北のギルド長は最速秒速で退職したい~とにかく全部まかせるよ~

深田くれと

文字の大きさ
9 / 27

北のギルド長は望んでいません

しおりを挟む
 油断していた。『警報』の原因は時間だろうか、それともツノブタの歩数が召喚主のものだとカウントされたのか。
 どちらにしろ、厄日である。

「散開っ!」

 ガレックの対応は速かった。たるんでいるなどとは口にしていても、反応の速さや対応力は、やはり騎士団だ、と納得するものだった。
 団員も同じだ。

 即座に危険を察知した彼らは、空から高熱の突風を吹き下ろしつつやってきた悪魔に鋭い視線を向けた。
 それは真っ赤なモンスターだった。
 城の城門を思わせる巨大な体躯。人間程度ならひと噛みで引きちぎれそうな黒い嘴。重厚な音を立てて広げた両羽は、まるでこの場にいる全員を抱擁しようとしているかのようだった。

 ――深紅鷹(クリムゾンホーク)である。

 B級ランクの鷹は、普段人間に興味を示さない。彼らの餌は、骨ばった人間ではなく、野生モンスターだからだ。家畜を狙うことも無いことはないが、クリムゾンホークは野生の生き物を好む。特にブタとイノシシが好物だとか。
 
 ん? ブタ?

「なぜ、こんな街中にクリムゾンホークが!?」
「縄張り以外にはめったに現れないクリムゾンホークが、人里に!?」
「年中、空を飛んでいるというモンスターが、よりにもよって中央エリアに舞い降りただと!?」
「……」

 バルマンやヴァイが険しい瞳を向けて、剣を構えている。
 だが、王都屈指のリデッドの始末屋たちに戦意を向けられても、クリムゾンホークはどこ吹く風である。
 王者のような風格を漂わせる鷹は、黄色い瞳をぎょろりと動かして周囲を睥睨する。
 ガレック、バルマン、ヴァイ。順に視線が注がれ、とある場所でぴたりと止まった。

 ――ツノブタのいる場所である。

 まさか自分ですか!? 悲愴な顔をしたツノブタは、遥か格上のモンスターの出現に、短い尾を丸め、丸みを帯びた体をしきりに震わせた。
 僕は食べ物じゃない、僕は食べ物じゃない。
 そう言わんばかりに瞳を潤ませて、ちょこんと地面に体を降ろした。
 無抵抗の証である。

 が、捕食者は都合が良いと瞳を邪悪に曲げると、食事の宣言をするように吠えた。鷹とは程遠い肉食獣の咆哮に近い。

「攻撃!」

 ガレックの掛け声で戦端が開かれた。
 バルマンが最初に飛び出し、その首に剣を叩きつけた。
 と、思ったのだが、クリムゾンホークは予期していたのか、半身を動かしバックステップでかわした。体に似合わず早い。
 すごいモンスターだ。本当にB級だろうか。そういえば記憶より少し大きい気がする。

「《スネークバインド》」「《アンチムーブ》」

 動きを警戒したのだろう、魔法職の騎士たちが数人、次々と拘束系と移動阻害系の魔法を放つ。クリムゾンホークの両脚に奇妙な光る蛇が巻き付き、灰色の靄がその上に張りついた。
 しかし、クリムゾンホークがうっとうしそうに真っ赤な両羽を広げる。一瞬空が染まったかと思うほどの炎が吹き荒れた。
 すさまじい熱量。舐めるように己の体を這った炎は、あっさりと拘束魔法を破壊した。
 あちらこちらから、息を呑む音が聞こえる。

「……ほんとにB級か?」

 経験豊富な第六騎士団が、クリムゾンホークの強さに唖然としている。
 さすが『警報』でやってくるモンスターは一味違うようだ。
 感心している場合じゃないけど。
 ちなみに――僕が呼んだブタたちはずっと震えている。戦意はゼロだ。

「下がれ、全員補助を。街に降りるようなことは許すな」

 ガレックが厳めしい顔で剣を抜いた。
 部下たちに任せると万が一があると警戒したのだろう。
 長剣の刀身に紫電が走る。小さな竜がのたうつように光りを飛ばす剣は、刀剣型ヘリテージ『四つの暴力(クアッドバイオレンス)』と呼ばれている。
 第六騎士団団長ガレックが強いと言われる理由の一つだ。
 麻痺、火傷、そして攻撃力と攻撃範囲。すべての性能を高いレベルで備える淡い紫色の剣はリデッドとの集団戦で比類なき強さを見せると聞く。

 目の前で見られるとはとても光栄だ。
 クリムゾンホークを呼んでしまった僕が言うのは申し訳ないが。

「ふむ……警戒する頭もあるようだな」

 ガレックが『四つの暴力』を軽く振った。紫電が広範囲にバチバチと弾けたのを目の当たりにしたクリムゾンホークの目つきがかわる。

 こいつは強いな。
 そんな強者同士でしかわからない意思疎通があるのだろうか。ガレックも応じるように微笑を浮かべる。
 高まる緊迫感。
 剣の冴えではナンバーワンと言われていたバルマンも固唾を飲んでいる。一触即発の力のぶつかり合いが始まろうとする、その時――

「ブゥブゥッ」

 黒い塊が戦場を駆けた。
 うん、ブタですね。

 三匹のツノブタは、虎と竜のにらみ合いのプレッシャーに耐えきれなかった。豚足を必死に動かし、強者の目に留まらないうちに一目散に駆け出した。

 ――召喚主に向かって。

 召喚モンスターは倒されると消える。だが、自分で消える場合は、元の召喚陣に触れる必要がある。
 僕の視線の先で薄っすら光を放つ緑の魔法陣は、ツノブタにとって帰還ゲートなのだ。
 三匹は瞬く間に魔法陣に乗ると、心の底から安堵したような顔で、光を放って消えた。

 ――召喚主を置いて。

 水を差された強者たちが、呆けた視線を向けていた。
 僕は吐き気を抑えて、肩をすくめた。

「……仕方のない仔ブタたちだ」

 毒にも薬にもならないセリフに、ガレックが「そう来るとは」と、感心したように相づちを打った。
 意味深な表情は、きっと何か勘違いしている。

「久しぶりに剣を振りたいとは思ったが、お任せしましょう」
「……」

 そんなつもりはさらさらない。
 僕は目と鼻の先で行う接近戦が怖いから大嫌いなのだ。できればガレックに斬ってほしい。

 しかし、彼は紫電を帯びたヘリテージをさっさと鞘に戻してしまう。すると、クリムゾンホークが途端に彼に対する興味を失った。
 傲岸不遜に「恐れをなしたか」と嘲るように一瞥し、ターゲットを変えた。
 僕だ。
 きっとお腹をすかしていただろう。
 怒れるモンスターは、気を取り直して、鬱憤を吐き出すように大口を開けて咆哮を放った。

「――っ」

 騎士団の数名が音の暴力に硬直したのが見えた。
 が、残念ながら、僕の胆力はその程度では揺らがない。
 北のギルド長になってから、何度ピンチに陥ったと思っているのだ。

 見渡す限り人に埋め尽くされた場で、運頼みのクリティカル攻撃を「さあどうぞ。場は整えました」と期待される壮絶なプレッシャーを経験すれば、大抵のことは「なんとかなるさぁ」と思うようになるのだ。

 けど、それとは別に、クリムゾンホークには謝りたい。
 せっかく食べ物を見つけたのに、お預けしてしまってごめん。
 僕がツノブタを呼び出さなければ、君はここには来なかったはずなのに。
 心の中で謝罪し、やるせない気持ちでつぶやいた。

「『《魔法の乱矢》(ブリリアント・ショット)』」

 光の矢が飛んだ。
 クリムゾンホークにとって、まぶしいだけの力しか持たない魔法は、八本目が当たる瞬間に、

 ――《魔法》クリティカルが発動しました。

 音と共に、爆散した。


 ***


【ガレックの視点】


 ――少しは良いところを見せようということかな。

 ガレックは苦笑い交じりでリーン=ナーグマンを見つめていた。
 剣術勝負では、「得意じゃない」という言葉通り、力加減がわかりにくかったのだろう。終始手を抜きすぎている印象だったが、それでも最後には誰も真似できない回避術を披露してくれた。
 バルマンの顔つきからも、実力差を悟ったことがよくわかった。
 あれを見て、ガレックも少し高揚していたのだと思う。
 つい他に何ができるのか期待して、リーンに無理な願いを言ってしまった。

 ダルスが事あるごとに、「あいつはすごい」「ギルド長の中でも最強の男だ」と出会うたびに吹き込んでいたせいもある。
 モンスターの中でも下の下に当たるツノブタを、三匹も召喚して満足げな顔をされた時には、何の冗談かと呆れたものだ。
 そこら辺の子供でも乗りこなすようなモンスターをリデッドと戦う団員にあてがうなど、侮辱と受け止めても仕方ないところだ。
 ヴァイが困惑するのも当然なのだ。
 油断するな、と発破をかけたが、ガレックすらリーンの狙いは読めていなかった。

 しかし、まさか上空にいるクリムゾンホークを呼びよせる餌として召喚するとは思わなかった。
 言われてみれば、リーンは事あるごとに上空を気にしていた。
 ガレックたちが、《召喚》を見せてもらうという結論を出すまでの間、リーンはずっと上空を眺めていた。
 
 きっと、緊張感の抜けた第六騎士団を引きしめるために、どうすれば手っ取り早いか考えていたのだろう。
 旋回しているクリムゾンホークを餌で釣って呼び寄せる。
 効果はてき面だった。久しく強いリデッドと戦っていなかった団員たちは、誰もが緊張し、手に汗を握っただろう。
 王国内での地位など、本当の強敵の前では役に立たないと改めてわかったはずだ。
 通常の倍近い大きさの個体であることがそれに拍車をかけた。あのサイズならB級を軽く超える。滅多に出会えないものだ。

 まさか――大きさまで把握していたのだろうか。
 ガレックは腕組みをして考え込み、それからゆっくり首を左右に振った。
 リーンがどこまで考えていたのかは、どちらでも良いことだ。
 大事なことは結果だ。
 第六騎士団はひさしぶりの高難度の戦闘に身が引きしめられ、北のギルド長はいかんなく己の力を団員たちに示した。

 E級魔法『《魔法の乱矢》(ブリリアント・ショット)』――クリムゾンホークを瞬殺できるE級魔法など聞いたことがないが、目の前に横たわる頭部を失ったモンスターを見れば納得せざるを得ない。
 スキルは鍛えれば鍛えるほど強力になる。
 リーン=ナーグマンは《魔法》スキルをどこまで使い込んでいるのか。

 ガレックの興味は尽きなかったが、それはまたいずれ、と頭の隅に追いやった。
 今日の訓練は切り上げ、大いに団員と盛り上がろう。
 話題は――北のギルド長について。
 酒のつまみに、クリムゾンホークの照り焼きを添えて。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

モンド家の、香麗なギフトは『ルゥ』でした。~家族一緒にこの異世界で美味しいスローライフを送ります~

みちのあかり
ファンタジー
10歳で『ルゥ』というギフトを得た僕。 どんなギフトかわからないまま、義理の兄たちとダンジョンに潜ったけど、役立たずと言われ取り残されてしまった。 一人きりで動くこともできない僕を助けてくれたのは一匹のフェンリルだった。僕のギルト『ルゥ』で出来たスープは、フェンリルの古傷を直すほどのとんでもないギフトだった。 その頃、母も僕のせいで離婚をされた。僕のギフトを理解できない義兄たちの報告のせいだった。 これは、母と僕と妹が、そこから幸せになるまでの、大切な人々との出会いのファンタジーです。 カクヨムにもサブタイ違いで載せています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...