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お仕事体験編
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「ちょ! 橙子、これっ」
俊樹が紙袋をあらためて声を上げた。一つだけラッピングされた箱を開け、驚いた顔を見せている。
「全部亜紀チョイスだからクレームはそっちにね」
「そうじゃなくて! これ高いやつじゃん」
「それはプレゼント」
「尾野さん気にしなーい。橙子課長稼ぎいいんだからもらっときなって」
それにしてもと小脇に箱を抱えてつかつかと歩み寄って来た俊樹は、ところ構わず橙子を抱き締めた。
「覚えててくれたんだ」
「遅れちゃったけどね」
亜紀と買い物をしている途中、俊樹の誕生日を思い出したのだった。確か先週のはずだと呟いて、亜紀が反応した結果だ。
橙子は俊樹の肩を軽く叩いて応えた。
「さんきゅな」
「ん。おめでと」
プレゼントしたのは靴だ。ハイブランドとは言わずとも学生やそれに近い若手では手を出しずらいランクのもので、亜紀曰く人気が高いのだとか。
「ちなみに、亜紀からでもあるからね」
そうなの? と俊樹が少し距離を開けた。その隙を突くように、隣から長い脚が伸びた。
「ッて!」
「いつまでそうしてんだ」
お礼だと口を尖らせた俊樹に、再度徹の長い脚がとんだ。橙子にとっては平素そのものな流れだが、周囲は珍しい物を見る目を向けている。
「亜紀ちゃんもありがとね」
「それだけぇ?」
「しょうがないなぁ。ほら」
俊樹がおいでと言わんばかりに亜紀に向かって手を広げた。
「バカなの?」
「紛れもなく」
「うっわ。行ったよ、あの子」
「あれも馬鹿だろ」
徹は呆れる橙子を残して、着替えるぞと俊樹の頭を叩いて連れて行った。
***
体格の良い男性陣は少し着こなしを変えるだけで見栄えが良くなる。橙子は髪型や眉毛を整えたりと手伝いながら、嬉々として手を入れていく亜紀の仕事を大したもんだと眺めていた。
「ね~橙子先輩。お巡りさんたち、動画で勉強し始めたよ。超ウケるんだけど!」
「こら亜紀っ」
クラブの雰囲気やらを予習せんと、大画面プロジェクターで映像が流れ出す。初心者なら初心者なりに回りを見て楽しめばいいというのも正論だが、大量に初心者を送り込むには捜査上懸念されるのも分かる。
そこで初めて、橙子は徹のクラブ活動歴について考えた。
俊樹はともかく、徹が自ら盛り場へ赴くとは考え難い。踊る徹なんてもってのほかだが、ナンパの一つや二つと言うなら考えられなくもない。
……。
率直にいやだった。
「おい。これ、わからん」
「ぃっ」
勝手に心許ない思考に陥っていた橙子は徹本人の声に肩が飛び跳ねた。
徹が手にしているのは皮のブレスレットだ。橙子が買い求めたもので、一度も使われず包装されたままだった。この機会を逃したら出番はないと、出かけに引っ掴んできた。
「貸して」
ブレスレットと一緒に左手も受け取って、時計に並べて二周巻き付ける。留め具に嵌めるだけなのだが、これさえ煩わしがる徹は「らしい」と思う。ついでに、そんな彼を愛おしく思ってしまうのだから重症だ。
「何だ?」
「着こなすなぁ。鼻血出そう」
大人の上品なカジュアル感が出ていてる。頭から足元まで徹のために作られたような仕上がりに、橙子は心底惚れ惚れと見入ってしまう。
「いるかコレ?」
橙子の感想を無視した徹は、手首を振りながら鬱陶しそうに眉を顰めている。
「いるね」
徹の不機嫌は、照れが一割、残りはまだ今夜の仕事を渋っての八つ当たりのようなものだ。
「そんなに嫌なんだ」
「他人事だと思って笑うな」
余計に可笑しくなった橙子はクスクスしながら、徹のシャツの袖を少し捲る。大好きな腕の絶対領域をおいしく仕上げ、そのまま襟、裾と処理を進めた。
「本当、素敵ですよ」
「そりゃどうも」
「折角だから髪もいじろっか」
「いらん」
「若く見せなきゃなんでしょ」
徹は盛大な溜息を吐いて、会議用テーブルに腰を引っ掛けた。橙子の手が届く位置まで低くなり「好きにしろ」とでも言いた気な態度だが、「適当によろしく」であると橙子は理解する。
前髪を流すいつものスタイルでも、少しワックスをつけるだけで色気が増す。
「スーツでもちゃんとセットしたらいいのに」
「俺に合わせて起きられるのか」
「私がやるの?」
「俺がやるとでも?」
橙子が「もう」と微笑ましく呆れると、徹がフッと空気を和らげた。眉間から消滅した皺が、ほんの少しだけ目尻に移動した。
「……おーい、お二人さん。そーゆーのは家でやってくんね?」
俊樹の声でここが会議室である事を思い出す。「イチャつくよねぇ」という苦々しい文句には、橙子も徹も返す言葉がない。
「橙子。俺バングアップ~」
「はいはい」
俊樹のリクエストに素直に従うしかない。チラリと徹を見遣れば、至って普段通りだ。眉間に皺が戻りつつあっても、殺伐とした雰囲気は薄れた。日野に仰せつかった任務は完了だ。
「トッシーも似合ってるじゃん」
「亜紀ちゃんなかなかのセンス」
「うん。ちゃらい感じ出てるわー。同じ歳とは思えない」
「俺の方が若く見えるからって僻むな」
「うわっ。純粋にムカつく」
橙子はくだらない会話を繰り広げつつも、さっさと片付けて退散しなければと亜紀の姿を探していた。
俊樹が紙袋をあらためて声を上げた。一つだけラッピングされた箱を開け、驚いた顔を見せている。
「全部亜紀チョイスだからクレームはそっちにね」
「そうじゃなくて! これ高いやつじゃん」
「それはプレゼント」
「尾野さん気にしなーい。橙子課長稼ぎいいんだからもらっときなって」
それにしてもと小脇に箱を抱えてつかつかと歩み寄って来た俊樹は、ところ構わず橙子を抱き締めた。
「覚えててくれたんだ」
「遅れちゃったけどね」
亜紀と買い物をしている途中、俊樹の誕生日を思い出したのだった。確か先週のはずだと呟いて、亜紀が反応した結果だ。
橙子は俊樹の肩を軽く叩いて応えた。
「さんきゅな」
「ん。おめでと」
プレゼントしたのは靴だ。ハイブランドとは言わずとも学生やそれに近い若手では手を出しずらいランクのもので、亜紀曰く人気が高いのだとか。
「ちなみに、亜紀からでもあるからね」
そうなの? と俊樹が少し距離を開けた。その隙を突くように、隣から長い脚が伸びた。
「ッて!」
「いつまでそうしてんだ」
お礼だと口を尖らせた俊樹に、再度徹の長い脚がとんだ。橙子にとっては平素そのものな流れだが、周囲は珍しい物を見る目を向けている。
「亜紀ちゃんもありがとね」
「それだけぇ?」
「しょうがないなぁ。ほら」
俊樹がおいでと言わんばかりに亜紀に向かって手を広げた。
「バカなの?」
「紛れもなく」
「うっわ。行ったよ、あの子」
「あれも馬鹿だろ」
徹は呆れる橙子を残して、着替えるぞと俊樹の頭を叩いて連れて行った。
***
体格の良い男性陣は少し着こなしを変えるだけで見栄えが良くなる。橙子は髪型や眉毛を整えたりと手伝いながら、嬉々として手を入れていく亜紀の仕事を大したもんだと眺めていた。
「ね~橙子先輩。お巡りさんたち、動画で勉強し始めたよ。超ウケるんだけど!」
「こら亜紀っ」
クラブの雰囲気やらを予習せんと、大画面プロジェクターで映像が流れ出す。初心者なら初心者なりに回りを見て楽しめばいいというのも正論だが、大量に初心者を送り込むには捜査上懸念されるのも分かる。
そこで初めて、橙子は徹のクラブ活動歴について考えた。
俊樹はともかく、徹が自ら盛り場へ赴くとは考え難い。踊る徹なんてもってのほかだが、ナンパの一つや二つと言うなら考えられなくもない。
……。
率直にいやだった。
「おい。これ、わからん」
「ぃっ」
勝手に心許ない思考に陥っていた橙子は徹本人の声に肩が飛び跳ねた。
徹が手にしているのは皮のブレスレットだ。橙子が買い求めたもので、一度も使われず包装されたままだった。この機会を逃したら出番はないと、出かけに引っ掴んできた。
「貸して」
ブレスレットと一緒に左手も受け取って、時計に並べて二周巻き付ける。留め具に嵌めるだけなのだが、これさえ煩わしがる徹は「らしい」と思う。ついでに、そんな彼を愛おしく思ってしまうのだから重症だ。
「何だ?」
「着こなすなぁ。鼻血出そう」
大人の上品なカジュアル感が出ていてる。頭から足元まで徹のために作られたような仕上がりに、橙子は心底惚れ惚れと見入ってしまう。
「いるかコレ?」
橙子の感想を無視した徹は、手首を振りながら鬱陶しそうに眉を顰めている。
「いるね」
徹の不機嫌は、照れが一割、残りはまだ今夜の仕事を渋っての八つ当たりのようなものだ。
「そんなに嫌なんだ」
「他人事だと思って笑うな」
余計に可笑しくなった橙子はクスクスしながら、徹のシャツの袖を少し捲る。大好きな腕の絶対領域をおいしく仕上げ、そのまま襟、裾と処理を進めた。
「本当、素敵ですよ」
「そりゃどうも」
「折角だから髪もいじろっか」
「いらん」
「若く見せなきゃなんでしょ」
徹は盛大な溜息を吐いて、会議用テーブルに腰を引っ掛けた。橙子の手が届く位置まで低くなり「好きにしろ」とでも言いた気な態度だが、「適当によろしく」であると橙子は理解する。
前髪を流すいつものスタイルでも、少しワックスをつけるだけで色気が増す。
「スーツでもちゃんとセットしたらいいのに」
「俺に合わせて起きられるのか」
「私がやるの?」
「俺がやるとでも?」
橙子が「もう」と微笑ましく呆れると、徹がフッと空気を和らげた。眉間から消滅した皺が、ほんの少しだけ目尻に移動した。
「……おーい、お二人さん。そーゆーのは家でやってくんね?」
俊樹の声でここが会議室である事を思い出す。「イチャつくよねぇ」という苦々しい文句には、橙子も徹も返す言葉がない。
「橙子。俺バングアップ~」
「はいはい」
俊樹のリクエストに素直に従うしかない。チラリと徹を見遣れば、至って普段通りだ。眉間に皺が戻りつつあっても、殺伐とした雰囲気は薄れた。日野に仰せつかった任務は完了だ。
「トッシーも似合ってるじゃん」
「亜紀ちゃんなかなかのセンス」
「うん。ちゃらい感じ出てるわー。同じ歳とは思えない」
「俺の方が若く見えるからって僻むな」
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