不思議なカレラ

酸化酸素

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第四節 えっ?アタシここでもハンターするの?

第23話 人間界と恋心と光と真相 前編

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ちゅんちゅんッちゅん

 小鳥が鳴いている。窓から入ってくる陽射しがとても気持ち良い。
 少女は朝のやわらかな陽射しに包み込まれ、自然と自室のベッドの上で目を覚ましていた。


「ふわあぁぁぁ」
「あぁ、よく寝た。こんなによく寝たのは、どれくらい振りかしら?」

 ここは人間界にある少女の屋敷の少女の部屋だ。中には華美な装飾などなく、飾りっ気もない。
 普段使う装備品を掛けておくラックと、ベッド脇に机と椅子……それくらいしかない。衣服類は全てクローゼットの中だからタンスもない。
 部屋の奥には1枚の扉があるがそこから先は乙女の領域なので触れてはいけない。

 とても年頃の女性の部屋とは思えないだ。
 女性らしさを唯一感じさせるモノがあるとするなら窓に掛かったカーテンくらいだが、カラフルな装いで部屋の雰囲気に必死に抵抗している様子だ。


 少女の屋敷は神奈川国のアラヘシ市にあり首都のアニべ市まで車で20分程度の距離にある。

 少女の部屋は2階の南端に位置している。この屋敷は地下2階・地上3階建てで地上部分の総部屋数は20部屋にも及ぶ。
 その屋敷に少女は執事の爺と2人で暮らしていた。


 少女は「よく寝た」と言いながらも多少眠い目を擦っている。そして着替えを済ませると、部屋を出て1階の広間に向かっていった。
 例え着替えのシーンであっても、そこに年頃の女性のような恥じらいを期待してはいけない。


「お嬢様お目覚めですか?今朝のお食事はどうなさいますか?」

「おはよ、爺。今日は朝の陽射しが気持ちいいわね」
「でもちょっと眠いから先にブラックをお願い。食事は適当で…うん、爺に任せるわ」

「かしこまりました。直ぐにご用意致します」

 少女に話し掛けてきたのは執事の爺だ。爺は少女の父親の代からこの屋敷に仕えてくれている信頼出来る執事だ。

 名前を聞いた事があったような気もするが、幼い頃からずっと爺と呼んでいる。だから今となっても、それは継承され続けていた。

 その結果、正確な名前を少女は把握していない。


「あれっ?今、誰かの顔が頭に浮かんだけど……」
「誰だったかしら?えっとぉ…。うーんとぉ」
「まだ寝ボケているのかしら?それとも、平和ボケかしらね」

 キッチンで準備してくれている爺を待ってる間、少女の脳裏には2人の獣人種の顔が思い浮かんでいた。だが名前が出て来ない。
 いくら考えても思い出せないので、思い出せないモノは仕方ないと割り切って頭を横に振っていた。

 それから10分もしないうちに爺は少女の朝食を持ってキッチンから出て来た。だが思い出せなかった名前について、少女は爺に確かめる事なく朝食を口に入れていく。
 頭の中にあるイメージなんて他者と共有出来ないのだから、以心伝心でもない限り名前を聞いてもスグには解答が得られない。拠って、どうしても気になるのであれば自分が思い出す事しか手段はない。


「ねぇ、爺?」

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

「あのさ、今日のアタシの予定知ってる?」

「本日、お嬢様が受けられている依頼クエストは御座いません。ですが午後からキリク様がお見えになる予定で御座います」

「そっかそっか♪そうだったわね♪それじゃあ午前中は用事がないなら少し出掛けてくるわね」

「はい、かしこまりました」
「装備品はご用意しておきましょうか?」

「別に狩りをハントしに行くワケじゃないから、何かあった時の為に最低限でいいわ」

「かしこまりました。ご用意しておきます」



 少女は早々に支度を整えると外に出ていった。すると見計らったかの様に少女の愛車が迎えに来ていた。
 少女の愛車の愛称は「セブンティーン」だ。

「オハヨウゴザイマス、マイ・マスター」

「おはよ、セブンティーン」

「本日ハ、ドチラマデ、行カレマスカ?」

「えっとねぇ……」

 少女が乗り込むと搭載されている自立型人工知能による無機質な音声が少女の耳に入って来ていた。

 セブンティーンに搭載されている人工知能は大変優秀だ。何故なら一方通行な会話ではなく少女が話せば的確な言葉を返してくれるし、調べ物やスケジュール管理なんかもしてくれるからだ。
 所謂いわゆるスグレモノというヤツで少女は心底気に入っている。

 というのはホントにいい事だと思う。


 少女はセブンティーンに目的地を伝えていく。目的地を把握したセブンティーンは低いエグゾーストノートを響かせ、目的地に向かって動き出していた。

 屋敷の玄関先には爺が立っており、いつもの様に少女を見送っていた。


 少女は運転するのが好きだ。ステアリングの感触やエグゾーストノートの音色、視界に広がる風景や色とりどりの景色。
 窓を開ければ肌に触れる風の優しさはエッセンスで、エグゾーストノートに負けないで聞こえてくる音はスパイスだ。

 そういった普段気にしないようなモノを改めて感じさせてくれるから運転が好きだった。

 しかし何か考え事をしている時や疲れている時、眠い時などは人工知能に運転を任せている。いくら運転が好きでもそれが仕事じゃないから仕方がない。
 運転出来ない事情もあるのだ。

 拠って今日は少し考え事をしていたから、運転は人工知能任せだった。


「キリクが来ーる♪キリクに会える♪るんるんらんらんらんたった♪」
「えへへへ、どうしよっかなー?何にしよっかなー?えへへへへへ」

 低いエグゾーストを奏でる愛車の中で少女の気分はウキウキだった。久し振りにキリクに会える喜びを噛み締めている様子だった。
 頭の中での妄想は激しく、顔は緩みっぱなしだが、セブンティーンは安全運転で走っていた。


 キリクは少女の兄弟子にあたる。出生は分からないがハンターをしていた父親が拾ってきた子供だと聞いていた。

 少女が物心ついた時にはもうキリクは屋敷で一緒に暮らしていた。だから幼い頃は血が繋がっているかいないかなんて気にする事なく「お兄ちゃん」と呼んでいた。

 一方でキリクは幼い頃から少女の父親に剣術や魔術を習っていた。だけど、血の繋がりを気にしてたのか名前では呼んでもらった記憶がない。
 記憶にあるのは「お前」だけで、それ以外だと「お前」すら言われず話し掛けられた記憶しかない。

 だから余所余所よそよそしく義理の兄キリクの態度に、少女は距離を置いていく事になる。

 キリクは少女の父親が亡くなった後も屋敷で暫く一緒に暮らしていたが、15歳になった時に家を出ていった。


「いつまでも屋敷にいていいのに」

「師匠が亡くなって、思い出だけが残るこの屋敷にいても辛いだけ」

 屋敷を出ていった最後の会話は少女の胸のどこか奥深くに今でも根強く刺さっている。
 このトゲは抜ける事がないかもしれないが、そんなトゲ思い出すらも代えがたいプライスレスな思い出だった。


 キリクは屋敷を出た後、少女の父親と同じハンターになったと風の噂に聞いていた。

 少女もキリクと同様に幼い頃から父親に修行をつけてもらっていた。だからキリクがハンターになったのも相俟あいまって、2人父親とキリク同様にハンターを目指したのは言うまでも無い当然の「成り行き」だった。


「そう言えば!キリクの怪我は治ったのかしら?リハビリは……」
「ッ?!うっ。な…に、コレ」

「オ加減ガ、悪イノデスカ?マイ・マスター」

「だ、大丈夫よ、ありがとう。セブンティーン」
「ふぅ。怪我?リハビリ?アタシは一体何を言っているのかしら?キリクが怪我なんてするワケないじゃない!!だって今日はお祝いなんだもの。2ワザワザ屋敷に来てくれるんじゃない!」
「まったく、アタシってば何を言ってるんだろ…。これからお祝いなのに縁起でもないわ」

 ふと少女の脳裏に重傷を負いベッドで横たわるキリクの姿が浮かんでいた。だがその刹那、少女の頭に激痛が奔っていく。

 その激痛が唐突に消えると誰に聞かせるワケでもない独り言を呟いていた。まるで「それ以外の真実など何もない」とでも言わんばかりに。


 今日の少女はキリクのお祝いに自身の手料理を振る舞う予定だった。拠ってその買い出しの為に愛車を走らせていた。
 その事は爺にも言っておらずキリクも知らない。それは少女だけで考えたお祝いのサプライズだった。

 「オトコの心を掴むには先ず胃袋から」とどこかで聞いたコトがあった気がしたからだが、今まで料理なんてした事がない少女でも自信満々に完結コンプリート出来ると思っていた。


 少女は無事に買い物を済ませると寄り道もせず真っ直ぐに屋敷に戻って来た。そして屋敷に戻るなり少女はダッシュでキッチンに向かっていった。
 爺にも見付からないようにしなくてはサプライズの意味がないからだ。

 いつも爺は直ぐに料理を作って持って来てくれるから、自分もやれば出来ると思っていたに違いない。


 少女が食材と必死に格闘している途中で爺はキッチンに寄った。ただ単純に、そろそろキリクが来ると思ったからだ。

 そしたら普段いるハズのない少女がキッチンにいた。爺はその様子に非常に驚き、凄く何かを言いたそうな顔をしていたが、何も言わず少女に気付かれない様にそっとキッチンを後にした。


 午後になりキリクが屋敷に姿を見せた際、少女はまだキッチンで格闘していた。

 その為に少女はキリクの出迎えに来るコトはなかった。更にキリクは爺に拠って引き止められ広間にて待機となった。
 キリクは姿を見せない少女を心配し探そうとしたが、爺はキリクを必死に止めた。それは少女のサプライズに対する爺なりのサプライズ見ていないフリだったからだ。


 こうして広間にて更に待つ事1時間。少女が出来た料理を持ってキッチンから出て来た時には、キリクと爺からちょっとした歓声が上がった。
 初挑戦だったワリには完結コンプリートするコトに成功していたからだった。

 こうしてやっと「キリク2つ星昇進おめでとうパーティー」が始まるコトになった。



「こんな所にいたの、キリクぅ?」

「おいおい、お前どうしたんだ?」

「ねぇ、キリクもちゃんと飲んでるぅ?」

 少女は少し酔っていた。ワザと服を、口をアヒルにして上目遣いに見詰めていた。
 その顔は少しだけ上気しておりピンク色に染めていた。
 しかし耳だけは真っ赤に色付いていた。

 正気の状態シラフならそんなコトは恥ずかし過ぎてだろう。だから少女はあまり飲んだ事のないお酒を自ら進んで飲みキリクに迫った。
 色があるかは分からないが色仕掛けというヤツだ。
 拠って恥ずかしくて少女は飲まなきゃやってられなかったのだった。
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