カナリアを食べた猫

第3章 猟ある猫は爪を隠す

6

　すごい。
　苦しい。
　気持ちいい。

　私の中心に突き立てられた凶暴な杭の存在感で息が出来ない。大きくて、固くて、ぐりぐりとねじ込むように私の穴を押し拡げる。
　苦しいはずなのにもっと欲しいと焦がれるこの感覚は快楽で間違いない。

「ンっ、すごぃ奥まで……」
「ハァ。やっばい可愛い。俺の彼女とかマジ信じらんねぇ。最高すぎ。すげぇ気持ちいい」

　ぎゅうぅぅぅっと思い切り抱きすくめられて、体が分裂してしまいそう。いっそこのまま千切れてしまっても構わないとさえ思う。
　下腹部方向に押し付けられて、逸登君のモノがつき当りに届いた。
　ぴりっとした痛みで体が跳ねる。
　誰にも触れられたことのない内臓の一部は処女のように固い。
　痛みと同時に、お腹の最奥がコリっと音を立てる。
　体内で音が響く度、電気が光速で背中を駆け抜ける。

「ああっ」
「くっ、コラッ。詩乃さん締めすぎっ」

　胴体に巻かれていた腕の力が弱まったのが寂しくて、駄々をこねる子どものように私が巻き付いた。
　これほど素直に、そして貪欲に、男のヒトを求めるのは初めてだ。
　立て続けに与えらえれる絶頂に、どんどん欲深くなっている。

「やっべ。超やりたい。おもいっきり動きたい。ダメ？」
「して。けど、ベッドがいい」

　私を膝に乗せたままでは満足に動けないだろうと思っての発言だった。すでに私は短時間の内に幾度か達したから、逸登君にも同じように気持ちよくなって欲しい。

「了解」
「キャッ。あっ！　ちょ、やだっ」

　肘の関節で私の膝裏をがっちりホールドして、いとも簡単に持ち上げた。

「軽っ！　しっかり掴まって。でないと落っちゃうよ？」

　逸登君が一歩足を出すたびに、腰が跳ねては落ちる。大きなストロークで深く強く私を貫く。
　私に突き立てた繋がりを中心に、軽々と私の全身を上下に翻弄する。
　
「ひゃ、あっ」

　振動のリズムに合わせてコリっコリっと、電気を走らせるスイッチが入る。
　痛みはとうに甘い痺れに変わっていた。
　もうどうしようもなく呻くしかない。

「っ、逸登君ダメ、いくぅ」

　深い快感が連続で体の芯に響く。
　指でイカされたときのような体の悦びだけじゃなくて、脳が快楽に溺れて喜んでいるみたい。子宮が刺激に反応して、心まで幸せで満たされる。
　途切れる間のない刺激で、視界に火花が散る。固く閉じたはずの瞼の裏が眩しい。

「すっげ。奥でめちゃめちゃ吸い付いてくる」

　単調なオーガズムに納まらない大きな波に翻弄される。
　ベッドの脇まで来ても、抱っこで突かれ続ける。

「ンあっ、早く降ろして」
「やだ」

　逸登君は私を抱き上げたまま、激しく腰を打ちつけ始めた。
　スピードも揺さぶられ方も、歩いていた時とは比べ物にならない。肉がぶつかり合う音に調和するぶちゅぶちゅと濁った水音が生々しい。ポンポンと面白いように跳ねさせられる羞恥心で力が入ると、逸登君が低く喉を鳴らす。

「もうダメ、ほん…とっ……に、激しすぎっ、出ちゃう！　いやっ」

　言葉で抵抗するも、逸登君の力強さは増していくばかり。
　ほとんど半狂乱で喘ぎ、新鮮な空気を求める。
　結合部の水音が増してじゅぶじゅぶと波立って荒れ狂う。私の下半身が奏でているのがいやらしくてたまらない。

「くっそ」

　逸登君が小さく唸った。ピストンの弾みで引き抜かれ、瞬間的な収縮で噴射した。性欲の滾りを噴出させたのは私も逸登君も同時だった。

　──ただ違うのは、私には彼のようにすぐ動くだけの余裕と体力がないこと。

「ちょっと待ってて」

　離れ難そうにキスを残してリビングに戻っていった。
　ようやくベッドに降ろされたけれど、目を開けるのすら億劫だ。だらしなく開けた口で呼吸を整える。
　拡がったままひくつく膣。
　何度も体を突き抜けた電流の余韻。
　肌を濡らした互いの体液。
　部屋に充満した濃厚なセックスの匂い。
　本能的に求めた交わりは、信じられないぐらい心も体も幸せで満たした。
　なにもかもが初めてで、少女に戻ったような気分だ。

「詩乃さん、お茶飲も？」
「ん、飲ませて。こっち来て、ぎゅってして」

　濡れた体を拭き取って、わかったと嬉しそうに膝の間に割り込んできた。
　顎を上げさせて口移しで飲まされたお茶は、喉の筋肉を使わなくても流れていった。ゆっくり二口ぶんぐらい流し込むと、希望通り寝転がって寄り添ってくれた。

「逸登君優しすぎ」

　至れり尽くせりで気分は女王様。
　サービス過多の心地良さに自然とほほが緩む。

「え？　笑うとこじゃないじゃん。普通でしょ」
「だって、こんな我儘言ってるのに」
「詩乃さんさぁ……まぁいいや。とりあえず、こんなの我儘じゃなくて可愛い部類の甘えだから。彼女に甘えられて喜ばないような男とちゃうからね、俺。もっともーっと甘えていいから、覚えといて」

　ようやく転がったベッドの上、甘えなんて必要ないぐらい甘い会話が続く。
　逸登君の語彙に可愛いが追加された模様。聞いているこっちが恥ずかしくなる単語の羅列だけど、まんざらでもない私がいる。

「詩乃さんも明日休みだったよね」
「うん。せっかくだし、お出かけする？」
「まさか」

　どこにも行かせないと、硬く膨張したものを押し付けてきた。すっかりピロートークのつもりでいただけに驚いた。なんなら微睡みさえ感じつつあったところだ。

「嘘でしょ」
「ベッドがいいって言ったの詩乃さんじゃん」
「そうだけどそうじゃな、、、あ。思い出した。確かエロ男爵って」
「否定はしないけど、何しょーもないこと思い出してんの」

　簡単にマウントを取る逸登君に覆われて逃げ場なんてどこにもない。
　体力は心配。
　あとは全部、、、「期待」なのだろうか、この感情は。
　初めての快楽を教えてくれる予感と、求められる悦び。
　嫌じゃない。
　抱いて欲しい。
　
「あまり激しくない感じでお願いしたいデス」
「それは詩乃さん次第。煽るからなぁ」

　そんな始まりの第二回戦で、煽るか煽らないかは問題ではないと思い知らされる。
　三回戦で、男爵どころか公爵であることが判明した。
　その後の記憶はない。
　疲労感と充足感を抱いて、公爵に包まれて、深く、深く、眠りに落ちた。