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モデルの仕事
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取り敢えず、彼は事務所でカメラマンとして働くことになった。
社長が彼を理解してくれて、開所の準備の手伝いを申し入れてくれたからだった。
偶々彼にぴったりの仕事があったのだ。
だから、勿論当分間アルバイトだ。
それでも良かった。一緒に居られるだけで幸せだった。
彼の仕事はコンポジなどの資料作成だった。
コンポジとはコンポジットと言い、モデルが持ち歩くあらゆる情報が載っている大きいサイズの名刺みたいな物だ。
美魔女社長のモデル事務所はまだ始まったばかりだ。
だから若い女の子を集めなければならない。
今、そのスカウトでてんやわんやの忙しさだったのだ。
彼が事務所を訪ねて来た時に一緒にいた神野みさとさんは、新宿駅前で社長から声を掛けられたのがきっかけで仲良しになったのだ。
彼女は就活のためにその日田舎から出てきたばかりだった。
新宿駅西口にある二つ並んだ大きな突起物に目を奪われていたそうだ。
リクルートスーツの胸には名札。
だから社長は迷わずに声を描けてみたそうだ。
でも彼女は、ハロウィンの悪夢撮影の当日に新宿イベント広場駅前で私と間違えて拉致された少女だったのだ。
そして一緒に訪ねてくれた神野海翔さんこそ、彼女をバイクで追い掛けて助けてくれたお兄さんだったのだ。
実は二人は関係は兄妹ではなく、イトコだったのだ。
二人はそれと知らず、初恋の人同士だったのだ。
だから悩んでいたのだそうだ。
兄妹を愛したことで狂わんばかりに……
でもまさか二人が夫婦になっていたなんて知らなかった。
しかも旦那様の海翔さんは社長の知り合いで、大袈裟に言えば命の恩人だったのだ。
社長はニューハーフのアジア決戦の時に、その会場で襲われそうになっていた海翔さんを助けたのだ。
襲ったのは寮で一緒だったおネエ系の少年だった。
彼は海翔さんに以前から関係を迫っていた。
海翔さんがあまりにもつれなかったので、ニューハーフに転身してしまったようだ。
海翔さんはだから、お父様の赴任先のアジアから逃げて来たのだった。
社長は海翔さんがチェリーだった事実を知っていた。
だからみさとさんは聞いたのだ。
『あのー、チェリーボーイって何ですか?』
って――。
まさか、彼がそれを聴いていたなんて思いもしなかった。
その上、海翔さんを取り上げた週刊誌を読んでいたなんて……
そのタイトルは、【ジン・神と呼ばれた男――疑惑のチェリーボーイ】
だった。
『チェリーボーイって意味を知った時、思わず仰け反った』
って彼は言っていた。
でも何故仰け反ったのかを聞けなかった。
それは、きっと彼も言われたことなのだと思ったからだった。
今、事務所は面接ラッシュだ。
社長と共にスカウトした少女達がモデルの仕事をやりたくて集まって来る。
でもまだまだ足りない。
そこで、その新人を募集するためのポスターも彼の仕事となった。
勿論、宣伝用の写真撮影は事務所の一室を使用して彼が撮影する。
コンポジ製作にはお金がかかるが、事務所でいっぺんに作れば安上がりになるはずだった。
彼はグッドタイミングで現れたのだった。
「早速だけと、コンポジ見てみる?」
彼は頷きながら、社長の用意した二つのコンポジに目を通した。
「コンポジはね……、コンポジットの略語で、プロフィール写真とか、宣伝材料写真とか言うのよ。貴方の気に入った方を社長に提示してみてね」
彼に耳打ちするように言うと、ジックリと見比べてから一つを指し示した。
「コンポジとは、どうやらモデルの必須アイテムのようですね。だったらこのシンプルのほうが良いと思いますが……」
「流石ね。彼女が惚れ込むだけの資質はあるわ」
「きっとオーディションの時などに持ち歩き、自分を売り込むための物だと思います。モデルの履歴書。と、言った意味合いの物ですか?」
「そう、それを何部か用意しておく物なのよ。早速、彼女からやってみてね」
「でも、正直言って、何故これがダメなのか解らないのですが……。こんな格好いいポーズで決めても、ありかな? 何て気もしてますが……」
「それも一理あるけどね。そう言うのを好む人も確かに居るわ。でも、一部かな? 主催者側はそんなの求めてはいないの。自社の製品をいかに上手く表現出来るかってことよ。シンプルイズベストってトコかな?」
「ありがとうございました。納得致しました。この体験を活かして、頑張ってみます」
彼は頭を下げた。
そして、彼の仕事が開始されたのだった。
私の顔ばかり撮ってきた彼。
だからプロフィール写真は完璧だった。
社長は思わず彼を絶賛した。
彼は集まったモデル候補生の撮影をしながら、以前読者モデルをしていた娘の悩みを聞いていた。
雑誌での専属モデルになるのにも、読者モデルになるのも並大抵ではない。
特に読モは、衣装や小物類までもが自分持ちって所が多くて、彼女達の悩みのタネになっていたのだ。
売れている娘はスポンサーもつくけど、其処までになるのが大変だったのだ。
そこで思いもよらないことを提案した。
それは持ち回りだった。
彼女達の持っているブランドバックを事務所が預り、必要に合わせて貸し出す方法だった。
彼は彼なりに、サポートすることがこの事務所への恩返しになると思ったいたようだ。
私は集まった、未来のモデルの卵達にモデルウォークを教える。
講師料金節約の一貫で、場所も自治会の会議室。
料金は半日で約三千円程度で済むからだ。
「キャットウォークって解る?」
「はい。解ります!!」
勢い良く手を挙げる娘がいた。
「じゃあ、皆に解るように説明してあげてね」
「キャットウォークって言うのは、文字どおり、猫が歩く道です。良く天井近くの梁か何かに造ってあります」
その娘は超真面目に答えていた。
「ぷっ!」
誰かが吹き出した。
「其処で笑った人。それでは正しい説明してあげてみて」
「はい。キャットウォークは、建築現場では足場です。ホラ、家を建てる時に大工さんが色々な物を運ぶために造ります。でも、講師の言われたキャットウォークは、きっとランナウェイとも言うファッションショーの突き出した道だと思いますが……」
「その通りです。説明も、完璧でした。建築現場を良く思い出してください。あれだけ高いとバランスを保つのも大変ですね。ランナウェイでも同じです。バランスが悪いと、高い場所から落ちてしまいます。だから、そんなことにならないようにしっかりモデルウォークをマスターしてください」
モデル独特の歩き方は正直言って疲れる。
読者モデルなら、大股で大手を振って歩いていればそれなりに格好良く見える。
でも基本中の基本だから、どうしてもマスターさせなければならないのだ。
モデルになるにはモデルウォーク以外のレッスンも必要になる。
もし普通のモデル事務所に所属したのなら、それらの費用はモデル持ちで、百万円も取られる所もあるようだ。
まずハイヒールのウォーキングを教える。
モデルの場合、一番多いのがこのハイヒールだからだ。
足の付け根から脚全体を真っ直ぐに出す。
つま先とかかとを同時に着地させる。
後ろ足の親指に力を入れて地面を蹴るように歩く。
この時、後ろ足や膝などを曲げないようにすることがコツなのだ。
後ろにあるスペースで早速実施する。
彼は早速、緑色の人工芝を半分にカットした物を二つ用意した。
長さは事務所でも使用出来るようにしたので部屋の一辺のサイズだ。
それぞれに赤いマーカーがしてある。
短いのを縦に二つ並べばれば此処のような会場で長い距離の練習が出来る。
又事務所サイズなので、何時でも何処でも歩く練習が出来る訳だ。
赤いマーカーは彼が書いてくれた。
その上を真っ直ぐに歩く訓練のためだそうだ。
彼も彼なりに、工夫をしてくれたのだ。
「では、用意してきたハイヒールを出してください」
私の発言で一斉にそれを出す生徒達。
私は未来のモデルの卵達を頼もしく見ていた。
「ハイヒールはビニールシートの上で履き替えてください。床が傷付いたら大変ですので」
「では、此方にお並びください」
彼も急遽指導員の一人に加わった。
「膝を曲げずに脚を一歩前に出す。この時、踵からの着地はダメです。先が細くなっていますから、バランスを崩して倒れてしまいます。又つま先から着地してもいけません。体の重心がズレてしまいます。ハイヒールでしっかり歩くには、土踏まずを意識してください。土踏まずの真ん中辺りを床に押し付けるように着地するとスムーズな足の運びが出来るようになります」
私の説明は完璧だった。
皆次々とこなしていく。
「それでは、次にこの赤い線の上を歩いてみてください」
まず、足を揃える。
一歩ずつ正確にせんの上を歩くにはつま先と踵までを線に乗せることが大事だ。
内股や外又では、体のバランスが取れ難くなる。
真っ直ぐに立つことも重要なのだ。
次はモデルダイエット。
「カロリーが高いと言うだけが太る原因ではありません。一つの要因ですが……」
取り敢えず太るとされている食材リストを配った。
「これ全部がいけない訳ではありません。例えば、チョコレートですが、ちょこっと食べて歩けば体脂肪が消費すると言われています」
「いっぱい食べれば?」
「そりゃ太りますね。でも甘い物は脳のご馳走です。あまり怖がらずに食べてください。特にアンコは食物繊維がたっぷりだからお腹にもいいです」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんですよ。実は和菓子は優れた低カロリー食品なのです」
「でも、これも沢山食べたらアウトですね」
「どんなに食べたがっているの? でも我慢するのが一番いけないから適度にね。あ、そうそういいカロリー消費作戦があったわ」
「えっ、それ知りたい」
「ウォーキングや有酸素運動の前に首筋を数秒冷やせば、消費体脂肪率が上がるそうです。是非試してみてくださいね。やる場所はスーパーなんて、どう?」
「講師、何でスーパーなんですか?」
「スーパーにはお持ち帰り用の氷があるでしょう? あれを一ついただいて首筋に当ててからお買い物です。それもついでに隈無く歩いてみれば消費カロリーもグーンとアップするはずです。やってみてくださいね」
「はーい。やってみます」
「それでは本日の講義は此処までです。長い間御苦労でした」
私は大役を何とか果たしホッとしていた。
「そうそう、スーパーは出来るだけ知らない所に行きましょう」
「えっ、何故?」
皆がざわつき始めた。
「スーパーって、まぁ当たり前なのですが……、一軒一軒が違う作りに商品配列も違うでしょ? 聞いた話によるとあれが頭に良いらしいです」
私は少し得意になっていた。
「冒険でワクワクするからかな?」
「何事も好奇心で挑戦すれば脳も活性化するようです。何処に何があるか解らないから、探すのが大変ですが、消費カロリーも増えますから試してみてくださいね」
「はーい。絶対にやってみます」
生徒達はイキイキしていた。
私はそんな姿を見て、又モデルに戻れたことが嬉しくて仕方無くなっていた。
「それでは、本日の抗議は此処までです。次回も此処で、ミュールと下駄の歩き方です。手持ちがありましたお持ちください」
それは私がこの事務所へやってきてから体験した、モデル以外の初仕事だった。
後輩を育てることも大切なカテゴリーだったのだ。
でも何故だかざわついているようだった。
その原因は外にあって、誰かが私の講義の様子を伺っていたのだ。
突入して来るまで誰だか気付かなかったけど……
社長が彼を理解してくれて、開所の準備の手伝いを申し入れてくれたからだった。
偶々彼にぴったりの仕事があったのだ。
だから、勿論当分間アルバイトだ。
それでも良かった。一緒に居られるだけで幸せだった。
彼の仕事はコンポジなどの資料作成だった。
コンポジとはコンポジットと言い、モデルが持ち歩くあらゆる情報が載っている大きいサイズの名刺みたいな物だ。
美魔女社長のモデル事務所はまだ始まったばかりだ。
だから若い女の子を集めなければならない。
今、そのスカウトでてんやわんやの忙しさだったのだ。
彼が事務所を訪ねて来た時に一緒にいた神野みさとさんは、新宿駅前で社長から声を掛けられたのがきっかけで仲良しになったのだ。
彼女は就活のためにその日田舎から出てきたばかりだった。
新宿駅西口にある二つ並んだ大きな突起物に目を奪われていたそうだ。
リクルートスーツの胸には名札。
だから社長は迷わずに声を描けてみたそうだ。
でも彼女は、ハロウィンの悪夢撮影の当日に新宿イベント広場駅前で私と間違えて拉致された少女だったのだ。
そして一緒に訪ねてくれた神野海翔さんこそ、彼女をバイクで追い掛けて助けてくれたお兄さんだったのだ。
実は二人は関係は兄妹ではなく、イトコだったのだ。
二人はそれと知らず、初恋の人同士だったのだ。
だから悩んでいたのだそうだ。
兄妹を愛したことで狂わんばかりに……
でもまさか二人が夫婦になっていたなんて知らなかった。
しかも旦那様の海翔さんは社長の知り合いで、大袈裟に言えば命の恩人だったのだ。
社長はニューハーフのアジア決戦の時に、その会場で襲われそうになっていた海翔さんを助けたのだ。
襲ったのは寮で一緒だったおネエ系の少年だった。
彼は海翔さんに以前から関係を迫っていた。
海翔さんがあまりにもつれなかったので、ニューハーフに転身してしまったようだ。
海翔さんはだから、お父様の赴任先のアジアから逃げて来たのだった。
社長は海翔さんがチェリーだった事実を知っていた。
だからみさとさんは聞いたのだ。
『あのー、チェリーボーイって何ですか?』
って――。
まさか、彼がそれを聴いていたなんて思いもしなかった。
その上、海翔さんを取り上げた週刊誌を読んでいたなんて……
そのタイトルは、【ジン・神と呼ばれた男――疑惑のチェリーボーイ】
だった。
『チェリーボーイって意味を知った時、思わず仰け反った』
って彼は言っていた。
でも何故仰け反ったのかを聞けなかった。
それは、きっと彼も言われたことなのだと思ったからだった。
今、事務所は面接ラッシュだ。
社長と共にスカウトした少女達がモデルの仕事をやりたくて集まって来る。
でもまだまだ足りない。
そこで、その新人を募集するためのポスターも彼の仕事となった。
勿論、宣伝用の写真撮影は事務所の一室を使用して彼が撮影する。
コンポジ製作にはお金がかかるが、事務所でいっぺんに作れば安上がりになるはずだった。
彼はグッドタイミングで現れたのだった。
「早速だけと、コンポジ見てみる?」
彼は頷きながら、社長の用意した二つのコンポジに目を通した。
「コンポジはね……、コンポジットの略語で、プロフィール写真とか、宣伝材料写真とか言うのよ。貴方の気に入った方を社長に提示してみてね」
彼に耳打ちするように言うと、ジックリと見比べてから一つを指し示した。
「コンポジとは、どうやらモデルの必須アイテムのようですね。だったらこのシンプルのほうが良いと思いますが……」
「流石ね。彼女が惚れ込むだけの資質はあるわ」
「きっとオーディションの時などに持ち歩き、自分を売り込むための物だと思います。モデルの履歴書。と、言った意味合いの物ですか?」
「そう、それを何部か用意しておく物なのよ。早速、彼女からやってみてね」
「でも、正直言って、何故これがダメなのか解らないのですが……。こんな格好いいポーズで決めても、ありかな? 何て気もしてますが……」
「それも一理あるけどね。そう言うのを好む人も確かに居るわ。でも、一部かな? 主催者側はそんなの求めてはいないの。自社の製品をいかに上手く表現出来るかってことよ。シンプルイズベストってトコかな?」
「ありがとうございました。納得致しました。この体験を活かして、頑張ってみます」
彼は頭を下げた。
そして、彼の仕事が開始されたのだった。
私の顔ばかり撮ってきた彼。
だからプロフィール写真は完璧だった。
社長は思わず彼を絶賛した。
彼は集まったモデル候補生の撮影をしながら、以前読者モデルをしていた娘の悩みを聞いていた。
雑誌での専属モデルになるのにも、読者モデルになるのも並大抵ではない。
特に読モは、衣装や小物類までもが自分持ちって所が多くて、彼女達の悩みのタネになっていたのだ。
売れている娘はスポンサーもつくけど、其処までになるのが大変だったのだ。
そこで思いもよらないことを提案した。
それは持ち回りだった。
彼女達の持っているブランドバックを事務所が預り、必要に合わせて貸し出す方法だった。
彼は彼なりに、サポートすることがこの事務所への恩返しになると思ったいたようだ。
私は集まった、未来のモデルの卵達にモデルウォークを教える。
講師料金節約の一貫で、場所も自治会の会議室。
料金は半日で約三千円程度で済むからだ。
「キャットウォークって解る?」
「はい。解ります!!」
勢い良く手を挙げる娘がいた。
「じゃあ、皆に解るように説明してあげてね」
「キャットウォークって言うのは、文字どおり、猫が歩く道です。良く天井近くの梁か何かに造ってあります」
その娘は超真面目に答えていた。
「ぷっ!」
誰かが吹き出した。
「其処で笑った人。それでは正しい説明してあげてみて」
「はい。キャットウォークは、建築現場では足場です。ホラ、家を建てる時に大工さんが色々な物を運ぶために造ります。でも、講師の言われたキャットウォークは、きっとランナウェイとも言うファッションショーの突き出した道だと思いますが……」
「その通りです。説明も、完璧でした。建築現場を良く思い出してください。あれだけ高いとバランスを保つのも大変ですね。ランナウェイでも同じです。バランスが悪いと、高い場所から落ちてしまいます。だから、そんなことにならないようにしっかりモデルウォークをマスターしてください」
モデル独特の歩き方は正直言って疲れる。
読者モデルなら、大股で大手を振って歩いていればそれなりに格好良く見える。
でも基本中の基本だから、どうしてもマスターさせなければならないのだ。
モデルになるにはモデルウォーク以外のレッスンも必要になる。
もし普通のモデル事務所に所属したのなら、それらの費用はモデル持ちで、百万円も取られる所もあるようだ。
まずハイヒールのウォーキングを教える。
モデルの場合、一番多いのがこのハイヒールだからだ。
足の付け根から脚全体を真っ直ぐに出す。
つま先とかかとを同時に着地させる。
後ろ足の親指に力を入れて地面を蹴るように歩く。
この時、後ろ足や膝などを曲げないようにすることがコツなのだ。
後ろにあるスペースで早速実施する。
彼は早速、緑色の人工芝を半分にカットした物を二つ用意した。
長さは事務所でも使用出来るようにしたので部屋の一辺のサイズだ。
それぞれに赤いマーカーがしてある。
短いのを縦に二つ並べばれば此処のような会場で長い距離の練習が出来る。
又事務所サイズなので、何時でも何処でも歩く練習が出来る訳だ。
赤いマーカーは彼が書いてくれた。
その上を真っ直ぐに歩く訓練のためだそうだ。
彼も彼なりに、工夫をしてくれたのだ。
「では、用意してきたハイヒールを出してください」
私の発言で一斉にそれを出す生徒達。
私は未来のモデルの卵達を頼もしく見ていた。
「ハイヒールはビニールシートの上で履き替えてください。床が傷付いたら大変ですので」
「では、此方にお並びください」
彼も急遽指導員の一人に加わった。
「膝を曲げずに脚を一歩前に出す。この時、踵からの着地はダメです。先が細くなっていますから、バランスを崩して倒れてしまいます。又つま先から着地してもいけません。体の重心がズレてしまいます。ハイヒールでしっかり歩くには、土踏まずを意識してください。土踏まずの真ん中辺りを床に押し付けるように着地するとスムーズな足の運びが出来るようになります」
私の説明は完璧だった。
皆次々とこなしていく。
「それでは、次にこの赤い線の上を歩いてみてください」
まず、足を揃える。
一歩ずつ正確にせんの上を歩くにはつま先と踵までを線に乗せることが大事だ。
内股や外又では、体のバランスが取れ難くなる。
真っ直ぐに立つことも重要なのだ。
次はモデルダイエット。
「カロリーが高いと言うだけが太る原因ではありません。一つの要因ですが……」
取り敢えず太るとされている食材リストを配った。
「これ全部がいけない訳ではありません。例えば、チョコレートですが、ちょこっと食べて歩けば体脂肪が消費すると言われています」
「いっぱい食べれば?」
「そりゃ太りますね。でも甘い物は脳のご馳走です。あまり怖がらずに食べてください。特にアンコは食物繊維がたっぷりだからお腹にもいいです」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんですよ。実は和菓子は優れた低カロリー食品なのです」
「でも、これも沢山食べたらアウトですね」
「どんなに食べたがっているの? でも我慢するのが一番いけないから適度にね。あ、そうそういいカロリー消費作戦があったわ」
「えっ、それ知りたい」
「ウォーキングや有酸素運動の前に首筋を数秒冷やせば、消費体脂肪率が上がるそうです。是非試してみてくださいね。やる場所はスーパーなんて、どう?」
「講師、何でスーパーなんですか?」
「スーパーにはお持ち帰り用の氷があるでしょう? あれを一ついただいて首筋に当ててからお買い物です。それもついでに隈無く歩いてみれば消費カロリーもグーンとアップするはずです。やってみてくださいね」
「はーい。やってみます」
「それでは本日の講義は此処までです。長い間御苦労でした」
私は大役を何とか果たしホッとしていた。
「そうそう、スーパーは出来るだけ知らない所に行きましょう」
「えっ、何故?」
皆がざわつき始めた。
「スーパーって、まぁ当たり前なのですが……、一軒一軒が違う作りに商品配列も違うでしょ? 聞いた話によるとあれが頭に良いらしいです」
私は少し得意になっていた。
「冒険でワクワクするからかな?」
「何事も好奇心で挑戦すれば脳も活性化するようです。何処に何があるか解らないから、探すのが大変ですが、消費カロリーも増えますから試してみてくださいね」
「はーい。絶対にやってみます」
生徒達はイキイキしていた。
私はそんな姿を見て、又モデルに戻れたことが嬉しくて仕方無くなっていた。
「それでは、本日の抗議は此処までです。次回も此処で、ミュールと下駄の歩き方です。手持ちがありましたお持ちください」
それは私がこの事務所へやってきてから体験した、モデル以外の初仕事だった。
後輩を育てることも大切なカテゴリーだったのだ。
でも何故だかざわついているようだった。
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