7 / 15
07
しおりを挟む
《久しぶり。元気? ちょっと聞きたいことがあって》
と、私からやり取りを始めた。雑談混じりな理都子の反応は普段と変わらないように感じる。話し言葉と変わらない語尾の伸ばし具合や、顔文字の使い方にスタンプの数も。話題に男が上がらないのだけが、いつもと違うと言えばそうかもしれない。さておき、理都子から詩乃という単語は出てこないから、私はあえて触れないようにする。
《それで聞きたいことって?》
《医療脱毛に興味があって。理都子やってたでしょ?》
《うん、完了済み。医療ってことはアンダー?》
《含め、全身。もちろん条件によりけりだけど。自分にお金つかうなら今のうちかなーって》
生理時の処理がらくだとか、昨今は介護される将来に備えて施術を受ける人が増えているらしいことは調査済みで、それらしくやんわり理由付けにした。
初めこそ理都子は意外に感じたようだったけれど、私の言い分に納得した。私は私で、良太が云々とは言わなかった。
《じゃぁ私が予約したげるね。友達紹介制度でお得になるから任せて~》
事前に詳細を聞けたのはありがたい。ついでに予約までしてもらえるなら勢いでいける。いまだかつてこれほど理都子に感謝をしたことがあるだろうか。私は直ちに予定を確認して理都子に「何卒!」の土下座スタンプと共に送信した。
「では施術日のご予約を」
あれよあれよと話がまとまって、私は「しっかりツルスベコース」を契約した。やるなら薄毛でなくツルスベが目標だ。
事前に剃毛の準備が必要だとか、施術にはある程度痛みが伴うことも、もろもろ了承済みである。理都子の話通りのことをサロンで聞かされて、嘘偽りなしと判断して契約の決め手になった。
判子を捺すと、ホットヨガに入会したときのようなワクワク感に加え、赤の他人に体を任せるドキドキを早くも感じた。
良太とはろくに会わないまま、なんだかんだと日々が過ぎて行く。
家で一人、ウジウジしているぐらいならヨガに行こうと思えるし、マンネリ解消術を検索するぐらいならお化粧の仕方を勉強する。少なくとも、自分の為に時間を使うことを覚えてからネガティブ思考の連鎖からは抜け出た。
「お疲れ様でしたー。んじゃ、移動しましょっか」
たった今、寿退社をする後輩の送別会を終えたところである。
会社の飲み会は習慣的に若い子が幹事を押しつけられる。今回は主役が女性かつ慶事ということで、仲の良い女性社員たちは幹事を免れた。必然的に若手男性社員ばかりが請け負うことになった。退職記念品やら店のチョイスやらに気掛かりが重なって、私にお目付け役が回ったというわけ。
「いってらっしゃい」
一次会の清算をして店を出たところで、控え目に左右に首を振る。お目付け役として幹事に混じって居残って正解だった。けれど私の役目はここまで。二次会に流れた面々は若手ばかりだろうから遠慮するのが最適解だ。
「若鶏さん二次会行かないんすか?」
「うん。いいよ、私は」
「え、なんで?」
なんでって。そんなの察しなさいよ。
今日は祝い事というせっかくの機会だから新しいシャツ型ワンピースを着てきた。普段の通勤用パンツよりいいかなって、TPOってやつを意識してみた。それがプラスに働いたんだと思う。私たちの会話を横で聞いていたひとりが気をきかせてくれた。
「僕、駅まで送りましょうか」
「そんなんいいって」
談笑しながら雑居ビルを出て──足が竦む。
良太がなんでこんなところに。
道路を挟んだ向かいのカフェのソファ席で微笑む良太を、私が見間違えるわけがない。向かいに座る女性は私と同年代か、もしかしたら少し上。落ち着いた雰囲気だけど、なんだか頼りなさ気な疲れが見え隠れしている。
足を止めた私が凝視していると、良太は女性に書類を提示した。良太の説明に合わせ、女性がページをめくる。おずおずといった感じの女性に良太が柔らかい姿勢で対応する。
──あ。
良太がテーブル縁に避けられていたシュガーポットに手を伸ばした瞬間に目が合ってしまった。一秒に満たない僅かな時間だった。良太の目が見開かれた。けど、それだけで、また仕事の顔つきに変えた。
シュガーポットを女性の前に押し出して、書類の束に目を戻す。
「みんな、早く行きな」
私も後輩たちに顔を戻したけれど、表情も声を力無いものになってしまった。
良太が仕事中なのは明らかなのに、気持ち悪いぐらい胸がざわつく。
私は適当な言葉を残して後輩の集団から離れた。カッカッカカッといまにも縺れそうな自分の足音がやけに耳障りだ。
初めて見る良太のよそ行き顔は別人だった。私の知らない良太だった。私が仕事用の顔を知らなくて当たり前なのに、切なさが静かに面積を広げていく。
クライアントの女性は、自営業者か大切な人を亡くした遺族かどちらかだと予想がつく。アンニュイなオーラで良太に頼るような視線を向けていたから、多分後者だろう。
そこまで分かるのにこんな気持ちになるなんて。
やましいことなんてないのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
いやだ。
いやだいやだ!
マイナス思考に陥る予感を振り払うように走り出した。
と、私からやり取りを始めた。雑談混じりな理都子の反応は普段と変わらないように感じる。話し言葉と変わらない語尾の伸ばし具合や、顔文字の使い方にスタンプの数も。話題に男が上がらないのだけが、いつもと違うと言えばそうかもしれない。さておき、理都子から詩乃という単語は出てこないから、私はあえて触れないようにする。
《それで聞きたいことって?》
《医療脱毛に興味があって。理都子やってたでしょ?》
《うん、完了済み。医療ってことはアンダー?》
《含め、全身。もちろん条件によりけりだけど。自分にお金つかうなら今のうちかなーって》
生理時の処理がらくだとか、昨今は介護される将来に備えて施術を受ける人が増えているらしいことは調査済みで、それらしくやんわり理由付けにした。
初めこそ理都子は意外に感じたようだったけれど、私の言い分に納得した。私は私で、良太が云々とは言わなかった。
《じゃぁ私が予約したげるね。友達紹介制度でお得になるから任せて~》
事前に詳細を聞けたのはありがたい。ついでに予約までしてもらえるなら勢いでいける。いまだかつてこれほど理都子に感謝をしたことがあるだろうか。私は直ちに予定を確認して理都子に「何卒!」の土下座スタンプと共に送信した。
「では施術日のご予約を」
あれよあれよと話がまとまって、私は「しっかりツルスベコース」を契約した。やるなら薄毛でなくツルスベが目標だ。
事前に剃毛の準備が必要だとか、施術にはある程度痛みが伴うことも、もろもろ了承済みである。理都子の話通りのことをサロンで聞かされて、嘘偽りなしと判断して契約の決め手になった。
判子を捺すと、ホットヨガに入会したときのようなワクワク感に加え、赤の他人に体を任せるドキドキを早くも感じた。
良太とはろくに会わないまま、なんだかんだと日々が過ぎて行く。
家で一人、ウジウジしているぐらいならヨガに行こうと思えるし、マンネリ解消術を検索するぐらいならお化粧の仕方を勉強する。少なくとも、自分の為に時間を使うことを覚えてからネガティブ思考の連鎖からは抜け出た。
「お疲れ様でしたー。んじゃ、移動しましょっか」
たった今、寿退社をする後輩の送別会を終えたところである。
会社の飲み会は習慣的に若い子が幹事を押しつけられる。今回は主役が女性かつ慶事ということで、仲の良い女性社員たちは幹事を免れた。必然的に若手男性社員ばかりが請け負うことになった。退職記念品やら店のチョイスやらに気掛かりが重なって、私にお目付け役が回ったというわけ。
「いってらっしゃい」
一次会の清算をして店を出たところで、控え目に左右に首を振る。お目付け役として幹事に混じって居残って正解だった。けれど私の役目はここまで。二次会に流れた面々は若手ばかりだろうから遠慮するのが最適解だ。
「若鶏さん二次会行かないんすか?」
「うん。いいよ、私は」
「え、なんで?」
なんでって。そんなの察しなさいよ。
今日は祝い事というせっかくの機会だから新しいシャツ型ワンピースを着てきた。普段の通勤用パンツよりいいかなって、TPOってやつを意識してみた。それがプラスに働いたんだと思う。私たちの会話を横で聞いていたひとりが気をきかせてくれた。
「僕、駅まで送りましょうか」
「そんなんいいって」
談笑しながら雑居ビルを出て──足が竦む。
良太がなんでこんなところに。
道路を挟んだ向かいのカフェのソファ席で微笑む良太を、私が見間違えるわけがない。向かいに座る女性は私と同年代か、もしかしたら少し上。落ち着いた雰囲気だけど、なんだか頼りなさ気な疲れが見え隠れしている。
足を止めた私が凝視していると、良太は女性に書類を提示した。良太の説明に合わせ、女性がページをめくる。おずおずといった感じの女性に良太が柔らかい姿勢で対応する。
──あ。
良太がテーブル縁に避けられていたシュガーポットに手を伸ばした瞬間に目が合ってしまった。一秒に満たない僅かな時間だった。良太の目が見開かれた。けど、それだけで、また仕事の顔つきに変えた。
シュガーポットを女性の前に押し出して、書類の束に目を戻す。
「みんな、早く行きな」
私も後輩たちに顔を戻したけれど、表情も声を力無いものになってしまった。
良太が仕事中なのは明らかなのに、気持ち悪いぐらい胸がざわつく。
私は適当な言葉を残して後輩の集団から離れた。カッカッカカッといまにも縺れそうな自分の足音がやけに耳障りだ。
初めて見る良太のよそ行き顔は別人だった。私の知らない良太だった。私が仕事用の顔を知らなくて当たり前なのに、切なさが静かに面積を広げていく。
クライアントの女性は、自営業者か大切な人を亡くした遺族かどちらかだと予想がつく。アンニュイなオーラで良太に頼るような視線を向けていたから、多分後者だろう。
そこまで分かるのにこんな気持ちになるなんて。
やましいことなんてないのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。
いやだ。
いやだいやだ!
マイナス思考に陥る予感を振り払うように走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
円山ひより
恋愛
湯沢蕗(ユザワ フキ) 28歳
スターブルー・ライト航空株式会社 グランドスタッフ
×
向琉生(ムカイ ルイ) 32歳
スターブルー航空株式会社 副操縦士
「ーーじゃあ、俺と結婚しようか」
さらりと言われた言葉。
躊躇いのないプロポーズが私の心を乱す。
「大切にすると約束する」
指先に落とされた、彼の薄い唇の感触に胸が詰まった。
私は祖母の遺言に則って実家のカフェを守るため、あなたは広報動画出演の影響による数々の迷惑行為対策と縁談よけに。
お互いの利益のための契約結婚。
『――もう十分がんばっているでしょう』
名前も知らない、三年前に偶然出会った男性。
孤独と不安、さみしさ、負の感情に押しつぶされそうになっていた私を救ってくれたーーきっと、訓練生。
あの男性があなたであるはずがないのに。
どうして、同じ言葉を口にするの?
名前を呼ぶ声に。
触れる指先に。
伝わる体温に。
心が壊れそうな音を立てる。
……この想いを、どう表現していいのかわからない。
☆★☆★☆★☆
こちらの作品は他サイト様でも投稿しております。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
氷雨と猫と君〖完結〗
カシューナッツ
恋愛
彼とは長年付き合っていた。もうすぐ薬指に指輪をはめると思っていたけれど、久しぶりに呼び出された寒い日、思いもしないことを言われ、季節外れの寒波の中、帰途につく。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる