無垢・Age28【AV女優橘遥の憂鬱】

四色美美

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悪夢再来

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 私達は青春十八切符で東京までやって来た。
だから今日中に帰り着いたなら追加料金はか掛からない。


彼はまだしゃくし上げて泣いている私に寄り添いながら駅に向かう道を急いでいた。


『今なら間に合うかも知れない』
海翔さんが事務所の時計を見て言った時、何時までも泣いている訳にはいかないと私は重い腰を上げたのだ。


「さっき、もしかしたらみさとのことを考えていたのかな?」
海翔さんの発言にドキンとした。


「やっぱりそうか。だから告訴を取り下げようとしてくれたんだね?」


「裁判沙汰になったら又みさとさんを苦しめることになるかも知れないからな」
彼も言ってくれた。


「だってみさとさんは過呼吸になって……」


「俺が癒したよ。だから大丈夫」


「何時も何時もそうやって生きてきたんだね。俺を信じて……」
彼が私を抱き締める。


「おい、目の毒だ」
冗談半分に海翔さんが言った。




 電車が動き出す。
私はもう帰らないかも知れない東京に別れを告げるために目で車窓の景色を追っていた。


「何だかアッと言う間だったな」


「拘置所に連れて行かれた時は本当にビックリしたよ」


「それは俺もだよ。まさか監督が……」

海翔さんはその後で無口になった。


「ごめん。アッチに移るわ。又目の毒になりかねないから」

暫く経ってからそう言った。




 私はハッとした。
彼がずっと私の手を握ってくれていたからだ。


「貴方に当てられたようね」


「うん、解ってる。ワザとそうしたんだ」


「もしかしたらまだねに持ってる?」


「何のことだよ」


「私が海翔さんのバイクで行ったからでしょう。その後で悶々としていたし……」


「違うよ。そんなんじゃない」

彼が何時になく否定した。
それでも私は嬉しかった。
彼との時間を海翔さんが作ってくれたことが……


本当は解っていた。
私と一緒にいると父のことを話題にしそうになるからだ。
それと同時に、みさとさんに寂しい思いをさせてしまったことを詫びているのだと思った。


みさとさんには本当に悪いことをした。
愛する旦那様を私の思いだけで振り回してしまった。
そればかりではなく、重い十字架まで背負わさせる結果になった。


私は本当に自分勝手でいい加減な人物だったのだ。




 日付が変わる頃に私達は田舎の駅にいた。


(追加料金払わなくて済んだ)
私にはそっちの方が嬉しかった。


「又、この時間か」


「又って?」


「みさとを追い掛けた日も、みさとと美魔女社長に事務所を訪ねた時もこの時間だったんだ」


「あっ、それって俺と始めて遭った時か?」


「ああ、そうだよ」


「こんなに遅くじや、みさとさんのお母さんきっとビックリしたんじゃない?」


「だから、みさととファミレスで時間潰したんだ」


「もしかしたら、この前行ったとこ?」

海翔さんが頷く。


「ねえ、其処に私も行ってみたいな」
私はお願いのポーズをとった。


「あ、それだったら一つ前の駅の方が近かったな」

海翔さんはそう言いながらもタクシー乗り場に向かった。


「取り敢えずまずは家に行ってみさとも誘おうか?」

私はつい、嬉しくなって頷いた。
本当は私もそうしたかったのだ。
流石に元ナンバーワンホストだけのことがある。
私は海翔さんの気配りに上機嫌になっていた。




 みさとさんは食事の支度をして海翔さんの帰りを待っていた。
タクシーから降りた時の匂いでそれくらいは判断出来る。


それでもみさとさんは私達と一緒のタクシーに乗ってくれた。
私はみさとさんの優しさに胸を熱くしていた。




 「あの日はクリスマスイヴでケーキセットを頼んだの。私はその後でサンタになった」


「サンタ?」


「ホラ、レジ前で売ってるヤツだよ。その姿が可愛くて……」


「益々惚れたか?」
彼のチャチャに照れずに頷く海翔さん。
その隣でみさとさんは耳まで真っ赤に染めていた。


「か、可愛い」


「だろ?」

その言葉に更にみさとさんは赤くなった。


「いやだ、恥ずかしい。ごめん、ちょっと……」

みさとさんは顔を隠しながらトイレに向かった。




 私はみさとさんが戻ってから席を立った。
勿論トイレに行くためだった。


その時私はみさとさんは何故だか怯えているように感じた。
それが何なのか解らないけど、海翔さんが傍にいるだけで安心出来た。


その時みさとさんは私がトイレに行くのを止めようとしていたのだ。


(もしかしたら海翔さんに甘えるため?)
でも私は内心では笑っていたのだった。




 ファミレスにある障害者用のトイレの前でいきなり腕を捕まれ中に引きずり込まれた。


「橘遥さん。俺達と良いことしよう」

ソイツはそう言った。
もう一人は顔見知りだった。
あのハロウィンの悪夢の時のカメラマンだった。


「まだこんな仕事していたの?」

私の一言にキレたのか、二人は備え付けてあるベビーチェアーに私の体を押し付けた。


「やっぱり手錠を持って来るべきだったかな?」

その一言であの日の恐怖がよみがえり、私の体は硬直した。


「社長がこの近くに居るからと言ったから来たけど、まさか此処で会えるなんて思わなかった。生で遣っていいんだろ?」

ソイツはそう言った。


「そう言えばさっきトイレにいた娘は、あの時間違われた娘だよね?」
その言葉を聞いて、何故みさとさんが怯えていたのかを悟った。


(あぁ、だからみさとさんは……私を必死に止めようとしていたのだ)

みさとさんの優しさが、私の深部に届いた。


「こんな辺地にやって来たんだ。ついでにあの娘もいただくか?」

その言葉は私を逆上させた。
それでも体は縮こまる。
でも何時までも遣られ放題じゃない。


(みさとさんの好意を無にした罰を受けるのは此処ではない)
私は決意した。


比較的広い障害者用のトイレ。
三人も居たら狭くて身動きとれないけど、振り向き様にソイツ等の急所を蹴りあげた。




 施錠されたドアを移動させると彼が立っていた。


「みさとさんは?」


「大丈夫。海翔君がしっかりフォローしてる。そんなことより、身体は?」


「大丈夫よ。何時までも遣られてる訳にはいかないもの」

私は彼に抱き付いた。


「震えているぞ」


「貴方の愛にね」

私はそう言いながら彼の胸で甘えた。




 男達は婦女暴行未遂の現行犯で逮捕された。


警察の調べで、『橘遥が近所にいるから見つけて遣って来い』とプロダクションの社長が命令したからだと判明した。


もう橘遥ではない私の事情に配慮して、被害者は一般女性としてくれた。


もし素性がバレたら、興味本意の野次馬が集まる可能性があったからだった。


県警は、高額納税者の父に配慮してくれたのだ。
私は自動車会社の役員として名前を連ねていたのだった。
社長の娘として……


愛の鐘プロジェクトはあの一角だけではなく、県をも巻き込む町お越し行事にもなっていたのだった。




 翌日、そのプロダクションの社長は逮捕された。


監督が逮捕されたので先手を打ったようだ。


でも結局……
それが墓穴を掘ってしまったのだった。


私は又静かな日常を取り戻したのだった。




 でもその事件はみさとさんを大きく変えようとしていた。
みさとさんはあのハロウィンの悪夢の拉致事件を警察に告訴することを考えていたのだった。
誰に頼まれた訳でもなく……
それはみさとさん自身の判断だったのだ。


その事実を知ったのは、私に対する事実確認と事情聴取の席上だった。




 「あのグラビア撮影は、そのプロダクションの仕事初めでした。社長は私がヴァージンだと言うことを知っていました。その上で『後腐れのない現役の女子大生と遣らせやる』そう言ってAV俳優達を喜ばせ、前技無しでいきなり遣るように言い付けたのです」
私は警察官にそう供述した。


「君の苦痛に喘ぐ姿を想像し、絶対に金になると踏んだのだな」
警察官の言葉に私は頷いた。


「監督は私の両親の完済した借用書を見せられたようです。実は、監督には負い目がありました。もう二十年以上も前のことですが、豚の寄生虫で亡くなられた方の……」


「ああ、その話なら聞いてる。その時に関わったプロダクションだってな?」

監督が話してくれたのだと思い、私は頷いた。


「何でも、その後故意に製作された映像で報道界から追放され、借金返済のためにAVを撮らされたそうだ」


「はい、その通りだと思います。その当時、私には大学の入学金の一部がまだ借金として残っていたそうです。それを勝手に完済させて、私の移動完了書を別の書類に紛れ込ませ後で抗議されないようにしたのです。だから悪いのはプロダクションの社長なのです」


「その話も聞いている。『あの娘は注目株だ。何としてでも抑えるぞ』社長はオーディションの会場でそう言ったそうだ。君は……監督も含めてどうやら嵌められたようだな」




 私は監督が本当の父だとは言えなかった。
だから彼との交わりも監督との非道徳な関係も話さなかった。
所謂黙秘権行使だ。
自分が不利になる発言は供述しなくても良いからだ。


『本当はお前のせいなんかじゃないんだ。初めてお前を見た時のリアクションで社長は何かを感じたのかも知れないな』

私のヴァージン発言と監督の行動を見て、社長はAVを撮らせようと思ったのかも知れない。




 「私が勝手売り込んだと事務所の社長に思い込ませようとしたのです。だからタイトルが、《橘遥処女を売る》だったのです。だから事務所の社長は、私が自らその道に入ったのだと誤解してしまったのです」

私は事情聴取で思いの丈をぶちまけた。




 「それからこれは痴漢電車と言い、あのプロダクションから頼まれて製作した物です。中に切り裂き魔の映像があります。被害者は私でした。でも違反行為だから出せなくなったのです。お願い致します。あの社長を直刑にしてください。詐欺罪の時効は七年だと知っています。でも、もし……」


「もしかしたらその犯人の顔まで写っている?」


「いえそこまでは……」


「ありがとう。犯人が捕まった時の有力な証拠になるかも知れないから大切に保管しておくよ」


「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
私は頭を下げた。


「確か、あのプロダクション絡みだと思うが……」
そう言いながら警察官は書類に目を通した。


「ハロウィンの悪夢の撮影の時に拉致された娘さんから被害届が提出されている」


「えっ、みさとさんからですか?」

聞いてはならないことだと気付いた時震えがきて、体を縮こめて号泣した。


「やはり同じプロダクションか?」

仕方なく頷いた。


(みさとさんが私のために立ち上がってくれた)
その行為に感謝した。
でもそれは同時に、みさとさんをマスコミの餌食にする無茶な行為かも知れないのだ。
興味本意だけで痛くもない腹を探る、あの報道と言う名を借りた人達の……
格好のネタになるかも知れないからだ。





 私は県警から帰った足で神野家を訪れて無茶な行為を辞めるように頼んだの。


「だって、アイツ等をのさばらせてはおけないもの」
みさとさんは笑った。


「私が告訴すると罪が重くなるのよ。だってハロウィンの悪夢の撮影時、私は十七歳だったからね。十八歳未満は保護法で守られているの」

私は二十歳の誕生日に、本当はまだ未成年の時に強姦された。
それだけでも罪は重い。
だけど十七歳だったみさとさんなら未成年者略取誘拐の罪に問われるのだ。
みさとさんはもそこまで考えていてくれたのだ。


「もっと重い罪を着せましょう。あのハロウィンの悪夢はあくまでも私を狙ったってことにするの。だから皆にそう言っておいてね」

みさとさんはそう言いながらウィンクをした。




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