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ジンサイド
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俺は神野海翔(じんのかいと)。
某有名私立大学の経済学部の夜間部に通う傍ら、歌舞伎町の正統派ホストクラブでアルバイトをしていた。
経済学部卒業。
その肩書きは、人生を変えてくれるかも知れない。
俺はマジでそう思っていた。
そう……
あのハロウィンの日にみさとに再会するまでは。
夜間大学が数ある中で、何故其処を選んだのかと言えば……
授業料が安いことに加えて、四年で卒業出来るからだった。
聞いた話によると、大概五年はかかるそうだ。
俺は其処の最終の……
つまり四期生だった。
俺は早く卒業したくて、必死に勉強した。
一年延びるとそれだけお金もかかるからだ。
だからアルバイトにも精を出したんだ。
誰にも迷惑を掛けたくなかった俺は、とある人の紹介で歌舞伎町のホストクラブで接客アルバイトをすることにしたんだ。
それはボーイと言う、ホストの世話係だった。
でも流石に親父には言えなかった。
親父は真面目にやっていると思っていたはずだ。
その人とは東南アジアのニューハーフショーで知り合ったんだ。
俺を恋人にしたがっている男友達が、俺を振り向かせるために性転換してしまったんだ。
俺はそれを知らずにノコノコ出掛けたんだ。
俺は何も知らずに……
いや、本当は気付いていたのかもしれない……
だから結局、其処で襲われそうになっていた。
それを救ってくれたのがあの美魔女社長だった。
『お前のチェリーを捨てさせてくれ。って彼迫られていたのよ。だから未経験だと思ったの。その通りだったでしょう?』
モデル事務所で社長は笑いながら言った。
そっとみさとを見ると頷いていた。
何故だか俺はホッとしていた。
きっとみさとは、俺が本当に初体験だったと言うことを解ってくれたと思っていた。
『あの……、チェリーボーイって何ですか?』
でもその後で、明け透けに聞いたみさとに俺は思わず仰け反った。
それは、想像すらしていない言葉だったのだ。
でもみんな、一瞬声を詰まらせた後で吹き出していた。
知らなくて当然だと思った。
みさとは田舎産まれの田舎育ち。
そんな情報入ってくる訳がないんだ。
そのチェリーボーイを橘遥さんの彼が聞いていたんだ。
彼はその時に事務所の中で談笑しているのが俺だと気付いたそうだ。
ホワイトデーに俺の作ったマシュマロでみさとといちゃついていたら、『早急に愛の鐘を造らなければならなくなったから東京へ来てくれ』と親父から連絡があった。
俺は漁業組合へ連絡を入れてから、青春十八切符で親父に言われた駅に向かった。
でも、改札口で驚いた。
橘遥さんが迎えに来ていたいたからだ。
彼女は行方不明になっていた社長令嬢だったのだ。
二十歳の誕生日にグラビア撮影で呼び出された彼女は、何も知らされないままに拘束されてAVを撮影されたらしい。
俺はあのスタジオで橘遥さんに憐れを感じ警察に連絡しなかった。
もしあの時呼んでいたら彼女も逮捕されていたのかも知れない。
彼女にとって、良かったのか悪かったのかは解らない。
でもきっと、ずっと本当の父親には会えなかったのではないかと思った。
社長の部屋に通され、橘遥さんの婚約者を紹介された。
その人は、美魔女社長の事務所で会ったカメラマンだった。
二人は許嫁同士だったのだ。
監督はその事実を知っていた。
知っていながら、苦痛に喘ぐ彼女の姿を彼に撮影させていたのだった。
その時決まったことは、四月一日に入社式と愛の鐘の除幕式を同時にやることだった。
勿論担当者は俺と彼だった。
彼からアイデアを聞いた時耳を疑った。
その鐘を神父様のいないチャペルの一部にするらしいのだ。
其処にあるのは、小さな写真スタジオ。
それが彼の希望だったのだ。
監督は親父の会社の社長とは古い付き合いで、橘遥さんの産みの母とは恋人同志だったのだ。
社長が横恋慕して、自分の正体を明かした上でプロポーズしたようだ。
それを聞かされた時、俺の母親を死に追いやったみさとの実父を思い出した。
俺の母は、身籠ったばかりのみさとの母の代わりに乗船し沖合いで死んでいた。
でも、本当の目的は違った。
俺の父とみさとの母を疑い、その腹いせをするためだったのだ。
その行為の最中に大型船と衝突してしまったのだ。
俺の親父とみさとの母はかって恋人同士だった。
祖母はそれを承知で二人を別れさせて、長男の嫁にしてしまったのだった。
みさとの父が、俺の父の恋人を好きになったためだった。
祖母は家業を継いだ長男を溺愛していたのだった。
そのことで祖母は苦しみながら死んでいったのだった。
監督は高熱に苦しみやっとの思いで帰国した。
それは豚に寄生する有鉤条虫の仕業だった。
生き血を飲まされたことによる、殺人未遂事件だったのだ。
一緒に飲まされた人は現地で死亡していた。
でもそれは、会社の役員を死に追いやったとして監督に責任を擦り付けるために仕組まれた犯罪だったのだ。
監督含めた全員が保険金詐欺だと気付かずに、そのプロダクションに多額の違約金を払う破目になったのだった。
傷心しきった監督の元に、はるかさんの事故死が報じられた。
しかも、はるかさんとの間にもうけた社長の娘が行方不明になっていることも……
それは社長が意図して発表したものではない。
それでもあっという間に世間を賑わせてしまったのだった。
そのことで監督は、はるかさんが社長の子供を出産したと勘違いしてしまったのだった。
それでも自分の子供ではないのかと疑ってはいたのだ。
あの証拠物件を見るまでは……
だから……
橘遥さんは、監督にAV女優にさせられたのだ。
自分が愛した恋人と同じ顔をした橘遥さんを……
監督はAV俳優陣に襲わさせ、本来なら橘遥さんの許嫁であるべきカメラマンにその様子を撮影させていたのだった。
その上で、俳優陣の悪巧みに乗せられたと言う形を取ったのだ。
それは本来の目的だった、社長とはるかさんの間に誕生した橘遥さんを監督自身が犯すことだったのだ。
本当の娘である橘遥さんを……
本当の娘ではないのかと疑っていた橘遥さんを……
哀しみの果てに監督が辿り着いたのは、猛火に焼かれるほどのジェラシーだったのだ。
橘遥さんは父の会社の社長の娘ではなかったのだ。
社長はそれを承知で娘として発表したのだった。
社長の愛したはるかさんは、監督の恋人だった。
それが、監督を狂わせたことを承知していたのだ。
若気のいたりで片付けられることではないが……
監督は本当に何も知らなかった。
橘遥さんを育児放棄した橘はるかさんを、自分の恋人だったはるかさんだと思い込んでしまったのだ。
それでも疑っていた。
自分との間に出来た子供ではないのと……
だから事務所へ行って生年月日を確かめたのだ。
監督の計算では誕生日は十二月になるはずだった。
でも、其処に記載されていた日は三ヶ月早かったのだった。
全てはあの高速バスの事故がもたらせた悲劇だったのだ。
橘遥夫婦の後見人として、あの監督と面会してきた。
実は監督も騙されていたのだ。
例のプロダクションから渡されたのは、確かに橘はるかの娘の借用書だった。
でも彼女に残っていたのは、大学入学金の一部だったのだ。
それを承知でプロダクションは勝手に、ホンの僅かに残った借金を強引に肩代わりして橘遥さんを移籍させてしまったのだ。
しかも書類を解らないように紛れ込ませたのだ。
それは橘遥さんをAV俳優に遣らせるためだった。
確かに橘はるかさんの育児放棄した娘を育ててくれた両親は多額の負債を抱えていた。
そのために不動産は没収されていて、残った借金は殆んど橘遥さんが返していたのだ。
橘遥さんの実力ならすぐに返し終える程度の金額だったようだ。
ただ社長はそのことを彼女には伝えていなかったのだ。
だから事務所の社長が泣いたのだ。
配慮が足りなかったことを……
気付いてやれなかった哀しみが……
彼女を守ってやれなかったが悔しさが……
社長自身を憤慨させたのだった。
彼女がつい言ってしまったヴァージン。
社長は全てそのせいにしてしまっていたのだ。
『『家の俳優に物凄くでかいのがいる。あの娘と遣らせたい』って言われた時は鳥肌が立った。『あの娘は素人ですよ』って言ったら『だから良いんだ。調べた限り、あの娘には身寄りがない。天涯孤独だから、後腐れがないだろう』って言ってた』
監督はそう言っていた。
監督には彼女が、かっての恋人だったはるかさんの子供だと解っていたはずだ。
だから、自分の子供かも知れないと疑ったはずなのだ。
だから事務所へ行って生年月日を調べた時に、勘違いしてしまったのだ。
八年前のあの日に戻れるなら、俺は橘遥さんを助けたい。
そしてもう一度大学生に戻してやりたい。
でもそれは逆立ちしても無理なことだ。
だったらせめて、此処に住みながら通信教育……
それなら可能だと思い始めてる。
いい機会だからみさとにも……
あんまり勉強は好きではないと思っているけどね。
橘遥さんと一緒だったら、みさともヤル気になってくれるかも知れない。
ヒアリングの時、きっとみさとは魚の匂いを気にするだろう。
でもそれは、漁師の女房の証しなのだ。
だから、堂々としていればいいんだ。
俺はみさとの匂いが大好きなのだから……
豚の寄生虫で亡くなった男性は名ばかりの役員だった。
それは保険金の受け取り名義を会社にするためだった。
撮影中に死亡したなら、見舞金も沢山出すだろう。
そう踏んだのだ。
だから危険な場所へ送ったのだ。
その挙げ句があの豚の生き血だったのだ。
その人は、監督と会う以前から飲まされていたのではないのだろうか? 『奴はあの前に、別の取材で戦地に行かされたようだ。其処で死ぬかと思ったそうだ』監督は確かそんなことを言っていた。
だとしたら、明らかに保険金詐欺だ。
俺はこの時、煮え繰り返る腸を抑えることが出来なかった。
『だから、頼みがある。告訴は取り消さないでくれ。俺はあのプロダクションの事態を裁判で明らかにするつもりだ。俺達父娘を地獄に突き落としたアイツ等にも責任の一端はあるんだから』
監督は俺達に宣言した通り、そのプロダクションの悪行の数々を公の場で明らかにした。
それでも決して、橘遥さんと社長との親子関係などには触れなかった。
二人の名前を法廷の場に出すこともしなかった。
確かに、訴えたのは橘遥さんだったのだが……
でも悪徳モデル事務所の社長の裁判の時は違った。
まさかみさとがあんなに強い女性に成長しているとは……
『私はあの時十七歳でした。就活のために初めて訪れた東京で拉致監禁され、そして三人の男性にレイプされそうになったのです』
未成年者を守るために設けられた間仕切りの中で断言した。
『でもそれは監督のせいではありません。全てを企画したのは……私の知る限りでは被告席に居る社長です』
更にみさとは続けた。
『田舎から出てきたばかりの娘をレイプして、その映像で儲けようとしたのです。こんな卑劣な人をのさばらせておく気ですか? どうか直刑をお願い致します』
みさとは橘遥さんの名前を出すこともなく、俺に助け出されたハロウィンの悪夢の撮影現場の一部始終を語ったのだった。
裁判の行方はまだ解らない。
でも橘遥さんに平穏な日々が戻ることだけは確信している。
それはみさとの希望だった。
だからみさとは自分に鞭を打ち、恐怖と闘いながら証言したのだ。
俺はこれから一年掛けてあの愛の鐘を盛り上げて、地域の発展に寄与したいと思う。
そして……
来年の春。
二人の大学生の誕生を応援したい。
そのためにも、頑張るつもりだ。
完。
某有名私立大学の経済学部の夜間部に通う傍ら、歌舞伎町の正統派ホストクラブでアルバイトをしていた。
経済学部卒業。
その肩書きは、人生を変えてくれるかも知れない。
俺はマジでそう思っていた。
そう……
あのハロウィンの日にみさとに再会するまでは。
夜間大学が数ある中で、何故其処を選んだのかと言えば……
授業料が安いことに加えて、四年で卒業出来るからだった。
聞いた話によると、大概五年はかかるそうだ。
俺は其処の最終の……
つまり四期生だった。
俺は早く卒業したくて、必死に勉強した。
一年延びるとそれだけお金もかかるからだ。
だからアルバイトにも精を出したんだ。
誰にも迷惑を掛けたくなかった俺は、とある人の紹介で歌舞伎町のホストクラブで接客アルバイトをすることにしたんだ。
それはボーイと言う、ホストの世話係だった。
でも流石に親父には言えなかった。
親父は真面目にやっていると思っていたはずだ。
その人とは東南アジアのニューハーフショーで知り合ったんだ。
俺を恋人にしたがっている男友達が、俺を振り向かせるために性転換してしまったんだ。
俺はそれを知らずにノコノコ出掛けたんだ。
俺は何も知らずに……
いや、本当は気付いていたのかもしれない……
だから結局、其処で襲われそうになっていた。
それを救ってくれたのがあの美魔女社長だった。
『お前のチェリーを捨てさせてくれ。って彼迫られていたのよ。だから未経験だと思ったの。その通りだったでしょう?』
モデル事務所で社長は笑いながら言った。
そっとみさとを見ると頷いていた。
何故だか俺はホッとしていた。
きっとみさとは、俺が本当に初体験だったと言うことを解ってくれたと思っていた。
『あの……、チェリーボーイって何ですか?』
でもその後で、明け透けに聞いたみさとに俺は思わず仰け反った。
それは、想像すらしていない言葉だったのだ。
でもみんな、一瞬声を詰まらせた後で吹き出していた。
知らなくて当然だと思った。
みさとは田舎産まれの田舎育ち。
そんな情報入ってくる訳がないんだ。
そのチェリーボーイを橘遥さんの彼が聞いていたんだ。
彼はその時に事務所の中で談笑しているのが俺だと気付いたそうだ。
ホワイトデーに俺の作ったマシュマロでみさとといちゃついていたら、『早急に愛の鐘を造らなければならなくなったから東京へ来てくれ』と親父から連絡があった。
俺は漁業組合へ連絡を入れてから、青春十八切符で親父に言われた駅に向かった。
でも、改札口で驚いた。
橘遥さんが迎えに来ていたいたからだ。
彼女は行方不明になっていた社長令嬢だったのだ。
二十歳の誕生日にグラビア撮影で呼び出された彼女は、何も知らされないままに拘束されてAVを撮影されたらしい。
俺はあのスタジオで橘遥さんに憐れを感じ警察に連絡しなかった。
もしあの時呼んでいたら彼女も逮捕されていたのかも知れない。
彼女にとって、良かったのか悪かったのかは解らない。
でもきっと、ずっと本当の父親には会えなかったのではないかと思った。
社長の部屋に通され、橘遥さんの婚約者を紹介された。
その人は、美魔女社長の事務所で会ったカメラマンだった。
二人は許嫁同士だったのだ。
監督はその事実を知っていた。
知っていながら、苦痛に喘ぐ彼女の姿を彼に撮影させていたのだった。
その時決まったことは、四月一日に入社式と愛の鐘の除幕式を同時にやることだった。
勿論担当者は俺と彼だった。
彼からアイデアを聞いた時耳を疑った。
その鐘を神父様のいないチャペルの一部にするらしいのだ。
其処にあるのは、小さな写真スタジオ。
それが彼の希望だったのだ。
監督は親父の会社の社長とは古い付き合いで、橘遥さんの産みの母とは恋人同志だったのだ。
社長が横恋慕して、自分の正体を明かした上でプロポーズしたようだ。
それを聞かされた時、俺の母親を死に追いやったみさとの実父を思い出した。
俺の母は、身籠ったばかりのみさとの母の代わりに乗船し沖合いで死んでいた。
でも、本当の目的は違った。
俺の父とみさとの母を疑い、その腹いせをするためだったのだ。
その行為の最中に大型船と衝突してしまったのだ。
俺の親父とみさとの母はかって恋人同士だった。
祖母はそれを承知で二人を別れさせて、長男の嫁にしてしまったのだった。
みさとの父が、俺の父の恋人を好きになったためだった。
祖母は家業を継いだ長男を溺愛していたのだった。
そのことで祖母は苦しみながら死んでいったのだった。
監督は高熱に苦しみやっとの思いで帰国した。
それは豚に寄生する有鉤条虫の仕業だった。
生き血を飲まされたことによる、殺人未遂事件だったのだ。
一緒に飲まされた人は現地で死亡していた。
でもそれは、会社の役員を死に追いやったとして監督に責任を擦り付けるために仕組まれた犯罪だったのだ。
監督含めた全員が保険金詐欺だと気付かずに、そのプロダクションに多額の違約金を払う破目になったのだった。
傷心しきった監督の元に、はるかさんの事故死が報じられた。
しかも、はるかさんとの間にもうけた社長の娘が行方不明になっていることも……
それは社長が意図して発表したものではない。
それでもあっという間に世間を賑わせてしまったのだった。
そのことで監督は、はるかさんが社長の子供を出産したと勘違いしてしまったのだった。
それでも自分の子供ではないのかと疑ってはいたのだ。
あの証拠物件を見るまでは……
だから……
橘遥さんは、監督にAV女優にさせられたのだ。
自分が愛した恋人と同じ顔をした橘遥さんを……
監督はAV俳優陣に襲わさせ、本来なら橘遥さんの許嫁であるべきカメラマンにその様子を撮影させていたのだった。
その上で、俳優陣の悪巧みに乗せられたと言う形を取ったのだ。
それは本来の目的だった、社長とはるかさんの間に誕生した橘遥さんを監督自身が犯すことだったのだ。
本当の娘である橘遥さんを……
本当の娘ではないのかと疑っていた橘遥さんを……
哀しみの果てに監督が辿り着いたのは、猛火に焼かれるほどのジェラシーだったのだ。
橘遥さんは父の会社の社長の娘ではなかったのだ。
社長はそれを承知で娘として発表したのだった。
社長の愛したはるかさんは、監督の恋人だった。
それが、監督を狂わせたことを承知していたのだ。
若気のいたりで片付けられることではないが……
監督は本当に何も知らなかった。
橘遥さんを育児放棄した橘はるかさんを、自分の恋人だったはるかさんだと思い込んでしまったのだ。
それでも疑っていた。
自分との間に出来た子供ではないのと……
だから事務所へ行って生年月日を確かめたのだ。
監督の計算では誕生日は十二月になるはずだった。
でも、其処に記載されていた日は三ヶ月早かったのだった。
全てはあの高速バスの事故がもたらせた悲劇だったのだ。
橘遥夫婦の後見人として、あの監督と面会してきた。
実は監督も騙されていたのだ。
例のプロダクションから渡されたのは、確かに橘はるかの娘の借用書だった。
でも彼女に残っていたのは、大学入学金の一部だったのだ。
それを承知でプロダクションは勝手に、ホンの僅かに残った借金を強引に肩代わりして橘遥さんを移籍させてしまったのだ。
しかも書類を解らないように紛れ込ませたのだ。
それは橘遥さんをAV俳優に遣らせるためだった。
確かに橘はるかさんの育児放棄した娘を育ててくれた両親は多額の負債を抱えていた。
そのために不動産は没収されていて、残った借金は殆んど橘遥さんが返していたのだ。
橘遥さんの実力ならすぐに返し終える程度の金額だったようだ。
ただ社長はそのことを彼女には伝えていなかったのだ。
だから事務所の社長が泣いたのだ。
配慮が足りなかったことを……
気付いてやれなかった哀しみが……
彼女を守ってやれなかったが悔しさが……
社長自身を憤慨させたのだった。
彼女がつい言ってしまったヴァージン。
社長は全てそのせいにしてしまっていたのだ。
『『家の俳優に物凄くでかいのがいる。あの娘と遣らせたい』って言われた時は鳥肌が立った。『あの娘は素人ですよ』って言ったら『だから良いんだ。調べた限り、あの娘には身寄りがない。天涯孤独だから、後腐れがないだろう』って言ってた』
監督はそう言っていた。
監督には彼女が、かっての恋人だったはるかさんの子供だと解っていたはずだ。
だから、自分の子供かも知れないと疑ったはずなのだ。
だから事務所へ行って生年月日を調べた時に、勘違いしてしまったのだ。
八年前のあの日に戻れるなら、俺は橘遥さんを助けたい。
そしてもう一度大学生に戻してやりたい。
でもそれは逆立ちしても無理なことだ。
だったらせめて、此処に住みながら通信教育……
それなら可能だと思い始めてる。
いい機会だからみさとにも……
あんまり勉強は好きではないと思っているけどね。
橘遥さんと一緒だったら、みさともヤル気になってくれるかも知れない。
ヒアリングの時、きっとみさとは魚の匂いを気にするだろう。
でもそれは、漁師の女房の証しなのだ。
だから、堂々としていればいいんだ。
俺はみさとの匂いが大好きなのだから……
豚の寄生虫で亡くなった男性は名ばかりの役員だった。
それは保険金の受け取り名義を会社にするためだった。
撮影中に死亡したなら、見舞金も沢山出すだろう。
そう踏んだのだ。
だから危険な場所へ送ったのだ。
その挙げ句があの豚の生き血だったのだ。
その人は、監督と会う以前から飲まされていたのではないのだろうか? 『奴はあの前に、別の取材で戦地に行かされたようだ。其処で死ぬかと思ったそうだ』監督は確かそんなことを言っていた。
だとしたら、明らかに保険金詐欺だ。
俺はこの時、煮え繰り返る腸を抑えることが出来なかった。
『だから、頼みがある。告訴は取り消さないでくれ。俺はあのプロダクションの事態を裁判で明らかにするつもりだ。俺達父娘を地獄に突き落としたアイツ等にも責任の一端はあるんだから』
監督は俺達に宣言した通り、そのプロダクションの悪行の数々を公の場で明らかにした。
それでも決して、橘遥さんと社長との親子関係などには触れなかった。
二人の名前を法廷の場に出すこともしなかった。
確かに、訴えたのは橘遥さんだったのだが……
でも悪徳モデル事務所の社長の裁判の時は違った。
まさかみさとがあんなに強い女性に成長しているとは……
『私はあの時十七歳でした。就活のために初めて訪れた東京で拉致監禁され、そして三人の男性にレイプされそうになったのです』
未成年者を守るために設けられた間仕切りの中で断言した。
『でもそれは監督のせいではありません。全てを企画したのは……私の知る限りでは被告席に居る社長です』
更にみさとは続けた。
『田舎から出てきたばかりの娘をレイプして、その映像で儲けようとしたのです。こんな卑劣な人をのさばらせておく気ですか? どうか直刑をお願い致します』
みさとは橘遥さんの名前を出すこともなく、俺に助け出されたハロウィンの悪夢の撮影現場の一部始終を語ったのだった。
裁判の行方はまだ解らない。
でも橘遥さんに平穏な日々が戻ることだけは確信している。
それはみさとの希望だった。
だからみさとは自分に鞭を打ち、恐怖と闘いながら証言したのだ。
俺はこれから一年掛けてあの愛の鐘を盛り上げて、地域の発展に寄与したいと思う。
そして……
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二人の大学生の誕生を応援したい。
そのためにも、頑張るつもりだ。
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