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第三章
第一八八話 懸念
しおりを挟む第一村人、もとい、第一島民を山頂で発見した。
狒々色の龍涎香から切り出された祭壇。
その上で仰向けに横たわる少女の顔色は悪く、体は冷え切っていた。
「……どうだ?」
「死んではないけど……危ないわ。気付けしても意識が戻らない」
「治療できそうか?」
「生体魔法じゃ無理。身体を暖めないと」
その時、首筋にヒヤリと冷たい粒が落ちた。
霧で見えにくいが、空から白い粒がふわりふわりと降ってきている。
「……雪も降ってきた。他に人は?」
「人の気配は無いわ。本当にこの子だけ」
「仕方ない。連れて帰ろう」
「……」
少女をこのまま放置するわけにはいかない。集落が何処にあるか分からない以上、親元にも戻せないし、明らかに状況が不自然だ。
何らかの宗教儀式に介入してしまった可能性もあるが、やむを得ない。
「フィーア? どうした?」
「……」
毛皮を脱いで少女を包んでいると、押し黙ったフィーアがじっと少女を見つめていた。
「……この子、黒髪ね」
「ああ、そうだな。トティアスでは珍しいが、それがどうかしたか?」
「いえ……なんでもないわ。帰りましょう」
少女を担ぎ上げて祭壇を離れ、断崖のスロープを目指して歩いていると、
「ホヅミ!」
「――っ!」
森の中からズシズシと足音を響かせて何かが出てきた。こちらへ向かってくる。
『ガァアアァアアアアァ――――ッ!』
巨大な熊だ。
行く手を阻むように立ち塞がり、両腕を広げて威嚇し吠える大熊は体長十メートルを軽く超えていた。
「ひいぃいいいっ!」
「大型! ホヅミは下がって!」
ここは陸だ。海ではない。
浮力も無いのに哺乳類が恐竜並みの大きさになっている。意味がわからなかった。
フィーアは灰の覇気を迸らせて大熊と正面から対峙する。
穂積は泡を食って逃げ出し、近くの龍涎香の裏に隠れた。大熊の吠え声とフィーアの覇気に少し漏らしつつ、そっと龍涎香の影から顔を覗かせる。
『ガァオオォオオァアァ――――ッ!』
「がおー。さっさとかかって来なさい」
大熊はグルグルと唸り声を上げつつも、少し腰が引けている。フィーアの覇気に怯えている様にも見える。
(大型陸獣がビビって……。フィーアには逆らわないぞ。俺は絶対に)
『グルゥルルルゥ』
「早くしてちょうだい。寒いわ。でも、その毛皮は暖かそう……」
『クルゥルルル……』
無表情なフィーアの冷たい視線に弱々しい鳴き声を上げると、大熊は威嚇を解いて森に逃げていった。
「もういいわ。大っきな毛皮が取れそうだったのに、残念ね」
「はぁ、怖かった。あんなのおかしいって。もの〇け姫かよ……」
「大型としては小振りだったわ。大陸の樹海ならあの倍はあるわよ」
「……俺は絶対、樹海には行かない」
哺乳類版のジュ〇シックパークだ。すぐに食われる未来が浮かぶ。
また出くわしたら堪らない。フィーアも寒そうなので、とっとと家に帰る事にした。
**********
家に帰り着く頃には雪は霰に変わり、その勢いを強めていた。
フィーアは少女を寝室に寝かせて毛皮の布団で包み、穂積は暖炉に火を入れて湯を沸かす。
ガラス被膜にパチパチと霰が打ち付ける音が聞こえ、どんどん打音が激しくなってきている。
「とりあえず寝かせてきたわ」
「ありがとう。もうすぐお湯が沸くから。お茶飲むだろ?」
「ええ、積もりそう?」
「ああ、夜間も降り続くなら積もるな」
発見が一日遅れていたら間に合わなかった。それにあんな場所で寝ていて、獣に襲われなかったことも奇跡に近い。
「なんだったのかしら?」
「さあな。ひょっとすると、生贄の儀式とか、そういうやつかも」
「傷も無いし、拘束もされてなかったみたいだけど?」
「人が手を下さず、自然に任せる場合もある。まぁ、逃げ出さなかった理由はよく分からんが……」
しかし、もしそうだとすると、困ったことになった。
「親元には返せないかもな。俺たちが島民に接触することも難しくなった」
「どうするの?」
「……どうしよっか?」
「知らないわ」
少女を助けたことに後悔は無いが、ここでずっと養うことが可能とも思えない。
食糧は多めに保存してあるが二人分の計算だ。雪解けがいつになるかも分からず、寒さが厳しくなればフィーアのパフォーマンスは落ちる。
「天候が回復したら狩りを再開しよう。冬でも多少の獲物はいるはずだし、生け簀からは魚も獲れる」
「潜るのは嫌よ」
「わかってる。そんな事はさせない」
「そう。ならいいわ」
お茶を淹れて、ソファに座るフィーアに渡すとフゥフゥして啜り始めた。かなり寒そうだ。大熊に手を出さなかったのも無理をしたくなかったのかもしれない。
薪を追加し、隣に座って肩を抱くと、ぴたりと寄り添ってくる。肌寒い時のフィーアは素直なのだ。
「……お願い」
「ん」
目を閉じて唇を開くサイン。
冷えた口元を塞いで、舌で優しく暖めると、おずおず絡ませてくる。そのまま数分間、彼女の求めに応じ続けた。
一時間ほど暖炉で暖まりながら取り止めのない話をしていると、眠り続ける少女の具合が気になった。
「ちょっと様子を見てくる」
「私が行くわ」
「寒いだろ?」
「いいの。私が行く」
よく分からないが、フィーアは少女を警戒しているようだ。確かに黒髪は珍しいが、明らかにフィーアの少女を見る目が穂積に向けるものとは違う。
「黒髪が気になるのか?」
「ええ。確証は無いわ。でも、あの男と同じなの」
「……例の死なない男か」
「猊下にも正体が分からない謎の男よ。あなたと同じ黒髪黒目だけど、全然違う感じ」
嫌な予感がする。それが皇帝の動機だとすると、何か理由があるのか。
「もしかして、トティアスで黒髪黒目は……」
「私はあの男を見るまで知らなかった。他の異端審問官も、一般司祭も同じく」
「珍しいどころじゃない?」
「ええ。さっき確認したけど、あの子も黒目だった。これで三人目よ」
黒髪黒目。一般的な東洋人の身体的特徴だが、トティアスには、まず居ないと言う。
そして、穂積はこの世界でもう一人、同じ特徴を持つ人物に心当たりがあった。
「アズさんも黒髪黒目だったはずだ」
「女神の人相はほとんど伝わってないけど、そうなの?」
「イソラに聞いたから間違いないと思う。彼女は黒髪だが瞳は群青だ。父親からの遺伝らしい」
「なら、あの男やあの子は女神の子孫?」
「いや、それは無い。イソラは一人っ子だ。難産がスノーさんのEDの原因だからな」
「……生々しいわ。じゃあ、魔女が産んでたんじゃない?」
「違う! イソラは処女だった!」
「『だった』ねぇ……。今夜は寝かさないわ」
「うっ! 藪ヘビった!」
これまでも何回か寝かせてもらえない夜があった。そうした次の日はイソラが不機嫌になる。魔女の怨念を噴き上げて怒るものだから非常に怖い。
「ともかく、一応、警戒はしてちょうだい」
「はい。わかりました」
「よろしい」
そう言うとフィーアは少女の様子を見に寝室へ入って行った。
「今夜は寝かさない……かぁ。普通に痛みで寝かせてくれないんだもんなぁ」
フィーアのサディスティックな瞳が脳裏に浮かび、寒気を覚えて薪を追加する。
「あの目で見られるとゾクッとするんだよなぁ。でも嫌じゃないんだよなぁ。マゾなのかなぁ。でもイソラを虐めるのも好きだもんなぁ。俺ってなんなの?」
穂積は様々な性癖のごった煮のような自分に違和感を覚え始めていた。ハーレムの弊害だろうか。
とりあえず竹串に燻製肉を刺し、石鍋にムカゴを炊いて遅めの昼食を準備しつつイソラへの言い訳を考えていると、三十分ほどでフィーアが戻ってきた。
「どうだった?」
「体温は戻ったわ。どうやら薬を飲んでいたみたい」
「薬? 睡眠薬か?」
「ええ。解毒はしたから、その内に目を覚ますと思う」
「うーん……。薬で眠らされて、あそこに置き去りにされたってことになるのか?」
「たぶん。かなりの量だったから、熊に齧られても気付かなかったでしょうね」
もう確実だろう。二度と起きることの無い眠りに落とされ、そのまま凍死するか、痛みを感じることも無く獣に食われて死ぬ。
少女はそのために、あの場所に居たとしか考えられない。
「私は聞いたことないわ。生贄の儀式なんて」
「この島にはそういう文化があるってことだな。あんな小さな子を。時代錯誤と言いたいところだが……」
時が止まったような閉鎖的な環境で、それが当たり前の民族だとするなら、そんな常識を主張したところで無意味だ。
「面倒を見るつもり?」
「一度は助けておいて、今さら放り出さない。ややこしい問題に首を突っ込んだかも知れないが、毒を食らわば皿までだ」
「変なこと言うわ。皿なんか食べたら死んじゃうじゃ……ああ、そういうこと」
「そそっ。毒を食った時点でどうせ結末は同じだ。なら、やれるだけやっちゃえば? ってことだな」
「余計に苦しむことになる気もするけど」
「……そうだな」
皿まで食ったところで毒が消えるわけではない。何か出来ることはあると信じたいが、これ以上は少女自身に話を聞いて見なければ何もわからない。
「済まない。フィーアにも迷惑を掛けるかも」
「構わないわ」
「ありがとう」
「あなたが優しいからよ」
フィーアの存在は本当に頼もしいが、彼女のためにも島民と対立することは避けたい。かといって、いつまでも見つからずに隠れ住んでいられるとも思えなかった。
炊き上がったムカゴを摘みながら肉を頬張り、腹を満たして気を落ち着ける。
食糧に不安は残るが、木の実やムカゴは大量に採れたし、ムカゴを見つけた時に掘り出した大きな自然薯も加工して保存してある。
キノコも出来るだけ採集して乾燥させてあるが、目利きができないので、いきなり試すのは憚られた。
今後の島での生活に暗雲が立ち込めるが、まずは無事に冬を越すこと。今はその事だけを考えておく事にした。
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