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第二十六話 ダンジョン維持機関ホープ
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「ハストン、頼むよー。僕、このままだと犯罪者扱いなんだ。クラスメイトに追い回されるのは困るんだ」
「わかった。わかったから……」
『おしゃべり妖精亭』のカウンターで僕はダンディなマスターに頼み事をしている。
開店前に来たから冷たい態度なのだと思っていたら、理由は違うところにあるらしい。
ハストンが大きなため息をついた。
「また、あの家に連絡取るのか。苦手なんだよなぁ……ラッセルドーン……」
「そうなの? ハストンってあの二人以外は苦手な人いないと思ってたけど」
彼がはっきり苦手意識を持っているのは、元パーティメンバーの二人だけだったと記憶している。
前の世界では、「そこそこの雑談力さえあれば、世渡りできるし誰とでも話せる」と自慢げに胸を叩いていた。
その割にモテなかったのは不思議だけど。
そんなハストンが、苦手を口にする人物――ラッセルドーン。
「勢いがな……すごいんだ。熱量っていうのか? 何となくあの二人と通じる部分がないか? こっちが全然ペースをつかめないところとか」
「ま、まあ……そうかもね」
昨日の一幕を思い出して、僕は苦笑いする。
色んな意味でラールセンやアネモネではたちうちできない人なのは間違いない。
あのあとラールセンは特別トレーニングをさせられたのだろうか。
「でも、ラッセルドーンにダンジョンの手続きの件を話さないといけないんだ」
「ハルマが直接行くのはどうなんだ? ラッセルドーンには気に入られてるっぽいって言ってただろ?」
「たぶん歓迎してくれるし、顔も知られているから構わないけど、あの家にはできるだけ近づきたくないんだ……色々と……もし家族の人と会うとややこしいことになるから、変装がいるし」
「そうか、嫌なら仕方ないな。俺から手続きを頼むって手紙出しとくか。ただ……どうなんだろうな?」
ハストンはそこまで言って眉を寄せた。
「問題があるの? まさか手続きにお金がいるとか?」
「『ダンジョン維持機関:ホープ』ってやつは色々と謎が多くてな。実際何をやってるか俺もいまいち知らないんだが、管理者の交代の手続きには金はいらなかったと思う。ただ、本人確認は厳格だった」
「ほんにんかくにん?」
「偽名を使うような探闘者は認めないとか聞いた記憶がある」
「え?」
「それと、交代の場合は前の管理者と新しい管理者が同時に行かなきゃならなかったはず」
「……えぇっ!? 僕も行くの!? ラッセルドーンと一緒に!?」
「そうなる。ウインドって名前で登録できるかな? 俺も昔、ホープから説明書をもらったんだが……なにせ古いしな」
ハストンが腕組みをしてうーんと唸る。
奥に引っ込み、分厚い紙束を持ってきてぱらぱらめくった。すぐにお手上げのポーズをとった。
「聞いた方が早そうだな。まあ、とりあえずラッセルドーンに手紙は出しとく。返事が来たら連絡するから」
「う、うん……結構大変なんだね」
「かと言って、ホープに従わないと目をつけられるしな。裏の仕事をしてると色々耳にはいるが、ろくなことにはならないっぽいぞ。全力で歯向かってみるか?」
「手続きはしたくないーって駄々をこねるの? 冗談だよね?」
「冗談だ」
軽く笑うハストンが肩をすくめた。
案外、本気なのかもしれない。直感だけど、いい印象を持ってなさそうな感じだ。
僕は話を変えるように尋ねた。
「そういえば、ハストンの持ってるダンジョンって何が取れるの? 食べ物?」
何気ない質問。
なのに、なぜかハストンがおろおろと視線をさまよわせて逃げた。
「ハストン?」
「い、いやー、まあ……食べ物ではない……かな」
「武器とか魔術ってこと?」
「それも……違うな……」
「まさか、宝石とか!?」
僕の声にハストンが「違う、違う」と首を振った。どうも答えてくれなさそうだ。
「ハルマが……もう少し大人になったら教えてやる」
「……うん」
前の世界では同じ年齢だったのに、その様子はすっかり年上の大人だ。
積み重ねてきた年齢みたいな深さを感じて、僕は口をつぐんだ。
だいぶ前に手に入れたダンジョンを手放さない――きっと、ハストンにとって大事なものなんだろう。
***
ラッセルドーンから返事が来たのは一週間後だった。
おしゃべり妖精亭に届き、ハストンから渡された手紙には、こう書かれていた。
――すっかり忘れていた。
あとは、ホープの前でいつ落ち合おう、とだけ。
おおざっぱな性格がにじみ出ている。まあ、僕も全然知らなかったので何とも言えないけど。
「返事が遅いから催促したんだぜ」と苦笑いするハストンによると、ラッセルドーンはかなり忙しいそうだ。
数々のダンジョン管理者を相手に飛び回っていて、ほとんど屋敷にいないとか。
その間を縫って、新しく見つかるダンジョンに挑もうとするのだから、本当にすごい人だ。
ただ、この一週間で、アネモネの心象はさらに悪くなってしまったに違いない。
***
「あの人が時間にルーズなことは予想してたよ」
やるせなく独り言をつぶやく。
約束の時間を過ぎること三十分が経過。
僕はその間、『ダンジョン維持機関:ホープ』のレンガ壁に背を預け、腕組み中だ。
背の高い建物の正面玄関にはいかめしい門がある。不思議と守衛なんかはいない。
中に入っていく人は意外と多く、年齢も様々だ。
隙の無いウインドを演じている僕は、微動だにせず、そんな人たちを眺めている。
が――さすがに視線がつらくなってきた。
「あの人、まだいるよ?」
「誰、あれ?」
「変な格好……」
目元と口元だけ出したルーブ鋼の青い仮面。白と青の中間色の長い毛のかつら。青いローブ。
怪しい男が、仮面越しに睨んでいるとでも思われているのだろう。
うさんくさそうな視線と、痛い人を見るような視線がつらい。
それもこれもこの格好が問題なのだ。
僕が何度「地味な装備を」と頼んでも、「それを超える傑作は作れない」とハストンは言う。なんだかんだ、これが気に入ってるんだなと薄々わかってきた。
ハストンは作った物を自慢したいタイプだからだ。
「ああ……早く来てください……」
「こっちから迎えに行った方がいいんじゃないか?」
プニオンとひそひそ話を繰り返しながら、僕は居心地の悪さに肩を落とした。
ラッセルドーンが現れたのは、それからさらに15分が過ぎたころだった。
たとえ、お付き合いしている女性であっても怒っていい遅刻だと思う。
***
「いやー、すまんなハルマくん」
「……今はウインドです」
「おっと、そうだった」
「……人がいないのを確認してくれるなら、そんなに大きな声で言わなくてもいいんじゃないですか?」
「気づいたか。私の視線の動きを見抜けるのは君くらいだ」
「はあ……わかりました。行きましょう」
この人と正面からやりあうべきじゃない。
さっさと手続きを済ませてしまった方が良さそうだ。
ラッセルドーンは今日もびしっとスーツを着こなしている。濃い茶髪に口ひげ。スプライトの濃紺スーツにワインレッドのネクタイはトレードマークなのだろう。
門をくぐり、中庭らしき場所を抜ける。
驚いたのは、その間に出会った人たちと握手していることだ。
すれ違った誰もがラッセルドーンの姿に驚き、尊敬のまなざしを向ける。
探闘者たちにとってはレジェンドなのだ。
照れくささや憧れを顔に表し、おずおずと握手を求める彼らは、本当にうれしそうだ。
「まあ、僕にとっては天敵……だけど」
「何か言ったかね?」
「いえ。ところで、ダンジョンの譲り受け手続きは、どこでするのですか? 正面の受付でいいんですか?」
建物に入ると、むわりと熱気を感じた。人の多さと、活気からくるものだ。
ラッセルドーンは見知った人間に片手で挨拶しながら「ここは、探索許可を出す場所だ」と答えて、右端の通路に進む。
顔パスなのだろう。フロアにいる職員もにこにこ見送るだけだ。
突然「なんで、許可できないんだ!」という大きな声が聞こえたが、対応している職員は「決められた以上の量を持ち出したからですね」と淡々と答えていた。
初めて入ったけれど、何かと忙しそうだ。
「ダンジョンを譲るケースはまれだ。普通は手に入れたものを手放さんからな。だから譲渡係のやつらは年中暇だ」
ラッセルドーンが笑いながら言う。廊下にびりびりと響いていて、聞こえた職員が気を悪くしていないか冷や冷やする。
「たくさんのダンジョンを持っていても、譲ろうと思うことはないんですか?」
僕は先を歩くラッセルドーンに尋ねた。
と、迷いなく歩く彼がぴたりと足を止めて振り返った。口端がにやりと上がっている。
「ないな」
「そうですか……」
「ダンジョン最奥の部屋は、生半可な嗅覚では見つからない。優れた探闘者としてのプライドが許さんのだ――半端なやつに譲ることをな。見つけたのは私だ」
ラッセルドーンの瞳が細く形を変える。
ぞっとするような威圧感を放っている。大型の肉食獣が獲物を狙うような、そんな目だ。
廊下の気配が静まり返る。
通ってきた窓口での喧騒が遠くなったように感じた。
ラッセルドーンの表情がふわりと緩む。
「だが、君は別だ――そういうことだ」
「どうも……」
「相変わらず、つまらん反応だ。この国にいて、私に認められるという重みがわからないわけではあるまい」
「また戦いを挑まれるんじゃないかと、びくびくしていまして」
「心配しなくとも、私の中の獅子が暴れ出すまではそんなことはしない」
ラッセルドーンはそう言って、廊下の奥の部屋の扉を押し開けた。
長身の身をかがめるようにして入り、僕が続く。
そこは五人ほどが座れる程度の小さなスペースだった。
左手に受付のようなカウンター。右手に木製の丸椅子が数脚。そして、受付嬢と奥にもう一人。
ラッセルドーンが「着いたぞ」と腕組みをして椅子にかけた。ぎしぃっときしむ音が鳴る。
そして、茶髪の受付嬢が立ち上がった。
「こんにちは」
抑揚の少ない声だ。
ラッセルドーンが応じるように軽く片手を上げた。
「久しぶりだな。お父さんは元気かね?」
「相変わらず、ラールセンとの関係ばかり聞いてくるので嫌いです。『今日は進展したのか?』が口癖です」
「変わってないようで何よりだ。だが、うちの息子は、とある人物にぞっこんでな。つれない態度をとっていると思うが許してやってほしい」
「わかってます。そっちの――」
少女の薄い茶色の瞳が、すうっと動いた。形の良いつり目が、まるで刀のように鋭さを増した。
「ウインドが気になってしょうがないみたいですから」
受付嬢は無表情で告げた。
よく知った顔。クラスメイトのターニャだ。
僕の背筋に冷たい汗が流れた。
「わかった。わかったから……」
『おしゃべり妖精亭』のカウンターで僕はダンディなマスターに頼み事をしている。
開店前に来たから冷たい態度なのだと思っていたら、理由は違うところにあるらしい。
ハストンが大きなため息をついた。
「また、あの家に連絡取るのか。苦手なんだよなぁ……ラッセルドーン……」
「そうなの? ハストンってあの二人以外は苦手な人いないと思ってたけど」
彼がはっきり苦手意識を持っているのは、元パーティメンバーの二人だけだったと記憶している。
前の世界では、「そこそこの雑談力さえあれば、世渡りできるし誰とでも話せる」と自慢げに胸を叩いていた。
その割にモテなかったのは不思議だけど。
そんなハストンが、苦手を口にする人物――ラッセルドーン。
「勢いがな……すごいんだ。熱量っていうのか? 何となくあの二人と通じる部分がないか? こっちが全然ペースをつかめないところとか」
「ま、まあ……そうかもね」
昨日の一幕を思い出して、僕は苦笑いする。
色んな意味でラールセンやアネモネではたちうちできない人なのは間違いない。
あのあとラールセンは特別トレーニングをさせられたのだろうか。
「でも、ラッセルドーンにダンジョンの手続きの件を話さないといけないんだ」
「ハルマが直接行くのはどうなんだ? ラッセルドーンには気に入られてるっぽいって言ってただろ?」
「たぶん歓迎してくれるし、顔も知られているから構わないけど、あの家にはできるだけ近づきたくないんだ……色々と……もし家族の人と会うとややこしいことになるから、変装がいるし」
「そうか、嫌なら仕方ないな。俺から手続きを頼むって手紙出しとくか。ただ……どうなんだろうな?」
ハストンはそこまで言って眉を寄せた。
「問題があるの? まさか手続きにお金がいるとか?」
「『ダンジョン維持機関:ホープ』ってやつは色々と謎が多くてな。実際何をやってるか俺もいまいち知らないんだが、管理者の交代の手続きには金はいらなかったと思う。ただ、本人確認は厳格だった」
「ほんにんかくにん?」
「偽名を使うような探闘者は認めないとか聞いた記憶がある」
「え?」
「それと、交代の場合は前の管理者と新しい管理者が同時に行かなきゃならなかったはず」
「……えぇっ!? 僕も行くの!? ラッセルドーンと一緒に!?」
「そうなる。ウインドって名前で登録できるかな? 俺も昔、ホープから説明書をもらったんだが……なにせ古いしな」
ハストンが腕組みをしてうーんと唸る。
奥に引っ込み、分厚い紙束を持ってきてぱらぱらめくった。すぐにお手上げのポーズをとった。
「聞いた方が早そうだな。まあ、とりあえずラッセルドーンに手紙は出しとく。返事が来たら連絡するから」
「う、うん……結構大変なんだね」
「かと言って、ホープに従わないと目をつけられるしな。裏の仕事をしてると色々耳にはいるが、ろくなことにはならないっぽいぞ。全力で歯向かってみるか?」
「手続きはしたくないーって駄々をこねるの? 冗談だよね?」
「冗談だ」
軽く笑うハストンが肩をすくめた。
案外、本気なのかもしれない。直感だけど、いい印象を持ってなさそうな感じだ。
僕は話を変えるように尋ねた。
「そういえば、ハストンの持ってるダンジョンって何が取れるの? 食べ物?」
何気ない質問。
なのに、なぜかハストンがおろおろと視線をさまよわせて逃げた。
「ハストン?」
「い、いやー、まあ……食べ物ではない……かな」
「武器とか魔術ってこと?」
「それも……違うな……」
「まさか、宝石とか!?」
僕の声にハストンが「違う、違う」と首を振った。どうも答えてくれなさそうだ。
「ハルマが……もう少し大人になったら教えてやる」
「……うん」
前の世界では同じ年齢だったのに、その様子はすっかり年上の大人だ。
積み重ねてきた年齢みたいな深さを感じて、僕は口をつぐんだ。
だいぶ前に手に入れたダンジョンを手放さない――きっと、ハストンにとって大事なものなんだろう。
***
ラッセルドーンから返事が来たのは一週間後だった。
おしゃべり妖精亭に届き、ハストンから渡された手紙には、こう書かれていた。
――すっかり忘れていた。
あとは、ホープの前でいつ落ち合おう、とだけ。
おおざっぱな性格がにじみ出ている。まあ、僕も全然知らなかったので何とも言えないけど。
「返事が遅いから催促したんだぜ」と苦笑いするハストンによると、ラッセルドーンはかなり忙しいそうだ。
数々のダンジョン管理者を相手に飛び回っていて、ほとんど屋敷にいないとか。
その間を縫って、新しく見つかるダンジョンに挑もうとするのだから、本当にすごい人だ。
ただ、この一週間で、アネモネの心象はさらに悪くなってしまったに違いない。
***
「あの人が時間にルーズなことは予想してたよ」
やるせなく独り言をつぶやく。
約束の時間を過ぎること三十分が経過。
僕はその間、『ダンジョン維持機関:ホープ』のレンガ壁に背を預け、腕組み中だ。
背の高い建物の正面玄関にはいかめしい門がある。不思議と守衛なんかはいない。
中に入っていく人は意外と多く、年齢も様々だ。
隙の無いウインドを演じている僕は、微動だにせず、そんな人たちを眺めている。
が――さすがに視線がつらくなってきた。
「あの人、まだいるよ?」
「誰、あれ?」
「変な格好……」
目元と口元だけ出したルーブ鋼の青い仮面。白と青の中間色の長い毛のかつら。青いローブ。
怪しい男が、仮面越しに睨んでいるとでも思われているのだろう。
うさんくさそうな視線と、痛い人を見るような視線がつらい。
それもこれもこの格好が問題なのだ。
僕が何度「地味な装備を」と頼んでも、「それを超える傑作は作れない」とハストンは言う。なんだかんだ、これが気に入ってるんだなと薄々わかってきた。
ハストンは作った物を自慢したいタイプだからだ。
「ああ……早く来てください……」
「こっちから迎えに行った方がいいんじゃないか?」
プニオンとひそひそ話を繰り返しながら、僕は居心地の悪さに肩を落とした。
ラッセルドーンが現れたのは、それからさらに15分が過ぎたころだった。
たとえ、お付き合いしている女性であっても怒っていい遅刻だと思う。
***
「いやー、すまんなハルマくん」
「……今はウインドです」
「おっと、そうだった」
「……人がいないのを確認してくれるなら、そんなに大きな声で言わなくてもいいんじゃないですか?」
「気づいたか。私の視線の動きを見抜けるのは君くらいだ」
「はあ……わかりました。行きましょう」
この人と正面からやりあうべきじゃない。
さっさと手続きを済ませてしまった方が良さそうだ。
ラッセルドーンは今日もびしっとスーツを着こなしている。濃い茶髪に口ひげ。スプライトの濃紺スーツにワインレッドのネクタイはトレードマークなのだろう。
門をくぐり、中庭らしき場所を抜ける。
驚いたのは、その間に出会った人たちと握手していることだ。
すれ違った誰もがラッセルドーンの姿に驚き、尊敬のまなざしを向ける。
探闘者たちにとってはレジェンドなのだ。
照れくささや憧れを顔に表し、おずおずと握手を求める彼らは、本当にうれしそうだ。
「まあ、僕にとっては天敵……だけど」
「何か言ったかね?」
「いえ。ところで、ダンジョンの譲り受け手続きは、どこでするのですか? 正面の受付でいいんですか?」
建物に入ると、むわりと熱気を感じた。人の多さと、活気からくるものだ。
ラッセルドーンは見知った人間に片手で挨拶しながら「ここは、探索許可を出す場所だ」と答えて、右端の通路に進む。
顔パスなのだろう。フロアにいる職員もにこにこ見送るだけだ。
突然「なんで、許可できないんだ!」という大きな声が聞こえたが、対応している職員は「決められた以上の量を持ち出したからですね」と淡々と答えていた。
初めて入ったけれど、何かと忙しそうだ。
「ダンジョンを譲るケースはまれだ。普通は手に入れたものを手放さんからな。だから譲渡係のやつらは年中暇だ」
ラッセルドーンが笑いながら言う。廊下にびりびりと響いていて、聞こえた職員が気を悪くしていないか冷や冷やする。
「たくさんのダンジョンを持っていても、譲ろうと思うことはないんですか?」
僕は先を歩くラッセルドーンに尋ねた。
と、迷いなく歩く彼がぴたりと足を止めて振り返った。口端がにやりと上がっている。
「ないな」
「そうですか……」
「ダンジョン最奥の部屋は、生半可な嗅覚では見つからない。優れた探闘者としてのプライドが許さんのだ――半端なやつに譲ることをな。見つけたのは私だ」
ラッセルドーンの瞳が細く形を変える。
ぞっとするような威圧感を放っている。大型の肉食獣が獲物を狙うような、そんな目だ。
廊下の気配が静まり返る。
通ってきた窓口での喧騒が遠くなったように感じた。
ラッセルドーンの表情がふわりと緩む。
「だが、君は別だ――そういうことだ」
「どうも……」
「相変わらず、つまらん反応だ。この国にいて、私に認められるという重みがわからないわけではあるまい」
「また戦いを挑まれるんじゃないかと、びくびくしていまして」
「心配しなくとも、私の中の獅子が暴れ出すまではそんなことはしない」
ラッセルドーンはそう言って、廊下の奥の部屋の扉を押し開けた。
長身の身をかがめるようにして入り、僕が続く。
そこは五人ほどが座れる程度の小さなスペースだった。
左手に受付のようなカウンター。右手に木製の丸椅子が数脚。そして、受付嬢と奥にもう一人。
ラッセルドーンが「着いたぞ」と腕組みをして椅子にかけた。ぎしぃっときしむ音が鳴る。
そして、茶髪の受付嬢が立ち上がった。
「こんにちは」
抑揚の少ない声だ。
ラッセルドーンが応じるように軽く片手を上げた。
「久しぶりだな。お父さんは元気かね?」
「相変わらず、ラールセンとの関係ばかり聞いてくるので嫌いです。『今日は進展したのか?』が口癖です」
「変わってないようで何よりだ。だが、うちの息子は、とある人物にぞっこんでな。つれない態度をとっていると思うが許してやってほしい」
「わかってます。そっちの――」
少女の薄い茶色の瞳が、すうっと動いた。形の良いつり目が、まるで刀のように鋭さを増した。
「ウインドが気になってしょうがないみたいですから」
受付嬢は無表情で告げた。
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