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第三章

第二一六話 状況証拠からの推論

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「ホヅミぃ、本当に行くのかぁ?」
「とても信じられませんので」
「ワシは言ったぞぉ? やめとけってなぁ」

 ジョジョの報告を聞いて不安になった穂積は高速艇で現状確認に向かった。遠浅の外側まで出れば一目瞭然だと言うので、小型艇を操縦して沖合へ。

「新型は速いなぁ~。小回りも効くし操縦しやすい」
「そうね。ガラス張りで潮風が入らないのもいいわ」
「すごぇなぁ。外ではこった真白ぇ舟があるのが」

 フィーアとマレも見てみたいと言って着いて来ていた。快晴の空の下、凪いだ海に白と透明の艇体が駆けていく。

「なんにも見えねばってなぁ?」
「ホントに裁かれてる最中なの?」
「水平線まで海面にも変化は見えないな。ジョジョさんが言ってた境界って何処だ?」

 間もなく遠浅の切れ目に差し掛かるが、変わらぬ穏やかな海象が続いている。ジョジョにかつがれたかと思った、その時――、

「「――ひっ」」

 天窓から差し込む閃光に艇内は蒼く染まり、空気を揺らす轟音が胃の腑も揺らす。

「「いやぁああああああ――――っ!!」」

 穂積とマレは絶叫を上げた。フィーアは無表情のまま操縦席の穂積にひっしとしがみつく。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』


 思わずフルスロットルに入れて急いでその場を離れようとしたが、後方に立ち昇る火柱が大きすぎて離れている気がしない。

 確かに女神の裁きは続いていたのだ。

「「嗚呼ぁあああああああああ~~!!」」

 騒ぎ続け、抱きしめ合い、走り続けること暫し――、ようやく状況が掴めてきたが、現実を見てもやはり理解不能だ。

「「「…………」」」

 沖合から見上げると『ゴゴゴゴゴゴゴ』と大規模な『蒼流炎』が天空から広範囲に降り注いでいた。

「おまえ……これって……」
「大きさもあり得ないけど……、流炎はこんなに続かないわ」
「……だよね」

 おっかなびっくり遠浅の境界に近づいていくと、パッと『蒼流炎』の光も音も消え失せた。

 何回か行ったり来たりして確かめてみると、起きている現象の異常さがよく分かる。

 所謂いわゆる『領域』の境界を出入りする時、領域の外では観測できる女神の裁きが内側に入った瞬間に消える。逆に領域から出た途端に執行中の裁きが頭上に現れるのだから心臓に悪い。

「この消えるのは?」
「流炎に限らず魔法はこんな風に消えないわ」
「霧の効果か?」
「巫女の霧にこったチカラあるなんて聞いだごど無ぇ」

 気休めにしかならないが『火の神様の恩赦』を信じている島民を心臓発作から守るため、『遠浅から外には出ない』という掟は引き続き守った方が良いかもしれない。

 ともあれ、この不可思議な現象――、『女神の裁き』と『消える領域』の相殺が永続的に続くのかという大問題に、何らかの説明を付けねばならないだろう。

 幸いなことに、島には『魔法』と『チカラ』に詳しい人たちが揃っているので知恵を貸してもらおう。

「あなた、お弁当を持ってきたから、食べてから帰りましょう」
「おまえ、花見に来たんじゃないんだよ?」
「女神の裁きを見ながらお弁当食べるなんて、なかなか出来ないわ」

 おそらくマレの入れ知恵だろうが、せっかくなので沖合に出て『ゴゴゴゴ』を聞きながら昼休憩することにした。茶色いはずの味噌おにぎりが蒼く見える。

 ビクトリア号から提供された食糧は多くが島民の知らない食べ物だった。特に米は大人気で、島でも作れないか検討中らしい。

「フィーア、岩香炉持ってぎだ。ホヅミさまど一発ヤって帰れ」
「マレ……ホントに大人になったわね……」
「いやいや、何言ってんの? ちょっとフィーア!? マレがいるから!」
「大丈夫だ。後ろ向いでらす、ゴゴゴゴうるせえがら喘ぎ声も聞ごえねぇ」

 マレは古岩香に火を入れ、フィーアはゴソゴソ脱ぎ始める。狭い艇内、逃げ場はない。

「あなた……っ!」
「あ――――っ!」
「イゲぇっ、フィーア!」

 蒼く光る小型艇はちゃぷちゃぷ揺れて、凪いだ海面に波紋が幾重にも広がった。

「こらっ、マレぇ!」
いでぇ!」

 がっつり見届けて仕事をやり遂げたマレは穂積に拳骨を落とされたが、五発もヤって汗だくのフィーアにナデナデされると「次も任せろ」と胸を張るのだった。


**********


 長の村に戻った時にはもう夕方。フィーアとマレは勝手口から厨房に入っていった。今頃は板場で腕を振るうチェスカとバチバチ火花を散らしているかもしれない。

 今日は刺身を捌くと言っていたので夕飯が楽しみだ。島にはワサビも自生しているため、久しぶりにワサビ醬油で鮮魚が食べられる。

「おぅ、ホヅミ。遅かったじゃねぇかぁ。でぇ……どうだった?」
「えっ!? いえ、その……遅くなりまして、申し訳ございません」
「はぁ? 女神の裁きだぁ。見えただろぉ?」
「あ、あー。裁き……裁きですね。びっくりしましたよ、もう! いきなり出てくるんですもん!」

 フィーアの具合はどうだったかなどと、ジョジョが聞くはずは無いのだが、裁きの面前で行われた行為が鮮烈に過ぎて、しどろもどろになってしまった。

「沖合に見張りを付けることにしたぞぉ。気休めだがなぁ」
「確かにこの状況は怖すぎますが、今さら島民に説明できません」

 島民たちは既に『火の神様』の御社おやしろを建て始めている。場所はフィーアの『蒼流炎』の爪痕、断崖のスロープのすぐ近くだ。溶けて固まった地面が荒ぶる焔を連想させたのだろうが、『実は荒神あらがみの恩赦は出てません』とは言い出しにくい。

 一応、フキには事実を話して避難の是非を問うてみたが、渦中のダミダ島の長は楽観的に受け止めていた。

「大丈夫だ。すべでの御霊守ってけます」
「……マレは実際に見て来ましたが、フキさんも見ておきますか? 心臓に悪いですが」
「結構だ。コレはチカラではねが、わっきゃ心配すておらね」
「コレとは、御柱を消している領域のことですか?」
「そうだ」

 フキの説明に寄ると、どのような『チカラ』でも使う人間の感情や意志など、思いが宿るものらしい。例えばズバスの『ダミダジマ』であれば気合が、巫女の『霧』であれば祈りが乗った『チカラ』が発揮される。

「コレには何も感ずね。微がにぬぐぇ気はすますが、こった曖昧にチカラは出ね」
「うむ。覇気と同様じゃな。こんな覇気はあり得んのじゃ。人が発せられるたぐいのものではないじゃろう」
「閣下。俺には皆さんが言うような気配を感じられないんですが?」
「自分の匂いは分からんもんじゃ。そんな感じじゃろう……たぶんのう」

 人には出せないと言いながら、ブリエ翁はその気配のぬしが穂積であると言い切った。ジョジョもゼクシィもメリッサも、周囲の全員がそうだと頷く。

(なら何かい? 俺は人では無いのかい?)

 自分は紛れもなく魔力容量『0』で、魔法も『チカラ』も使えない。何も持たない只人のはずだと主張したが、一笑に付されてしまった。

「巫女の御母堂ごぼどうを召喚したじゃろう」
「召喚? では、俺の『チカラ』は幽霊をひねり出して助けてもらうことだと?」
「あの時の現象だけで判断するならそうじゃ」
「しかも貴様はとんでもない事をやらかしてんだ。自覚あんのか? あん?」

 一晩寝て回復したばかりのミーレスが言うとんでもない事とは、確認された一つの事実だ。

「貴様とあの吸血女は沖合から島まで移動したんだぞ!? 走って!? あの短時間で!?」
「婿殿がやったのは空間転移ということじゃ。はっきり言って狂っとる」
「狂ってると言われましても……マイさんに言ってください」

 すべてはマイの幽霊がマレを助けるためにやった事だ。小刀は心臓を貫き、出血量はどう見ても致死量だった。

 それでも助かったのは何故か。フィーアの生体魔法は傷を癒したが、それだけでは助からなかっただろう。

「なぁ、ゼクシィ? 普通、心臓刺したら助からないよな?」
「刺した直後ならともかく、霧の発生からそれなりに時間が経っていた。蘇生は不可能かしら」
「マイさんは霧の赤ん坊を巫女台に置いて消えた。たぶんアレで生き返ったんじゃないか?」
「死者蘇生? 女神の伝説にも無い奇跡かしら……」
「幽霊でも母は強しだな」

 霧と共に消えてしまった幽霊の力を論じても仕方がないので、現在も継続中の女神の裁きに話は移っていく。

 『消える領域』の外に短距離用通信魔堰を搭載した大型艇を配置し、両船の乗組員が交代で監視と定時連絡を行うことになったのだが、間もなく夕飯だというのに女神の裁きは延々と続いているそうだ。

「魔力消費は半端じゃないだろうに……皇帝も恐ろしい兵器を隠し持ってたもんだ」
「しかし、にいさん。魔法なのですよ。魔法が出る魔堰など聞いたこともありません」
「じゃあ、星の正体は何かしら? いくらなんでも人間とは思えないわ」

 仮称『衛星魔堰』は想像していたものとは大分違うようだが、霧が消えかけて動き始めた事から考えて、地表監視機能と大規模攻撃能力を備えたナニカであることは確かだ。

 どのようなものか想像も付かないが、現状にどうしても違和感があるとブリエ翁は言う。

「これを陛下がやっとるとは……信じたくないんじゃ」
「お爺様……。確かにそうですね。何と言うか、もしそうなら……愚かとしか」
「カハハっ! まったくだ! 新兵の方がまだマシな砲撃をするぞ!」

 膨大なコストを支払うであろう砲撃を着弾観測もせずに続ける人間は馬鹿だ。

 初撃に効果が無かったと見るや即座に追撃に入り、効果が出るまで執拗に放ち続ける。

 これをやっている者は砲撃戦の基本を理解していないとノーマン一家は言い切る。

「もしかすると……相手は『攻撃』しているつもりも無いのかもしれません」
「にいさん? それはどういう意味です?」
「うむ。あくまでも『裁き』と言うことじゃな?」
「ええ、その通りです。ただ、そうなると本当に神様の存在を疑わなければなりませんが」

 人間の尺度で捉えるとおかしく見えるが、そもそも相手が人間でなければ、その行動原理を理解することも出来ないのかもしれない。

 こちらから見れば完全な悪手でも、あちらの認識はまったく異なる可能性もある。

「やっぱり女神は生きてるんじゃないですか? 女神の裁きですよ」
「スノー様の文伝では大災厄の時に消えたとあったかしら」
「アズさんは魔法が使えなかったそうだ。だから衛星魔堰は女神じゃない」
「魔法は女神が生み出した奇跡じゃ」
「女神から人間になった時に失ったとしたらどうです?」
「……また女神に戻ったんじゃねぇか?」
「あっ! ミーレス兄さん、鋭いです! 神に戻って昇天したんですよ!」

 幽霊でも転移できるのだから、女神ならきっとできるに違いない。宇宙空間に転移したところを目撃して、スノーは消えたと思ったのだとメリッサは力説するが、穂積としては信じたくない仮説だった。

「えぇ~? でもさ、大災厄は暴走したアズさんが消えて止まったんだ。女神に戻ったなら暴走因子は何処に行った?」
「ですから! 星になってからも大暴走中なんですよ!」
「うむ。衛星魔堰の正体は暴走女神じゃな」
「この馬鹿みたいに永い極大魔法も納得かしら」

 アズが敵に回っているとは思いたくないが、現実的に考えて、これほどの魔法を行使できる存在はイソラを除けば女神くらいのものだろう。

 一万年以上も暴走状態で黒髪黒目を狙い続けてきたのだとすれば、このヒステリックで粘着質な裁きも分かる気がする。

「自分と同じ黒髪黒目を……同族嫌悪ってことなのか?」
「理由は分からんのう。島民の持つ『チカラ』が関係ありそうじゃが」
「まぁ、とりあえず安心したぜ。陛下は女神の裁きに無関係ってことだ」
「考えてみれば当然です。大運河を消し飛ばす皇帝など居ていいはずがありません」

 代々仕えてきた君主が、自国の大動脈を壊すような馬鹿では無いと納得できて、公爵家の三人は「ふぅ~っ」と安堵の吐息を漏らした。

「じゃあ、時代の節目には必ず動くって言う皇帝は本当に凄いってことですね? イーシュタルと癒着しまくった情報部とは別に、ちゃんとした目と耳を持ってるってことですね?」
「流石は陛下だな! 伊達じゃねぇってことだ!」
「にいさん! 手強い相手ですよ! 黒髪黒目ってだけで狙われます!」
「今後はより慎重に動くべきじゃな。近衛艦隊以外にも強力な懐刀があるんじゃろう。わしは知らんがの」

 天からの監視と奇襲確定の殲滅攻撃という鬼札も無しに、常に絶妙の一手を重ねて安定した世界を維持してきた歴代皇帝。

 その神懸かった情報収集能力と神算しんさん鬼謀きぼうは、ある意味で衛星魔堰、仮称『暴走女神』よりも格段に厄介と言える。

 やはり本当に怖いのは大雑把な神様より、きめ細やかな謀略を巡らせる人間なのだろう。そして皇帝の方も黒髪黒目を標的としている可能性は高い。

「皆さーん。夕飯が出来ましたよ。ホヅミさま! 言われた通り、醤油とワサビをご用意しました!」
「あなた。このワサビってすごく辛いわ」
「わっきゃワサビは好ぎでね」
「その爽やかな辛さが刺身には不可欠なんだよ。あー、やっと食べられる! 刺身が!」

 その夜の刺身はめちゃくちゃ美味かった。やはり刺身はワサビ醤油に限る。

 想像の域を出ない面倒な敵の存在はとりあえず忘れることにして、刺身を肴に島酒を飲み、気持ちよく酔っ払う。

 擦り寄せられたゼクシィの乳を揉んでフィーアに怒られ、メリッサが乱入して女の闘いが始まった隙に、アンナがスッと隣に陣取りお酌してくれた。

「テメェの血は何色だぁ!?」
「――っ」

 そして何故か怒り心頭のミーレスの覇気に襲われて気絶した。

 ダミダ島の平和な日々が続いていく。

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