BAD DAY ~ついていないカエルの子~

端本 やこ

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 さて、という感じで父さんが一息いれた。それからおれに言い聞かせる。
 仕事に戻るが、彬、お前はひとりで帰られるな、と。
 うん。問題ない。
 というか、今日のところは部活の見学すら禁じられたから帰るしかない。

「ご心配には及びません」
 
 制服の警察官がビシッと敬礼した。
 あ、まだ居たんだ。てっきりブットンズたちのあとに出ていったと思っていた。
 父さんが片眉を少し動かした。それをどう受け取ったのか、警察官は敬礼の手を下ろして、おれに向き直った。

「ご自宅までお送りします」
「あ、大丈夫です。自分で帰れます」
「そのように指示されていますので」

 トッシーの有能ぶりが、なんつーか、、、鬱陶しい。警察官の自宅に息子がパトカーで送られるとか「何かありました」と近隣住民に宣伝して歩くようなものだ。嫌すぎる。

「ホント、平気です。ケガはどーってことないし、宇垣親子が警察にいる間に家に着くはずなんで。戸締まりもちゃんとします。先生たちも心配しなくて大丈夫なんで」

 腕に怪我をしたってだけで、登下校なんて毎日のことだ。それに、おれ、ずっと両親共働き家庭のひとりっ子やぞ。

「それなら彬君、うちと一緒に帰ろうか」

 莉子の親父さんが穏やかに滑りこんできた。
 ある意味幼なじみな莉子の家は方角的に同じだし、車で来ているらしい。

「彬。椎名さんのお言葉に甘えさせてもら……失礼」

 父さんが賛成を示すとほぼ同時に、父さんのスマホが着信を知らせた。よっぽどでない限り、このタイミングでトッシーたち職場からはかけてこないだろう。でも、父さんのスマホが仕事以外で鳴るだなんてまずありえない。
 父さんは表示を確認して、二秒考えた。微妙に背中を向けて応答した。おれは、父さんの眉間が一ミリ開くのを見逃さなかった。

「ああ。落ち着け。大したことない。全治一週間から十日というところらしい。ちょっとした事故みたいなもんだ。心配するな。今? 学校。ちょうど話しが終わったところだ。すまんが、これから戻る。悪いがあとのことは頼む。追々、学校から知らせてもらえるはずだ」

 間違いない。母さんだ。

「は? ……おまえなあ。そうか、わかった」

 呆れたような父さんの眉間が、元の険しいものに戻った。といっても標準設定にリセットされただけのことだけど。

「彬」

 父さんがスマホをおれに差し出した。
 受け取って、半ば恐々と耳に当てる。

「母さん?」
『彬っ、大丈夫なのね』
「うん」
『そう。よかった。よかった、本当に』

 心なしか母さんの声が震えた気がした。

『ごめんね。母さん、こんな時に限って』
「あ、それは大丈夫。父さん来てくれた」

 アホみたいな報告だけど、我が家にとって父さんの登場は珍事だから口にせずにいられなかった。
 それに、こんな日に限ってトラブルにあって、おれのほうこそごめんって感じだ。母さんが出張でなくても御免被りたいことではあるが。

『詳しいことは後で聞かせて。今、そっちに向かってるから』
「あ?」
『もうニ、三十分で着くから待ってて』

 うそやん。出張どしたん?
 どういうこったと思わず父さんに目を向ける。父さんは僅かに片眉をしかめて「そうらしい」と返してきた。
 なるほど、父さんの呆れはこれだったのか。

「おれ、もう帰るよ? 全部終わってるし」

 母さんも家に帰ってこりゃいいじゃん、というつもりで言ったけれど、どうやらすでにタクシーに乗っているらしい。
 不承不承「わかった」と答えるしかなかった。
 おれが母さんと話している短い間に、父さんは椎名家と先生たち、それと警察官にも母さんが迎えにくることを手短かに伝え、そして、これをもって自分は退出すると一礼をする。
 通話を終えてスマホを返すと、それを待っていたかのように、

「母さんには自分で説明しろ」

 と念を押してきた。

「わあってるよ」
「できるな? 全部」

 くっそ。わかってるって。日野さんと亜紀ちゃんにも母さんと一報いれろってことだろ。心配をかけた各方面に。もちろんトッシーにだってこのあとすぐ感謝のスタンプひとつぐらい送っとくっつーの。

「あのさ」
「なんだ?」

 もう行くぞといわんばかりに腕時計をチラ見した。
 手間取らせて悪かったと言いたいけれど、堅苦しく感じられてうまく言葉が出てこない。でも、今言わないと、次に父さんと顔を会わせたときなんて今以上に言いづらくなっているに違いない。ワーカホリックの父さんといつ会えるかわからないってのもある。

「くそほど忙しいのに……その……あんがと」

 母さんは父さんより自分が来なければいけないと思っているみたいだけれど、おれは父さんが来てくれてよかったと思っている。父さんだから話が早く済んだのは明らかだ。
 母さんだったら、ブットンがどう絡んできたかわかったものじゃない。
 おれの考えが読めたのだろう、父さんがおれの頭をクシャっと撫でた。

「やめっ。ガキ扱いすんなし」

 反射で避けて、舌打ちも出た。
 おれの反応に、父さんが「ほう」という顔をする。
 その顔で、やってしまったと一瞬で後悔する。
 案の定、父さんは頭を撫でた手をすれ違いざまにおれの肩にぽんと乗せた。耳元に顔を近づけるような詰めかたで、微妙な距離感を作る。

「俺の女、泣かすんじゃねえ」

 冗談ともつかぬ低い声色に、全身総毛立つ。
 遅れてぶるりとからだが震える。耳から順に震えが膝まで伝わった。
 父さんは言いたいことだけ残して消えたのに、「ふっ」と口許だけ笑っている気配が感じられる。
 最悪にきしょい。最低にキツイ。
 おれ、今日は、もうだめだ。
 帰りたい。
 今すぐ家に、自分の部屋に帰りたい。
 誰もいないところに行きたい。
 ひとりになりたい。
 ふらついたおれを誰かがふんわり支えた。

「かっこぃー」

 おれの横、低い位置で莉子が心ここにあらずで呟いた。その目は父さんが出ていった職員室のドアをぼんやり眺めたままだった。
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