世界の黄昏を君と共に

東雲兎

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ありきたりな始まりで

5.5話

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 わたしこと、ヴェータ・クルースニクは戦争が嫌いだった。

 辛い事しか起きない戦争が嫌いだった。

 父と母を奪った戦争が嫌いだった。

 どこかで誰かを傷つける戦争が嫌いだった。

 けど、魔族はそんなの御構い無しに今も攻めてきているのだ。だから魔族は嫌い。

 わたしは聖教国の兵士だ。戦う道を選んだのだ。奪われたくないから、だから相手から奪う。







「っ!」

 地面に叩きつけられて意識が浮上する。わたしは即座に自分が置かれた状況を思い出した。
 先ほどの砲撃で吹き飛ばされたのだと理解して、体に魔力を流す。

 ダメージを受けた部分を確認するためだ。そして確認した傷を治癒するために力を注ぐ。これ以上、力を使い過ぎなければ無傷と同じ動きができると思ってたよりも冷静に分析できた。ふと視界の端にわたしの武器であるアーミーナイフが近くに落ちている。
 ほぼ反射的にナイフへと手を伸ばし、こちらへと近づいてくる敵の魔物を察知する。おそらく、先ほどの砲撃の時に魔物の縛りが切れたのだろう。でなければこんな直ぐに現れるはずがない。

『ブモゥゥゥ!!』

 視認したのは牛型の魔物だ。数は三体で大きさはわたしの二倍はゆうにある。けどあれは図体がデカいだけの魔獣だ。だから対抗策を即座に考えついた。

 最初に魔力を片方の手のひらに集め始めておく。そして反対の手でナイフを構えて突貫する。

 あわやぶつかるといったところでスライディングで魔物の脚の間を潜り抜ける。

 踏まれたら痛いだろうけど突撃以外なら動けないダメージにはならないと解析した。

 そして脚が通り過ぎる瞬間に現れた太い尻尾の先を掴み、そこを支点に跳ね上がった。魔物の首にしがみつき、そのまま喉元にナイフを突き刺した。

『ブモゥゥ!!?!?』

 捻る事で血が吹き出る。命が消えていくのがわかる。

 内心、己が感じた返り血への嫌悪感に悪態をつきながら、首を半分斬り裂いた。

 バランスを失い、倒れこむ魔物から離脱して回転しながら着地する。

 そこへ残る二体がわたしを挟むように襲いかかってきた。このままでは一瞬で潰れてしまうだろう。しかし避けようにも着地したばかりで動ける余裕がない。



「っぅ!」

 咄嗟に地面に向けてこの時のために集めておいた変換した魔力を解放し、暴風を生み出す。

 反動でわたしの体は空へと飛び上がり、相手がいなくなった魔物はお互い減速すらできずに激突する。

 ふらつく魔物

 目下の魔物へ向けて腰から取り外した魔法が込められた手榴弾である魔榴弾を投げつけた。

『ブモゥォゥ!?!!!!!』

 投げつけられた球体から炎が咲き誇り、魔物を焼き尽くした。
 苦しそうにのたうちまわる魔獣に更に風を叩きつけて燃やし尽くす。息をすればするほど苦しくなる。
 鳴き声すら聞こえなくなり、そのまま魔物は絶命する。

 取り敢えず、周囲に敵らしき気配はない。だからこそ少し思考を別の方向に向ける余裕ができた。

「みんな、撤退できたかな……?」

 そもそもわたしがここにいるのは撤退の遅れていた部隊を援護するために命令無視してでもやってきたからだ。逃げ切ってもらわねば困ると息をついた。

 爆煙で黒くなりつつある空を見上げて、視界の端で何か飛行するものを見つけた。魔族の爆撃機だ。どうやら相手は本気でこの戦場を殲滅するつもりらしい。たしかに、ここは植物とかが生えにくい環境だが、普通そこまでするだろうか? と考えたところでそもそも戦争をする奴にマトモな奴なんていないのに気づいて無毛な思考に終止符を打った。

「……逃げないと」

 流石に爆撃機の所まで届く武器が今は無い。正直、ここにいるのは得策じゃない。全力で魔法盾を使えば可能かもしれないが、そんなのしたい人間なんていない。

 だからわたしは武器をしまって全力で戦場を離脱する。

 その数秒後、戦場は爆撃によって焦土と化した。













 私は皇国の生き残りだ。

 未だにあの日々の事を夢に見る。

 父が魔族の侵攻によって燃え落ちた国と運命を共にし、指先からすり潰されるように消耗しながら三十万という人を連れて撤退戦をせざるおえない状況で、次々と人が倒れていった状況で、微かな希望すら持たせてもらえない状況で……何の因果か私は生き延びた。生き延びてしまった。

 生き延びた先で、倒れた人達が私に向けて呪詛を吐きながら追い縋ってくる。何故お前が生き残ったのだと男の声。助けてよと女の声。何故見捨てたのかと老人の声。痛いよぉと子どもの声。数々の私を呪う声が責め立てる。生き残ってしまった私を追い詰め続ける。

 私は呪詛の大合唱から耳を塞いで逃げ続ける。でも結局、最後には追いつかれていつも目が覚める。

 私には生き残ったと喜ぶことは出来るはずがなかった。辛かった。呼吸をする命を繋ぐことが途方もなく痛かった。

 でも生きることから逃げ出すことは出来なかった。死んでしまえば義務が果たせない。この罪を償う事ができなくなる。それがとても恐ろしかった。

 つまりはここにいるのは自分の犯した罪に押しつぶされそうになっている小物なんだ。

 だから、重圧に押しつぶされないように、私は偽りの名前と共に生きていく。何者でもないただの冒険者シルとして。己を偽りながら……
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