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大手日用品メーカーに勤める私の配属先は労務部。化学技術者と違って、人事的に重宝されるわけもなく、大抜擢な出世も見込めない。けど、残業は月末月初だけで安定的なお給料はもらえてるから、これはこれで。
同僚の産休や育児休暇が重なって万年人手不足なのには慣れた。
あるていど忙しい方が性に合っているんだと思う。
「お疲れ様でした」
今日は定時から間もなく職場を出た。
スーパーに寄るでも直帰でもなく、駅近のビストロに向かう。こじんまりとした女子会向けのビストロは、小綺麗な店構えで入りやすい。
「お待たせ」
入口からふわふわポニーテールが見えて、迷わず回り込む。
メニューから顔を上げてカラッとした笑顔を向けたのは、親友の一人、狛江紗也加だ。
「金曜に呼び出しちゃってごめんね」
「全然。予定なんてないもの。紗也は今日休み?」
「うん」
デパート勤務の紗也加は、私と違ってシフト勤務だ。学生時代に比べて旅行だとか遠出は難しくなってしまった。その代わり、こうして時間を作って食事かお茶をすることもしばしば。
「詩乃と理都子、、、はデートか」
仲良し4人組だなんて呼ばれる、他2名の顔を浮かべて、自分で打ち消した。クールビューティーな詩乃は仕事のはずだし、ノリの軽い理都子が金曜の夜に空いているわけがないのだ。
「あ。うんとね、あのふたりのことなんだけど……」
さっそく紗也加が本題に突入した。
お互いドリンクはオーダーしたものの、料理は私の一存で決めた。紗也加の好みは把握しているから問題なし。
時たま迷子になる紗也加の話を軌道修正させつつ、サラダを取り分け、チーズ盛り合わせは紗也加が取りやすい向きに変えて置く。
「詩乃から聞いただけなんだね?」
紗也加のスピーチが途切れたついでに質問を挟む。もぐもぐと頬張る紗也加の回答は基本的に首の動きでかえってくる。こくこくと頷けばイエス。ふるふるとポニーテールが揺れたらノー。斜め上の宙に目を泳がせたら考えている。
「理都子からも聞かなきゃ真相は分からないけどさ、結果的にこじれているならそういうことなんでしょ。しかも今回ばかりは私たちの出る幕じゃないよ」
紗也加はごくんと嚥下して「やっぱり?」と私の顔色を窺う。助けを求める眼を向けられても、こと色恋沙汰は当事者同士で解決するほかないだろう。
「私もさー。リツが寝取ったって、にわかには信じられなくて」
紗也加が宙を見た。
理都子の男好きは今に始まったことでない。過去に詩乃の元彼と寝たこともある。本人がはっきり口にしているのだから疑いの余地はない。けれど、あからさまに人様の男に手をだしたとなると話は別だ。特に、親友が進行形で付き合っている相手とあらば。
「まぁ、ねぇ」
「なぁに、宇多ちゃん。なんか知ってる風なんだけど」
「まさか。ただ、理都子って詩乃のこと大好きだからなーって」
「そんなの私だって! 宇多ちゃんも同じでしょ」
紗也加の素直な反応に苦笑しつつ、ワインを口に運ぶ。
理都子は詩乃のことを恋愛対象として見ている。長年の付き合いで、この持論には自信がある。そして、多分、理都子自身が気が付いていないだろうことも。いや。詩乃に拒絶されて、ようやく自身の気持ちと向き合っているに違いない。ともすれば、きっと今頃一人で泣いている──わけないか。
理都子は身代わりを仕立てている。
詩乃の代わりになんてならないと理解しながら、どこぞの男に抱かれるんだ、理都子は。
「馬鹿な子」
親友を不憫に思って溜息が漏れる。
「え? 何か言った?」
「なーんも。このワインおいしい」
「ホント? 一口ちょーだい」
「どーぞ」
紗也加に渡すのはグラスだけ。理都子に対する確かな予測は黙っておく。
「とにかく詩乃が昇華させるまで待つしかないと思うよ」
「だよね。詩乃の新しい彼、すっごいいい人だし、本気みたいだから、きっと直ぐだと思う」
「忘れるとこだった。それよ、それ。合コンって何よ。人を仲間外れにして!」
紗也加の明るい笑顔を見て、冗談交じりに噛みついた。
紗也加の弟きっかけで持ち上がった飲み会で、詩乃はいい恋を見つけたらしい。その場に居合わせなかったのは私だけ。良太がいるから誘われなかったのは理解できるけど、声がかからなかった寂しさはある。
「宇多ちゃんはダメでしょー。私だって良ちんに恨まれたくないし」
紗也加がケタケタと笑う。
私が良太と付き合い始めたのも大学生の頃だったから、紗也加は良太と面識がある。
「で、宇多ちゃんんとこはまだなの?」
「なにが?」
「またとぼけてー。結婚だよ、結婚」
その話題には正直うんざり。しかし、アラサーともなれば興味津々なトピックスであるのも然り。
「いずれ、としか」
「良ちんまだ独立しないの?」
行政書士の良太は開業を目標としている。そのための修行だと、やり手の個人事務所で働いている。今のご時世、なかなか営業方面は難しいらしい。顧客の都合ありきの面談があったりと勤務条件は厳しい。
「そんな簡単じゃないって」
独立も、結婚も。
良太が忙しいのは知っている。家で仕事をするのは当たり前だし、疲れていることだって、もちろん理解してはいる。良太も無趣味だから、スマホで遊んだりお笑いを見たりがリラックスに一役買っていることだって──
「うーた?」
紗也加に心配げな視線で覗かれた。
「へっ。あ、いや。なんでもない。なかなかね~ってこと」
「そっか。そうだよね」
紗也加は大げさに頷いて、私が渡したグラスを仰いで空にする。
「それ、私のワイン」
「あっ、ごめん。いいね、コレ。飲みやすい」
「でしょ」
私は片手を挙げてすいませんと声を張る。
紗也加が「同じのふたつください。白のやつ」と元気溌剌でおかわりを頼んだ。
同僚の産休や育児休暇が重なって万年人手不足なのには慣れた。
あるていど忙しい方が性に合っているんだと思う。
「お疲れ様でした」
今日は定時から間もなく職場を出た。
スーパーに寄るでも直帰でもなく、駅近のビストロに向かう。こじんまりとした女子会向けのビストロは、小綺麗な店構えで入りやすい。
「お待たせ」
入口からふわふわポニーテールが見えて、迷わず回り込む。
メニューから顔を上げてカラッとした笑顔を向けたのは、親友の一人、狛江紗也加だ。
「金曜に呼び出しちゃってごめんね」
「全然。予定なんてないもの。紗也は今日休み?」
「うん」
デパート勤務の紗也加は、私と違ってシフト勤務だ。学生時代に比べて旅行だとか遠出は難しくなってしまった。その代わり、こうして時間を作って食事かお茶をすることもしばしば。
「詩乃と理都子、、、はデートか」
仲良し4人組だなんて呼ばれる、他2名の顔を浮かべて、自分で打ち消した。クールビューティーな詩乃は仕事のはずだし、ノリの軽い理都子が金曜の夜に空いているわけがないのだ。
「あ。うんとね、あのふたりのことなんだけど……」
さっそく紗也加が本題に突入した。
お互いドリンクはオーダーしたものの、料理は私の一存で決めた。紗也加の好みは把握しているから問題なし。
時たま迷子になる紗也加の話を軌道修正させつつ、サラダを取り分け、チーズ盛り合わせは紗也加が取りやすい向きに変えて置く。
「詩乃から聞いただけなんだね?」
紗也加のスピーチが途切れたついでに質問を挟む。もぐもぐと頬張る紗也加の回答は基本的に首の動きでかえってくる。こくこくと頷けばイエス。ふるふるとポニーテールが揺れたらノー。斜め上の宙に目を泳がせたら考えている。
「理都子からも聞かなきゃ真相は分からないけどさ、結果的にこじれているならそういうことなんでしょ。しかも今回ばかりは私たちの出る幕じゃないよ」
紗也加はごくんと嚥下して「やっぱり?」と私の顔色を窺う。助けを求める眼を向けられても、こと色恋沙汰は当事者同士で解決するほかないだろう。
「私もさー。リツが寝取ったって、にわかには信じられなくて」
紗也加が宙を見た。
理都子の男好きは今に始まったことでない。過去に詩乃の元彼と寝たこともある。本人がはっきり口にしているのだから疑いの余地はない。けれど、あからさまに人様の男に手をだしたとなると話は別だ。特に、親友が進行形で付き合っている相手とあらば。
「まぁ、ねぇ」
「なぁに、宇多ちゃん。なんか知ってる風なんだけど」
「まさか。ただ、理都子って詩乃のこと大好きだからなーって」
「そんなの私だって! 宇多ちゃんも同じでしょ」
紗也加の素直な反応に苦笑しつつ、ワインを口に運ぶ。
理都子は詩乃のことを恋愛対象として見ている。長年の付き合いで、この持論には自信がある。そして、多分、理都子自身が気が付いていないだろうことも。いや。詩乃に拒絶されて、ようやく自身の気持ちと向き合っているに違いない。ともすれば、きっと今頃一人で泣いている──わけないか。
理都子は身代わりを仕立てている。
詩乃の代わりになんてならないと理解しながら、どこぞの男に抱かれるんだ、理都子は。
「馬鹿な子」
親友を不憫に思って溜息が漏れる。
「え? 何か言った?」
「なーんも。このワインおいしい」
「ホント? 一口ちょーだい」
「どーぞ」
紗也加に渡すのはグラスだけ。理都子に対する確かな予測は黙っておく。
「とにかく詩乃が昇華させるまで待つしかないと思うよ」
「だよね。詩乃の新しい彼、すっごいいい人だし、本気みたいだから、きっと直ぐだと思う」
「忘れるとこだった。それよ、それ。合コンって何よ。人を仲間外れにして!」
紗也加の明るい笑顔を見て、冗談交じりに噛みついた。
紗也加の弟きっかけで持ち上がった飲み会で、詩乃はいい恋を見つけたらしい。その場に居合わせなかったのは私だけ。良太がいるから誘われなかったのは理解できるけど、声がかからなかった寂しさはある。
「宇多ちゃんはダメでしょー。私だって良ちんに恨まれたくないし」
紗也加がケタケタと笑う。
私が良太と付き合い始めたのも大学生の頃だったから、紗也加は良太と面識がある。
「で、宇多ちゃんんとこはまだなの?」
「なにが?」
「またとぼけてー。結婚だよ、結婚」
その話題には正直うんざり。しかし、アラサーともなれば興味津々なトピックスであるのも然り。
「いずれ、としか」
「良ちんまだ独立しないの?」
行政書士の良太は開業を目標としている。そのための修行だと、やり手の個人事務所で働いている。今のご時世、なかなか営業方面は難しいらしい。顧客の都合ありきの面談があったりと勤務条件は厳しい。
「そんな簡単じゃないって」
独立も、結婚も。
良太が忙しいのは知っている。家で仕事をするのは当たり前だし、疲れていることだって、もちろん理解してはいる。良太も無趣味だから、スマホで遊んだりお笑いを見たりがリラックスに一役買っていることだって──
「うーた?」
紗也加に心配げな視線で覗かれた。
「へっ。あ、いや。なんでもない。なかなかね~ってこと」
「そっか。そうだよね」
紗也加は大げさに頷いて、私が渡したグラスを仰いで空にする。
「それ、私のワイン」
「あっ、ごめん。いいね、コレ。飲みやすい」
「でしょ」
私は片手を挙げてすいませんと声を張る。
紗也加が「同じのふたつください。白のやつ」と元気溌剌でおかわりを頼んだ。
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