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第三章
第一九三話 唯一人、気付いた男
しおりを挟むその頃、鬱屈した帝国上層部を知ってか知らずか、アルローの気狂い共は勝手に『ヒャッハー!』していた。
第十八次有人飛行試験――、同仮設試験場にて――。
「道を開けろ!」
「回収艇! いつでも出られるようにしておけ!」
「ちょっと待て! ホントに大丈夫なんだろうな!?」
「イケるイケる」
「ちっ! わかったよ! 行きゃいいんだろ行きゃ! でも、押すなよ? 絶対! 押すなよぉ~!」
「……」
「押すなよ~。ぜっったい、押ぉすなぁよぉ~」
「……」
アルローには金が無いし、力も無い。帝国に比べれば。
領海の南方には飛行魔堰が多数発見されるポイントがあることは以前から知られていたが、ほとんどが飛ぶことのできないガラクタ。
稀に見つかる無傷のものは帝国に売りに出される。むしろ保持していたら制裁を覚悟しなければならない。
レーダーの無い世界で空からの視点は貴重だ。特に海戦で雌雄を決するトティアスの戦争ではその有無が戦局を左右する。
飛行魔堰開発部、兼飛行試験隊――。
彼らへ下されたビクトリアの命令は、既存の飛行魔堰を凌駕する新型機の開発だった。
いつの時代も、どこの世界でも、人は空に夢を馳せる。
だが、トティアスでは飛行魔堰があるせいで、ゴールだけが先に見えてしまう。
推進力は飛行魔堰に搭載された超高出力の送風魔堰だということはわかるし、形状も既にお手本がある。
木製だと強度が足りず、送風魔堰だけすっ飛んでいく。鉄製だと重過ぎるし、すぐ錆びる。鉄製フレームに布を貼ったら飛ぶ前に骨組みだけになった。
陶器でまったくの同一形状を作り、全体に強化魔法を付与しても、真っ直ぐに滑空して海に突っ込むだけだった。しかも魔力欠乏で何人か死に掛けた。
そんな失敗を延々と繰り返した彼らは鳥頭のレッテルを貼られ、三回堕ちたら四つ前の失敗を忘れると馬鹿にされた。
それでも給与が貰えた。開発予算は降りてきた。すべてビクトリアの傾奇のおかげだ。
「押せや! 振りだろうが!」
「はーい。ポチッとな」
『ゴウゥウウウウウウゥ――――ッ! ぅうううううぁあああぁあああぁ――――ぁ! いぃやぁああああぁ――――ぁぁぁぁぁぁ…………ぁ………………ぽちゃん』
「あいつ声だけは良いんだよな」
「ホントすげぇグラップラーだわ」
「ドップラーね」
「やったよ! 新記録だ! 落水音も最小だった!」
「だよな!? 今まではバシャンッだったのによ!」
「……すげぇなG素材。壊れてねぇぞ?」
「あいつは? 壊れてねぇか?」
「あっ。生きてるよ。ほら。回収された」
「馬鹿野郎! 飛行魔堰の方が先だろうが!」
ゼクシィ曰く、ただの根性無しらしいが、飛行試験隊は今日も元気に海に向かって突っ込んでいる。
米酒醸造試験蔵――、同試飲会場にて――。
「うううう、うまーい!」
「すごい! キレの中にも仄かな甘みが!」
「お次はこちら。精米歩合40%」
「「くんくん……くぴっ……」」
「んんまぁーい! 雑味がまったくない!」
「なんかの宝石箱やぁ~!」
試作米酒開発部、兼ただの飲兵衛――。
せっかく収穫した米を半分以下まで削れと言われた時は気狂いかと思った。
ただでさえ狭い島の丘陵地帯に無理して棚田を作って丹精込めて育てた米粒を削ってしまえと言われたのだ。
半分に削ったら出来る酒も半分になるではないか。たくさん売るために頑張っているのに本末転倒だろう。
しかし、傾奇姫は言うのだ。十倍の値を付けても売れる酒を造れと。無茶な命令だと思ったが、予算は彼女が取ってきているから否やは無い。
米粒の真芯を残すように周りを削ればいいらしい。どこの頓珍漢の案か知らないが、それだけでも試行錯誤を繰り返した。
苦労して40%まで精米することに成功し、約二ヶ月後に完成した酒は、めちゃくちゃ美味かった。
「ふっふっふっ……先輩方」
「なんだよー。気持ちよく飲んでんだー」
「ひっく! てやんでぃ! てやんでぇい!」
「実は……一樽だけ……20ぅ~……」
「「なぁ~にぃ~!?」」
「お、恐ろしい! なんて恐ろしいことを!」
「削った分は……どうしたんだ……?」
「豚のエサです」
「気狂い!」
「田んぼに唾吐くか!?」
「ぼくのトコの田んぼですよ」
真水のような透明感のある酒を捧げ持ち、香りを感じつつ啜り上げる。
「「「ずずずぅ~っ」」」
「「「………」」」
「女神の涙……」
「女神の涎……」
「女神の〇液……」
「「「甘露! かんろ~っ!」」」
今は酔っ払いが酒盛りしているだけだが、翌日から試作米酒開発部は、日本でも未知の味の領域、一桁歩合の精米を始めた。
アルロー国内にワーカーホリックが急増していた。
そんな精神疾患者が最も急増しているのは、ヒービン船舶管理の四人に牽引された造船所の職工たちだ。
セントルーサ造船所――建造部、設計部、艤装部、設備管理部、資材調達部――、旧ビクトリア号改修チーム、現VLTC開発チーム――。
空を巨大な天幕に覆われたドックにて――。
次々に画期的な新船型が出来ていくことが面白くて仕方ない。
何処からか台船で送られてくる真白の竜骨フレームの出処が気になって仕方ない。
建造効率を爆上げしたフローティングドックなるものの発案者が気になって仕方ない。
意味不明の女の声がする思兼なる魔堰の使い方だけ覚えさせられると同時に、給料が倍になったのが気になって仕方ない。
「いよいよだ……」
「長かった……」
「嫁が……団地に入りたいから頑張れって……」
「あっ……ウチも……」
「家内が帰ってくんなって言うんじゃ……」
「これで馬鹿げた納期ともおさらばだ……」
「でも……ホントに出来たな……」
「ああ……ホントに出来た……」
「三〇〇メートル級じゃ……」
「見よ……この威容を……大型海獣も真っ青だ……」
「なんで造ったんだっけ……?」
「真水輸送だよ……」
「どこに三十万トンの真水が余ってんだ……?」
「知らね……。別にいいんじゃん……?」
「そうだな……大きけりゃいいだろ……」
「ナニと一緒さ……」
「飲み行くか……」
「一杯で寝る自信あるわ……」
VLTC一番船、完工。
間もなく進水式と相成った。
「おい……。海上公試の後だけど……」
「ん……?」
「改良図面が三日で送られてくるらしい……」
「は……?」
「一週間後にはフレームが届くって……」
「なんの……?」
「二番船……」
「え?」
「VLTCの、にぃ~ばぁ~ん~せぇ~んんんんんんっ」
「「「……納期は?」」」
「…………二ヶ月」
「「「……資材は?」」」
「…………明後日、届くから、よろしく」
「「「……休暇は?」」」
「…………すまん。人員補充は、目処がつかん」
「……建造監督。アンタんトコ、新婚じゃなかったか?」
「俺たちの家族は全員団地入り決定……。しかも温水シャワー付きの部屋……」
「……おぅふぅ」
「嫁は……風呂付き目指して頑張れって……ぐすっ」
ビクトリア号のマザーヤードでもある『セントルーサ造船所』の職工たちは、強制的に働き方改革を押し付けられた。
人手も時間も足りないが、仕事に感じるやりがいだけは異様に大きい。給与は上がったし、家族は良い暮らしをしているので文句も言いにくい。
建造監督はビクトリアに上申し続けた。人員の補充を。特に工程管理の経験者を。
しかし、そんな人材はなかなか居ない。優秀な技師や職工は既に何処かのヤードに囲われており、野に下ることなどほとんどない。
現在、アルロー国内の造船所はどこもかしこも仕事に溺れていた。旧知の監督に融通してくれと頼んだら、絶交されるくらいには。
「新作の米酒が樽ごと送られてきた」
「……飲むか」
「おれ、ツマミ用意してきまーす」
「はい! 飲み会だよ! 全員集合っ!」
「「「わーい……」」」
天幕の下、光魔堰の灯りに照らされて、造船所の夜は更けてゆく。
**********
「ごほっ、げほげほ……っ」
「御当主……申し訳ない。私の魔法でも進行を抑えることしか……」
州都イースの豪邸の一室にて、白髪の痩せ細った男が豪華な天蓋に覆われたベッドに寝ていた。
イーナン・イーシュタル公爵、イーシュタル公爵家の現当主である。
まだ五十歳にもなっていないが、その寝姿は老人のようだ。公爵家お抱えの医師の腕を持ってしても、彼を癒すことは出来ない。何故ならば――、
「どうか私の治療院にお越し下さい。この病状では執務も儘なりますまい?」
「くくっ……先生。言葉を選ばずとも良い。私は毒を喰らっておる間は生きていられるのだ」
「……お気づきで?」
「気づくとも。血は争えんということだ」
公爵は食事や飲み物を通して継続的に毒を盛られている。実行しているのは給仕のメイドだが、この邸宅の使用人は入れ替わりが激しい。
特定のメイドが犯人というわけではなく、そうして使われて、おそらく最後は口を封じられている。
「先生も気を付けることだ。せいぜい私を生かさず殺さず、ギリギリで待たせろ。彼奴にとってはそれが一番都合がよい」
「御当主……」
最近の公爵は様子がおかしい。以前の彼からこんな他人を気遣うような言葉は出ない。
その声音は張りが無く弱々しいが、瞳には親愛の光が宿り、言葉に真心が感じられた。
「一体どうなさったのです? ご様子が……」
問い掛けには答えず、イーナンはじっと医師の目を見て息を吐くように囁いた。
「……先生。一つ頼まれてくれるか?」
「なんなりと」
医師は公爵の頼み事を即座に請負い、絢爛豪華な調度品に溢れた広い部屋を辞した。
毛足の長い絨毯に覆われた廊下に足音は響かない。同じく無音でカートを押すメイドとすれ違った。
彼女は立ち止まり、医師に綺麗な会釈をして公爵の居室へ向かう。
その瞳に意志の光は無く、カートには一人分の昼食が載っていた。
(私は何をやっているのか……)
生体魔法を行使して患者を解毒した直後に、患者に毒物が与えられることを見過ごす。
もはや医師とは呼べない有り様の自分を無理に納得させて、腹の中には嫌なものが溜まっていく。
せめて公爵の頼み事は成し遂げようと、心を定めて豪邸を後にした。
(おそらく監視が付いているのだろうな)
自分の治療院への道すがら、どうするべきか考えるが良い案は浮かばない。
ふと顔を上げると、教会の壁に嵌められた板ガラスが目に入った。陽光を反射しキラリと光っている。
久しぶりに祈りを捧げるのも良いと思い、広間に入って板ガラスの前で膝を付きつつ沈思黙考すること暫し――。
(女神への祈り……祈りか。これで行こう)
暫くは通い詰めなければならないが、それも今までのツケというやつだ。自分のような藪医者が敬虔な信者に鞍替えしようというのだから。
(願いは無い。ただ、許してほしい)
この日から、医師は三ヶ月に渡り教会に日参し、青く波打つ板ガラスに祈り続けた。
女神頼みでは無い。ただ、怪しまれないために。
**********
乾坤の一手を打ったイーナンは柔らかいベッドに身を横たえた。
頼めるのはあの医師しかいなかった。抱き込んで数十年間に渡り、肉体のメンテナンスを任せてきた男だ。相応の便宜は図ってやったが、それでも裏切る者はすぐに裏切る。
イーナンと共謀し、前イーシュタル公爵を謀殺した医師の胆力と、これまで自分を殺さなかった実績。そして、悪徳に塗れた己の人生で得た直感に従った。
(これでダメなら、それまでのことだ)
扉をノックしてメイドが昼食を運んできた。
いつも通り、気怠そうに食事を始める。体調不良で吐きそうだが、無理にでも飲み込んだ。昼食を平らげると冷たく「下がれ」と言い放つ。
(シュキめ……なかなかやるじゃないか)
味覚はほとんどないが、おそらく美味い飯なのだろう。食材はどれも最高級。入っている毒も最上級。無味無臭の毒など、そうそう手に入らない。
メイドが退室し廊下に気配が無いことを悟ると、イーナンは最後の仕事に取り掛かる。
「バルト」
「はっ」
ベッド脇の空間に一人の男が現れた。まるで元から居たかのようだが、実際に彼はずっと室内に居た。
隠密技能も極まれば魔法と大差ない。
「送れ」
「宛は?」
「アルローだ」
「はっ」
「以降はシュキに仕えよ」
「はっ」
バルトと呼ばれた男は現れた時と同じく、消えるように居なくなった。
「……世話になった」
唯一人、残しておいた手駒に極短い命令を下し、イーナンは仕事を終えた。
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