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第二章
第一三〇話 お墓? コレでいいらしいです
しおりを挟む西の空には未だ太陽が顔を出していて、墓穴を掘って弔う時間はありそうだ。
死体置き場は濃密な腐臭にゴミと糞尿の臭いが混ざり合い、空気は酷く澱んでいたし、子供を連れて長く留まるべき場所ではない。
遺体の数を見た時には、今日中に終わらないかと思ったが、その分別と収集が思ったより早く終わったことは幸いだった。というのも――、
「あっしは驚きました。まさかあんな……」
「私もスラムの連中が手伝ってくれるとは思わなかった。性根の腐り切った辛気臭い奴らだと思ってたのに」
「スラムに暮らしていても、人間味のある人達はいるってことだ。俺は少し安心したよ」
鳥を追い払って、遺体とゴミを仕分けていた時、幾人ものスラム住民が出てきた。
始めは警戒したのだが、意外と話の通じる人達で、事情を説明したら手伝ってくれたのだ。作業終了後に礼を言うと、どこかスッキリした顔をして「こちらこそ」と言っていた。
カゲロが手間賃を払おうとしたら固辞して何処かに行ってしまい、とてもではないが、その日暮らしの困窮した人間とは思えなかった。
「帝国のスラムは多少マシだからな。アルローの貧乏島のはもっと酷ぇぜ?」
「イーロ。せっかく……ふぅ」
アルローに着いてからの事が不安になってくるが、事前情報があるなら知っておいた方がいい。
「見たことあるのか? あっ、スラムの出身だったらごめん」
「違ぇよ。ちょっと訳ありで、一週間だけな」
イーロはアルロー諸島連合に属するとある島の出身。島民のほとんどが漁業を営んで生計を立てている、そういう島だ。
子供の頃のこと、父親の漁を手伝っていたら、漁船が強い潮流に捕まって流され、やがて魔力カートリッジも枯渇してしまった。五日間の漂流の末、別の島に流れ着いたという。
「へぇー。お前も結構ヘビーな経験してんだな」
「よくあんだぜ? 漁船のカートリッジは三日パックだし、毎回フルチャージ出来るほどの余裕は無ぇから」
「なるほどな。やっぱそれが一番デカいわけだ。……水が足りてて良かったな」
「と言っても、キツかったのは流れ着いた後だったけどよ……」
船が流れ着いたのはアルロー諸島の中でも貧しい部類の島だった。島を治める領主に事情を説明したが、漂着した漁船はどうすることも出来ないと言われ、回収は諦めるしかなかった。
領主は、二週間後に定期便が来るから、それに乗って出ていけと命じただけで、あとは放置されたそうだ。
「金なんか大して持って来て無ぇし、飯を食うのも、水を飲むのも困るシケた島だった」
「水も無いの?」
「島には水源が無いことも多いからな。雨水を貯水池に溜めるんだがよ……雨の少ない海域の島だったんだ」
「あー。それは……キツいな……」
後半の一週間はスラムの近くで働くことを余儀なくされたが、その時に見たスラムは酷い有り様だったという。
「そこはスラムでも上等な現場だったらしいがなぁ……ここより遥かに酷ぇ。地べたに寝そべって、ぼんやりしてるだけの気味悪りぃ連中が大勢いた」
「……それでも、もっと下があるんだよな?」
「下水の流れる先には絶対に近づくなって言われたぜ。行ったら命は保証しねぇってよ」
「デッチ島もそんな感じってことか……」
「島全体がスラムなんだろ? 領主っていんの?」
「俺も知らない。ビクトリアの親父さんの代から変えようとしてるらしいけど……」
現実は厳しい。遊郭が変わらないように、スラムも容易には変わらない。
デッチ島を変えるには、長い時間を掛けた真摯な対話が必要だが、それが出来る人間はどれだけいるのか。
ビクトリアの王道はゴールの見えない茨の道のようなもので、彼女を傷付ける茨は人の心そのものだ。消炭にするわけにもいかない。
どこまでも付き合う覚悟は決めたつもりだが、EDでしかない自分に何が出来るというのか。
イーロの話を聞いて、アルローという国が抱える闇の一端を垣間見た気がするが、どうにも答えは無いように思える。
(まぁ、行ってみりゃ分かるか。何事も現場を見なきゃ始まらない)
遠く東の最果てに思いを馳せていたら、養生処が見えてきた。
遺骨はかなりの量になった。気が滅入る現場でのしんどい作業で、皆、精神的にも疲弊している。
「皆さん、お疲れ様でした。少し休憩しましょう」
「はい! すぐお茶挽きます!」
「チェスカ。頼むわね」
「ムヅキはお湯沸かして! ミヅキ、ハヅキ、カンナは急須と湯呑みをよ~い!」
「「「「あい! チェスカ姉さん!」」」」
チェスカは妹分が出来て嬉しそうだが、雑用を任せようと考えている節がある。遊郭では当たり前だろうし、一般家庭でも子供を労働力として見做す部分はあるようだ。
子供たちをどう扱うか決めかねていた。ただ働かせるだけでは駄目だが、日本の小学生のようにもいかない。
(匙加減が難しいな。仕事、勉強、遊びの三本柱でバランス良く……)
トティアスの一般家庭には基本的に余力が無い。子供でも容赦なく働かせる環境が普通なので、その常識から大きくかけ離れては将来のためにもならない。
「チェスカが張り切ってる……」
「アキの姉さんには禿がおりませんでしたから」
「ちなみに、ナツは読み書きは出来ますか?」
「はい。出来ます」
(とりあえず、ナツには先生をやってもらうか)
ナツは不安かも知れないが問題は無い。基本的に禿や新造を教育するのと大差ないはずだ。
目指す先が遊女か、それ以外かの違いだけである。本船にはニルネルもいるので、一緒に教えて貰えばおかしな方向に逸れることもないだろう。
「いい感じじゃないか」
養生処はクリスのリフォームでかなりしっかりした内装になっていた。ゼクシィとクリスは新調した長テーブルの前で休憩している。
「これは……! この短時間で……?」
「どうですカゲロさん? うちの匠は凄いでしょう?」
「えへへ……。どうですか……? 完璧……でしょ……?」
「このアイデアはアリかしら。他に見せたくない処置もあるし」
雑魚寝していた遊女たちはパーテーションに仕切られた一人寝のスペースで寝かされ、プライバシーを確保しつつ、世話役の通路や視線を遮らないように工夫されていた。
天井には半透明の乙種素材で天窓が設置されて、淡く自然光を取り込み、明るい空間を演出している。カゲロは口をあんぐり開けて「ガラス! 板ガラス!」と驚愕している。
「ニイタカ様……お、おいくらになりますか?」
「カゲロさん。何でも金で解決しようとしてはいけませんよ? それにアレはガラスじゃないから大丈夫です」
「え? しかし……透けて……光が……」
「身代金が無いんですから、このくらい受け取ってください」
「あり、ありがとうございます!」
「ひひっ! 早くナツ姉さんに公衆浴場を見せたいです」
「あの天井は誰が見ても驚くかしら。……あり得ないもの」
長テーブルには左右を展開して長さを延長出来るギミックが組み込まれていた。こんなアイデアは教えていないのだが、本当に匠の成長は著しい。
「お茶が挽けまし!」
「ミヅキちゃん達もありがとね」
「も、勿体ないでげす!」
「あかるくて、ひきやしゅいでげす」
「カンナちゃんもありがとね~」
「も、もったいにゃいでげしゅ!」
**********
まったりとお茶休憩を挟んで、男四人で墓石の裏手に墓穴を掘った。
敷地内にそれほど空きスペースは無いので、後で困らないように深く掘り下げる。そこで活躍したのが強化魔法だ。
クリスが造った極薄ナイフをイーロが強化したもので実験したら、硬い地面に軽々と突き刺さり、破損もしなかった。
向こう側が透けて見えるほどに薄くて軽い、エッジの効いたスコップでサクサク掘り進んでいく。
「わはははっ! 見ろよイーロ! さすが時を止めてるだけあるな! 何が戦闘特化だ! これは土建魔法だ!」
「マジかよ……何だコレ……」
「こんな使い方……見た事ないぞ……」
「伝説の結界魔法……本当なのですね……」
四人で手分けすれば、あっという間に墓石の裏の四角いスペースを広く深く掘り返すことが出来た。これで次に掘る時は格段に楽になるだろう。
「ありがとうございました。禿たちのことも……何から何まで……」
「クリスの特製スコップを置いていきます。ちゃんと強度もあるやつ。火葬した後なら疫病の心配もありません」
「クリスさんは凄いですね。骨壷もあっという間に……」
スラムの無縁仏の遺骨と遺灰はクリスが造った大型の骨壷に納めて墓穴に埋められた。
最初に土をかける役はムヅキたち四人にやってもらった。
ムヅキも、ミヅキも、ハヅキも、カンナも、今まで堪えてきたものが一気に溢れ出したかのように、大声で泣きながら土をかけていた。
白い骨壷が見えなくなったら、あとは大人の手で掘り返した土を戻して埋葬は終了した。
「結界魔法の件と併せて、内密にお願いしますね?」
「はい。このカゲロ、海まで持って行きます」
「……やっぱり、この墓は嫌ですか?」
「……海にしておきます」
真白の墓石を改めて見る。全高二メートルほどもある大物で、一部が庇のように大きく張り出し雨除けになっている。見栄えと実用性を両立した匠のこだわりだろうか。
(俺のナニがモデルって絶対に嘘だ! クリスの脳内では一体どうなってんだ!)
雨除けの下にはご丁寧に供え物をするスペースが付属していて、土台の形状は男性のお稲荷さん。両サイドの球体の上部には穴が空いており、一輪の花が刺さっていた。
その異様な墓石に、新素材を初めて見るカゲロはもちろんのこと、男性陣は痛そうな顔でドン引きしたが、女性陣はとても満足そうに「コレがいい」と言う。
ムヅキたちは「どう? ホヅミ様のはご立派……ひひっ!」と間違った認識を植え付けられ、ある意味で尊敬の眼差しを向けてくる。
「「「幾久しゅう愛しておくんなんし!」」」
「いくーしゃしゅーあいしておくんなんしぇ!」
「やめなさい! チェスカに乗っかるのはやめなさい!」
「「「ホヅミ様~!」」」
「ホヅミしゃま~!」
「コラ! メっ! ダメです!」
禿たちに絡み付かれる穂積を目にしたクリスが猛る。
「チェスカ……!?」
「ク、クリスさま……!? 嫌だなぁ~、冗談! ご冗談っ!」
焚き付けたチェスカも巻き添えに威圧する。
「エロガキが増えた……っ! 鎮まれ……っ!」
「ひぃ~っ!?」
「「「「ひいっ!?」」」」
この瞬間、四人の少女たちの中で序列が決まった。上から順に、穂積、クリス、ナツとチェスカだ。
ナツとチェスカを同列に見ている辺りが彼女達の逞しさ。そして、誰よりもクリス姉さんを恐れ敬うようになる。
「ほらっ! ふざけてないで、お参りするよ!」
おかしな墓石に笑いを堪えつつ、努めて澄まし顔で目を閉じ、手を合わせる。少女四人も左右に分かれて並び、穂積を真似して手を合わせた。
「「「「姉さん方。おさればえ……」」」」
遊女たちの残した念は、少女たちの中で確かな糧となって息づいていた。
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