22 / 45
対峙・磐城瑞穂
しおりを挟む
俺が屋上で行ったみずほの慰霊祭。
その内容を知らない二人は、又キューピット様をやろうと言い出した。
もし又キューピッド様を遣るように言われたら、積極的に参加してほしいとあの時俯いた女生徒達に呼び掛けていた。
勿論、みずほの事件のことは知らせないでほしいと念を押して……
又犠牲者が出ると、彼女達は渋った。でも理解してくれたと俺は思っていた。
あの二人が誰を殺したがっているのか言えない。
『もうみずほのような犠牲者は出したくない。だから犠牲者となるかも知れない人を救いたいんだ』
俺はそう言った。
その時俺は誰の名前が書かれたのかだけを知らせてほしいと頼んでいた。
方法は簡単だ。
机の上に消ゴムを置くだけだった。
そして……その結果出た答えは《まつおゆみ》だと知った。
かねてよりの計画通り担任には、見渡せる場所にいて松尾有美を守ることを頼んでいた。
勿論先生は渋った。教え子を疑うことに難色を示した。
そこで俺は、録音した二人の声を聴かせた。
先生の顔が、見る見る変わる。
俺や有美同様、相当ショックを受けたようだった。
そして頷き、そのまま屋上へと向かった。
みずほの堕ちた柵から見えない屋上の階段へと続くドアの横。
二人で充分検証した結果、此処が最適だということになった。
父親を殺した有美。
みずほを殺した、百合子と千穂。
証拠がある訳ではない。
でも確信があった。
(みずほ俺の考え間違っているか? それでも俺あの二人から有美を救ってやりたいんだ)
屋上へと上がる階段。
外へ出るドア。
階段とステップを囲むコンクリートの壁。
その横に階段と言うか、鉄製のハシゴが付いていた。
其処は蛇口に水を送るためのタンクだったのだ。
万が一のためだった。
俺は……勿論先生だって……二人が犯人とは思いたくなかったのだ。
何かの間違いだと思いたかった。
でもそれは現実だった。
前々からエースに恋い焦がれている女生徒達に、二人は着々と松尾有美の自殺説を広めていたのだった。
その翌日。
松尾有美は、半ば強引に連れ出されていた。
百合子と千穂は、三連続死のゲームを完成させようと躍起になっていたようだ。
俺がその事実を知ったのは、有美が連れ出された後だった。
俺は職員室に急いだ。
でも担任は何処にも居なかった。
(ヤバい! 有美まで墜とされたら俺……生きていけないよ。先生、みずほに何て言えばいいんだ。結局……有美はお荷物だってことか!?)
思考回路は絶不調。
俺は仕方なく一人で屋上へ向かった。
俺は約束通り、屋上に続く扉の前に張り付いて聞き耳をたてた。
『おかしいわね。何故みんな来ないの?』
百合子が言い出す。
『用事でもあるんじゃないの』
千穂も言う。
『みんなが来ないと私達帰れないじゃない。千穂本当にみんなに言ったの?』
『当たり前よ。ちゃんと言ったわよ!!』
『それじゃー、何故来ないの?』
百合子は少しイライラしているようだった。
(やっぱりこの二人は、みずほが堕ちた時居なかった他人に殺しを任せて、自分を保護したのか?)
俺は又怒りに震えた。
百合子はきっとクラスメートを焚き付けて完全犯罪を狙ったのだ。
『昨日キューピット様を遣ったら、アンタが死ぬと出たの。だからアンタは死ななきゃいけない。さっさと此処から飛び降りて』
そして業を煮やした百合子は到頭言い出した。
有美がどんなにも心細いか知りながら俺は出て行けなかった。
その時。
コンパクトが急に力を帯びた。
俺は慌ててコンパクトをポケットから取り出した。
それには怒りに満ち溢れていた。
コンパクトが勝手に開き《死ね》の文字が揺らぐ。
そして……
何かが其処から飛び出してきた。
(ヤバい! ヤバ過ぎる!! 一体これから何が始まりんだ!!)
俺は度肝を抜かれて、その場にへたり込んだ。
現れたのはキューピット様とは似ても似つかない邪悪の塊だった。
そのパワーに俺は圧倒的されていた。
キューピット様か何様かは知らないが、こんな者にみずほが狙われだのだとしたら……
太刀打ち出来るはずはなかったのだ。
邪悪な者は百合子がキューピッド様をやった時に呼び出されたのだ。
でも百合子は自分の意志だけで《いわきみずほ》と書いた。
でも邪悪な者は本当は《まちだゆりこ》と書きたかったはずなのだ。
だからその仕返しをしたくて百合子に取り憑いたのだ。
百合子は参加した全員が握った鉛筆で、さもそれがキューピッド様の意思のようにみせかけと《いわきみずほ》とかいたのだ。
俺でも、みずほでも良かったのだ。
俺が死ねば翔太はずっとレギュラーだ。
でもみずほなら、クラスメートを焚き付ければ自殺にもっていける。
そう踏んだのだ。
俺はもう一度鏡を見つめた。
みずほの霊が見せてくれたあの日が其処にあった。
みずほが《死ね》の文字を見つめる。
顔が見えない……
でもきっと青白く……
俺はその時。
警察車両の窓ガラスに映し出された自分の顔と重ねていた。
俺がみずほに狂ったように、百合子も翔太に夢中になった。
愛して欲しくて何でも願いを聞いた。
でも、橋本翔太のためなら人を殺しても構わないのか?
《岩城みずほが飛び降り自殺する》その情報がみずほのクラスに錯綜する。
すると、クラスメートが浮き足立った。
友達なんて上辺だけだった。
だからそんな心理に百合子はつけ込んだのだった。
『自殺するなら早くしろ!!』
『そうだ。俺達は暇じゃないんだ』
心ない野次が飛ぶ。
そんな中、みずほは携帯を手に取る。
俺に助けて欲しくて……
それを百合子が取り上げる。
でも百合子は気付かなかったのだ。
みずほがリダイアルで俺に掛けていたことを。
『誰か、誰か助けてー!!』
みずほが叫ぶ。
でも誰も助けてはくれなかった。
もう一度みずほは救いの手を求めた。
『助けてーー!!』
みずほが叫んだ時、偶然に俺に着信したのだ。
誰一人助けてくれなかった。
みんな傍観者だったから。
いや違う。
百合子の手がみずほの携帯を手にした時に、その邪悪な者は百合子を落とそうとしたのだ。
松尾有美に向かって、百合子が近付く。
俺はたまりかねてみんなの前に出て行った。
先生のいない今、有美を守ってやれるのは自分一人だけだった。
俺は覚悟を決めていた。
既にキューピッド様で《いわきみずほ》と出ているのだ。
《まつおゆみ》の代わりに俺が墜ちるても、問題はない。
「な、何なの!?」
百合子が慌てる。
「磐城君……何時から其処に居たの……?」
青ざめながら千穂が言う。
「俺は何もかも知っているんだ。二人がみずほを殺したことも」
「何言ってるの!? みずほは自殺じゃない!」
百合子が噛みついた。
俺は録音機のスイッチを押した。
『ねえ、次に死ぬのは誰にする? だって三連続なんでしょう? 誰が続かなきゃ意味無いと思うのよ』
「これは!?」
「そうだ。あの時のカフェでの会話だ」
千穂が泣き崩れる。
「千穂よ! 千穂が岩城みずほからあんたを奪いたかったのよ!」
百合子は全ての罪を千穂に被せようとして、指を差しながら言った。
「嘘つけ! 橋本翔太をレギュラーにしたかったのは一体誰だ!」
俺の放った一言に、百合子は言葉を詰まらせた。
でも百合子は開き直った。
「いい千穂。松尾有美は自殺よ。良く覚えておきなさい」
百合子が有美の腕を掴んで、柵に押し付けた。
その時、隠れていた先生が飛んで来た。
「先生!?」
千穂が慌てている。
でも一番驚いたのは俺だった。
まさか先生がずっと見守っていてくれたなんて……
(ごめん先生、俺てっきり裏切られたと思ってた)
先生は起点を利かせて、タンクの横で見張っていたのだった。
百合子は俺を睨み付けていた。
「あんたが……」
百合子はそう言うと、俺の腕を掴んだ。
「いわきみずほと初めから出てたのよね。アンタだって良いってことよ!」
百合子は興奮していた。
「辞めてー!」
その時、千穂が叫んだ。
千穂はみずほのコンパクトから現れたであろう邪悪な塊に体を乗っ取られていた。
「そっちはイヤーー!」
声にならない声で必死に叫ぶ千穂。
次第に屋上の一番端に向かっていた。
千穂は踏ん張る。
でも所詮か弱い女の子だった。
千穂は保育園時代から変わらない眼差しを俺に向けていた。
それは何時も傍に居ながら気付かなかった、俺への愛に溢れていた。
俺は本当に千穂に愛されていたんだ。
その時俺は気付いた。
罪は俺にあると言うことに。
「千穂!」
俺は百合子の手を振り切って、千穂の腕を掴もう駆け寄った。
もう少しで届こうとした時に、百合子が俺を追って来た。
強引にでも俺を墜とす気らしい。
顔が般若の面のように引きつっていた。
百合子の両腕が腹部に巻き付く。
それでも俺は千穂を助けようと少しずつ歩み寄った。
でも千穂は俺の差し出した手を拒んだ。
そしてその手を百合子に向けた。
「千穂!?」
百合子が慌てていた。
「磐城君……」
千穂の目に涙が溢れる。
そして……
町田百合子と千穂が屋上から堕ちていった。
辛うじて俺は助かった。
だが虚しかった。
千穂を助けてやれなかった後悔を、この手のひらに感じていた。
(もう少しで……もう少しでこの手が届いたはずなのに)
俺はそのまま……
其処から動けずにいた。
ふと先生と松尾有美のことが心配になって振り向いた。
その時俺は見た。
俺を守るために、みずほの白い霊が背中に抱き付いているのを。
「みずほ……」
俺は唇を重ねようと抱き締めた。
でも……
みずほは俺の腕の中で消えていた。
「みずほーー!」
俺はがっくりと膝を付いた。
俺は警察に、録音したテープを提出した。
でもコンパクトは写真のみの提出とした。
『どうして早く言ってくれなかった』
そう刑事は言った。
俺はただ頭を下げた。
俺が二人を追い詰めたのだろうか?
俺が居たためにみずほが犠牲になったように、二人も死も又……
でも先生は言ってくれた。
『磐城瑞穂が居たがら、このクラスは救われたのだ』と――。
町田百合子と千穂は自殺として処理された。
岩城みずほを自殺に見せかけて殺し、その自責の念に耐えきれず……
そう報道された。
俺が警察に連絡さえしていれば、事件は解決したのだろうか?
百合子と千穂は死なずに済んだのだろうか?
千穂を死に追いやってしまった俺を、寛大な両親は許してくれた。
でも腸は煮えくり返っているはずだ。
千穂は一人娘だった。
目に入れても痛くないほど溺愛した愛娘だったのだ。
俺を愛したために……
俺が愛さなかったために……
傷付き、そして命を散らした千穂。
俺が差し出した手を拒んだ時の表情が、脳裏を離れない。
何時も明るかった千穂を変えたのは、紛れもなく俺だったのだから。
手持ちのアルバムを開けてみる。
そこに写る千穂の瞳は、何時も真っ直ぐに俺に注がれていた。
俺の傍には何時も千穂がいた……
何時も……
その気持ちに気付くことなく、みずほとの愛に溺れた俺。
でも果たして俺に何が出来たのだろうか?
俺はこれからの人生を、懺悔のために生きて行かなくてはならない。
みずほを愛し……
千穂を恨み……
それでも千穂を愛さなかったことを悔やみ抜く。
所詮俺は弱い男だった。
みずほの恋人だと名乗る資格もない程の……
千穂に愛される資格もない程の……
俺は千穂にとっても、みずほにとっても最低な男だったようだ。
その内容を知らない二人は、又キューピット様をやろうと言い出した。
もし又キューピッド様を遣るように言われたら、積極的に参加してほしいとあの時俯いた女生徒達に呼び掛けていた。
勿論、みずほの事件のことは知らせないでほしいと念を押して……
又犠牲者が出ると、彼女達は渋った。でも理解してくれたと俺は思っていた。
あの二人が誰を殺したがっているのか言えない。
『もうみずほのような犠牲者は出したくない。だから犠牲者となるかも知れない人を救いたいんだ』
俺はそう言った。
その時俺は誰の名前が書かれたのかだけを知らせてほしいと頼んでいた。
方法は簡単だ。
机の上に消ゴムを置くだけだった。
そして……その結果出た答えは《まつおゆみ》だと知った。
かねてよりの計画通り担任には、見渡せる場所にいて松尾有美を守ることを頼んでいた。
勿論先生は渋った。教え子を疑うことに難色を示した。
そこで俺は、録音した二人の声を聴かせた。
先生の顔が、見る見る変わる。
俺や有美同様、相当ショックを受けたようだった。
そして頷き、そのまま屋上へと向かった。
みずほの堕ちた柵から見えない屋上の階段へと続くドアの横。
二人で充分検証した結果、此処が最適だということになった。
父親を殺した有美。
みずほを殺した、百合子と千穂。
証拠がある訳ではない。
でも確信があった。
(みずほ俺の考え間違っているか? それでも俺あの二人から有美を救ってやりたいんだ)
屋上へと上がる階段。
外へ出るドア。
階段とステップを囲むコンクリートの壁。
その横に階段と言うか、鉄製のハシゴが付いていた。
其処は蛇口に水を送るためのタンクだったのだ。
万が一のためだった。
俺は……勿論先生だって……二人が犯人とは思いたくなかったのだ。
何かの間違いだと思いたかった。
でもそれは現実だった。
前々からエースに恋い焦がれている女生徒達に、二人は着々と松尾有美の自殺説を広めていたのだった。
その翌日。
松尾有美は、半ば強引に連れ出されていた。
百合子と千穂は、三連続死のゲームを完成させようと躍起になっていたようだ。
俺がその事実を知ったのは、有美が連れ出された後だった。
俺は職員室に急いだ。
でも担任は何処にも居なかった。
(ヤバい! 有美まで墜とされたら俺……生きていけないよ。先生、みずほに何て言えばいいんだ。結局……有美はお荷物だってことか!?)
思考回路は絶不調。
俺は仕方なく一人で屋上へ向かった。
俺は約束通り、屋上に続く扉の前に張り付いて聞き耳をたてた。
『おかしいわね。何故みんな来ないの?』
百合子が言い出す。
『用事でもあるんじゃないの』
千穂も言う。
『みんなが来ないと私達帰れないじゃない。千穂本当にみんなに言ったの?』
『当たり前よ。ちゃんと言ったわよ!!』
『それじゃー、何故来ないの?』
百合子は少しイライラしているようだった。
(やっぱりこの二人は、みずほが堕ちた時居なかった他人に殺しを任せて、自分を保護したのか?)
俺は又怒りに震えた。
百合子はきっとクラスメートを焚き付けて完全犯罪を狙ったのだ。
『昨日キューピット様を遣ったら、アンタが死ぬと出たの。だからアンタは死ななきゃいけない。さっさと此処から飛び降りて』
そして業を煮やした百合子は到頭言い出した。
有美がどんなにも心細いか知りながら俺は出て行けなかった。
その時。
コンパクトが急に力を帯びた。
俺は慌ててコンパクトをポケットから取り出した。
それには怒りに満ち溢れていた。
コンパクトが勝手に開き《死ね》の文字が揺らぐ。
そして……
何かが其処から飛び出してきた。
(ヤバい! ヤバ過ぎる!! 一体これから何が始まりんだ!!)
俺は度肝を抜かれて、その場にへたり込んだ。
現れたのはキューピット様とは似ても似つかない邪悪の塊だった。
そのパワーに俺は圧倒的されていた。
キューピット様か何様かは知らないが、こんな者にみずほが狙われだのだとしたら……
太刀打ち出来るはずはなかったのだ。
邪悪な者は百合子がキューピッド様をやった時に呼び出されたのだ。
でも百合子は自分の意志だけで《いわきみずほ》と書いた。
でも邪悪な者は本当は《まちだゆりこ》と書きたかったはずなのだ。
だからその仕返しをしたくて百合子に取り憑いたのだ。
百合子は参加した全員が握った鉛筆で、さもそれがキューピッド様の意思のようにみせかけと《いわきみずほ》とかいたのだ。
俺でも、みずほでも良かったのだ。
俺が死ねば翔太はずっとレギュラーだ。
でもみずほなら、クラスメートを焚き付ければ自殺にもっていける。
そう踏んだのだ。
俺はもう一度鏡を見つめた。
みずほの霊が見せてくれたあの日が其処にあった。
みずほが《死ね》の文字を見つめる。
顔が見えない……
でもきっと青白く……
俺はその時。
警察車両の窓ガラスに映し出された自分の顔と重ねていた。
俺がみずほに狂ったように、百合子も翔太に夢中になった。
愛して欲しくて何でも願いを聞いた。
でも、橋本翔太のためなら人を殺しても構わないのか?
《岩城みずほが飛び降り自殺する》その情報がみずほのクラスに錯綜する。
すると、クラスメートが浮き足立った。
友達なんて上辺だけだった。
だからそんな心理に百合子はつけ込んだのだった。
『自殺するなら早くしろ!!』
『そうだ。俺達は暇じゃないんだ』
心ない野次が飛ぶ。
そんな中、みずほは携帯を手に取る。
俺に助けて欲しくて……
それを百合子が取り上げる。
でも百合子は気付かなかったのだ。
みずほがリダイアルで俺に掛けていたことを。
『誰か、誰か助けてー!!』
みずほが叫ぶ。
でも誰も助けてはくれなかった。
もう一度みずほは救いの手を求めた。
『助けてーー!!』
みずほが叫んだ時、偶然に俺に着信したのだ。
誰一人助けてくれなかった。
みんな傍観者だったから。
いや違う。
百合子の手がみずほの携帯を手にした時に、その邪悪な者は百合子を落とそうとしたのだ。
松尾有美に向かって、百合子が近付く。
俺はたまりかねてみんなの前に出て行った。
先生のいない今、有美を守ってやれるのは自分一人だけだった。
俺は覚悟を決めていた。
既にキューピッド様で《いわきみずほ》と出ているのだ。
《まつおゆみ》の代わりに俺が墜ちるても、問題はない。
「な、何なの!?」
百合子が慌てる。
「磐城君……何時から其処に居たの……?」
青ざめながら千穂が言う。
「俺は何もかも知っているんだ。二人がみずほを殺したことも」
「何言ってるの!? みずほは自殺じゃない!」
百合子が噛みついた。
俺は録音機のスイッチを押した。
『ねえ、次に死ぬのは誰にする? だって三連続なんでしょう? 誰が続かなきゃ意味無いと思うのよ』
「これは!?」
「そうだ。あの時のカフェでの会話だ」
千穂が泣き崩れる。
「千穂よ! 千穂が岩城みずほからあんたを奪いたかったのよ!」
百合子は全ての罪を千穂に被せようとして、指を差しながら言った。
「嘘つけ! 橋本翔太をレギュラーにしたかったのは一体誰だ!」
俺の放った一言に、百合子は言葉を詰まらせた。
でも百合子は開き直った。
「いい千穂。松尾有美は自殺よ。良く覚えておきなさい」
百合子が有美の腕を掴んで、柵に押し付けた。
その時、隠れていた先生が飛んで来た。
「先生!?」
千穂が慌てている。
でも一番驚いたのは俺だった。
まさか先生がずっと見守っていてくれたなんて……
(ごめん先生、俺てっきり裏切られたと思ってた)
先生は起点を利かせて、タンクの横で見張っていたのだった。
百合子は俺を睨み付けていた。
「あんたが……」
百合子はそう言うと、俺の腕を掴んだ。
「いわきみずほと初めから出てたのよね。アンタだって良いってことよ!」
百合子は興奮していた。
「辞めてー!」
その時、千穂が叫んだ。
千穂はみずほのコンパクトから現れたであろう邪悪な塊に体を乗っ取られていた。
「そっちはイヤーー!」
声にならない声で必死に叫ぶ千穂。
次第に屋上の一番端に向かっていた。
千穂は踏ん張る。
でも所詮か弱い女の子だった。
千穂は保育園時代から変わらない眼差しを俺に向けていた。
それは何時も傍に居ながら気付かなかった、俺への愛に溢れていた。
俺は本当に千穂に愛されていたんだ。
その時俺は気付いた。
罪は俺にあると言うことに。
「千穂!」
俺は百合子の手を振り切って、千穂の腕を掴もう駆け寄った。
もう少しで届こうとした時に、百合子が俺を追って来た。
強引にでも俺を墜とす気らしい。
顔が般若の面のように引きつっていた。
百合子の両腕が腹部に巻き付く。
それでも俺は千穂を助けようと少しずつ歩み寄った。
でも千穂は俺の差し出した手を拒んだ。
そしてその手を百合子に向けた。
「千穂!?」
百合子が慌てていた。
「磐城君……」
千穂の目に涙が溢れる。
そして……
町田百合子と千穂が屋上から堕ちていった。
辛うじて俺は助かった。
だが虚しかった。
千穂を助けてやれなかった後悔を、この手のひらに感じていた。
(もう少しで……もう少しでこの手が届いたはずなのに)
俺はそのまま……
其処から動けずにいた。
ふと先生と松尾有美のことが心配になって振り向いた。
その時俺は見た。
俺を守るために、みずほの白い霊が背中に抱き付いているのを。
「みずほ……」
俺は唇を重ねようと抱き締めた。
でも……
みずほは俺の腕の中で消えていた。
「みずほーー!」
俺はがっくりと膝を付いた。
俺は警察に、録音したテープを提出した。
でもコンパクトは写真のみの提出とした。
『どうして早く言ってくれなかった』
そう刑事は言った。
俺はただ頭を下げた。
俺が二人を追い詰めたのだろうか?
俺が居たためにみずほが犠牲になったように、二人も死も又……
でも先生は言ってくれた。
『磐城瑞穂が居たがら、このクラスは救われたのだ』と――。
町田百合子と千穂は自殺として処理された。
岩城みずほを自殺に見せかけて殺し、その自責の念に耐えきれず……
そう報道された。
俺が警察に連絡さえしていれば、事件は解決したのだろうか?
百合子と千穂は死なずに済んだのだろうか?
千穂を死に追いやってしまった俺を、寛大な両親は許してくれた。
でも腸は煮えくり返っているはずだ。
千穂は一人娘だった。
目に入れても痛くないほど溺愛した愛娘だったのだ。
俺を愛したために……
俺が愛さなかったために……
傷付き、そして命を散らした千穂。
俺が差し出した手を拒んだ時の表情が、脳裏を離れない。
何時も明るかった千穂を変えたのは、紛れもなく俺だったのだから。
手持ちのアルバムを開けてみる。
そこに写る千穂の瞳は、何時も真っ直ぐに俺に注がれていた。
俺の傍には何時も千穂がいた……
何時も……
その気持ちに気付くことなく、みずほとの愛に溺れた俺。
でも果たして俺に何が出来たのだろうか?
俺はこれからの人生を、懺悔のために生きて行かなくてはならない。
みずほを愛し……
千穂を恨み……
それでも千穂を愛さなかったことを悔やみ抜く。
所詮俺は弱い男だった。
みずほの恋人だと名乗る資格もない程の……
千穂に愛される資格もない程の……
俺は千穂にとっても、みずほにとっても最低な男だったようだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】限界離婚
仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
もう限界だ。
「離婚してください」
丸田広一は妻にそう告げた。妻は激怒し、言い争いになる。広一は頭に鈍器で殴られたような衝撃を受け床に倒れ伏せた。振り返るとそこには妻がいた。広一はそのまま意識を失った。
丸田広一の息子の嫁、鈴奈はもう耐える事ができなかった。体調を崩し病院へ行く。医師に告げられた言葉にショックを受け、夫に連絡しようとするが、SNSが既読にならず、電話も繋がらない。もう諦め離婚届だけを置いて実家に帰った。
丸田広一の妻、京香は手足の違和感を感じていた。自分が家族から嫌われている事は知っている。高齢な姑、離婚を仄めかす夫、可愛くない嫁、誰かが私を害そうとしている気がする。渡されていた離婚届に署名をして役所に提出した。もう私は自由の身だ。あの人の所へ向かった。
広一の母、文は途方にくれた。大事な物が無くなっていく。今日は通帳が無くなった。いくら探しても見つからない。まさかとは思うが最近様子が可笑しいあの女が盗んだのかもしれない。衰えた体を動かして、家の中を探し回った。
出張からかえってきた広一の息子、良は家につき愕然とした。信じていた安心できる場所がガラガラと崩れ落ちる。後始末に追われ、いなくなった妻の元へ向かう。妻に頭を下げて別れたくないと懇願した。
平和だった丸田家に襲い掛かる不幸。どんどん倒れる家族。
信じていた家族の形が崩れていく。
倒されたのは誰のせい?
倒れた達磨は再び起き上がる。
丸田家の危機と、それを克服するまでの物語。
丸田 広一…65歳。定年退職したばかり。
丸田 京香…66歳。半年前に退職した。
丸田 良…38歳。営業職。出張が多い。
丸田 鈴奈…33歳。
丸田 勇太…3歳。
丸田 文…82歳。専業主婦。
麗奈…広一が定期的に会っている女。
※7月13日初回完結
※7月14日深夜 忘れたはずの思い~エピローグまでを加筆修正して投稿しました。話数も増やしています。
※7月15日【裏】登場人物紹介追記しました。
2026年1月ジャンルを大衆文学→ミステリーに変更しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる