無自覚無敵のやりすぎファーマー~つき合う妖精は大変です~

深田くれと

文字の大きさ
26 / 40

やとわれ冒険者は仕事を頼まれる

しおりを挟む
 いかめしい両開きの扉を開いた。
 奥には白いひげのじいさんと、銀髪のきつい女が変わらず座っている。
 銀髪の方は記憶では数年この地位にいる。
 じいさんの話ではもう教え終わったと聞いたはずだが、いつまで学生気分でしがみついていやがるんだか。
 追い出さないじいさんも甘いがな。

「よおっ、ケーテちゃん。今日も眉間にしわかい?」

 俺の軽口に、ケーテ=ルネリタは露骨に嫌な顔をしてみせ、さらにため息をついた。
 手に持っていた本をぱたんと閉じる。

「ヒューさん、何度も言っていますがその呼び方はやめてください」
「いいじゃねえか。同じ師匠を持つ者だろ? 先輩特権ってことで名前くらい」
「名前もそうですが『ちゃん』付けをやめてください。私はヒューさんに教えられていた時の子供ではありません。単独でAランクなんですよ?」

 よく分かってるじゃねえか。
 自分の年齢と強さを自覚してるわりには、巣立つタイミングには気づいてねえのか。それとも地位に甘んじたいのか。
 俺の嫌味の意味に気付いていないようじゃ、まだまだお子様だな。

「はいはい。相変わらず手厳しいこって」

 軽く肩をすくめて、部屋の中央に置かれたソファにどかっと腰かけた。
 そもそも今日の用事はルネリタの方じゃない。
 じいさんの方だ。
 横目で伺えば、珍しく真剣な顔をしている。付き合いの長い俺の眼から見て、真剣度九割ってところか。
 大抵この顔をしている時はエロ本観賞をばれないように険しい顔を作っているか、若い女の前で威厳を出そうとがんばっている時だが、今回はどうも本気っぽい。
 呼ばれた時点でろくな話じゃねえとは思っていたが……

「じいさん、今日はなんの――」
「アルノート様です」

 横からしゃしゃり出てきたルネリタの台詞が飛んできた。
 敬愛する師匠になめた口を聞くなとでも言いたいのだろう。どこまで犬なんだか。
 じいさんもルネリタについては頭を悩ませているだろうな。

「構わん。わしとティルの関係だ」
「…………承知しました。アルノート様がそうおっしゃるのであれば……」

 ルネリタが思わぬ師匠からの反撃にしおしおと勢いをなくす。
 その後に続いた俺への睨みつけは無視だ。

「で、じいさん、このティルドラン=ヒューになにか用かい? これでも俺は忙しいんだがね」
「実はお主に頼みたいことがあっての」

 おどけた俺の仕草にじいさんは何の反応もしない。
 ますますやばい仕事だと直感する。
 できれば断りたいが、じいさんの頼みだ。俺にできることなら協力する。それが孤児時代から育ててくれた大きな恩への報い。
 呼吸を切り替え、真剣に聞く姿勢を取る。背もたれに預けていた背中を持ち上げた。
 じいさんがそれを見て静かに微笑みながら口を開いた。

「とある店の監視を頼みたい」
「監視だと? って、ちょっと待ちな。その話はルネリタに聞かせていいのか?」
「もちろん。すでにルネリタは知っておる」
「そうか……人じゃなくて店の監視と言ったな?」
「うむ。現時点で探し人が見つからん以上、店ごと監視するしかなくての」
「店の名は?」
「セドリック商店という青果店じゃ」
「…………青果店」

 腕を組んで考えをめぐらす。
 じいさんはいつも弟子に考えさせる。バカは強くなれないというのが持論だ。
 それは弟子を卒業した俺でも同じだ。
 この情報だけでどこまで依頼内容を探れるか試されているのかもしれない。

「やばいやつが出入りし……やばい物が運び込まれている。それも王都の住民に危害が及ぶような物だな? 青果店だから、野菜や果物に紛れ込ませて検閲をスルーできるようなものか…………小さい薬なら野菜をくりぬいて中に忍び込ませることも可能か」

 ぶつぶつと考えをまとめていると、じいさんが横から口を挟んできた。
 珍しい。
 弟子の答えは待つ人間のはずなのに。

「ティル、悪いの。今回は考えてもわからん。なにせ、本当に野菜を運ぶ人間を見つけだしたいのだ」
「野菜を?」
「そうだ。お主も『レジェンド野菜』という言葉を耳にしてないかの?」


 ***


「つまり、依頼はセドリック商店にレジェンド野菜を運ぶ人間を見つけろってことか?」
「そういうことじゃ。欲を言えば生産者を突き止めたい」
「それくらいなら俺じゃなくてもいいんじゃねえのか? 自分で言うのも何だが、俺のパーティはAランクだぜ? 犯罪者の始末や盗賊のアジトの調査ならともかく、商店を見張るにしちゃおおげさだろ?」

 俺の当たり前すぎる指摘に、じいさんが苦笑する。
 ルネリタすら苦笑している。

「言われんでも分かっておる。事の重大さを分かってもらうためには、やはり……ルネリタ」
「はい。ヒューさん、どうぞ」
「…………なんだこれは?」
「トマトです」
「そんなことは――」
「ティル、まあわしに騙されたと思って食べてみてくれ」

 目の前の小皿に乗った一切れのトマト。少し色が悪く、元はかなり大きそうなものだ。話の流れから考えれば『レジェンド野菜』なるものだろう。
 パーティ『疾風の妖精』のメンバーから噂は耳にしてる。
 商店通りで目が飛び出るほどうまい野菜を置く店ができたらしい。数ある青果店の中でそこだけは野菜のために並ぶという。
 珍しい菓子や、入荷が難しい魚ならともかく、野菜を買いに並ぶなんて信じられないと笑い飛ばしていたが……

「分かったよ……食えばいいんだろ」

 一つまみして口に放り込んだ。
 そして――
 
 俺はベジタブルワールドへ旅立った。


 ***


「…………う……なんだ……うわっ」

 がばっと体を起こした。
 腰に刺していた剣ががちゃりと音を立てる。体が猛烈に汗をかいていた。
 同時に、夢心地に聞こえていた本をめくる音が止まる。
 二人の視線がこちらに向いた。

「おっ、さすがに早いの」
「…………最速です」

 ぐるりと室内を見渡した。間違いなく、じいさんの執務室だ。
 記憶は残っている。ルネリタに出されたトマトを食べてこうなったんだ。
 応接机の上に、仔ウサギの模様をあしらった小皿がぽつんと残されている。

「……俺は、気を失ったのか?」
「そうだ。トマトを食べての。レジェンド野菜の恐ろしさが分かったかの? だが、さすがはティル。目覚めるまでの時間はダントツに早かったの」
「食った瞬間に、体がむちゃくちゃ熱くなって目の前が真っ白になったことだけは覚えている。高価なマナ回復薬を飲んだ時に近いか……」
「ほぉ……他に感じたことはあるかの?」
「いや……」
「実はの…………その野菜は、マナ保有量の最大値を上げおる。しかも筋力まで増加させるという結果も分かっておる。分かっておらんだけで、他にも効果があるかもしれん」
「……バカな……野菜にそんな効果が?」
「ただの野菜ではないことはお主も実感したじゃろ? それが事実。しかも魔法薬の成分は検出されておらん」
「薬を……使っていないのに……」

 ようやく事の重大さがじわじわと頭に染みこんできた。
 こんなとんでもない野菜が店に出回っている。つまり、作れる人間がいるということだ。一人か、集団か。
 作物の栽培に特化した隠れたギルドでもあるのだろうか。
 どちらにしろ、すさまじい技術だ。

「ティルよ。もしも生まれた時からこの野菜を毎日食べているモンスターがいた場合どうなると思う?」
「…………あっ、そうか!」

 効率的な魔法の習得、スキルの研究に関しては人間はモンスターを上回る。だが、モンスターは成長の限界値が人間よりも高いと想像されている。
 本当なら鍛えることをしないモンスターでも、このレジェンド野菜を食べ続ければ桁外れに強くなる可能性がある。

「気付いたようだの。そうなれば、第二の魔王、四天王のような存在が次々と現れる事態になりかねんのだ。だからこそ……ティルよ、監視には細心の注意を払ってほしい。まだその人物が悪人なのかどうかも分かっておらんし、それらしい姿も見かけておらん。だが、もしも手に追えん事態になるようなら、国に報告した上で、わしも出るつもりだ」
「…………了解。抱えてる仕事は一旦ストップしてそっちに当たろう」
「すまんの。では、あとの細かいところはルネリタ先輩に聞いてくれ」
「先輩?」
「嫌いなトマトを嫌がりながらも先に食べた先輩だの」
「――っ!? アルノート様っ! それは秘密という約束だったはずですっ!」
「わしは先に食べたと言っただけだの」
「――くっ」

 椅子に座った状態のルネリタが顔を真っ赤に染めて全身を震わせている。
 何かに必死に耐えているような様子だ。
 今のじいさんは明らかにいたずらっ子の顔をしている。どうでもいいことがあったのだろうと納得しておく。
 それよりも――

「じゃあ、ルネリタ……細かい話を聞かせてくれ」

 可能性は一番低いが、ただの野菜作りの名人か。はたまた、レジェンド野菜を使用して何かをたくらむ悪人か。それとも食の流通を牛耳ろうと考える闇の組織か。
 俺はこれから出会う未知の人物の姿を頭の中で次々と思い描いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

100年の恋

ざこぴぃ。
ファンタジー
 ――2039年8月、千家春文は学校で奇妙な石碑を見かける。 「夢子、あの石碑って……」 「えぇ、ずいぶん古い物ですね。確か100年前の戦没者の慰霊碑だとか。この辺りも空襲で燃えたらしいですわ……」 「へぇ……夢子、詳しんだな」 「まぁ、でも……いえ。何でもないです」  何だか歯切れの悪い言い方をするな……とも思ったが追求する必要もなく、僕達はそのまま千草に校内の案内をして周り、無事に学校説明会が終わった。 ……… …… …  テーブルには新聞が置いてある。何気に手に取り、目を疑った。 『1939年8月9日月曜日』 「は?え?1939年?え?」  何度か見直したが西暦は1939年だった。指折り数える。 「えぇと……令和、平成があって……その前が昭和……あっ、書いてある。昭和14年……!?」  新聞は漢字と平仮名表記ではあるが、所々意味がわからずペラペラと捲る。 ……… …… …  100年前の世界へタイムリープした春文。そこで起こる数々の出会い、別れ、試練……春文の運命は?  無事に元の世界へ帰る事はできるのか!? 「10年後の君へ」と交わる世界観のファンタジー 「100年の恋」――最後までお楽しみ下さい。 ■□■□■□■□■ 執筆 2024年1月8日〜4月4日 公開 2024年4月7日 著・ざこぴぃ。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...