魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵

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雛鳥の章

第三話 聚楽第

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京に戻るのは、久方ぶりのことだった。

幾つもの街道を揺られる駕籠かごの中で、三法師は何度か眠りかけ、目を覚ました。
そのたびに、目の前の景色は変わっていた。人々の衣が華やぎ、町並みが整っていくにつれ、次第に「都」に近づいているのだと感じ取った。
そして、やがて目に入ったのは、まばゆく白く、巨大な城郭。聚楽第じゅらくだいだった。

「あれが……」

思わず、小さな唇が言葉をこぼす。

初めて見るその威容に、胸の内がざわめいた。
荘厳そうごん絢爛けんらん
遠くから見ているのにも関わらず、途轍もなく巨大な城郭が視界いっぱいに広がっていた。
所々、陽の光が反射して鏡のような眩さに目が眩み、金の色が煌びやかに輝く。

お祖父様が建てた、安土の城もそれはそれは壮大な城だったと聞いていたが、今は焼失し見た事がない。
この聚楽第は秀吉が建てたとの話だが、恐らく安土の城よりも大きく、派手にしたのだろう。

しかしこの荘厳さが、どこか冷たく感じられた。
天に届かんばかりに高くそびえ立つ楼閣には、威厳とともに強烈な「拒絶」があった。
まるでお前の……織田の居場所ではない、と言われているかのようだ。

駕籠から降り立ち、かすかに震える足で整えられた石畳の上に立つ。
大路では格式高き公家や大名であろう者達が行き交い、誰もが三法師をちらと見てはすぐに目を逸らした。

――ここは、僕が居るべき場所なのか?

そう問いかける間もなく、侍女に導かれ、大広間の前へと通された。
欄間らんまに金箔が張られ、襖には豪奢な山水画。空気は凍るように静かで、ひとたび歩くごとに、自分の足音が無礼に響いてしまうように感じられた。

やがて、大広間の奥、上段の間――
そこに、彼はいた。

豊臣とよとみの秀吉ひでよし。かつての羽柴秀吉だ。
織田家の当主として、己を衆目の前で高らかに抱き上げた男。

久方ぶりに見た彼の背には、かつて見なかったものがあった。
――「老い」と「威厳」だ。

「おお、三法師殿。ようお戻りじゃ」

声は以前と変わらず、明るく、人懐こいものであった。
だが、三法師はその声に温もりを感じなかった。
それどころか、目の前の男から目を逸らしたくなるような、そんな「恐怖」に似たものを覚えていた。

なぜだろう。言葉はやさしい。笑顔さえ浮かべている。
けれど、瞳の奥が暗い。以前に感じたものが、より濃く、深くなっている。

――食べられる。
そんな錯覚に、背中がぞくりと震えた。

「大きゅうなられたのう。見違えたわ」

秀吉は立ち上がり、座する三法師に自ら近づいた。どよめく大人たちを軽く片手を上げて制し、かつてと同じように三法師に手を伸ばす。
その手が、己の頭を撫でる――その瞬間、三法師は無意識に体を引いてしまった。

静寂。
広間にいた大人たちが、その動きにかすかに眉を動かした。

秀吉も手を止めたまま、数拍の間動かなかった。
けれど、すぐに作り笑いでその間を埋め、軽く笑い飛ばした。

「おお、すまぬすまぬ。儂の顔が怖かったかのう」

笑う秀吉の声に、誰も笑わなかった。

三法師はただ、手をつき頭を垂れ、己の鼓動が速まっていくのを必死に抑えていた。
そして思った。

――この人はもう、織田家家臣・羽柴秀吉じゃない。

そこにいたのは紛れもない「天下人」だった。
織田の名を借りる必要もない、己ひとりで国を動かす力を得た男。
三法師が何者であろうと関係ない。ただの「過去の道具」に過ぎないのだ。

その日、三法師は聚楽第の一室に通された。
絹の寝具に、贅を尽くした食事。乳母も侍女も、過去と違い口数が多く、やさしく接してくれた。

だが――
三法師の胸の奥にあった冷たい氷は、ひび一つ入ることはなかった。
むしろその氷は、もっと固く、深く、己の内側に沈み込んでいくようだった。

そして思う。

――きっと、僕はこの聚楽第でも孤独なのだ。

流浪を続けていた数年の間で、大きくこの世は変わってしまった。
いつの間にか、この男が織田に成り代わり天下を取ったのだ。

かつての織田と言えば、天下に手を掛けた大大名として知れ渡っていた。
織田を継ぐ者が居なければ、せっかくお祖父様や父上が築き上げてきたものが、全て無になってしまう。
だから、僕が織田を継いだのだと思っていた。
形はどうあれ「織田」である自分が必要なのだと。

しかし、それは思い違いも甚だしい、自惚れだった。
お祖父様と父上が築いたものは、全てあの秀吉が飲み込んでしまっていた。それだけでは飽き足らず、その先へ、お祖父様が目指したものに……秀吉はなってしまったのだ。

ならば、何故僕はここに呼ばれたのか。
秀吉の意図が全く読めない。

織田に仕える身として僕を担ぐつもりか?
そんなの、必要ないだろう。
今や豊臣姓を名乗り、関白にまで任じられている。
朝廷の役職における頂点。公家のみに与えられていた権威ある役に、武家の、それもただの百姓だったらしい秀吉が登り詰めてしまった。

あの人からすれば、織田の家など覇道の通り道に過ぎないだろう。
未だに気を遣わなければいけない程、織田の名に価値があるのか。

……いや、考えるだけ無駄だ。
いくら考えようとも、僕には何もできない。僕の声は誰にも届きはしない。
だから、何を考えたところで無駄なんだ。

どうせこの聚楽第からも、一年と経たずに移されることになるだろう。これまでと同じように。

思考に蓋をし、異様な程に滑らかな布団に潜る。
――気色の悪い事、この上ない。

早く別の場所に行きたいな。秀吉の居ない、どこか別の場所に。

「母上……」
手には色褪せ茶色になった小さな袋。母からもらった御守りがあった。
それを握りしめて、明日からの日々を陰鬱に思いながら眠りに就いた。



三法師の思いはいつも裏切られるようで、この聚楽第ではこれまでの人生の中で最長の時を過ごす事になる。

関白、そして太閤となって以後も、秀吉と関わり続ける事になってしまったのだった。
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