。ビクトリアはああ言ってたけど、まだ早い。成人してからね?」
「そんなぁ……。ボク……、どうにか……、なっちゃいそう……です……」

 クリスの瞳が潤む。吐息が荒い。服をはだけ出した。晒がのぞく。

「こらこら。何を脱ぎ脱ぎしてるんだ」
「むー……。仕方ない……。夜まで待ちます……」
「成人まで、待ちなさい」

 それからもクリスの情熱的なラブコールをいなし続け、一時間が経過した。

(ビクトリア。随分と遅いな。曳航された経験は無いが、こんなに時間がかかるものなのか?)

 少し前から居住区が随分と静かだった。屋外からもいつもの作業音がしていない。

(何か……、おかしい……。様子を見に行くべきか……)

 居室から出て船内を確認しようと腰を上げた――その時だった。ギギィと船体が軋み、本船が動き出した。

(曳航が始まった? やはり、おかしい。まだビクトリアが戻っていないはずだ)

 ビクトリアなら、戻ったら真っ先に会いに来てくれる。その核心があった。本船に船長が戻っていないにも関わらず、曳航が勝手に始まるなどあってはならない。

「クリス。何かおかしい。俺は船内を確認してくるから、ここに居るんだ。扉の鍵を掛けて、出てはいけない」
「ホヅミさま……。行かないで……」

 クリスを抱きしめて、優しく髪を梳くように頭を撫でてやる。

「大丈夫だ。状況が確認できるまで、ここに居るんだ。――いいな?」
「――はい……。気を付けて……。早く帰ってきてね……?」
「はは! クリスは可愛いなぁ! いい子で待ってろ」
「えへへ……。はい……。待ってます……」

 扉をそっと開けて廊下を窺う。居住区に物音はしない。居室から出て、クリスが鍵を掛けたのを確認すると、忍び足で食堂へ向かった。

(やはり、おかしい。食堂にも、厨房にも誰もいない。今の時間帯、少なくとも司厨部はいるはずだ)

 腕時計を確認すると、時刻は午後二時を回ったところ。夕食の仕込みが始まる時間だ。厨房を確認すると、煮方の鍋が加熱魔堰の上で煮え立っている。

(あり得ない……。あのボリスさんが、鍋を火に掛けっぱなしで放置するなんて。……一体、何があった?)

 厨房の裏口から後部甲板へ出た――『ゴッ!』、その瞬間、頭に衝撃が走った。

 扉を抜けた途端に後ろから殴られたのだ。意識が明滅する。

「……ぅ!」
「大人しくしてな」

 首に腕を回され絞められた。ギリギリと喉が圧迫され、息ができず、声も出せない。

「ぐぅ……!」
「来るんだ」

 そのまま引き摺られるように甲板へ引き出された。霞む視界に見知った顔が映る。

 甲板部、司厨部、管理調査部。作業中だった乗組員のほぼ全員が甲板上で一纏めにされ、両足を金属製の足枷で繋がれ転がされていた。

 全員が首にチョーカーのような物を付けられ、木甲板にぐったりと倒れている。その周囲を囲むように屈強な男たちが立ち並び、一人がチェスカの首に果物ナイフを突き付けていた。

「そいつで最後か?」
「乗組員名簿では全部で三十人だ。一人多い。残ってんのは、船橋に立て籠りやがった奴ら。アジュメイルの義妹の方。それと、例のレギオン奴隷が見つかってない」
「おい! さっさと足枷と封魔魔堰を着けさせろ!」
「わぁってるよ。だが、船橋を囲んでるのはウチでも指折りの使い手だ。コイツも大したことねぇ!」

 両足に足枷。首にチョーカーが乱暴に取り付けられ――『ドスッ!』身体がくの字に折れた。

「――ッ! ごえっ……! げほげほっ!」

 鳩尾に膝を叩き込まれて甲板にうずくまる。チョーカーが勝手に首に食い込んでくる。両腕は自由だが、喉を引っ搔いても外せなかった。

「無駄だ。封魔魔堰はそう簡単に外れんし魔法も封じる。そんなに外したきゃ首ごと切りな」
「はははっ! そりゃ傑作だ! 諦めな、お兄さん! って……なんだコイツ? 黒い髪? 気持ち悪い色だな」
「珍しいじぇねぇか。きっと高く売れる」

(――こいつら! 曳船のギャングか!? なぜ…………まさか……曳船が遅れたのは!)

 直前での遅延連絡。文伝での通信。本船座標の確認。ギャングの狼藉。考えられるのは――、海賊によるハイジャック。

 曳船が到着前日に襲撃を受け、乗組員たちが海賊に取って代わられたとすれば。

 そのまま曳船のギャングに扮して本船に乗り込み、チェスカを人質に取って本船クルーを無力化したとすれば、この状況に説明がつく。

 曳船に移乗したビクトリアとジョジョは本船を盾に取られて動けないのだろう。

(ブリッジは無事なようだが……おそらく立て籠れたのは航海部と居住区上階の職長たちだけか? 事務部は?)

 海賊と曳船の乗組員を間違えるなど、人を見る目に長けたビクトリアらしからぬ失態。

(いや、違うか……。こういうのが、この世界での一般的な船乗りの姿……)

 よくいる荒くれ者の集団と言っていた。トティアスにおいて陸上で真っ当に仕事を得て、生活できる者は少ないのだろう。食い詰めた者は船員になるしかない。少し身をやつせば、陸では盗賊、海なら海賊。

(まったく、なんて世界だ! 荒くれ者の次元が違うじゃないか……どうする?)

 海賊は目立った武器を持っていない。だが当然、全員が何らかの魔法の使い手だろう。穂積は元から使えないので意味は無いが、このチョーカー、封魔魔堰が乗組員の魔法を封じている。

 人質にされたチェスカは胸を揉みしだかれて解放される気配が無く、首筋にはナイフが鈍く光っている。

(『ムラマサ』は持って来ているが、周囲に水が無い。この場に五人。ブリッジも囲まれているとなると……くそっ!)

 海獣に続き、海賊の襲撃を受けたビクトリア号。

 頼みのビクトリアとジョジョは敵船の腹の中。人質にチェスカ。職長たちも手練れに押し込まれブリッジに立て籠っている。

 足枷で両足の自由を封じられ、首には魔堰が食い込み意識が朦朧としてきた。

「どうする? 探索に向かうか?」
「いや。アジュメイルの義妹は厄介だ。上に任せておけばいい」
「レギオン奴隷は無傷で手に入れたいしな。下手に傷付けて、魔力欠乏になってもらっちゃ困る。後のお楽しみが減るからな」
「お前も好きだねぇ。ガキじゃねぇか。俺はアジュメイルの爆乳女を貰う。くくくっ」
「ガキだからいいんじゃねぇか。あの年頃のレギオン女は何発やっても処女だからなぁ! ケケっ! 膜破られて泣き喚く顔は最高だぜ?」
「この船には女が多いからなぁ。なぁに……時間はタップリとあるんだ。全員ゆっくり回してやればいい」

 初めて見る人のカタチをした悪意に怖気が走った。

(――っ! ゼクシィ!! クリス!!)

 自然災害なら心構えはあったが、幸か不幸か犯罪に縁が無かった穂積には何の対処も取れない。

 まだまだ異世界を舐めていたことを思い知り、心の中で叫ぶことしか出来なかった。

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