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62 門の前から祭りをお知らせします
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「はい、お祭りの際の注意書きなので読んでくださいね。現在、門番スルー期間中でーす。ご自由にどうぞー。開会式までもう少しでーす」
平べったい体をふよふよと空中に浮かべたフワマルは、頭に黒いシルクハットを乗せている。奇怪な紋章が描かれた真ん丸の頭。服は黒いスーツ。
どこかの紳士のようで、コミカルな動き。
彼は現在、ヴィヨンの町の『第一回ポーレット祭』の案内係のような役目を担っている。
白雪城から唐突に「お祭りをするので門番は休業ね。これ客にまいて宣伝して」という指示が来て以来、せっせとチラシを渡している。
今日も順調だ。
やってくる来訪者は、全員が「祭りやるの?」と不思議そうな顔して、「へぇ、祭りか。いいね」と相好を崩す。
厳しい入場チェックをこなす毎日からすると、何て楽な仕事なのだと思わずにはいられない。
もちろん、これでいいのか、と自問は尽きないが。
「兄ちゃん、悪い人、入っちゃわないかな?」
「2号よ、それは言いっこなしだ。長いものには巻かれろという言葉を知らないのか」
まだ経験の浅い小型の自分。2号さえ、その矛盾に気づく。
宣伝の仕事をがんばるほど、門番としての仕事はできていないということになる。
手の中で減っていくチラシの数が、ノーチェックで通過した人の数なのだ。
「大丈夫だ。祭りの期間中は教祖プルルス様の配下が絶対の警備を敷くそうだ。2号も見ただろ? 広場にあっというまに出来上がったコロシアムを。神業みたいなことができる人たちだぞ」
「うん、見た。どうやって作ったんだろう。あんなにおっきいの」
2号がふわりと浮かんで町の中央を眺める。
ちょうど中央には巨大な円形の壁で囲った一角があった。それこそポーレット祭の開会式会場兼バトルドーム。
フワマルも気づいたら建造が終わっていたので、まったく作り方はわからない。
「決まってるだろ。土魔法で、どーん、だ」
「どーん、かぁ。兄ちゃん、僕もどーん、してみたい。あっ、でも、あれ水じゃない? 土魔法じゃないかも」
「……どっちでもいいんだ。門番を極めればきっとできるはず」
「そうだね! 悪い人を通さない仕事だもんね」
「そうだ、そうだ」
屈託なく「がんばるぞ」と空中を旋回する2号。
フワマルは可愛らしく動く小さな2号を眺めながら、この二日ほどの間にやってきた客の姿を思い出す。
門番を長くやっていると、自然と、その人物が危険人物か否かということは直感でわかるものだ。
背筋に震えがやってくる人物や、力はそこまでだが何か隠している人物など、気づくことは多い。
その中で、二本の角を生やした群青色の髪のヴァンパイアは特に危険だった。
筋骨隆々の彼は、教祖プルルス直筆の招待状を持っていた。
もちろん入場理由など尋ねないし、止めない。止められるわけがない。
プルルスが呼ぶ客なのだ。聞かずともどういう人物かは予想がつく。
その翌日は、似たような雰囲気を纏いつつ、刀のような鋭利さを持ち合わせた女性のヴァンパイアがやってきた。
こちらは見るからに抜き身の刃のような印象だった。
物腰柔らかに微笑むのだが、目を逸らしたくなるほどの威圧感があるのだ。
なので、招待状を確認し、「どうぞー」と、さっさと通した。
門をくぐる時に小さな笑い声を漏らしていて、ぞっとした。
門番の仕事を外してもらって良かった――と心底安堵したものだ。
そう言えば、タヌキ族の少女のヴァンパイアもやってきた。彼女も強そうだったが、「真夜姫の居場所知らない?」と迷子の子どものような顔をしていた。
もちろん「知らない」と答えた。
だいたい、最強のヴァンパイアと呼ばれる『真夜姫』が町にいたら、『教祖』と死闘になって、ヴィヨンの町は崩壊しているに違いない。
想像するだけで、背筋がうすら寒い。
「何か変わったことはありますか?」
フワマルの背中に声がかかる。
フワマルはくるりと振り返った。法衣に身を包んだ銀髪の男性だった。
ウリエルというらしい。この年若そうな男性は、真祖教会のトップだ。
人間とヴァンパイアの王が開いたお祭りに進んで協力したらしい。真祖教会も随分と様変わりしたものだ。
まして、部下も連れずにトップが直々に町を見回るとは。
「今日もありがとうございます」
「巡回のついでですので、気になさらずに」
ウリエルは人当たりの良い人物だ。
真祖教会のシスターたちにも修行も兼ねて町の警護をさせているという。
ウリエル本人は「あまり腕には自信がなくて」と謙遜するが、フワマルは得体の知れない何かを、この人物から感じている。
強さというのか、包み込む大きさというのか。教会のトップであるからには、何かあるのだろう。
しかし、深入りはしない。
何も触れるな、と直感が告げているからだ。
ついでに、敵に回すな、と。長い経験は嘘をつかない。
「特に、問題はなさそうですね」
「ええ、チラシを配っているだけなので」
ウリエルが門の周囲をゆっくりと眺めて頷いた。
今日はいつも以上に出入りする者が多いが、大抵はポーレット祭目当てだ。
特に暴力沙汰も起こっていない。
ウリエルがなぜか少し残念そうな顔を見せつつも、「では、巡回を続けますので」と身を翻す。
と、わっと町の中央で歓声があがった。
そろそろ、開会式が始まるころだった。
開会式が終われば、チラシ配りも終わっていいと言われている。
2号を連れて、『ちっちゃなケーキ屋さん』に行こう。
名物のリリカステラが超格安で手に入る。さらに、ポーレット祭に合わせて作ったという10段重ねのタワーのようなケーキが無料で振る舞われるらしい。
色鮮やかな赤と白、そしてピンク色のクリームと、てんこ盛りのフルーツ。
『朗報! ヴィヨンの町で結婚式をあげる人には、ウェディングケーキ半額!』
と大きなのぼりも立っていた。
名物にでもしたいのだろう。
今朝、出勤途中に、氷の壁で四方を囲まれているそのケーキを見かけて思わずよだれが垂れた。
家より背の高いケーキなんて、食べきるのにどれだけ時間がかかるだろう。
できることなら、あれをたらふく食べて、酒を飲んで寝たい。
2号は酒が苦手なので、果実入りのスカッシュを与えよう。
いや、せっかくの祭りを見て回るなら、食べ歩きがいいか。
フワマルは、とりとめのない想像に身を任せながら、ふわふわと上空を眺めながら浮遊する。
天空には今日も鳥のような影が、たくさん舞っている。
平べったい体をふよふよと空中に浮かべたフワマルは、頭に黒いシルクハットを乗せている。奇怪な紋章が描かれた真ん丸の頭。服は黒いスーツ。
どこかの紳士のようで、コミカルな動き。
彼は現在、ヴィヨンの町の『第一回ポーレット祭』の案内係のような役目を担っている。
白雪城から唐突に「お祭りをするので門番は休業ね。これ客にまいて宣伝して」という指示が来て以来、せっせとチラシを渡している。
今日も順調だ。
やってくる来訪者は、全員が「祭りやるの?」と不思議そうな顔して、「へぇ、祭りか。いいね」と相好を崩す。
厳しい入場チェックをこなす毎日からすると、何て楽な仕事なのだと思わずにはいられない。
もちろん、これでいいのか、と自問は尽きないが。
「兄ちゃん、悪い人、入っちゃわないかな?」
「2号よ、それは言いっこなしだ。長いものには巻かれろという言葉を知らないのか」
まだ経験の浅い小型の自分。2号さえ、その矛盾に気づく。
宣伝の仕事をがんばるほど、門番としての仕事はできていないということになる。
手の中で減っていくチラシの数が、ノーチェックで通過した人の数なのだ。
「大丈夫だ。祭りの期間中は教祖プルルス様の配下が絶対の警備を敷くそうだ。2号も見ただろ? 広場にあっというまに出来上がったコロシアムを。神業みたいなことができる人たちだぞ」
「うん、見た。どうやって作ったんだろう。あんなにおっきいの」
2号がふわりと浮かんで町の中央を眺める。
ちょうど中央には巨大な円形の壁で囲った一角があった。それこそポーレット祭の開会式会場兼バトルドーム。
フワマルも気づいたら建造が終わっていたので、まったく作り方はわからない。
「決まってるだろ。土魔法で、どーん、だ」
「どーん、かぁ。兄ちゃん、僕もどーん、してみたい。あっ、でも、あれ水じゃない? 土魔法じゃないかも」
「……どっちでもいいんだ。門番を極めればきっとできるはず」
「そうだね! 悪い人を通さない仕事だもんね」
「そうだ、そうだ」
屈託なく「がんばるぞ」と空中を旋回する2号。
フワマルは可愛らしく動く小さな2号を眺めながら、この二日ほどの間にやってきた客の姿を思い出す。
門番を長くやっていると、自然と、その人物が危険人物か否かということは直感でわかるものだ。
背筋に震えがやってくる人物や、力はそこまでだが何か隠している人物など、気づくことは多い。
その中で、二本の角を生やした群青色の髪のヴァンパイアは特に危険だった。
筋骨隆々の彼は、教祖プルルス直筆の招待状を持っていた。
もちろん入場理由など尋ねないし、止めない。止められるわけがない。
プルルスが呼ぶ客なのだ。聞かずともどういう人物かは予想がつく。
その翌日は、似たような雰囲気を纏いつつ、刀のような鋭利さを持ち合わせた女性のヴァンパイアがやってきた。
こちらは見るからに抜き身の刃のような印象だった。
物腰柔らかに微笑むのだが、目を逸らしたくなるほどの威圧感があるのだ。
なので、招待状を確認し、「どうぞー」と、さっさと通した。
門をくぐる時に小さな笑い声を漏らしていて、ぞっとした。
門番の仕事を外してもらって良かった――と心底安堵したものだ。
そう言えば、タヌキ族の少女のヴァンパイアもやってきた。彼女も強そうだったが、「真夜姫の居場所知らない?」と迷子の子どものような顔をしていた。
もちろん「知らない」と答えた。
だいたい、最強のヴァンパイアと呼ばれる『真夜姫』が町にいたら、『教祖』と死闘になって、ヴィヨンの町は崩壊しているに違いない。
想像するだけで、背筋がうすら寒い。
「何か変わったことはありますか?」
フワマルの背中に声がかかる。
フワマルはくるりと振り返った。法衣に身を包んだ銀髪の男性だった。
ウリエルというらしい。この年若そうな男性は、真祖教会のトップだ。
人間とヴァンパイアの王が開いたお祭りに進んで協力したらしい。真祖教会も随分と様変わりしたものだ。
まして、部下も連れずにトップが直々に町を見回るとは。
「今日もありがとうございます」
「巡回のついでですので、気になさらずに」
ウリエルは人当たりの良い人物だ。
真祖教会のシスターたちにも修行も兼ねて町の警護をさせているという。
ウリエル本人は「あまり腕には自信がなくて」と謙遜するが、フワマルは得体の知れない何かを、この人物から感じている。
強さというのか、包み込む大きさというのか。教会のトップであるからには、何かあるのだろう。
しかし、深入りはしない。
何も触れるな、と直感が告げているからだ。
ついでに、敵に回すな、と。長い経験は嘘をつかない。
「特に、問題はなさそうですね」
「ええ、チラシを配っているだけなので」
ウリエルが門の周囲をゆっくりと眺めて頷いた。
今日はいつも以上に出入りする者が多いが、大抵はポーレット祭目当てだ。
特に暴力沙汰も起こっていない。
ウリエルがなぜか少し残念そうな顔を見せつつも、「では、巡回を続けますので」と身を翻す。
と、わっと町の中央で歓声があがった。
そろそろ、開会式が始まるころだった。
開会式が終われば、チラシ配りも終わっていいと言われている。
2号を連れて、『ちっちゃなケーキ屋さん』に行こう。
名物のリリカステラが超格安で手に入る。さらに、ポーレット祭に合わせて作ったという10段重ねのタワーのようなケーキが無料で振る舞われるらしい。
色鮮やかな赤と白、そしてピンク色のクリームと、てんこ盛りのフルーツ。
『朗報! ヴィヨンの町で結婚式をあげる人には、ウェディングケーキ半額!』
と大きなのぼりも立っていた。
名物にでもしたいのだろう。
今朝、出勤途中に、氷の壁で四方を囲まれているそのケーキを見かけて思わずよだれが垂れた。
家より背の高いケーキなんて、食べきるのにどれだけ時間がかかるだろう。
できることなら、あれをたらふく食べて、酒を飲んで寝たい。
2号は酒が苦手なので、果実入りのスカッシュを与えよう。
いや、せっかくの祭りを見て回るなら、食べ歩きがいいか。
フワマルは、とりとめのない想像に身を任せながら、ふわふわと上空を眺めながら浮遊する。
天空には今日も鳥のような影が、たくさん舞っている。
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