ディスペアー・ファンタジア

雅弌

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2話 希望の果てには

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「──これだ!これがオリハルコンだぁぁぁ!」
「ばっか!騒ぐなよ!ダンジョン内だぞバカヤロォォォ!!!」
「橘くんも叫んでるじゃない!アハ、アハハ!!!」


──感情を殺すようになったと言ったのは前言撤回だ。
ダンジョンの深部でキングトロールとかいう巨大なデブで、けども強力なモンスターを倒した後に見つけた倉庫らしき場所で。

クリスタルのように綺麗に輝く鉱石を見つけて残ったクラスメート──8人は、感激のあまり絶叫した。
オリハルコンは透過しており硬度とかはあるように見えないが、そこらの石よりも重量がある。
見た目では考えられない最高級の硬度を誇る、異世界ならではの鉱石だった。


その鉱石を見てクラスメートが、仲間が。
笑い、叫び、涙し、喜んでいる。
かくいうオレも騒いでこそいないが涙が止まらない。

これで、帰れる。
帰れるんだ。この世界に召喚した連中はオリハルコンを持ってくれば元の世界に返してくれると約束した。

けれど──。


「なぁ、蔵石。頼みがある」
「なんだよ、帰っても姉ちゃんを紹介したりしねーぞ?」
「こういう時くらいはしろよ!──じゃなくて、真面目な話がある」
「……?」


皆が喜び騒ぐ中、異世界に来る前からの友人である小林 龍也が声をかけてくる。
名簿順で蔵石、小林と続いているから何気なく話したのがきっかけだったな。
小林とはバンド仲間──にもなりかけたが機材が高くて手を出せなくて止めて一緒にバイト始めたなんてくだらない思い出もある友人だ。

オレの姉に一目惚れしてしまい紹介しろとも五月蝿くて、久し振りにそんなくだらない会話に花を咲かせようとしたが小林は至って真面目な表情で──。


「皆が喜んでいるなか水を差すような事を言いたくないけど──オレは、勝手にオレ達を異世界に呼んでダンジョンに放り出した連中の言葉が信じられないんだ」
「……!!!」


小林の言う通りだった。
むしろ何故あいつ等の言葉を鵜呑みにしてしまったのか。

そんな自分達の浅はかさに残ったクラスメート達は一気に冷める。
今まではオリハルコン入手を目的に何とか自分達を奮い立たせてきた。
けれどあいつ等がオレ達との約束を守る気がなかったら?

元々、使い捨てにするようにオレ達をダンジョンに送り込んだ連中なのだから。


「勿論、オリハルコン入手という成果があれば歓迎される可能性もある。今まで酷い事して悪かったと手のひらを返す可能性はある。けど──」


信用できるかと言えば──できない。
けれど元の世界に帰るという希望はオレ達を召喚した連中にしかないのも事実で、どうすれば良いんだ。


「そこで頼みがある。──蔵石、いや宗助。ここで死んでくれないか?」
「──は?」


路頭に迷うオレ達の中で小林の口から出た提案は──。
とんでもない、頼み事だった。


◇◇◇


「よくぞ帰った!貴様達こそ勇者と呼んでも指し違いないだろう!」


どの口でそんな事を言う──と小林を始めとするクラスメート達は思ったが口にしなかった。

古めかしい時代遅れな洋風の城の中で。
無駄に広い謁見の間に国王と名乗った肥えたオッサンと付きの老執事。
それに何十人もの兵士に歓迎される6人の学生達。

──最初は35人の生徒と教師1人の計36人も、今ではたったこれだけだ。


「──して、オリハルコンは!」
「こちらです」


小林が代表としてオリハルコンを持つが、兵士の一人が引ったくるようにして王の元へと持っていく。
苦労して持ってきたのは自分達なのに、あんまりな持ち去り方だ。


「お、おぉ!?本物か!?本物で間違いないんだな!?」
「えぇ。前もって鑑定士に確認済みです」
「……あの!約束通りオレ達は帰してもらえ──」
「──よし、殺せ」


それはもう呆気なく。
日常の一環のように淡々と告げられた。

最悪の予感は想像していた。
けれど最低限約束は守ってもらえるんじゃないかとうっすらと希望を抱いていた。

しかしこの世界の人間達はオレ達に一切の温情もなく使い捨てたのだ。


念のため武器を隠し持っていた小林達だが、数で圧倒されて殺されてしまう。
恐らく、個人の能力ならそこらの兵士よりダンジョンで経験を積んだ小林達の方が強かったとは思う。

けれど数に圧され、兵士の中にも一部は鍛えぬかれた実力者もいるしで抵抗らしい抵抗もできなかった。


「いやっ!?いやっ、いやぁぁぁ!!!」
「小鳥遊、小鳥遊!!!」



暗闇の中一緒に行動を共にしていたからか小鳥遊は精霊魔法Lv2.5という変則的な能力上昇を得ていた。
闇魔法を司る精霊とも会話できるようになり、シャドウシフトに似た魔法が使えるようになっていたのだ。

オレと、小鳥遊は姿を隠し一部始終を見ていた。
ダンジョン内で死んだ事にして生存者は6人と報告し、様子を伺うために。
謁見の間には2階部分もあったため、そこで身を潜めていたのだが小鳥遊が騒いでしまったので兵士に見つかる。

殆どの兵士が下で小林達を襲っているとはいえ、見張りとして見渡せるように数名いた。


「誰だ、貴様等!!!」
「くそっ!」


最悪の展開だった。
小林の想像した通り、最悪な結末だ。

小林はオレと小鳥遊に様子見を頼み──けれど、特に策もなかったので全滅は避けるためだけに別行動をとった。
予想はしていても回避できなかった。
もし素直に帰してくれそうなら、はぐれたけど何とか生き延びたとか言って合流すれば良いとしか決めていない。

──本当に、回避できなかったのか?
オレと小鳥遊だけが安全地帯に逃げ込んで皆を囮にしただけじゃないのか?


「くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!!!」
「な、何だその姿……ぎゃぁぁぁ!!!」


理屈は解らない。
新たな能力を習得したのかもしれない。
オレの右腕が真っ黒な炎に包まれ、巨大な爪のような物ができた。

その爪で、二階部分にいた兵士を片っ端から殺す。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!!

けれど下の階に降りて小林達を助けようとは思えなかった。
今まででは考えられないほど力が沸いてくるが、それでも多勢に無勢を何とかできるとは思えなかったからだ。
──またオレは、小林達を見捨てるのか。


「くっそぉぉぉ!!!」


泣き叫び、崩れ落ちた小鳥遊を抱えて城から脱出した。
兵士達が追いかけてくるけれど、逃げたり隠れたりするのは得意だったから簡単に撒けた。

ただ問題は──小鳥遊だ。


「おい、小鳥遊!しっかりしろ小鳥遊!!!」
「あ……え……?」


視点が合わない、虚ろを向いている。
口からは涎を滴しまともな会話もできない。

──何度も見てきた光景だ。
クラスメートが死んで、気が狂った連中と同じ姿だ。
オレだって狂いたい。思考停止して、何もかも逃げ出したい。


「いたか!?」
「こっちの方に逃げたはずだ!」
「小鳥遊……!」


今は橋の下の水路に隠れている。
橋の上を兵士達が駆け回る音が聞こえるので、小鳥遊の口を押さえて声を落とさせた。

小鳥遊は、能力を使える状態じゃない。
オレ一人ならともかく、今の小鳥遊を連れて逃げるのは困難だ。
けれど──。


「お前だけは、お前だけは見捨てないからな……!」
「うひ、あ…え…?」


小林達を見捨てた。
ダンジョンの中でも助けられたかもしれないクラスメートを見限ってきた。

けども、小鳥遊だけは。
小鳥遊だけでも、守りたい。

恋人でも友達でもなかった小鳥遊だけど、最後の仲間だから──!


「しっかり捕まってろよ、逃げきってみせるからな…!」


小鳥遊を背負い、下水道を通っていく。
初めてダンジョンと城以外の場所に来たが以外と整備されている街並みのようだ。

しかし排水やゴミを流すためにしか使用されていないようで普通の下水道よりも酷い匂いが充満し、知識のないオレでも長居すると感染症とか危険だと分かった。
いや元の世界でも下水道に入った事なんてないけども。


なんとしてでも生き延びる。
帰る希望も何もかもなくなってしまったが、生き残る事だけを考えて抗った。
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