ルームシェア・危険な二人

四色美美

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私に出来ること

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 夜になり、直樹君と秀樹君が帰って来た。
玄関の隙間から覗いた頭を見て驚いた。
高校球児を彷彿するような丸刈りだったからだ。

その余りの豹変ぶりに私は思わず吹き出してしまった。


「そんな笑うな」
口を尖がらかす直樹君が可愛い。
私は失礼だと思いながらもなかなか笑うことが止められずにいた。


「だってー、坊主頭なんて……」

必死に堪えようとする。それでも私は腹の底から涌いてくる笑いに勝てずにいた。


「これなら染めムラが残らないかと思ってさ」


「でもこれだったら、染め返さなくても良かったんじゃないか?」
大君が鋭い突っ込みを入れた。
その途端、二人は頭を抱えた。


「そうだった。あの時気付けば、出費が抑えられたんだ」

秀樹君の言葉は更に私に笑いの場を提供していた。
私は暫くその場で笑いこけていた。




 「夕飯はこれでどう?」

直樹君は豚饅と書かれた袋を私に渡した。


「えっ、豚饅。私食べてみたかったんです。本場の豚饅!」

私は嬉しくなって、大声を張り上げていた。


「ごめんね大君。実は二人から美味しい物を買って来るからって言われていたの」


「そうか、きっと俺には内緒にしとけ。とかも言われていたんだな」

私は大君の発言に頷きながらキッチンに向かった。




 「なになに、出来立ての商品ですが、冷めた場合は、もう一度ご家庭の蒸し器で蒸しなおすか、または電子レンジの場合、濡れふきん等をかぶせて加熱してください、だって」


私は箱に書いてあったように、早速蒸し器を用意した。

赤い箱の中には四個入っていた。


「まず蒸し布を敷いてその上に豚饅を並べて」

私は一番楽な方法をとっていた。
豚饅が取りだし易いように、蒸し布を敷いていたのだ。


(一体何時この方法を覚えたのだろうか?  私の母は……、そうだ何時も電子レンジだったはずなのに)




 大阪の名物と言えば、お好み焼きとたこ焼きだとばかり思っていた。

だから、まさかの豚饅に涙目になる。


(豚饅なんて初めてだよ。だって地元じゃ肉まんだったし……)

私は霞んで見えない豚饅に手を伸ばした。


「熱っ!!」


「大丈夫!?」
直樹君がすぐに駆け付けて、私の手をフーフーしてくれた。


「ダメだよ。豚饅は熱いから気を付けなきゃ」
直樹君の優しさが嬉しくて、瞳から温かい物が溢れていた。




 「ごめんなさい。湯気で霞んで良く見えてなかったの」
私は嘘を言った。
涙だなんて言えなかったんだ。
直樹君の優しさで泣いたなんて言えなかった。
まして……
まさか豚饅見て泣いたなんてことも言えるはずがなかったのだ。


私は優しい直樹君に手を吹かれながら本当は戸惑っていたのだ。




 「ねえ、大阪ではお好み焼きがおかずなんでしょう? だったら、もしかしたらこれもそうかもね」


「かもな」


「ねえ、やってみない?」


「えっ、合わねえー」

三人が同時に言った。


「そのままで待っていてね」

私はその発言を無視して急いでキッチンに向かって炊飯器からご飯をよそった。




 「さあ、どうぞ」
私は引き吊る顔の皆の前にそれを置いた。
言い出したからには遣らない訳にはいかなかったのだ。


直樹君がイヤイヤ豚饅の皮を手で引き千切ると、中から肉汁が溢れ出ていた。


(わ、美味しそう)

危うく涎を溢しそうになった私。


(どうしよう。そのままだったら、きっともっと美味しいかったな)

私は豚饅をおかずにしようとしたことを後悔した。


「うん。やっぱり本場モンは違うな。おかずでもいける」
見ると、大君がご飯と一緒に豚饅にかぶり付いていた。


私はこの本場モンと言う言葉に直樹君の口角が上がった気がした。


(してやったりって思っているのかな?)
私も気が付いたら直樹君を見て笑っていた。


(熱いのに良く平気だな?)
私は大君の食べっぷりに感心しながら、直樹君の言葉を思い出していた。


『大には内緒にしておいてね。あのね、帰りに美味しい物買って来るからね。いい、絶対に言わないようにね』

言わないようにと言われたから、言えなかった。

でも大君の姿を見て解った。

二人は大君を驚かせたかったのだ。
喜ばせたかったのだ。
素直にそう感じた。


私は三人の友情が羨ましかった。
何時かこんな風に仲間になれたらいいなと思った。


(本当は大君が野球を遣りたいことに気付いているのかな? だから余計に気遣っているのかな?)
何気にそう思った。


でも……
そんなことより……
大君の思い遣りが嬉しかった。


(きっと私をがっかりさせないためなんだな)
私は大君のことが少しだけ解った気がした。




 でも、それは私の買いかぶりだったのかも知れない。


「俺が大阪の大学も受験したのは、もしかしたら美紀ちゃんが来るかも知れないと思ったからだ。親父さんがアレコレ悩んだ末に、爺さんに託すと踏んだんだ」

大君は大阪の大学も受験生していた本当の訳を語り始めた。
私は大君の真意が解らず戸惑っていた。


三人が松宮高校時代に美紀ちゃんをめぐるライバル関係だったことは聞き及んでいる。
三つ子として育った妹が、赤の他人だったのだ。


美紀ちゃんは一年生が実施した人気投票でミス松宮に選ばれたほどの才女だ。
松宮高校一年生の憧れの的だったのだ。


そんな美紀ちゃんを三人は愛したのだ。


妹が本当は誰を愛しているのかを知らずに……直樹君は美紀ちゃんに恋い焦がれたのだ。




 出来ることなら争ってほしくなかった。
本当は、直樹君の恋バナなんて聞きたくなかったのだ。


「つまり抜け駆けか?」


「可笑しいと思ったんだよ。関東地方の大学ならいざ知らず、何で大阪の大学まで受験生したのかって」


でもそんな私の気持ちは無視して一触即発状態になり始めていた。
どうやら大君は言ってはならないことを言い出したようだ。




 「止めよう。中村さんの前だ」
直樹君が大君と秀樹君の中に割って入った。


「大、何であんなこと言い出したんだ?」


「お前達は良いよな。目標があるから……でも俺には何もないんだ」


「何言ってるんだ。お前は先生になるって。だから教育学部を受けたんだろう?」


「それが揺らいでいる。美紀ちゃんが……」


「そうだな。美紀が傍にいたら良かったな」

秀樹君の一言で、大君も直樹君も黙ってしまった。


(やはり美紀ちゃんが関係していたんだ)

きっと三人は、美紀ちゃんを愛する人から遠ざけるために此処に一緒に住むことを目論んだのかも知れない。




 大君は又、あの本を取り出した。


「『学校の先生になるには』か」


「古いけど、物凄くいい本なんだ。リサイクル図書で貰ってきたんだよ。俺は本気でいい先生になろうとしていたんだ」


「大君ならなれると思うよ」


「中村さんは他人だからそんなことが言えるんだ」


「いや、中村さんの言う通りだよ。大、悩んで悩んで大きくなれよ。そうだ。その本後で貸してくれないか?」

直樹君の言葉を聞いて大君が頷いた。




 大君の後は二人の社会人野球の体験談の報告だった。
本当は此方が先のはずだったのだけど……


(まったく、大君が突然あんなことを言い出したから)

私は無事に収まってくれたことに安堵しながら二人の言葉を待っていた。




 午後から始まった練習は四時間で、普段はその後二、三時間は残るそうだ。

でも二人は早目に帰されたようだ。


二人は練習用のユニフォームを脱ぐと、更衣室横のシャワールームへ飛び込んだそうだ。


『流石に気持ちいい』


『うん、坊主最高』
二人はそんな会話をしたようだ。
やはり今までの頭には違和感があったらしい。
ましてそれをカラーリングしていたから尚更だったようだ。

今の高校野球は甲子園では終わらない。
正月近くまであるから受験生は大変なのだそうだ。


それでも社会人野球行きを希望していた二人は、焦る訳でもなく、のんびりとスカウトが来てくれるのを待っていたらしい。

だから、ドラフト会議後は伸ばしていたようだ。

久しぶりの坊主頭の感触は心地良かったそうだ。
もっとも、野球部全体が丸坊主を強制している訳ではないそうだが……


キャンプに参加した時、突然の誘いだったからそのままで行ってしまったようだ。

だから、今回は坊主頭になろうと決めていたそうだ。




 二人は其処で甲子園に導いてくれたコーチと会ったそうだ。

新コーチと前コーチ。
双子だけあって見分けがつかなくて、声を掛けたらもう一人が振り向いてびっくりしたそうだ。


その時、急に母の言ったことを思い出した。


昼間慌てて携帯を掛けてみた。
すると、先に直樹君が電話してくれていたらしい。


(流石、元生徒会長。気配り凄い)


でも私はお礼を言うのを忘れていた。


(ヤバい)

この家に来てから何だかおかしい。
自分が自分でないような感覚。

私は一体どうなっちゃたのかな?


「あのー、母に電話をしたら直樹君から聞いていると言われました。本当にありがとうございました」


「いや、大したことはしてないよ。中村さんがいっぱいいっぱいだって解っていたから」


(いっぱいいっぱいって……、そりゃそうでしょう。大好きな直樹君が傍にいるんだからね)

私は直樹君の本当の真意も知らず笑っていた。




 色々片付けてから部屋に行くと、キングサイズのベッドでは直樹君が寝息を立てていた。

よっぽど疲れたのだろう、バタンキューだったようだ。

私はそんな直樹君をじっと見つめていた。


コーチに会えたことが嬉しくて、上機嫌だった二人の話をまるで母親みたいな面持ちで聞き入っていた。

何故だか解らない。
でも私は又泣きたくなっていた。

私はそっと直樹君の部屋を出てリビングへ向かっていた。


泣き声なんて直樹君には聞かせられない。
明日からの練習に響くかも知れない。
私はそう思っていた。




 広いリビングには、誰も行こうとしない。
埼玉県に今住んでいる美紀ちゃんのお祖父さんのためらしい。
なるべく汚さないようにしているのだ。


三つの部屋とキッチンだけ、それだけ使わせてもらえばいい。
きっとそんな風に考えているのだろう。


それが三人の役割だと思っているのかも知れない。
だから髪の毛を外で染めたんだ。


優しい三人のそれぞれの思い遣りを感じる。
私はそんな三人が益々大好きになっていた。


(でも丸坊主にするなら、大君の言った通りあのヘアカラーはいらなかったな)

私は又、あの時と同じように笑いこけそうになっていた。




 『お母さん』

電話だけど暫くぶりに呼んでみた。

私は陽菜ちゃんとフラワーフェスティバルに行った後でルームシェアする部屋を探すつもりでいた。


母は、そのまま私が其処で暮らすために出て行ったと勘違いしたようだ。


(お母さん……。もう少しだけ此処にいてもいい?  私直樹君の傍にいたい)

私は携帯電話を取り出して、手のひらを被せた。


(陽菜ちゃん、お母さんごめんなさい)
私は唯一のコミュニケーション取れるそれに頬擦りした。




 やっと落ち着いた私は、気を取り直して再び直樹君の部屋のドアを開けた。


キングサイズのベッドで寝息を立てている直樹君の邪魔まをしないようにするのが関の山だった。

時々寝返りを打つ直樹君にトキメク。

胸がドキドキワクワクしてくる。


(ごめんなさい直樹君。私は本当は悪い女なの。恋の悪魔に魅入られて、貴方から離れられなくなった弱い女なの)

直樹君の隣で目を瞑る。

それでも私はそ直樹君を見つめめるために又目を開けていた。


(眠れるはずがないよね。こんなに大好きな人が傍にいるのに)
そう思いながらも、私は目を瞑った。
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