BAD DAY ~ついていないカエルの子~

端本 やこ

文字の大きさ
3 / 11

3

しおりを挟む
 おれの登場で、一旦その場が静かになった。
 人質にされたおれの鞄は、かちっとしたスラックスの足下に置かれている。やたら長い脚を辿ると、手にした書類から視線を離した父さんと目が合った。
 ごめんて。
 そう伝えるつもりで軽く頷いてみせたら、父さんも同じタイミングで同じ動きで返してきた。

「無事だな」

 鞄を挟んで並んだおれを、父さんが見下ろす。いつもの落ち着いた声は、落ち着きすぎていてほとんど感情がない。とはいえ、ほぼ無感情なのが平常だから問題なし。

「うん」

 おれの無事は聞かされていて当たり前だから、ただの確認だったはずだ。だからおれは、ちょっとだけお腹に力を入れて、莉子に向かって答えた。
 母親に守られる莉子の頬が少しだけ弛んだ気がした。

「父さん、これどんな状況?」

 莉子から目を外して、ぐるりと一周見渡す。
 椎名家、校長、副校長、主幹教員、学年主任、担任。向かいに警官2名と宇垣父子。そんで、おれと父さん。
 他の先生たちは自席で息を殺して見守っている感じだ。

「だいたい把握した」

 そう言って、父さんが読み終えたらしい書類を警察官の一人に渡そうとした。警官2名が急にビシッと敬礼をして、渡されたひとりは両手で受け取った。まるで賞状授与みたいだ。

「いやいや。父さんだけわかってもさ」

 うそ。本当はおれもだいたいわかる。
 学校から呼び出された龍の父親がイキッているだけのことだ。自分の息子こそが加害者であるのに、莉子に難癖つけているのだろう。学校の指導や対応に対してもいちゃもんをつけているに違いない。
 それともおれに対してか。
 おれ宛の難癖で脅されているとしたら、さすがに莉子に申し訳ない。

「今日の放課後、教室で、宇垣さんがカッターを持ち出した」
「うん。はい」

 突然父さんが始めたものだから、変なふうに答えてしまった。 
 父さんは「よし」とでも言うように、頷いて、

「椎名さんに向かって歩みより、刃物をちらつかせた」

 と続ける。
 宇垣父が喚く。便乗するように龍も否定の声を上げる。うるせぇ親子だな。空気読め。
 警官が宇垣親子を止めに入る。

「ちらつかせたというか、カッターをペン回しみたいにくるくるしてました」
「宇垣さんが切りつける素振りを認めたため、椎名さんの横の席の彬が止めに介入して負傷」

 父さんは宇垣親子にお構いなしで進める。
 警官に止められた宇垣親子が「もひっ」とも「ぶひっ」ともとれる奇声を発した。
 そもそもの話、おれが一番後ろの角席なのは体がでかいからで、莉子が隣なのは成績優秀だから。いろいろと残念な龍は前のほうからやってきた。ぽてぽてと。いや、どてどてと言うほうが合ってるな。まん丸で、中三の同級生とは信じがたい腹のでっぱりをしている。龍のヤツ、親父そっくりじゃん。イキりかたから、全体的なフォルムまで、生き写しだ。

「そうでーしゅ」

 噛んじまった。宇垣親子の揺れる二重アゴが面白くて、真面目に答え続けられなくなってきた。

「彬の左腕を切りつけてなお、宇垣さんはカッターを握っていた」
「はい」
「クラスメイトが職員室に駆け込み、教職員とともに教室に戻ったときには刃は仕舞われていた?」

 さあ、どうだったかな。細かいこと覚えてねぇわ。

「先生たちが来る前に、カッターをしまうように宇垣くんに言いました」

 助言を求めて莉子を見やる。うんうんと、小さく震えるように頷いている。
 おれの次に父さんに見られて、莉子がビクついた。
 宇垣父とは違う圧を感じたに違いない。
 すまん、りぃこ。うちの父さん、これが普通なんだわ。疑ってるわけでも、怒ってるわけでもないんだ。

「あ、彬くんはカッターを置くように説得していました。でもっ、宇垣くんは言うことをきかないで、こう、構えたままで。あっくん、ずっと私の前で壁になってくれていました。先生たちが来るまで、確かに刃も出したままでした」

 怯える小動物な莉子が、震えながらも両手を握りしめて答えた。
 おや? って感じだ。教室では青ざめていた莉子が精一杯頑張ってるのがわかる。
 父さんもそうかと雰囲気を和らげて「ありがとう」と言った。

「うそやん!?」

 俺の不用意な発言に、職員室中の視線が突き刺さる。

「誤りは正せ」

 父さんが目を細めた。
 違う。違う。
 事のあらましに誤りはない。おれが反応したのは、父さんにあるまじき「ありがとう」だ。
 なんあれ?
 父さんがひとに優しくお礼をいうだなんてありえんのやけど。
 生まれて初めて聞いたレベルやぞ。な、母さん? って、母さんいねぇんだった!

「そうじゃなくて」

 おれの脳内で母さんが微笑んだ。ついでに、いつだったか母さんが「徹さんの、あのふわっと空気を和らげる瞬間がたまんないの! 超かっこいい。ほんっっとめちゃくちゃ好きっ」ってのろけまくっていたことを思い出す。
 うっ、キモっ。
 
「なんだ」

 ほら、これよ、これ。このひと睨みする感じこそが父さん。
 見てみろよ、という思いで莉子を直視したら、肝心の莉子は心あらずといった感じでぼーっと父さんを見上げている。莉子に寄り添うおばさんまで同じような反応だ。
 どうした。大丈夫か?
 緊張しすぎとか、頑張って証言しすぎたとか、そんなんで腑抜けちまったのか?
 家庭に問題のない優等生が警察に聴収されるとこうなるのか。おれだって家庭環境に問題があるわけじゃないけどさ。莉子に比べてちーっとばかし、父親が醸す圧迫感に慣れているってだけだ。

「彬」
「何でもないデス。誤りなしです。しーなサンの話で間違いないはず。正直なところ、カッターがどうだったか覚えてない。腕、痛いし、血ぃ垂れてきて気持ち悪いしで」

 父さんのオーラに気圧されて、おれはやや早口にまくしたてた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...