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第六章
第四一六話 羊BBQ会
しおりを挟む焚火を囲んでBBQ。
干し肉ではなく、新鮮でワイルドな肉々しい漫画肉を頬張ると、甘露の如く染み出す脂が舌と鼻腔を喜ばせる。
「皆さま、ご迷惑をお掛けしました」
「聞いたぞ、リヒト。情報部相手に頑張ったそうじゃないか」
「やはり私はパーです。おとうさんがいないと生きていけません」
目覚めたリヒトにひとしきり甘噛みされて落ち着けてやると、暴走から醒めてまともに戻った。
これで運用可能な飛行魔堰が二機となり、出来ることの幅が広がった。皇室の飛行禁止令など、今さら知ったことではない。
「おとうさん。かくなる上は、私と子作りしてください」
「リヒト? 養女やめるの?」
「おとうさんはずっと私のパパです。でも子供か孫ができれば、パーにならない気もしますので」
「リヒトも貞淑でいられるならそうしなさい。その代わり貞淑でなくなったら殺すわ」
「はい、フィーアママ。ありがとうございます」
穂積の胡座の上に乗っかり、器用に口だけで骨付き肉を貪り、骨と筋を吐き出したシロウが物申す。
「ニイタカコラ……義理だか知らねぇが娘に手ぇ出してんじゃねぇぞ? テメェらも貞淑とかいう以前の問題だろうが」
「私はおとうさんの養女 兼 護衛 兼 情婦 兼 妻ですのでぇえ~。インモラルな関係を認められてますので悪しからずぅうう~」
「うっわぁ~! なんだその面ぁ? ニイタカの趣味がヤバすぎて引くわ~。クミズルカとトントンじゃねぇか」
「おとうさんは私のコレが可愛いと言ってくれますのでぇええ~。それに性的嗜好のヤバさで言えば達磨には負けるかと。おとうさんから降りてください」
「はんっ! おれは一生ニイタカに介護してもらうからな!」
「こんのぉ~! %€$☆で\※※\して▽☆△♡になるくらいしか使い道の無い身体でよくもぬけぬけとぉ~!」
「うるせぇ! テメェが食ってる肉はおれたちが狩ってきたんだ! ぶっ殺すぞコラ!」
「……ムーア羊をね。最高級の……羊毛がね」
ナツから帝都組の経緯を聞き、ノックスとのホウレンソウを終えたメリッサと、偵察に出ていたエンリケとワグナーが戻ったところでシロウと流花の事に話が及んだ。
ちょうどその時、噂のシロウに率いられた二匹の準大型陸獣がデカい羊を咥えて戻ってきたのだ。
ヘル婆の座布団の元にもなる最高級の羊毛が採れる大きな羊で、国から手厚く保護されているものを。
広大な草原は皇室が所有し、ストレス無く放牧するために不要不急の進入を禁じられている。羊たちにとっては天国のような環境で我が物顔で草を食んでいたら、突然現れた狼にぬるま湯羊はあっさり狩られた。
「メリッサ? 大丈夫だよね? バレないよね?」
「牧草地帯まで陸獣が出ることは滅多にありません。なぁに、すぐバラしましたからバレませんよ!」
「いくらすんのかなぁ……」
「一頭あたり一億ムーアは下りません」
「クロ! ギン! もう狩っちゃダメ!」
それぞれに一頭ずつ狩ってきて、内臓を引き摺り出し喰らう姿はまさしく獣。樹海では木陰でガサゴソしているだけだったが、草原では視界を遮るものは何もない。
『ゲフっ……ウォン!』
「もっと安いお肉にしときなさい!」
スプラッタな光景は別に構わないが、人間社会の価値基準と競合するのは困る。
『グルゥウ……』
「え? 他に居ないって? じゃあ……こっそり狩りなさい……!」
『『ワフっ……!』』
「弱肉強食か……なるほど! それこそが自然界の正義!」
「メリッサ? 何言ってんの?」
「にいさんの正義は性技で確かめさせていただきます! お覚悟を!」
「なんっの!」
フィーアにしろ、リヒトにしろ、メリッサにしろ、この短期間の内に心境の変化があったらしい。ナツについてはあまり変わらないように見えるがどうなのだろう。
自分の当てにならない見立てはさておき、ともかく急ぐべきはパルガニ・マザーから白海豚・改弐を奪還することだ。あの艦は移動可能なリヒトの活動拠点。その存在意義は大きい。
「ホンマ……すんまへん」
「エンリケさんは悪くないんですぅ~。ヒッチのためだったんですもんね?」
「せやな。てかアレはどうにもならへんで……」
「エンリケさぁ~ん。カッコよかったですよぉ~。ヒッチうれぴい!」
男の狙い方はブラド卿を口説いていた時と大差無い。武器を一生懸命に押し付ける姿はナツやチェスカとは別の意味で遊女っぽくて、健気ですらある。自分の見立ては腐っているのだろうか。
「帝都の方は? どんな感じでした?」
「何の動きもありまへん。ありゃ気付いとらんのとちゃうやろか? なぁ、ワグナー?」
ワグナーにも春の風が吹いていた。
ちょこちょこと茶を注いで回るウェイテが戻っていく場所は彼の隣りの席。肉を切り分け、空いた皿に乗せる姿は実に初々しく、ワグナーも満更ではなさそうだった。
「……隊商は崩壊しました」
「真っ先に逃げ出したそいつらも帝都にたどり着けてないんですか?」
「流石に全滅ではありませんから、先頭集団は今夜のうちに到着するでしょう。問題は……」
ヘル婆の情報操作が効いているらしい。宿場町からの報告を受けて、これから自分たちに降り掛かるであろう損害を軽くするための工作に動いている。その時間稼ぎのために皇室への報告を遅滞させているのだとか。
「ヘル婆さん……ブレねぇな。んなことより西側の街区は早く避難させないと大勢死ぬぞ」
「それは難しいと思います。ダミダ島民のようには動けません」
「帝都民なら間違いありませんよ! 家や財産を捨てて逃げられるわけもないです!」
「土壇場でパニックか……そりゃマズいよな」
帝都民は平民でも特殊な人々だ。帝都の豊かさに埋もれてはいるが、彼らの生活水準は下手するとアルローの下級貴族よりも高い。それを一晩で捨てて逃げる道は選べないというのも分かる話だった。
「さらに問題が……」
「まだ何かあるんですか?」
「改弐や」
「カニ?」
「カニバサミの改弐や」
十賢者と懇意の問屋だけあって、隊商には手練れの用心棒が何人もいた。彼らは少しでも足止めしようと魔法で迎撃したのだが、マザーは無敵の盾を持っていた。
「おっふぅ……」
「甲羅も分厚ぅて敵わん。圧縮火球も貫通しとらんかったですわ」
「さらには急所を狙った一撃を改弐で防御するのです」
「はぁ~、野生の勘か? 帝都は守り切れますか?」
「衛兵程度では無理でしょう。近衛が総出で包囲すれば……あるいは」
頑強な甲羅を貫通できる威力を持つ魔法を全周から浴びせれば、盾では防ぎ切れない。討伐の目も出てくるという。
マザーの進行速度から見て、帝都外縁へ到達するのは翌朝になりそうとのことだ。
「とりあえずマーメイド・ラグーンには一報しておきました。ソフィー店長はすぐに逃げるらしいですよ」
「ヘル婆さんは?」
「ジョセフさんが説得しましたが、飛行魔堰が無いので時間が無いと。だから飛行魔堰を貸し出したホヅミさんが何とかしてくれるに違いないと」
「関係ねぇじゃん!」
それでエクスキューズできるとでも思っているのか。ヘル婆の銭ゲバはマザーに踏まれないと治らないようだ。
「ホヅミさん。私たちも漁場の利用料をいただいてしまいました」
「……ちっとばかしの銅でしょ?」
「貨幣として見るなら破格です」
ムーア銅貨で支払われた金銭を受け取った手前、謎のパルガニ大量発生について部分的な責任はあるのかもしれない。
しかし、微速周回していたなら蟹は取り付かなかった。それを妨げたヘル婆と漁民の強欲がマザーの怒りに火をつけたことは間違いない。
「一体どんだけ獲ったんだろうな?」
「現在の相場は一杯一〇〇〇ムーアです」
「安っ! 値崩れさせてまで獲り続けたのか!?」
「瓶詰めの大量生産に乗り出していたとか」
「あのババア! 何考えてんだ!」
ヘル婆の読みでは穂積がアルローに帰れるのはまだまだ当分先で、戦時下の状況によっては二度と帰れず、艦を売り払ってでも金を用立てる境遇にまで堕ちると踏んでいたらしい。
「落ち切ったところで買うつもりだったんでしょう」
「改弐と……俺もか?」
「私たちも漏れなくついてきますし」
「もうヘル婆さんは放っとこう」
「よろしいかと思います」
ナツとしても、ヘル婆の行き過ぎた拝金主義に寄り添っていたら、他が立ち行かなくなると見切っていた。
バランスよく全体を調和させ、アガリを間夫に貢ぎたい才媛としては欠きたくない人物だったが、マザーが齎す被害総額によっては組合長が代替わりするだろう。
マザー襲来の原因を作ったヘル婆は置いておくとして、大陸全土とアルロー諸島にまで跨がる数多くのタスクの中から優先すべき懸案をクリアし、乾坤の一手を放たなければならない。
「うーん……シロウ? シオンは一人で里まで帰れるか?」
「あいつの方向音痴は筋金入りだ。北と南を間違えやがるから無理だな」
シレイの説得を同時進行で進められないかと思ったのだが、影のチカラをフル稼働した山裾渡りもシセイの方角指示あってのもの。シオンをメッセンジャーとして起用する案は無さそうだ。
流花も長く放置すると聖堂が砂になるか、その前にデント教皇に処分されるだろう。彼女自身に自覚は無いだろうが、今の立場は紛うことなき人質状態。大人しくしていて貰わないと困る。
「二手に別れよう」
「にいさん。マザー相手に戦力の分散は下策です」
「なんで俺たちが戦わなきゃいけないんだ。帝都の防衛は帝国の仕事だろう? 最悪、皇帝が何とかしてくれるさ」
「そうは言ってもイザとなったら……なるほど! お供します!」
「ねぇ? 何を納得したの?」
一つはパルガニ・マザーから艦を取り戻すチーム。どさくさに紛れてルーシーたちも救出できれば尚よし。
「そう簡単にいきますか?」
「近衛兵が居なくなれば性癖暴露ネタで帝城の衛兵を封殺できる! リヒト!」
「はい。全小隊長の恥ずかしい夜の事情は調査済みです。あまり恥ずかしくない普通の小隊長が全体の八割ですが」
「にいさん?」
「何とかなる!」
もう一つは総本山でデント教皇と交渉するチーム。ついでに流花の暴走も抑えてもらえると助かる。
「何を交渉すればいいんです?」
「魔女の眠る地の情報公開だ」
「超特級禁忌と聞きましたが?」
「超々特々級の禁忌もなんだかんだで教えてくれた! 何とかなる!」
それが出来ればトティアスのヤバさを皆が知る。三ヶ月後に魔女の使徒が湧き出し、頼みの異端審問官は一人がミイラで、もう一人は妊婦。戦争なんかしている場合じゃないことは火を見るよりも明らかだ。
「なるほど! マイルズ兄さんをバリスタの餌食にせずに済むと!」
「その代わり使徒の相手をしてもらう! 遠距離からなら大丈夫!」
メリッサは早速実家へ連絡すべく宿場町の方へ走って行った。
マイルズにとってはどちらにせよ死地となるが、ノーマンの男なら本望だろう、ということにしておく。
「おまえはナツと詳細を詰めて総本山に連れていってくれ」
「マザーの相手は? 私が始末してもいいわ」
「いや、教会の戦力不足を強調する必要がある。おまえはできるだけ暴れるな。子供に吸われて魔力が出ないって言っとけ」
「わかったわ! この子は最強にするわね!」
「これは嘘だからね?」
生まれてくる子が『最強』の二つ名を名乗り始めたらどうしようと冷や汗を掻きつつ、他の人員の組分けを行った。
チームマザー: 穂積、メリッサ、リヒト、エンリケ、ヒッチ。
チームゲイカ: フィーア、ナツ、ワグナー、ウェイテ、クレマー、タナー。
「シロウはどうする?」
「おれの役目は決まってんだろ」
「お!? まさか……!?」
「おうよ……羊狩りだ!」
「…………うん。こっそりとな?」
このような孤立した状況において、食糧の現地調達は避けられない命題なのだ。
対価を支払って買うか、払えるものが無ければ強奪してでも生き延びるしかないのである。
シロウがチームマザーに加わった。
応援ありがとうございます!
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