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第三章
第一六〇話 ビクトリア号包囲網
しおりを挟む『カンカンカーンカーンカンカンカーンカーンカンカンカーンカーン』
上で音響信号が響いている。ビクトリアの戦いが始まるのだ。
穂積は一人、船長室にいた。
朝食後、船長室で造水器の図面作成に勤しんでいた穂積だが、マルローが来たことで寝室に移動していた。
船長室の寝室は執務室以上に雑然としており、部屋の中はほとんどベッドで埋まっている。
クリスの造ったウォーターベッドは予想を超えていい出来で、今夜も良い夢が見られそうだと思っていたら、突然事態が動き出し、一気呵成にキナ臭くなった。
戦闘配置において、魔力ゼロで片腕の自分に出来ることなど無いので、せめて邪魔しないように船長執務室の椅子に座って大人しくしている。
(第一艦隊……魔堰船の艦隊か……)
何が契機となったのだろう。
フィーアから齎された情報によれば、艦隊が出撃したのは一昨日の事だと言う。
穂積が『鑑定の儀』を受けた日から数えて二日後になるが、ヘクサ・オルター・シリーズの強制停止が原因だとすると少し遅い。
(古代語の発音は失伝しているが、皇帝はアレの本質を知っていると考えておいた方がいいか……?)
小さな魔堰をポケットから取り出して目を落とす。
(座標魔堰……は無いか。魔力波の傍受は阻害されるはずだしな……)
座標魔堰を排泄出来たのが、ちょうどそのタイミングだったから、つい考えてしまった。魔力波がどういうものかは知らないが、電波と似たようなものだとすると、腹に納めたくらいでどうこうなるものではないだろう。
(もっと間接的な……教皇に目を付けられたのと同じか?)
そうして仮説を立ててみると、見えてくるものがあった。
教会と帝国の相違である。
教皇は穂積を重要視しつつも、異端審問官に曖昧な指示を与えて送り込んできた。
皇帝は虎の子の第一艦隊を使ってまでビクトリア号を拿捕、否、穂積を確保しようと動いている。
(捕まるだけじゃ済まないよな。下手すると殺されるか……)
どちらも何を考えているのか分からないが、教皇の回りくどい対応に比べて、皇帝は強硬な姿勢を明らかにした。
(結果的にだが、フィーアを受け入れて正解だったってことか)
教会は大陸に総本山を置くものの、帝国とは別組織と考えるべきだ。時と場合に寄りけりで、協調したり、反目したりするのだろう。
何れも強力に中央集権的な組織であり、どちらに転ぶかは、それぞれのトップの意向次第。
そこまで考えて、ふと疑問が湧いてきた。
『国家全体に関わる重要案件は皇帝が長を務める元老院で議論の上、決定される』
(十賢者はどうしたのよ? 確か教皇もメンバーのはずだが?)
元老院の審議に掛けられる前段階ということだろうか。それとも、有って無いような合議制なのだろうか。或いは――、
(本件はその限りではない……とかね)
あんな悪辣な仕組みを大勢が知っているはずがない。
正しく理解しているかは置いておくとして、おそらく鑑定魔堰が魔力供給を仲介していることを知っているのは、ほんの一部のみ。
これまでのイーシュタルの動きと、メリッサの事情から察するに、三大公爵家は知らされていない可能性が高い。
知っていれば、メリッサの魔力容量が人並みに留まるはずがないからだ。あの仕組みは真面目な常識人であるほど、早めに引き返す選択をする。
生まれながらに身に宿るものを『鑑定する』という受け身な姿勢で向き合う以上、意識的に耐えたりはしない。
(まぁ、そうすると、ビクトリアはどうなのって話になるけど、多分、鑑定にも全力投球したんだろうなぁ)
愛しい恋人の猛々しい姿を思っていると、遠方で『ドドンッ! ドンッ!』と炸裂音がした。
砲魔堰の発射音だろうが、本船への着弾は無く、海面に何かが落下する音だけが聞こえてくる。
ビクトリアが熱量魔法で迎撃して、砲弾に込められた魔法を相殺し叩き落しているのだ。因みに、同種の魔法の相殺という現象があることを養生処襲撃事件の後で知った。
(恋人におんぶに抱っこで守ってもらうとは……我ながら情けなさすぎる)
異世界転移の主人公であれば、何か特殊な力が無ければ物語にならないだろうに、穂積に与えられたのはイソラとの出会いだけだった。
イソラが現実復帰すれば掛け値なしのチートだろうが、彼女を助けるための能力が自分には無い。
「はぁ~」
穂積は未だ、誰にも相談が出来ずにいた。
「ともかく、アズミ・オルターの確保だな。それもかなりハードルが高い。激高い。何とかせにゃ…………ん?」
今まで気付かなかったが、位置座標の変化量が増大している。
アズミ・オルターは加速していた。
**********
「カァ――カカカカっ! どうしたぁ! もっとガンガン来んかい!」
腕を組んで仁王立ちしているビクトリアの頭上には、百を超える炎弾が浮き上がり、撃ち出される時を今か今かと待ち望むように力を溜めていた。
セーラが包囲網の薄いポイントを見つけて全速力で突っ切る。
射程に入った第五艦隊の駆逐艦から散発的な砲撃が飛んでくるが、撃つ端からビクトリアの『火弾』一発で落とされていた。
射出速度が速すぎるせいで、先に撃ったはずの敵砲弾は敵艦の至近距離で迎撃され、遠目に見ても士気が下がっていた。
はっきり言って、第五艦隊から戦意が感じられない。
「やる気あんのかぁ! 無いなら進路を塞ぐな馬鹿たれが!」
しかし、指揮系統がバラバラで、練度は低いはずの艦隊は綺麗な包囲網を崩さず、抜かれた艦艇は退路を塞ぐように針路を変更して、ビクトリア号に追走する。
結果、包囲を破れば破るほど後方からの砲火が密度を増し、ビクトリアは後ろへ意識を向けざるを得ない。
嫌々ながらもビクトリア号の進路に割って入る敵艦。これを避けるために舵を切るセーラは歯噛みしていた。
「これが第五艦隊かい? ……信じられんわさ」
横に大きく扇形に展開していた敵艦隊の布陣は、ビクトリア号の進行方向に合わせて形を変え、行く先には新たな包囲網が増えていく。
数だけは多い第五艦隊の強みを余すことなく活かす艦隊運用に、セーラは舌を巻いていた。
中には陣形を維持するためだけに、ビクトリア号に背を向けて包囲を広げようと走る艦まであるのだから、その戦術の徹底ぶりは目を見張るものがあった。
既に大陸棚の淵付近まで進出しているが、その向こう側には多数の艦艇が待ち構えている。布陣は巡洋艦クラスの中型艦が多かった。
「ちっ! 最初の包囲は足の速い駆逐艦が主体だったってわけかい! 包囲網の穴に見えたのはここに誘い込むためか!」
ビクトリア号は前列と後列を頻繁に入れ替えながら追い縋る駆逐艦の群れを引き連れて、重武装で待ち構える巡洋艦の包囲の中へ追い詰められていく。
『ドドドンッ! ドンッ! ドドンッ! ドドッ、ドドドドンッ!』
前方に展開する巡洋艦群からの一斉砲火が開始された。
「面舵ぃ! 十五!」
「面舵十五度! あい!」
砲撃の半数以上をビクトリアが迎撃したが、撃ち漏らした何発かが本船左舷側の海面で炸裂する。
大舵を切り、船速が落ちたところに、再びの一斉砲火が襲い掛かった。
**********
ビクトリア号包囲網、上空――。
目標を中心に戦域を周回するように、大きく旋回している黒い影があった。
「うっは! 何だいアレは? あれが傾奇姫かぁ~。とんでもないね」
相手は艦艇ですらない、ただの貨物船にも関わらず、たった一人が放つ熱量魔法で第五艦隊の全艦艇と互角以上に渡り合っている。
「情報部の報告では、あれほどの使い手ではなかったはずですが、おかしいですね」
空飛ぶ黒い影には二人の人間が搭乗していた。
一人は線の細い青年。深い黄土色の髪を肩まで伸ばし、紐で一括りに縛っている。
「最近の情報部はねぇ。ちょっとどうよ? って思わないかい?」
もう一人は細身の女性だ。灰色の髪を短く刈り込み、青年の前の座席で飛行魔堰の操縦を担っていた。
「ハンバル様、仰りたいことはわかりますが、それを元情報部の私に言いますか?」
青年の名はハンバル・ムーア。神聖ムーア帝国の第四皇子にして、天才的な軍略家として知られる人物である。
もっとも、実戦に出るのは今回が初めて。皇族の初陣を飾るにしては風変わりな戦場だが、皇帝直々の命とあらば否やは無い。
「だからこそ分かることがあるんじゃない? カルタなら理解できると思うけど?」
女性の名はカルタ・バルカ。新興貴族家であるバルカ男爵家の当主にして、ハンバルの参謀でもある。
貴族とは言っても、第四皇子の肝煎りで取り立てられた際に、小さな村を一つ領地として与えられただけの零細貴族だ。
「分かっております。ハンバル様に拾われなければ、私もイーシュタルの犬に成り下がっていたかもしれません」
「おいおい。僕は一応、皇族であり、あの家は一応、公爵家。一応、親戚筋だ。一応、呼び捨てはやめておきたまえ。一応ね」
「一応ですね。承知しました。一応が多いですね。――ハンバル様、第一艦隊が内海を出ました」
「はいはーい。ふぅ、ようやく船足が落ちたねぇ。傾奇姫、マジで半端無いわ」
ハンバルは通信魔堰を手に取り、眼下に広がる戦場を俯瞰しながら第五艦隊に指令を送る。
『巡洋艦、一番から八番。全門一斉射。のちに前線を維持しつつ、五ケーブル後退。九番から十六番は、その場で一斉撃ち方始め。当てなくていいからバラ撒け』
ビクトリア号に直撃弾は一発も無い。すべて撃ち落されている。しかし、後方に屯す駆逐艦と、前方から放たれる艦砲射撃によって行き場を失い、ジグザグ航行を続けていた。
『第五艦隊全艦、撃ち方止め。敵船から距離を取りつつ、全周包囲せよ』
「詰みましたね」
「初陣で緊張したけど、何とかなったねぇ」
「……よく言います」
ハンバルに限ってそんなはずがないと、カルタには分かっている。
そもそも、第一艦隊の出撃が認められた時点で、この盤面は詰んでいるのだ。まさか本当に引っ張り出すとは思わなかった。
作戦目的を聞いて、皇帝の本気度を見切った瞬間から、すべてはこの天才の掌の上なのだから。
「さて、じゃあ、降伏勧告と行こうか」
「はっ! ビクトリア号に繋ぎます」
第一艦隊が追いつくことは確実であり、ビクトリア号が逃げ切ることは不可能だった。
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