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第五章

第三二八話 父娘にて

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「ヤバいぞ。積み木が尽きそうだ」
「大変です! そうなれば……!」

 全方位からシロアリが押し寄せることになる。

 大樹から這い出したシロアリがまず向かうのは近くの積み木。

 そこには先客がいるので積み木に沿った流れが生じ、あぶれた群れが山師小屋と土場に来ている。

「……これ以上はマズいかと。シロアリの多くは積み木に群がっていますので」
「火を消せればな……少しはマシになるかも」
「難しいかと。シロアリが邪魔ですし、風では火勢を強めるだけですし、水も海からでは届きませんので」
「飛行魔堰から攻撃ってできるか?」
「風刃を放つくらいは可能です。あとは投擲武器です」
「積み木のシロアリを減らそう。低空を飛びながら刻んで回れ」

 頷いたリヒトは港を旋回し倉庫街を抜けて、積み木の端に向かって急降下。

「ひゃあっ! 浮く! 内臓がヒュンとしますわ~!」
「チェーン! ビビってないでお前もバッサスさんのアレやれよ! 積み木に!」
「あんな変則的な風旋斧はできませんわ!」
「……じゃあコレ。砕いて使え」
「これは……エン硬貨ですか?」
「小銭がこれだけしか残ってない。乙種だが普通の砂利よりは硬いはずだ」

 積み木に沿って低空飛行しながら『風刃』を連射しシロアリを攻撃するリヒトに倣い、チェーンは手の中のエン硬貨を細かな『風刃』で細切れにして『風旋斧』を顕現させた。

『ギュイィイイイイイイイ――ン』

 透明の破片が日の光を反射して煌めく美しい円環が宙に浮かんだ。

「はぁ~、綺麗ですわぁ~」
「そういうのいいから、早く刻め」
「……むぅ」

 輝く円環が射出され、飛行魔堰の軌道に合わせて一直線にシロアリの群れを切り裂いていく。

「……もうちょっと効率よく動かせ。リヒトの風刃の後追いしてどうする」
「ニイタカ大使も攻撃してくださいまし! 文句ばかり言ってないで!」
「俺は任意に魔法を使えない。何故かアイアンクローだけは出来るが不発も多い」
「なんて使えない! アイアンクローなんて魔法はございませんわ!」
「おとうさんのカチカチは最高ですので!」
「まあ、はしたない! リヒトさん! カッチカチだなんて、はしたなくってよ!」
「お前が言うな! 口じゃなくて輪っかを動かせ!」

 大樹を回り込み反対側の積み木も攻撃して反転降下する頃には、チェーンも高速移動しながらの『風旋斧』に慣れてきた。

 積み木の河を舐めるように蛇行する光輪がギュリギュリとシロアリを削って両断していく。

「砂利はどうだ? まだ持ちそう?」
「風刃で刻んだのがよかったのでしょう! エッジが効いていい感じですわ! ふはぁ~!」
「……チェーン?」
「何ですかニイタカ大使! ぶははっ! これ最高ですわ! ふぅ~はははははっ!」

 ギュンギュン動き回る丸いチェーンソーがアリの体液をぶち撒けて踊る。

 連続して滞空する物理摩擦の刃はリヒトの『風刃』よりも面制圧能力が高いようで、状況に応じて円周径をキュンキュン変えながら縦横無尽に駆ける。

「ふはははははははっ! はしたない! はしたないけど面白ぉ~い! ふぅ~ははははははっ!」

 飛行魔堰の機動力とのコラボで、山師のノコギリ『風旋斧』は極悪攻撃魔法と化していた。

 リヒトも直線的な風の刃では非効率だと悟ったのか、攻撃をやめて操縦に集中する。

 サイドロールを繰り返しシロアリの密度が高い部分をチェーンの視界に入れるように飛んだ。

「……ヤバ」

 積み木はシロアリの体液に浸りベトベトになり、『風旋斧』は飛沫を撒き散らしながらキラキラ光る。

 一瞬、虫の体液が人間の鮮血に見えて、シロアリ駆除を愉しむチェーンの笑顔に戦慄した。

 ヤバい奴に過ぎた武器を渡したのかもしれない。


**********


「おっ!」

 三時間ほど経ったころ、上空に火災の黒煙とは別の暗雲が流れてきた。

 ポツポツと雨粒が落ち始め、やがてスコールに変わった。視界が悪くなったため上空に一時退避し期待を込めて大樹を見下ろす。

「やった! 火が消えますわよ!」
「恵みの雨だな! これでシロアリが大人しくなってくれれば!」

 シロアリは湿気を好む。巣穴が乾燥していた理由は定かではないが、もともと気が立っていたのかもしれない。

 大樹の根元をじっと注視すると、排煙の勢いが弱まるに連れて這い出すシロアリの勢いも弱まっていく。外壁の辺りで立ち止まってキョロキョロしているようにも見えた。

(火が消えた……落ち着くか?)

 下水路から湧き出した群れは壁外まで出て来なくなり、巣穴に向かって炭化した街中を引き返していく。

「……おい」
「……あっ」

 熱気を帯びて乾燥した巣穴を嫌い外に出て、一番近くにある湿った樹木。

 まだ生きてはいるが深く傷付いた大樹。そこに住んでいたもう一つの侵入生物の巣は広い範囲が焼け焦げているが、両端の外皮近くは無事だった。

 大型陸獣『シロアリ』――、その本領が発揮される。

「あああ――っ! ダメダメ! お母様の大木がぁ!」
「なんだあの数は!?」

 大樹に刻まれた巨人の斧痕をシロアリは更に掘り進む。

 焼け出された自分たちの古巣を覆っていた外樹皮をガリガリ喰い散らかし、千年に渡って人間に住処すみかを提供してきた大樹に駄目押しの傷口を開いた。

『――メギィ!』

 上空まで届いた致命的な音に心胆が震えた。

 大樹はゆっくり、ゆっくりと傾いていく。

『メギィ! メギメギッ……!』

 幹の根付に刻まれた傷口に合わせて、当たり前のように港の方向に倒れていく。

 いかに島で二番目の大木と言えど、港や倉庫街までは届かない。

「お父様ぁ――――っ!」

 しかし、その手前にある山師小屋や土場――、シロアリとの主戦場をすべて呑み込んで余りあるほどの巨木だった。

「リヒト!」
「――っ!」

 スコールに煙る空を急降下し、バッサスが立っていた山師小屋を一直線に目指す。

 倒れゆく大樹の下に回り込むと、途端に感じる圧倒的な存在感と静かな威圧――、全身が強張った。

「――」

 雨は降らない。雲は見えない。空が無い。

 断末魔の軋音あつおんが木霊し、物言わぬ寡黙な死が真上から覆い被さってくる。

 その気配はイソラの怨念よりも遥かに怖かった。

 眼下の地上で動き回っているのは木を齧るシロアリだけだ。

 自我を持つ人間はただただ立ち尽くし、迫り来る重量を想像して諦め、必然を仰ぎ見て来たるべき時を待つ。

「バッサスさん!」

 山師小屋の屋根で棒立ちとなったバッサスを見つけて左手を伸ばした。苦渋の選択だが彼だけでも助けなくてはと思った。

 大樹がその身で押し潰す大気の圧力を受け、飛行魔堰の姿勢が揺らぐ。

「……」

 バッサスがこちらを見た。

「お父様! 手を!」
「……」

 飛行魔堰を見つけて、チェーンの声を聞き、穂積を見て、静かだが『風声』のようによく通る声が耳に入り込む。


「――いきなさい」


 バッサスは手を伸ばさなかった。

 穂積とチェーンの手が空を切る。

 掴めなかった。

「――っ!」

 リヒトは送風魔堰の出力を上げた。飛行機と同じく、タッチ&ゴーが最も推進力を要するのだ。

 着陸するには危険すぎるが、高度を上昇させようとしても手遅れな場合にリスクを最小限に留めるために実行する高度なテクニック。

 この重圧の中でやって退けるのだから大したものだが、チェーンにはそれが非情に映った。

「逃げるな! 引き返せ平民!」
「間に合いません。離脱します」
「ふざけるなぁ――っ!」
「――っ!?」

 後ろからリヒトに掴みかかるチェーン。

 ふいに髪を引っ張られて集中が乱れ、翼を覆う風が揺らぐ。機首が上がり小さくバックロールして速度が落ち、飛行魔堰がバランスを崩した。

 天地が逆転する中、視界に入るのは大樹のみ。

 地上にいるはずの大勢の小さな人間むしたちは太い幹に隠れて見えない。

 倒れる――と思った時、黒い聖痕が走っては消えた。


『ぐわしっ!』


 穂積の概念魔法『アイアンクロー』は質量保存の法則をド派手に破った。

 顕現したのはあり得ないほど巨大な骨の手。

 何処からともなく湧いて出た実体によって真白の義手が膨張・変形し、大樹の極太の幹を物理的にがっちり掴んだ。

『カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ…………っ!』

「カチカチキタ――――ッ!!」
「…………――きゅう」

 島中に響き渡るラチェット音にリヒトの脳みそが振り切れ、魔法の巨大白骨腕アイアンクローを目の当たりにしたチェーンは気絶。

 穂積は自らの所業に驚愕するも一瞬のこと。

 いつもいつも中途半端なのが概念魔法の曖昧さだ。

 掴んだ義手に引かれて飛行魔堰ごと落ち始めた。

 何故か安全装置は作動しないが、やはり舞空術も発動してくれない。

「リヒトぉおおおおっ! 飛ぉべぇええい!」
「はい、おとうさん! はい、おとうさん!」

 バックロール姿勢のまま真上に向かって送風魔堰が唸りを上げる。

 大樹に比べれば豆のような飛行魔堰。上がるわけがない。

「リヒトぉお――っ! 踏ん張れぃ! 飛べたらナニ&#/@してア☆$€\#%してやる!」
「おほぉおおお~っ! おとうさんの%$€☆を私の〆#\ア☆$に独り占めぇ! それぇえ~! イイィイイイィイ~~っ! どらぁ――っ!!」

 義父とのアブノーマルな変態プレイを振り切れた脳みそに想い、常識を超えた馬鹿げたイメージが爆発する。知らぬ間に穂積と深く繋がり、バルト超えしていた魔力が暴走した。

 飛行魔堰の翼形状を無視して巨大な風の翼が展開されると、積み木を吹き飛ばし原生林の森を薙ぎ倒す爆風が生じて――、大樹の落下が止まった。

「んふぉおおおおおおおお~っ!」
「いいぞリヒト! すごいぞリヒト! 飛べ飛べリヒト!」
「んまぁあああああああ~っ!」
「よし! 一本だ! 一本だけくれるって言ってた! これをセントルーサまで持って帰る!」
「ムリムリムリムリムリ~っ!」
「持って帰れたらア☆$€\#%連続*←〆☆!」
「おぉおおお……ホァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアア~~!!」

 暴走リヒトの変☆運動魔法『風翼』はサスティナ島北岸を覆う巨大な翼を広げて大きく羽ばたき、東西の原生林を吹き飛ばして上昇。

 概念魔法『アイアンクロー』に吊られた大樹を宙に浮かべて空を飛ぶ。

「よし! よし! いい子だリヒト! ゆっくり機首を下げろ! 北だ!」
「はぁああ~い! おとうさんとア☆$€\#%連続*←〆☆!」
「よーしよしよし! 帰るぞ!」
「ア☆$€\#%連続*←〆☆! ア☆$€\#%連続*←〆☆! ア☆$€\#%連続*←〆☆!」

 巨大な風の翼が大樹を吊り下げ水平移動し、海上に出た。

 気絶したチェーンを後方の席に押し込んでシートベルトで固縛し、自分は補助席に座ってリヒトをヨイショしながら北へ向かって進む。

 大樹が海面に触れないように『アイアンクロー』の長さを調節しながら、とにかくヨイショ。

 造波抵抗を受けたら、たぶん死ぬだろう。

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