スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと

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月夜の下で

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「いい攻めだった。動きも申し分ない」
「ありがとうございます!」
「少し休憩にしよう」

 持っていた盾を地面に放り投げたサルコスに、薄水色の髪を揺らした女性が頭を下げた。鼻筋のとおった美しい顔立ちにみずみずしいピンク色の唇――シーラは額の汗をぬぐって剣を月光にさらす。
 練習用として与えられた剣に刃こぼれはない。フェイト家のガーディアン候補ともなれば、与えられる練習用の武器も破格のものだ。

「それにしても、サルコスさんは体力がすごいですね」

 シーラは感嘆の声を上げた。二十になったばかりのシーラの夜間稽古につきあった上、日中はフェイト家の家兵の訓練も見ているらしい。
 引退も近い年齢であるのに、最後まで体力切れは見られなかった。

「俺はシーラと違って攻めずに守っているだけだからだ」

 大したことじゃないと片手を振ったが、シーラはそうは思わない。剣を振るう人間に対し、動きを予測しながら盾を操ることは長時間できるものではない。

「慣れれば、ある程度の勘が働くようになる」

 サルコスは苦笑いしながらシーラを見る。何を考えていたか、顔に出ていたらしい。

「稽古はアズリーお嬢様が帰るまでという約束だったが、だいぶ長引いたようだな」
「こんなに遅いのは久しぶりじゃないでしょうか」
「余程、話が弾んだらしい」

 サルコスが遠方を見やった。
 ちょうどアズリーを含めた五人が正門を通って敷地に入ってきたところだった。先頭には黒貴重のシックな服に身を包む家兵のバレット。アズリーの周囲を固める数人の中でも、槍にオリジナル魔法を併用して戦う彼は特に強い。
 フェイト家に見初められてから一年ほどだが、模擬戦ではまだ一度も勝てていない相手だ。戦闘中に熱くなる癖が無ければ、ガーディアン候補の一人になれたそうだ。
 と、周囲を囲まれていたアズリーがサルコスとシーラに気づいたようだ。
 濃緑のドレスから伸びた白く細い腕が月夜の下で勢いよく振られた。

「……まずいな」

 サルコスが怖がるように小さな声でつぶやいた。
シーラが不思議に思って聞く。

「どういう意味ですか?」
「シーラには、お嬢様がどう見える?」
「どうって言われましても……とてもお元気そうで、嬉しそうです」
「そう見えるなら、まだ観察力が足らん。あれは、パーティで精一杯我慢してきたから、今から怒りをぶちまけるぞ、という顔だ」
「考えすぎでは?」
「……来たぞ」

 サルコスが一歩、二歩とさりげなく下がる。
 自然とシーラが先頭になったところに、アズリーがドレスだということを忘れたような走り方で近づいてきた。ほほ笑んでいると思った顔には、確かに青筋が立っていた。
 さすがの観察力だ。シーラは内心で感心しながら、深呼吸したアズリーの言葉を待つ。
 そして――

「最悪のパーティだった」

 上がった顔には影が張り付いていた。そう錯覚するほど陰鬱だった。
 だいぶ酔っているのか、目は充血し呂律が怪しい。ゆだった顔から酒気が漂っているかのようだ。

「いつも嫌だけど、今日はほんと最悪」
「な、なにがお嫌だったのですか?」

 いつもの優しいアズリーではない。据わった目が怖い。少し前に勤めていたザイトランの店でもお目にかかれないような表情だ。しかも、彼女は元高位の冒険者。魔法で攻撃してくるのではと思わず身構えた。

「パーティだと……いつも男性に言い寄られるの。あっ、私が美人とかじゃないの」
「……はあ」
「みんな言うの。『お父上は私の憧れです』って。『将軍はお元気ですか』って」

 寂しそうに視線を落としたアズリーは、シーラの腕をつうっと人差し指で撫でる。手首まで降りて、また肘に戻った。
 相当酔っている。
 シーラは助けを求めて首を回すが、サルコスは息を潜めて無言で首を振った。姿が薄くなっているようにすら見える。
 まさかスキルを使っているのではと疑ってしまう。

「アースロンド将軍は、誰もが憧れるお方ですから」
「別にそれはいいの」

 アズリーの即答。
 当たり障りの無い言葉を選んだシーラはぽかんと口を開けた。
 これは、厄介なタイプの酔っ払いだ、と経験豊富な彼女は確信した。
 聞いて欲しいくせに、なかなか素直には言い出さない。サルコスが後ろに下がった理由がよくわかった。同時に、さっきまで抱いていた尊敬の気持ちが、がらがらと崩れた。
 シーラは生贄にされたのだ。
 そのことを露ほども知らないアズリーが彼女にしなだれた。同じ身長なのに、視線が下から上がってくる。瞳に熱が混じっている。

「今日はね、女性ばっかり。みーんな綺麗でかわいい子。高い宝石や、香水をつけた子が、こぞって年上の私を囲むの」
「なぜ……でしょう?」
「なぜだと思う?」

 アズリーが瞳を潤ませて、酒臭い息を吐いてシーラの胸に聞いた。
 ――分かるわけがない。
 耐え兼ねて勢いよく首を回した。そして白けた。サルコスがさらに距離を取っている。こうなることを知っていて撤退するつもりだろうか。
 頼りにならない師弟関係だなとあきれ果てていると、酔っ払いが押し倒す勢いで詰め寄った。

「みーんな言うの! 『竜伐ってすごいことですわ』『国の歴史にも残る偉業ですね』って」
「なるほど」
「声を揃えて『今度サナトさんもパーティに連れてきてくださいね』って!」
「そう……ですか……」
「私だって、そうなったらどんなにうれしいか!」

 シーラは、そうっと視線を外した。ここから先は聞いても記憶には残さないと決めた。
 そんな忠臣の思いやりに気づかず、アズリーが感極まったように肩を掴んで揺さぶる。元冒険者はさすがに力が強い。がくがくと首が揺れた。
 木になったつもりで目をつむっていると、主の苛立ちがピークになってきたのか声量が上がる。

「でも、サナトさん、ぜんっぜん連絡くれないし、学園で問題起きたら、手を貸すって言ってるのに、少しも頼ってこないし! 顔だって見に来ないの! 決闘でイース家を退けたとか、すごい魔法使えるとか――そんなのとっくに私は分かってるの!」
「それは……まあ、妹のエティルの話ではあの方もお忙しいと――」
「そのうえ、『竜伐』ってなに!? 竜って二人で倒せるわけ!? 魔法効かないし、剣も通らないのに!?」
「たぶん、無理でしょうね……」
「あの人、ぜぇったい嘘ついてる!」
「それは……」
「大魔法使いからもらったんじゃなくて、あの人がそうなのよ! ぜぇーったい! 意味深な態度もぜーぇんぶ演技!」

 完全に呂律がおかしい。言っていることもシーラには意味不明だ。
 だから、放っておこう。
 酔っ払いの言うことは真に受けてはいけない。ここまで酔っているからには、きっと翌朝には自分の家の敷地内で叫んだことも忘れているだろう。
 アズリーの体が糸が切れたように崩れ落ちた。
 慌てて両脇に手を通して支える。そして、ようやく近づいて来たサルコスに恨みがましい瞳を向けた。

「これもガーディアンの仕事のうちでしょうか?」

 少しばかり嫌みをぶつけたが、サルコスは悪びれることなく頷いた。

「良い主人だろ? 酒に酔って素が出てもこの程度だ。俺なら酒場が静まり返るくらいのことは言っている。自由の身から重圧を背負って頑張っているんだ。たまには許してやってくれ」
「いい話にしてまとめようとしていませんか?」
「そんなつもりはまったくない。本当にそう思っているだけだ。シーラは、今のを見てガーディアンを辞めたくなったか?」
「さすがにそれはないです」
「良かった。お嬢様の望みが叶えば、とは思うが、こればかりはな……勲章と家名持ちとなると、俺の力ではもうどうにも。目のつけどころは悪くなかったが、遅きに失した。どんな手を使っても、彼を内に引き込んでおくべきだった」

 サルコスはやるせなさそうに頭を掻いた。
 フェイト家に入ることになればサナトは確実に家名を捨てさせられるだろう。ヒイラギとフェイトでは重みがまったく違う。
 しかし、それはさらにサナトの不満を買うだろう。

「お嬢様、しっかりしてください」

 シーラはアズリーを抱きかかえた。夜風は気持ちいいが、主人の体を冷やすのは良くない。サルコスの「代わろうか」という言葉に首を振って断る。
 これはガーディアンの仕事だ。

「サナトさん……か」

 シーラは店での出会いを思い出しながら歩き出した。

『これからの冒険者生活にシーラさんの今までの努力を少しでも分けていただこうかと』

 冗談めかしていたが、あの時の手を握る動作は真剣そのものだった。まさか、『竜伐』を成功させるほどの冒険者だとは思いもよらなかった。
 けれど、出会えてよかった。

『サナトさんは強くなれずに諦めたことはなかったのですか?』
『毎日諦めましたよ。けれど、次の日にはまた剣を振っていました。自分は強くなれないと認めるのが怖かったのかもしれません』

 今も鮮明に会話を覚えている。
 シーラはあの言葉とザイトランが死んで自由になったタイミングで、剣を再び手にしたのだ。
 妹のエティルが、レベルが見えるという異能を活かしてギルドで働き始めたというのも後押しだった。
 自分が守るべき身内は旅立った。あとは、好きなように生きれば良い。
 そうして挑んだ、王国内の合同訓練の場で、サルコスの目に留まったのだ。

「まだまだだが、光るものがある」
 サルコスは本当に厳しかった。これ以上いないと思っていた父と比肩するほど、容赦なくシーラを鍛えた。
 けれど、そのかいあって、短時間でフェイト家の家兵であるバレットに肩を並べるほどに成長した。
 時折、バレットから、好意を寄せるような視線を向けられるようになったのも、その頃だ。店で培った人の視線に敏感というのも意外と役立つ。
 だが、まだ早い。
 シーラは、腕の中で小さな寝言を言ったアズリーに視線を落としてほほ笑んだ。

「私は強くなります。いずれは竜を倒せるほどに」

 それは、未来に希望を抱く者の決意の言葉だった。
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