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第三章
第二一九話 色々なチート
しおりを挟むビクトリアの妊娠という大きなニュースを知ってから、数日後のこと。
ふざけた事に女神の裁きはまだ続いており、この状況で島を離れることの是非を皆で相談した結果、もう暫く様子を見ることにした。
帰国後の彼女の様子をビクトリア号のクルーに聞いて回り、やっかみ半分、同情半分の何とも言えない視線を浴びながら、それでも何かせずにはいられなかった。
「とりあえず、経過は順調みたいだ」
「リア姉には叔母様が付いてるんだもの。心配しなくても大丈夫かしら」
「早く会いに行きたいけど、ビクトリアも『くれぐれも慎重に』って言ってるらしい」
デント教皇に頼んでビクトリアの容態を確認してもらった。
妊娠六ヶ月目に突入し、お腹が大きくなってもビクトリアは意気軒高。諸島内をあちこち飛び回って大活躍中だ。
就航し始めたばかりのVLTC航路の安全を確保するために、連合加盟島以外の敵対勢力を牽制したり、航路に出没する海賊を蹴散らしたりと大忙しだと言う。
「さすがに臨月に入れば入院するわよ。大学病院も出来たことだし」
「改めて流石だよ。たった半年で……どうやってそこまで進めたんだか」
VLTC計画だけでも異常な進捗具合だ。これらの情報はデント教皇に筒抜けになってしまうが、女神の裁きの一件を知ったビクトリアは腹を割って話したらしい。
新造船の建造には相応の投資と時間が必要だ。クリスの新素材と木材のハイブリッド船とはいえ、まったく新規軸の船舶を、就航まで半年で漕ぎ着けるとは尋常ではない。
「造船所がヤバイかしら。リア姉もギリギリのところを見極めて発注してるらしいわ」
「ヒービンさん達が心配だ。特にモリスさんは苦労してるだろう」
陸上設備の方も並行して建設し、船も陸も人材を一から育成しなければならないのだから、現場の苦労は並大抵では無い。
ダミダ島を知って感じた懸念通り、島ごとの古き良き文化など、見るも無惨な状態にまで叩き壊されている可能性が高い。
「ホヅミさん。実はアルローだけでも無いんです」
「ナツ? ……ひょっとして、オプシーでも?」
「オプシースラムの区画整理で一悶着あったそうです。強硬策に出た憲兵隊とスラム住民が衝突したとか」
ゼクシィに焚き付けられたマルローを始めとした商人組合が主導し、スラムの再開発計画が持ち上がった。真水ターミナル建設予定地の確保のためだ。
「ごめんなさい。まさかここまで性急に進めるとは思ってなかったかしら」
「……大丈夫か?」
養生処が巻き込まれていないか心配になって聞いてみると、巻き込まれるどころか騒動の渦中にいるらしい。
再開発に反発している人間の多くが、養生処の存続のために動いているのだそうだ。
「ええっ? カゲロさんにはさっさと売っ払って、もっと良い場所に引っ越すように言ったけど?」
「カゲロも引くに引けない状況らしいです。今や養生処は反対勢力の拠点になってしまいました」
「……何それ? なんで?」
まず、スラム住民の多くが養生処に過度な愛着を持ってしまっている。
更に、遊郭の高級遊女たちが共同墓地の維持のために、彼らをあからさまに支援している。女郎屋の互助組織も稼ぎ頭にそっぽを向かれると困るので、強くは出られない。
「でもさ、言っちゃなんだけど、憲兵隊に攻められたら手も足も出ないでしょ?」
「それが、返り討ちにしてしまったらしいです」
「はぁ?」
「カゲロもそうなんですが、スラム住民が妙に強いとか。しかも、養生処には守護結界があるとか」
「守護結界?」
スラム住民の激しい抵抗に遭い、業を煮やした憲兵隊はカゲロの静止を聞かずに、遠距離から魔法や砲魔堰で養生処を攻撃した。
しかし、何故かすべて不発に終わり、ぶち切れたカゲロを始めとした住民たちにボコボコにされて撤退したと言う。
始めは話し合いでの解決を模索していたカゲロだったが、この一件で対決姿勢を明確にしたのだとか。
「魔法が不発?」
「たぶん、この島と同じかと」
「養生処の敷地も『消える領域』ってことですよ。意味が分かりませんでしたけど、こういうことだったんですねぇ。流石はホヅミさまです!」
「チェスカ? なんで俺?」
「言ってませんでしたけど、養生処もコレと同じ気配がしますから」
女神の裁きすら無効化する謎の領域が、スラムの中にポツンと出来てしまったということだ。
砲魔堰の砲弾すらピタリと止まって落ちるらしく、住民が回収して闇市で売り払っている。
「砲魔堰は熱量魔法を込めた砲弾を運動魔法で射出するもんじゃ。つまり、婿殿の能力は魔法の無効化じゃな」
「ええっ? しかし、皆さんポンポン使ってますが?」
「領域内では使えるのかもしれんのう」
「養生処でも生体魔法で治療してましたからね」
「養生処と同じだとすると、この領域の効果は持続すると考えていいかしら。力の大小は関係無いみたいだし、ダミダ島は安全ってことね! 流石はホヅミンかしら!」
魔法頼みの世界で魔法を無効化するチートに目覚めたらしい。後には何も残らないが、少なくとも対魔法への絶対防御を手に入れた事になる。
「ええ~。マジかぁ~。わはははっ。絶対魔法防御と名付けよう」
「あなた。ホントにすごいわ」
「おまえ。ちょっと俺に風弾撃ってみてくれる?」
庭に出て妙な構えを取る穂積にフィーアが向かい合った。絶対魔法防御の性能テストである。
魔法を持たない無能力者で、折角の魔力容量『100』をお断りした穂積にようやく芽生えた、待ちに待ったチート能力。
何が出来て、何が出来ないのか。己の能力をよく知るところから始めなくてはならない、などと得意げに考えた穂積を誰が責められよう。
「いい? いくわよ?」
「バッチこい!」
フィーアは片手を突き出し運動魔法を行使する。
肥返しを仕掛けてきたズバスに対して撃ったものと同じくらいに手加減された『風弾』が穂積に向かって飛んだ。
「マジック・キャンセ――らぁぶふぉっ!?」
あっさりとぶっ飛ばされた穂積は錐揉み回転しながら『ズサササァ――っ』と庭に転がった。
「あなたぁ――――っ!」
地面で肘を擦りむいて半泣きになっている穂積に駆け寄り、胸に抱き寄せてヨシヨシしながら生体魔法で擦り傷を癒すフィーア。
自らのチート能力に呆気なく裏切られて消沈する穂積は、彼女の豊かな胸に顔を埋めて静かに泣いた。
(なんでぇ、馬鹿野郎……)
やはり自分にチートなんか無い。
絶対魔法防御 (笑)の性能テストは、その事を改めて実感させられて幕を閉じた。
**********
チートに見切りを付けてから二日が経過した。現在、穂積は島長の家の書庫に引き篭もっている。
あらゆる文字を読める言語理解は、ある意味チートと言って差し支えないのかも知れない。
愛しのイソラから貰った能力に頼り、蚯蚓がのたくったような字で書かれた木簡を解読していく。
「ふぁあ~。飽きた。SMクラブ行こ」
「……私に?」
「おまえに飽きるわけないだろ。順番ね?」
「そう……早くして」
フィーアを宥めてから、追加の荒縄を抱えて昼寝休憩。
先日、イソラは緊縛プレイに目覚めた。初日は両手を縛るだけだったのだが、あっという間にエスカレートし、昨晩は上半身をギチギチに縛った状態で虐め抜き、さらに看板以降もそのままで放置している。
残りをどういう風に縛ってやろうか考えつつ、初放置プレイの結果にワクワクしながらフィーアの膝枕で眠りについた。
美人女子大生の膝で眠りながら、美少女女子高生を縛りに行く。若手乗組員にバレたら殺されかねない所業だ。
船乗りの性質として、何時でも何処でも寝られるという人は多い。穂積もその口で、枕が変わって寝られないというようなことは一度も無かった。
自給自足生活が終わりを迎え、待っていれば食事にありつける生活を手に入れて、イソラの調教に余念が無い穂積はちょくちょく寝るようになっていた。
短時間でガッツリ虐め倒してサッサと起きる。
「……ヤバかった。アイツ今まで絶対一人でしてただろ」
「寂しい女ね」
午前中いっぱい放置されて限界突破していた。股を擦り合わせて「あうーあうー」と唸る姿は素晴らしいものだった。
もちろん今は両脚の自由も封じて水面に浮かべてある。「鬼ぃ! 悪魔ぁ~!」と罵りつつも、瞳はキラキラと愉しそうな輝きを放っていた。
穂積は忘れていた。イソラは穂積を眠りに誘うことが出来るのだ。
今後、彼女の疼きが限界を迎えるたびに、所構わず寝落ちする奇病に罹ることになる。
そうやって魔女に遺す爪痕を深めながら、木簡の山の中で歴代島長が遺した情報を紐解いていく。
「……あなた」
「どうした?」
「私も縛りたい?」
「……イソラに対抗してるの? アイツは真正のドMだ。やめた方がいい」
「そうなの?」
「おまえは俺の中ではSキャラだからな。それぞれの良さがあるから大丈夫」
「そう……」
何処となくガッカリしたようなフィーアを怪訝に思いつつ、木簡に目を落とす。
何故こんな事をしているのかと言うと、デント教皇に依頼されたからだ。
この島の民が加護持ちだとすると、ダミダ島の歴史の中に例の死なない男に関する手掛かりがあるのではないか、と教皇は考えたのである。
『あなた、猊下のお願いを聞いてあげて。少し様子が変だったわ』
いつもは落ち着いた重厚な力強さを醸す教皇が、少々焦りを含んだ声音でフィーアに頼み込んだのだそうだ。
穂積もその黒髪黒目の男が気になっていた。
現在は女神教会の総本山で厳重警戒の元に囚われている。男の情報は異端審問官と一部の司祭にしか開示されておらず、帝国にも秘匿されていると言う。
殺しても死なないとは、即ち不老不死ではないか。だとすれば、イソラの『変異レギオン』との関係を疑わない訳にはいかなかった。
「しかし、何も出てこないな。フキさんの知ってる口伝にもそれらしいものは無いし」
「あの男は危険よ。絶対悶絶するはずの拷問中も穏やかに笑ってたわ」
気味の悪い話だ。右の頬を叩かれて左の頬も差し出す地球の聖人でも、そこまででは無かっただろう。
痛覚が無いのだろうか。それとも、イソラが足元にも及ばないほどの超悦者なのだろうか。
「何も喋らないんだろ? 食事は?」
「声を発さないし、水も食べ物も摂らない。排泄もしない。ただ、人体の生理反応はあるのよ」
「生理反応?」
「痛みへの反射とか、栄養失調の症状とか、毒物に対する免疫反応とか、爪や毛髪が伸びるとか、そういう普通のこと」
見た目は三十歳前後に見えるその男。
手足どころか首を切り飛ばしても、いつのまにか元に戻るという不死性を持ち、復活の仕方が生体魔法や『レギオン』による再生とは趣が異なるらしい。
「血が出ないんだっけ?」
「いえ、残らないのよ。切った瞬間は普通に血を噴き出して死ぬ。でも、目を離すと生き返ってる。周囲には血痕も無し」
外界とのズレが生じる点に目を瞑れば、そっくりな空想設定は思いつく。
「……ちょっと便利な死〇戻りか?」
「死に戻〇って?」
「死んだら時を遡って元に戻る能力のこと」
「何よそれ……ズルいわ。ちゃんと死になさい」
始めは、地面に引き摺るほど長い黒髪と黒髭に、蔦のようにうねった長い爪を持っていたらしいが、腕を切ったら爪は普通の長さで復元し、首を切ったら髪は短くなり、髭は綺麗に整えられた状態で蘇った。
「じゃあ、時間遡行じゃないな」
「そうね。そんなズルは認めないわ」
栄養を摂取せずにいるから当たり前のように栄養失調。ガリガリに痩せた骨と皮の体躯に、腹部だけポッコリ飛び出した紛争地帯の孤児のような躰つき、にも関わらず死なずに活動し続ける。
殺しても復元して蘇るが、完全に元通りになるわけでもない。蘇生の瞬間を目撃した者はいない。死体を視認している間は死んでいるが、監視者が瞬きをした瞬間、というか意識が逸れたら復活している。
生命体として以前に、存在として成り立っていないような、まるでお化けのような印象を受けた。
「幽霊なんじゃ?」
「じゃあ、なんで大人しく牢屋に入ってるのよ?」
「……だよな」
そんな怪しげを通り越して、他者に畏れすら抱かせる不死男が現れたのは、およそ八ヶ月ほど前のこと。
ちょうど自身の異世界転移と時期が被っており、何らかの因果を想像してしまって、とても嫌な気分になった。
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