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第三章
第二一五話 女神の裁き執行中
しおりを挟むまた分からない事を言い始めたと思っていた四人の視線がキラキラしたものに変わったところで、フキに本題を切り出した。
島が無くなれば、しばらくは無理だと思っていたが、今ならこのくらい要求しても罰は当たらないだろう。
「フキさん。味噌と醤油を使った料理が食べたいんですけど、いいですか?」
「はい、もぢろんで御座います」
「他の乗組員もお願いできます?」
「神船の皆さま方も歓待させで頂ぎます」
「ありがとうございます!」
勝手に突撃してゴンザの悪口を吹き込み、ついでに飯を集って次の村へと、我ながら酷いことをしていたものが、島長の村には行ったことがない。
村ごとに出てくる食材や味付けが微妙に違っていて面白かったので、フキの村にも期待が高まる。
島長の村はダミダ島で一番大きな集落であり、山頂から降りる山道の先にある。どちらかと言うと山手の村だが、ズバスの村ほど森に近いわけでもない。
「大人数だはんで、おいの村で何組がに別れで泊まってけ」
「うむ。長殿、かたじけない。此奴らは良く食うが構わんかの?」
「量は問題ね。ただ、お口さ合うがはわがらねが」
「なに、初めて訪れる土地はそういうもんじゃ。それが楽しみなんじゃよ」
「外の船乗りどはそったものなのだねぇ」
島長の村には各村から様々な食材が納められているが、その代わりに島内の祭事や掟の管理・監督、村間トラブルへの対応などが長の仕事となる。有事の際には島民全体に対して責任を負う立場でもある。
身分差がほぼ無いこの島での特権など高が知れている。天の御柱の情報を伏せて掟を守り続ける責任の重さを思えば、貧乏くじと言えるかもしれない。
「おい、フィーア」
「なによ、マレ」
「あの三人、死んだはずじゃねがったがぁ?」
「……穴から這い出してきたのよ」
ゼクシィ、メリッサ、チェスカの容貌を見て、山菜採りの時に聞かされた怪談『穴の中の六人』のメンバーだと気付いたマレがフィーアに耳打ちした。
「負げんなよフィーア。三人ども強敵だ」
「当然よ。もう始末は出来ないけど、こっちには古岩香があるわ」
「門外不出だはんでな。あど、村さ着いだっきゃ裏の勝手口がら厨房さ来い。男は胃袋たずまればいって聞いだごどがある」
「わかったわ。醤油の料理も教えて」
「料理番さ伝えでおぐ。ホヅミさまの分はおめに任すはんで」
「マレ……」
「伽の方も任せろ。なんとかする」
「大人になったわね……」
山道を抜けて村に到着した。山裾の広く開けた高台にある島長の村からは南側のクレーターが一望できる。
「……サースと同じだな」
「これからはアルローも狙われんのか……?」
「やべぇじゃねぇか……ホヅミ殺っといた方がいいんじゃね?」
「黒髪黒目が狙われんだろ……? その方がいいかもな……」
「おいっ、やめろ。衛星魔堰で死ぬか、ビクトリア様に消炭にされるかの違いだ」
「どっちも狙われたら終わりだ……」
「「「はぁ」」」
女神の裁きを目撃したビクトリア号の乗組員たちは悲嘆に暮れるが、彼らも含めた島内の全員が気付いていない。
今現在も、女神の裁きが執行され続けていることを――。
**********
ダミダ島直上、衛星軌道――。
一発目は何故か雲を掻き消すだけで終わったため、即座に二発目を放った。
確実に島を消滅させるため、なかなか上がらない噴煙を観測しつつ、魔法を行使し続けて、その現状を訝しんだりはしなかった。
定められた条件に基づき、目的の達成を目指すモノにとって、現時点における最優先目標はダミダ島の消滅だった。
まだ誰も気付いていないが、衛星魔堰は封殺されている。
自ら千日手に近い状況に陥っているにも関わらず、それに気付くことができない。半永久的に世界を見続け、人間的な時間感覚を持たない故の因果だった。
滅びよ。滅せよ。
下から見上げる人間には簡単に分かることが、上から見下ろす超越者には分からなかった。
**********
神聖ムーア帝国、帝都――。
トティアニクスは女神の『お告げ』――、天から世界を監視し、一万年のビッグデータから最適解を導き出すシステムの補助を失った。しかし、その事に気付いていない。
女神の『お告げ』は一方的なものであり、人間の方から接触できるわけではないからだ。
システムの中核を為すモノの変化を恐れたゼトによる設定だったが、彼はそれほどまでに誰も信じなかったのである。
トティアニクスが最後に受け取った『お告げ』は『ヘクサ・オルター三号機の異常を調査せよ』だったが、世界中に散らばる六つのヘクサ・オルターの内、どれが『三号機』なのかすら分からなかった。
鑑定魔堰の正式名称を始め、必要な知識は皇帝に即位した時、最初の『お告げ』で知らされる。
女神の『お告げ』を知っているのは、この世界でトティアニクス・ゼト・ムーア、唯一人だ。
歴代の皇帝が命ある限り退位しない理由は其処にある。先帝に会ったこともないトティアニクスにとって、女神の『お告げ』は絶対の理だった。
因みに後任の皇帝も『お告げ』で決められる。故に、神聖ムーア帝国一万年の歴史の中で、後継者争いが発生したことは無い。起こる前に潰された事例は多くあるが。
オプシーに艦隊を派遣したのはトティアニクスの裁量である。
過去の『お告げ』や文献を調べていた時、オプシーで臨時鑑定が手配されていた事と、三千年前の叛逆者と同じ特徴を持つ男の目撃情報が入ったため、その男が『ヘクサ・オルターの異常』に関わりがあると推理したに過ぎない。
その予測はドンピシャだった事からも分かるように、トティアニクスは非常に優秀な人物である。
大型海獣の出現により、第一艦隊が壊滅する事態となってしまった事は不運と言わざるを得ない。
そして現在、皇帝は平常運転に戻り、帝城に最上階の天守閣で淡々と公務をこなしている。
その男の死亡説が寄せられてから半年が経っても『お告げ』は無く、つまり世は事も無し。
結局、『ヘクサ・オルターの異常』については何も分からなかったが、その異常に再現性が無いのであれば確認も調査も不可能だ。
引き続き『お告げ』が無いなら、下手に動くべきではないと判断した。
これが神聖ムーア帝国歴代皇帝のスタンスであり、歴史の変わり目では必ず動くと言われる所以だった。
どれほど優れた人間でも、皇帝に即位し『お告げ』を聞いた瞬間に、俗世を見放して諦観に沈む。本質的に為政者ではいられなくなる。
アルローに潜入していた諜報員が全滅したとの報告があったが、元々情報部に期待もしていない。
教会からは『黒虎』なる闇組織を異端審問官が壊滅させたとの情報が寄せられたが、情報部のはぐれ者が集まった犯罪者集団がどうなろうと興味は無い。
タレコミによりアジトが判明したから一網打尽に出来たらしいが、そうなって困るのはイーシュタル家だけだ。
ここ数年イーシュタル公爵の顔を見ていない。嫡男と反目しているのだから平穏無事には済まないだろうが、先代と同じことを繰り返しているだけのことだ。
ノーマン前公爵は病に臥せっているらしいが、既に爵位を息子に譲り、公的な手続きも済んでいる。
三ヶ月後に控える元老院の年次会議ではノックス・ノーマン現公爵が新たな十賢者として承認される流れとなるだろう。前任者の委任状と本人の立候補があれば否決されることはまず無い。
サザーランド公爵家は安定しているが、南方砂丘の拡大が止まらない事を理由に、今年もディザス辺境伯を空席に推挙してきた。
毎年ご苦労な事だが、精製魔法適性者を囲い込む辺境伯はイーシュタル家から目の敵にされている。『お告げ』も無いのだから南方砂丘への対応は現状維持で問題無い。
市井から上がる些末な上申にもさっと目を通す。
上申書は役人が精査したものを担当大臣が仕分け、厳選された末に、重要でかつ手に負えないと判断されたもののみが皇帝まで上がってくる。
本日は二通のみ。
一通は造船組合を通じて提出された上申書だ。
造船所の職工が連名で上申したようだが、自分の所まで通されるものとしては異例だった。
要約された内容は、戦艦級の新造が多数発注されており納期が厳しすぎるうんぬん――、何故ここまで上げたのか。
軍務大臣に差し戻し。
もう一通は商人組合と憲兵隊の連名。
オプシースラムの区画整理計画に関する問題が書き連ねられており、最後に『救援を求む』とある。
要約されていない。内務大臣が纏め切れていないものを何故に通すのか分からないが、雑多な内容を読み込んでいくと、
スラムの住民が反発している――、当たり前だ。
遊郭の遊女が反発している――、なんでだ。
憲兵の二個大隊が返り討ちにあった――、軟弱な。
拠点になっている荒家に攻撃魔法が効かない――、意味不明。
内務大臣に差し戻し。
これらはすべて時代のうねりが生んだ余波なのだが、俗世に興味を無くし、唯一絶対の女神の『お告げ』を重要視するトティアニクスには気付けるはずも無いものだった。
**********
ダミダ島、島長の家――。
村内の家々に別れて世話になることになったビクトリア号とブラック・ホェールズの乗組員たちは、島で造られている芋焼酎の虜になった。
耕作用地が限られる島では穀類は貴重だと、そう思っていた。
ダミダ島では薩摩芋に似た品種の芋類を主食としており、時期をずらして数種類の品種が栽培されている。
薩摩芋はただでさえ粗放的で生産性が高く、自然災害に強く、土壌環境への負荷も少ない優秀な作物。
トティアスで進化した地球原産の植物の例に漏れず、成長速度が非常に速く、あろうことか冬場以外は基本的にいつでも収穫できるという異常事態が起きていた。
常に霧に覆われて日照時間の短い島でも、この芋のおかげで島民は飢饉とは無縁だったのだ。
(もはや別種……ダミダ芋と名付けよう)
結果的に余った芋で酒を醸造する文化が培われ、醸す技術は天下一品。醸す『チカラ』の持ち主までいるのだから、島酒は旨いに決まっている。
あちこちの家から宴の笑い声と「だぁ~みぃ~だぁ~じぃ~まぁ――っ!」が響く。
天の御柱を潜り抜け、初めて見る快晴の空に羽目を外した島民たちは、島外からの客人に各々の『チカラ』を披露して盛り上がっていた。
フキの家には主立った面子が揃っている。
穂積とフィーアは当然として、ゼクシィ、メリッサ、チェスカ、ナツ、ジョジョ、ブリエ翁とミーレスの九名だ。
「ガハハっ! 婿殿! ようわからんが良くやった! ようわからんが!」
「はいっ、閣下! ありがとうございます!」
「しかし、ミーレスも情けないもんじゃ。ちぃと血ぃ抜かれたくらいでのう」
「うははっ! お爺様! ウマイ!」
「ふふっ……ちぃと血ぃ抜く……ぷふふっ」
「ナツ姉さん! 情けないですねぇ~! 『35!』なのに!」
「ぶふぁっ! ミ、ミーレス様も……凄かったです……ぷふっ」
「まさか山頂まで飛ぶとは思わなかったかしら」
「うむ! あれは見事じゃった!」
「流石は『35!』でげす。ナツ姉さん、アソコもまあまあでしたよ。皮付きですけど」
「ふふふ……っ」
ミーレスは貧血でダウンしており、全身に点滴の管を繋がれて客間に寝かされている。チェスカが容赦無く太股の付け根に針をぶっ刺していた。
ゼクシィがやったら死んでしまうので仕方ないが、赤裸々なチェスカに見られて「このくらいでした」と情報公開されたミーレスの股間。
自分のためにそうなったのだと思うと申し訳ない。
ミーレスを吸血した犯人であり、命の恩人でもあるフィーアは隣に座って自ら腕を振るった魚の煮付けをつついている。
「……んっ。あなた、どう? そこそこ美味しくできたと思うわ」
「……んっ! ん~! これこれ! この甘辛い感じ! 懐かしいなぁ~」
「そう。良かった」
「「「…………ちっ」」」
穂積が食べている料理はいつの間にか居なくなっていたフィーアが二人分だけ用意した手作り。
ゼクシィたちが食べているものも使われている食材はほぼ同じ。作り手は島長の村一番の料理上手なので初めての味だが非常に美味しい。
仲睦まじい感じが気に食わないが、高速艇と共に沈した穂積の命を救い、半年近くも傍で支えて、女神の裁きまで乗り切った女を認めないわけにもいかない。ここで文句を言ったら負けな気がする。
この島は自分たちにとってはアウェーであり、巫女であるマレと懇意のフィーアにどうしても遅れを取ってしまう。
せめてもの抵抗にさり気なく胸元を開けて、ネックレスを見せびらかすくらいしか出来ることは無かった。
「……寒くないの?」
「あっついかしら!」
「暑い!」
「あ~、暑い暑い」
「……首飾りを見せてくれてるの? どれも綺麗ね」
「「「くっ……」」」
「でも、私は要らないわ」
「……なんでかしら?」
「私がこの人の首飾りだもの」
「「「ぐぅっ……」」」
フィーアはちゃっかり教皇を利用した。結婚を認める旨の言質を取る一方で、教皇にも利があるような提案をしてゼクシィを牽制したのだ。
現在のフィーアは建前上、教皇が穂積に着けた首輪という事になっていた。
「まぁなぁ。教皇様が敵に回らないってのは有り難いがよぉ……」
「婿殿の情報は筒抜けじゃのう……」
「私は別に何も報告しないわ」
「衛星魔堰の一件は猊下の協力無しじゃ危なかったんだ。ちゃんと報告しろよ?」
「あなたが言うならするけど……正直なんて報告すればいいか分からないわ」
「なぁ、ホヅミよぉ? 今、どうなってんだぁ?」
「皇帝も諦めたんじゃ? 空中で止まったんですよね?」
「その通りじゃが、しっかり二発目も降っておったぞい」
「大丈夫ですよ」
「チェスカ。貴様に何が分かるんじゃ?」
「分かりませんよ。でも、なんとなくそんな気がしませんか?」
「……一応、見に行くかぁ」
翌朝、二日酔いのジョジョが高速艇で沖まで出て、女神の裁きは続いていることが確認された。
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