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第三章
第二〇六話 疑念の種
しおりを挟むズバスの身体には何故か聖痕が刻まれている。
聖痕は生まれついてのものではなく、鑑定によって得られるもの。ヘクサ・オルターに触れた時に人間に付与され、以降は魔法が使えるようになるのだと思っていた。
だが、ダミダ島にあんないかがわしいものは無い。ズバスに聞いてもそんなものは知らないと言う。
「でもアレはどう見ても聖痕の光だったよな?」
「それはそうだけど、適性は何よ? あの気色悪い球はなんの魔法なの?」
「気色わりぇどはなんだ、失礼な。アレはおらが親父がら習った先祖代々の貴ぇチカラだぞ? 大体、さっきがらマホゥて何の話だ?」
島民にとって『チカラ』は島外の人々にとっての『魔法』と同じく当たり前にあるもの。マレはフィーアの魔法を見て『妖術』やら『けったいな力』と言っていたが、顕現の仕方が派手だから驚いていただけだったのかもしれない。
(ひょっとすると、『けったいなチカラ』って意味だったのかも……)
偶々ズバスの『チカラ』は攻撃に応用できるものだったが、魚群を網に追い込む『チカラ』、歌声で泣く子を寝かせる『チカラ』、味噌の発酵を早める『チカラ』など、人それぞれに『チカラ』の形は多種多様らしい。
「ん? てことは何か? 巫女の霧も『チカラ』なのか?」
「お目黒様のチは別格だ。おらだぢが巫女台さ上っても大すたチカラになね」
フキが言っていたもう一つの掟のことだ。ズバスは知っているようだが、どこまで知っているのか。
「なぁ、ズバスは霧の掟を知ってるか?」
「当だり前だ。島の一番の掟だぞ?」
「どこまで?」
「どごまでって……霧は晴らすちゃなね。お目黒様産まぃねば身重の嫁がいる男順番さ祀らぃる。マレ様蘇らねば次は隣のムズロだった」
「……お隣の旦那さんか」
とても身近に厳しい掟の当事者がいて、ズバスはその事を特になんとも思っていないように見える。
マレですらそうなのだから、大人にもなれば日常の一幕になっているのかもしれないが、
(でも、まだ救いはありそうだな)
幼いスズは分からないなりに隣人が祀られることを悲しんでいた。ミヨイ様なら助けてくれると、祀らなくて済むと喜んでいた。
穂積は『ミヨイさま』では無いし、種馬として島を救うつもりもまったく無いが、子供の期待には応えたいと思う。島を捨てることになるが、命があれば何処かでやり直せると信じている。
「そった時期には……若い夫婦は毎晩励まねばなね」(ニヤリ)
「……全員か?」
「気にせんでい……お互いさまだ。何処ん家もうるさぇはんでな」(ニヤリ)
「あー。そうなんだ?」
「ホヅミ様も気にせずやってぐれ。岩香炉焚いどぐはんで……一晩中ビンビンだ」(ニヤリ)
「あなた。掟なら仕方ないわ」
「おまえ……掟だからって」
「別に……掟のせいなんだからね!」
「んだ。掟だ」(ニヤリ)
フィーアはツンデレを堅持しつつ、掟を盾に取ってヤル気満々だった。自分たちに掟を守る謂れは無いと結論したのに、この掟は絶対遵守らしい。励まなければならないだろう。
「うほん。他には何か知ってるか?」
「祀らぃだ三日後さ、皆で一番古ぇお岩様ば開いで、上手ぐ板さ割れだもの削る」
「ふむ」
「磨ぎ抜がぃだ岩板巫女台さ組み入れで祈る」
「ふむふむ」
「岩板になれねがった欠片や削り粉皆で分げで、岩香炉で焚ぐ」
「合理的だわ」
フィーアの中でダミダ島の株が上がっている。味噌鍋で満腹になり、掟の別の側面を知り、ズバスの『肥返し』は水に流すことにしたらしい。
「岩板をあそこまで磨くのは大変だろう?」
「出来るだげ早えぐチど御霊根付がせねばなね。大人手分げすて交代で研ぎ続げるが、一枚磨ぎ抜ぐばって三日は掛がる」
「『チ』と魂か……」
「すたばって、狩り仲間のイノスケどヤマギの分まだだ。儀式さ根付げが追いづがね。こった事は初めでだ」
掟を語るズバスの顔に初めて陰りが見えた。仲間の鎮魂が済まない内に、また別の仲間が祀られた現状に不安を覚えている。
「冬の初めにマレが祀られたことは知ってたか?」
「おべぢゃーぞ。長はまだ早ぇど……ばって漁師村の者だぢは霧薄ぇはんで急げど」
海岸線は最も日当たりがよかった。つまり、島の外縁部ほど霧は薄い。掟を守り霧を維持する方針は同じだが、マレが祀られる時期については対立があったようだ。
「マレが父親の独断で祀られたことは知ってるか?」
「ゴンザ様? 独断でどったごどだ?」
「睡眠薬を盛られて、マレも知らない内に巫女台に置き去りにされたのは?」
「薬で!? 置ぎ去り!?」
「俺たちが山頂で偶々マレを見つけて保護し、一緒に冬を越したことは?」
「マレ様は霧戻ねはんで蘇ったんでねのが!?」
「死んだ人間が生き返るわけないだろ。本来ならマレは昏睡状態で祀られたことにも気付かず、巫女の役目も果たせずに無駄死にしていたんだ」
「な、なんて罰当だりな……ゴンザ様はなんすとるんだ!」
思った通りだった。島民に正しい情報は共有されていない。しかもマレが蘇ったなどという大法螺を吹いてお茶を濁しているのだ。
(フキさんよ。あんた、フィーア並みに嘘が下手だぞ?)
すぐバレる嘘だが、ただ愚かとも言い切れない。島長も島民もそれほどに切羽詰まっており、戻ってきたマレには何としても正しく祀られて貰わなければ困るのだ。
下手な嘘に勘付く人間がいたとしても、そういう賢さがあれば島長の事情も勝手に解釈して口を噤むだろう。
既に六人が祀られ、それでもすぐに薄れていく空の霧を見れば、この小さな村社会では当然の忖度をする。
(これまではそれで乗り切れただろうさ。だが今は違う……島には余所者が紛れ込んでるんだぞ?)
穂積とフィーアは、島長のシナリオをぶち壊すつもりで出て来たのだ。
「ズバス。お前は『天の御柱』を知っているか?」
「なんだそれ? ……おべね」
「そうか。いや、知らないなら、知らないでいいんだ」
いくつかのパターンを想定していたが、その中でも緩めのものだった。
外を知らない閉鎖的な小さな島で、玄関に鍵など掛けない。排他的な割りに、他者への警戒感が希薄なのだ。
「それにしても……ズバス」
穂積はひどく悲しげな顔でズバスを見た。フィーアにはちゃんと言い聞かせてあるが、尊敬の眼差しを送るのはやめて欲しい。
「おめんどは何もおべねんだな」(お前らは何も知らないんだな)
「――っ」
穂積はわざと津軽弁を使って、如何にも同情している様にズバスの胸中に疑念の種を捻じ込んだ。
「二ヶ月。たった二ヶ月で、六人も祀られてしまった……」
穂積は静かにゆっくりとズバスに語り掛ける。彼の不信を煽り、心のスキにつけ込むような形になって申し訳ない。
しかし、事態はそんな甘っちょろい段階をとうに過ぎている。
「一人がチと御霊を捧げ、切実な祈りを願い奉り、稼げた時が僅か十日だ」
「……」
「おかげで根付けも弔いも心の整理も間に合わない……だろ?」
「……んだ」
「マレは霧の巫女として役目を全うしようとしていた。あの子の澄み切ったお目黒に穢れは無かったんだ……」
「マレ様っ……!」
ここで、あくまでも疑問を提起する形で、たった一つの嘘を吐く。
「なぁ、ズバス。これは……霧の巫女様たちの祟りじゃないのか?」
ズバスの顔は蒼白になり、全身をガタガタ震わせていた。
フィーアは尊敬の眼差しが限界突然して、灰色がキッラキラ光っている。
(おまえ。おまえ~。もう、可愛いなぁ)
その夜、穂積とフィーアは掟に従って励みに励み、ズバスとリンは掟を守れなかった。
**********
翌日、六日目の朝食は懐かしの味噌汁だ。具はふきのとう。仄かな甘さがとても美味しい。
「「ズズっ……ふぅ~」」
昨晩ハッスルしてツヤツヤしたフィーアは、味噌が大好物になったらしい。
リンに山菜の味噌汁の作り方を教わり、「お味噌を分けてもらったから、今度作るわね」と何処かの若奥様のようにご機嫌だった。
「ズバス。泊めてくれてありがとう」
「うんにゃ、こぢらごそ。ホヅミ様のお話聞げでえがった」
「リン。お味噌ありがとう」
「いわよ、こんき。足りねぐなったっきゃ、まだ来ぃばいわ。おいの実家は味噌造ってらはんで」
「フィーア! まだ来でね!」
「ええ、またね」
「お邪魔しました~」
フィーアと手を繋ぎ、広場を通って村から出て行く。周囲からはコソコソと囁く声が聞こえてきた。
「好ぎ者って本当だった」
「獣のような雄叫び上げぢゃーぞ」
「おがげでウチも盛り上がったわぁ」
「よっぽど好いでらんだねぇ」
「乳でがぇな……」
「よぐ見だっきゃ色白だごい美人だ……」
「フィーア様どいうらすい」
フィーアが褒められて嬉しくなって繋いだ手をニギニギすると、彼女もキュッキュッと左手を握り返して腕を組んできた。やはり龍涎香の効果は素晴らしい。
「あなた? どの村から回るの?」
「漁村から行こうか。霧に不安を覚えてるだろう」
「わかったわ。行きましょう、あなた」
ズバスからゴンザに続いて祀られた五人の村を教えてもらったので、それらを順番に回ることにした。
洗脳に近い協調性を持っているとしても、身近な人間を想う人の心は変わらない。
その後は人数の多い村と、加工食品を手掛ける人材がいる村だ。
料理は化学。味噌の生産だって論理的な思考が出来なければ務まらない。彼らの技能は島を離れた後で必要になるダミダ島民の財産だ。
「あなたはやっぱりすごいわ」
「よせやい、おまえ。照れるだろぉ?」
「いいえ、本当に。あなたのことなんて……愛してないけどね!」
「台詞と顔と行動が合ってないよ。あと突然ツンデレても……タイミング読もう?」
「可愛い女じゃない……?」
「んん、超可愛い~!」
「いやん! もう……寒いのぉ?」
デレデレフィーアとイチャつきながら海辺の村を目指していると、フキが言っていた南側の断崖絶壁が見えてきた。
初めて間近に見る女神の裁きの爪痕に愕然とする。
現在地は島の西側を三日月の先端に向かって下る山裾の辺りだが、簡易な手摺りで縁取られた断崖は延々と巨大な孤月を描き、霧の中に続いている。
湾内の海の色は北側の遠浅と比べて色濃く、海にポッカリと空いた大穴を連想させた。
「……」
「サース湾と同じ……」
「こんなもん……付き合ってられん」
「そうね……馬鹿馬鹿しいわ」
普段からこれを目にし続けて、島民には理由を伏せたまま掟を遵守させる島長の覚悟とは、一体どれほどのものなのか。
霧の理由を知った今のマレには、この風景が以前とは違って見えるだろう。
それによって彼女の心境にどういう変化が生まれ、どのような行動となって現れるのか、穂積には想像もつかなかった。
とにかく、今は一人でも多く、裁きの御柱から逃がすために出来ることをしようと、漁村への道を急いだ。
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