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食事の清算を終えて、腕時計を確認した。
早いスタートだったので、まだそれほど遅い時間ではない。
「さて。どうする? カフェでも行こっか」
飲みやすさに釣られてワインばかり頼んだ。話し足りないぶんは、食後のコーヒーのついでがいい。
「えっと、今日はこれで……」
歯切れの悪い紗也加を目で探る。どちらかと言えば、紗也加の方が夜遊び好きで、いつもそこそこのところを見計らって止めるのが私の役目なのだ。
「この後、約束あって。その」
「もしかしてマカロンの人?」
察した。
と同時に、頭に浮かんだのは紗也加が大昔から大事にしているストラップだ。化粧ポーチにぶら下げているマカロンの中身は「人からもらったお守りだ」と聞いたことがある。おそらく、今でも持ち歩いているはずだ。
「うん」
紗也加が少女のようにこくりと頷いて肩をすぼめた。
理都子の話より聞かせたっかただろうし、積年の想いが叶ったのだから詩乃の話よりめでたい。
気付いてやれなくてごめん。
「よかったじゃん! おめでとう」
心から言葉が出た。
素直に友人の幸せを祝う気持ちがあることにホッとして、嬉しさにじんわり包まれる。そんな私をどう読み取ったのか、底抜けに明るくて元気印の紗也加が「ありがとう」と慎ましさを見せた。
浮ついた感じがしないのは、それだけ大切に育んでいる証拠なんだろうな。
「迎えなんていらないって言ったんだけど、来るってきかなくて。ごめん。私も宇多ちゃんに紹介できたらって思っちゃった」
「何も謝ることない。一緒に食事すればよかったのに」
照れ笑いをする紗也加がほっとしたように見えた。その様子から、友人の中では一番に紹介されることがわかる。
なるほど。
友人代表は任せとけ。
「宇多。この人がしょーくん」
「翔です」
予想以上の大男が来た。見上げてみると、うん、紗也加の好きそうな感じ。若い頃はそれなりに遊んでました的な雰囲気のオニイチャンだ。
「はじめまして。若鶏宇多です」
しょーくんだかカケルくんだかに、私は畏まって頭を下げた。
適当な挨拶を交わして、お邪魔にならないように身を引いた。
ふたりと別れてからこっそり様子を窺う。手を繋いで、一生懸命カケルくん(本人の訂正を正解と捉える)に話しかける紗也加が可愛い。信頼と、なにより彼に会えた嬉しさが全面的に出ている。そんな紗也加を、カケルくんは生温かい目で見守る。
お似合いだ。
ふたりを凝視できなくて目を逸らす。紹介される前の幸せを祝う気持ちが、パンクしたタイヤのように潰れいく。
30にもなって、あんな風に初々しくパートナーに向き合えるだなんて信じられない。と、こんな風に捻くれている自分が嫌でたまらない。まして、カケルくんと紗也加の間で取り交わされる笑顔を妬むだなんてあるまじき。
でも。
だって、だって私は、最後に良太と手を繋いで歩いたのはいつだったかさえ覚えていない。
少しだけ息が上がって、無意識に速足になっていたことに気がつく。
ぬくもりを忘れた右手で、肩に掛けた通勤バッグのハンドルを握る。
落ち着け。
落ち着け、私。
付き合いたての紗也加たちと違うのは当たり前。
こっそり深呼吸をして歩調を弛める。
その時、左肩にドンッと衝撃を受けてしまった。
「あっ。ごめんなさい!」
咄嗟に謝る。
道の真ん中で思い悩んで往来の邪魔になっていたに違いない。
「いえ」
相手は相手で歩きスマホだったようで、私をチラ見して通り過ぎて行った。怖い人でなくてよかった。
数歩進むうちに不快感がジワジワと追ってきた。向こうにだって非があるのだから「すみません」ぐらいあってもよかった。
ちょいイラ。
自分の器の小ささを自覚しないでもないけど、だからって私だけが悪いの?
どう考えたって、天下の往来だってのに周りを気にせず、スマホを弄りながら闊歩するやつの方が間違ってるでしょ。
トゲトゲしい感情を抱えて家路を急ぐ。コンビニでスイーツでも買って帰ろうかと思ったけど、紗也加に振られてひとり寂しく食べるのも癪だ。ひとりじゃないかもと、一瞬良太の顔が浮かぶ。お土産にふたつ買えばいい。そうすれば学生アルバイト店員に「このおばさん、深夜に甘いもん食うんだ。しかもひとりで」とか思われなくて済む。
と、そこまで考えるといよいよ馬鹿らしくなってきた。
この世の誰一人、私に気を留めるはずがない。私の友人が誰と付き合おうが、私が恋人とうまくいっていようがなかろうが、私がいつどこで何をどれだけ買おうが、そんなこと。
結局どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅した。
玄関ドアを開けると真っ暗な部屋が私を待っていた。無性に我慢ならず、通勤用のパンプスを脱ぎ散らかしながらスマホを耳に宛てる。
「宇多? なに」
なに、じゃない。
なんでもない。
良太の声を聴いて意味もなく呼び出したことに気づくだなんてどうかしてる。
「良太こそ何してんの?」
トゲトゲが残っている。良太の声を聴いてほんのちょっとだけ安心した部分をトゲトゲがプチっと刺す。刺さったトゲトゲを抜くために、やっぱりシュークリームのひとつぐらい買ってこればよかった。
「さっき会社出たとこ。今日、狛ちゃんと飯じゃなかった?」
「そうだったけど、もう終わって帰ってきた」
「だったらそっち行くかな。腹減ったし」
腹減ったし、ってなんだよ。
背筋がスーッと冷えていく。いや、冷えたのは胸か、頭の中かも。
トゲトゲは思いのほか深く私を仕留めていた。
早いスタートだったので、まだそれほど遅い時間ではない。
「さて。どうする? カフェでも行こっか」
飲みやすさに釣られてワインばかり頼んだ。話し足りないぶんは、食後のコーヒーのついでがいい。
「えっと、今日はこれで……」
歯切れの悪い紗也加を目で探る。どちらかと言えば、紗也加の方が夜遊び好きで、いつもそこそこのところを見計らって止めるのが私の役目なのだ。
「この後、約束あって。その」
「もしかしてマカロンの人?」
察した。
と同時に、頭に浮かんだのは紗也加が大昔から大事にしているストラップだ。化粧ポーチにぶら下げているマカロンの中身は「人からもらったお守りだ」と聞いたことがある。おそらく、今でも持ち歩いているはずだ。
「うん」
紗也加が少女のようにこくりと頷いて肩をすぼめた。
理都子の話より聞かせたっかただろうし、積年の想いが叶ったのだから詩乃の話よりめでたい。
気付いてやれなくてごめん。
「よかったじゃん! おめでとう」
心から言葉が出た。
素直に友人の幸せを祝う気持ちがあることにホッとして、嬉しさにじんわり包まれる。そんな私をどう読み取ったのか、底抜けに明るくて元気印の紗也加が「ありがとう」と慎ましさを見せた。
浮ついた感じがしないのは、それだけ大切に育んでいる証拠なんだろうな。
「迎えなんていらないって言ったんだけど、来るってきかなくて。ごめん。私も宇多ちゃんに紹介できたらって思っちゃった」
「何も謝ることない。一緒に食事すればよかったのに」
照れ笑いをする紗也加がほっとしたように見えた。その様子から、友人の中では一番に紹介されることがわかる。
なるほど。
友人代表は任せとけ。
「宇多。この人がしょーくん」
「翔です」
予想以上の大男が来た。見上げてみると、うん、紗也加の好きそうな感じ。若い頃はそれなりに遊んでました的な雰囲気のオニイチャンだ。
「はじめまして。若鶏宇多です」
しょーくんだかカケルくんだかに、私は畏まって頭を下げた。
適当な挨拶を交わして、お邪魔にならないように身を引いた。
ふたりと別れてからこっそり様子を窺う。手を繋いで、一生懸命カケルくん(本人の訂正を正解と捉える)に話しかける紗也加が可愛い。信頼と、なにより彼に会えた嬉しさが全面的に出ている。そんな紗也加を、カケルくんは生温かい目で見守る。
お似合いだ。
ふたりを凝視できなくて目を逸らす。紹介される前の幸せを祝う気持ちが、パンクしたタイヤのように潰れいく。
30にもなって、あんな風に初々しくパートナーに向き合えるだなんて信じられない。と、こんな風に捻くれている自分が嫌でたまらない。まして、カケルくんと紗也加の間で取り交わされる笑顔を妬むだなんてあるまじき。
でも。
だって、だって私は、最後に良太と手を繋いで歩いたのはいつだったかさえ覚えていない。
少しだけ息が上がって、無意識に速足になっていたことに気がつく。
ぬくもりを忘れた右手で、肩に掛けた通勤バッグのハンドルを握る。
落ち着け。
落ち着け、私。
付き合いたての紗也加たちと違うのは当たり前。
こっそり深呼吸をして歩調を弛める。
その時、左肩にドンッと衝撃を受けてしまった。
「あっ。ごめんなさい!」
咄嗟に謝る。
道の真ん中で思い悩んで往来の邪魔になっていたに違いない。
「いえ」
相手は相手で歩きスマホだったようで、私をチラ見して通り過ぎて行った。怖い人でなくてよかった。
数歩進むうちに不快感がジワジワと追ってきた。向こうにだって非があるのだから「すみません」ぐらいあってもよかった。
ちょいイラ。
自分の器の小ささを自覚しないでもないけど、だからって私だけが悪いの?
どう考えたって、天下の往来だってのに周りを気にせず、スマホを弄りながら闊歩するやつの方が間違ってるでしょ。
トゲトゲしい感情を抱えて家路を急ぐ。コンビニでスイーツでも買って帰ろうかと思ったけど、紗也加に振られてひとり寂しく食べるのも癪だ。ひとりじゃないかもと、一瞬良太の顔が浮かぶ。お土産にふたつ買えばいい。そうすれば学生アルバイト店員に「このおばさん、深夜に甘いもん食うんだ。しかもひとりで」とか思われなくて済む。
と、そこまで考えるといよいよ馬鹿らしくなってきた。
この世の誰一人、私に気を留めるはずがない。私の友人が誰と付き合おうが、私が恋人とうまくいっていようがなかろうが、私がいつどこで何をどれだけ買おうが、そんなこと。
結局どこにも寄らずに真っ直ぐ帰宅した。
玄関ドアを開けると真っ暗な部屋が私を待っていた。無性に我慢ならず、通勤用のパンプスを脱ぎ散らかしながらスマホを耳に宛てる。
「宇多? なに」
なに、じゃない。
なんでもない。
良太の声を聴いて意味もなく呼び出したことに気づくだなんてどうかしてる。
「良太こそ何してんの?」
トゲトゲが残っている。良太の声を聴いてほんのちょっとだけ安心した部分をトゲトゲがプチっと刺す。刺さったトゲトゲを抜くために、やっぱりシュークリームのひとつぐらい買ってこればよかった。
「さっき会社出たとこ。今日、狛ちゃんと飯じゃなかった?」
「そうだったけど、もう終わって帰ってきた」
「だったらそっち行くかな。腹減ったし」
腹減ったし、ってなんだよ。
背筋がスーッと冷えていく。いや、冷えたのは胸か、頭の中かも。
トゲトゲは思いのほか深く私を仕留めていた。
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