Tの事件簿

端本 やこ

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お仕事体験編

02

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 多色パレットが会議机の上で所在なさげにしている。
 捜査官たちの装いはよく言って葬祭用で、有り体に言えば地味だ。就業規則に定められている範囲といえば聞こえがいいものの、ミッションにはとうてい見合わない。
 亜紀が持ち込んだ整髪料やプチプラコスメも活躍しそうだ。

「さて。やりますか!」

 真新しい化粧品を手にするとテンションが上がるものだ。亜紀はコスメのパッケージを開けつつ、自分のポーチも探る。

「もしできたらでいいんですが……セクシー系なんて難しいです、よね?」

 女性警察官がモジモジしながら懇願の目で訴えた。体育会系に見えるのは短めに切り揃えられた黒髪のせいだろう。

「そんだけ背高いんだから、いくらでもセクシー系決まるでしょ」

 小柄な亜紀は背丈のある女性警察官に混ざると埋もれてしまう。皮肉が滲み出たのはご愛嬌として欲しいところだ。
 希望のイメージを掴むために芸能人の名前をいくつか挙げる。が、どれもピンとこないのか依頼主は口元を堅く歪めるだけだった。

「えっと、その。川原さんみたいな感じで」

 依頼主の美穂に釣られて、亜紀は少し離れたところに目をやった。
 橙子の周囲を惹きつける能力は天性のもので、談笑を交えて事に当たっている。

「ハイハイ、あれねー。でも、また何で?」
「……好きな人にフラれて。せめて見た目だけでもなんとかなるならって」
「見返したい男がいるんだ?」

 亜紀は、美穂の目尻にアイラインを描きこむ。

「なんともならなければ、今度こそ諦めます」
「男? それともクールビューティを?」
「両方、かな」

 美穂は諦めのつかない恋心を持て余していると、別の捜査官が横から口を挟んだ。片思いを続けるのは自由だが見ているのも辛いと憂いを滲ませる。

「そこまで真っ直ぐに想ってたら状況変わるかもしれないじゃん」
「フラれるだけならまだしも怒らせちゃったから。勢い余った私が悪いんですけどね」

 断わられてなお、一夜の思い出を要求し食い下がったのがいけなかった。

「やるね」

 亜紀は美穂のガッツを称えつつも苦笑を禁じ得なかった。

「それさ、仮に相手にしてもらったらもっと苦しんだでしょ」
「はい。たぶん」

 美穂は唇を噛んで頷いた。気持ちに正直なのだ。

「さっきも言ったけど、色恋なんていつどこでどう転がるかわかんないって!」

 亜紀には美穂の素直さが羨ましい。諦めるなと応援したくもなる。

「私も他の女にぞっこんな男に惚れてんだよねー」

 お互い頑張ろうと激励する。と、穴が開くほど見つめられてしまった。
 そんな美穂の反応は、亜紀にとって予想外のものだった。

「まさか森下さんも久我島さんを?」
「は? ちゃうちゃう! そっかー。ごめん。前言撤回。あのふたりに限ってはどうにも変わんない」

 亜紀は神妙に宣告した。
 美穂の顔から表情が抜けた。
 捕り物直前に気分を下げてしまったのは申し訳ないが、美穂が本気だからこそ嘘はつけない。

「罪作りな人だよね。橙子先輩は」

 俊樹、美穂、そして亜紀。もしかしたら、他にもいるかもしれない。この会議室内だけでも、何人もの詮方ない想いが存在している。
 切なくて堪らない。
 亜紀に出来るはなむけは、美穂の恋心へのせめての手向けになるだろうか。精一杯きれいにしてあげようと、アイライナーを持つ手に力が入る。

***

 女性の雰囲気は化粧一つで変わるものだ。
 年下の女性陣に囲まれた橙子は、スマホで検索した手法に挑戦したりと楽しんでいた。

「橙子先輩、ミニワンピの袋どれ?」

 大手ファストファッションブランドでセール品を買い漁ってきた。余れば自分で使うと、手当たり次第籠に入れる亜紀を橙子は半ば諦めて眺めていた。サイズも組み合わせ次第でどうにでもなると言うのは小柄だからこそだと少し妬ましく思ったが、どれも数百円なので止めなかった。

「はいこれ! あと、これね。アクセは適当に分けて!」

 凄まじい勢いで捌いていく後輩を眺め、橙子は仕事でもこれぐらいの働きを見せて欲しいと思わずにはいられない。適材適所に人員を使うのは簡単なようで、そうではない。亜紀の能力を非凡に終わらせるかは、管理職である自分たちにかかっている。
 亜紀は何処に放り込まれても染まり切らず、かといって馴染まないわけではない。輪の中心になれる存在でリーダー的ポジションにも向いている。そして、橙子は何事にも手を抜かず一生懸命な亜紀の姿勢を評価している。
 そろそろ別の部署なり支店なりに出てもいい頃だ──などと考えを馳せていると、打合せを終えた男性捜査官たちが戻ってきた。
 女性捜査官たちの変化を認めてどよめき、上司たちもこれならばと安堵の表情を見せる。

「さて、こっからが本番」
「亜紀ちゃん、そろそろお暇するわよ」
「何言ってんですか! この可愛い子ちゃんたちのエスコート役も何とかしないと」
「可愛い子ちゃんって、アンタね」

 時々オジサン化するのは亜紀の仕様だ。
 化粧映えした女性たちも満更ではない表情で、滲み出る自信が更にかわいく見せる。外部との出会いを求めて合コンを掛け合っていたが、今ならここでカップルが誕生しそうだ。
 
「橙子~、休みにごっめーん♪」

 聞き慣れた声にホッとして、橙子は声の主を探す。
 にこにこといつも通りの俊樹と、その横に立つ徹は対象的だ。橙子でさえ初めて見るほどの渋面を張り付かせている。

「暇してたから大丈夫。ほら、これね」

 俊樹と徹、それぞれに押しつけるように紙袋を持たせた。サンキュと受け取った俊樹はふらふらと亜紀に向かった。

「まとめて請求しろ」
「気にしないで。私服で使えそうなの選んだし、ほぼ家から持ってきたから」

 俊樹の着替えは全て買い揃えたが、徹の用意は家から持ち出したものもある。

「あっちはそういう訳にいかんだろ」
「亜紀に出させるとでも?」
「……だな。すまん」

 徹のぶっきらぼうな物言いに笑いが込み上げる。深く刻まれた眉間と割り切れない様子がいじらしく見えてしまう。

「お色気全開コーデ見てから帰ろっかな」

 徹がぴしりと固まって、手にした紙袋を睨む。

「モテちゃうから気をつけて」
「ハァ、、、くそメンドクセェ」

 橙子がにんまりした顔を向けると、見下ろす徹の瞳は少しだけ感情が生まれていた。

『ねーっ、橙子先輩やっばいよ! お巡りさん達、超絶イイ身体♡』

 離れたところで亜紀が声を張った。無遠慮に若手警察官の胸板や腹筋をお触りしている。
 亜紀の無双は継続中だ。

「あの山猿、相変わらず自由だな」
「ホントさっきからもう……羨ましい。私も触っとこ」
「引くわー」
「若い子触れる機会なんてめったにないんだもん」
「……」

 徹に疑惑を含む冷たい目を向けられ、橙子は背中がゾクゾクする。自分のマゾヒズムに気がついたのは、徹と出会ってからだ。

「触られるのは恐い顔したオジサン刑事限定だけどね♪」
「オッサンしかいなくて残念だな」
「これがまた最高なんすわ。大人の色気とか余裕とか」
「左様か」

 徹が適当にあしらいだしたのがわかってしまう。
 少しは照れないものかと期待した橙子の思惑は不発に終わった。
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