不完全な完全犯罪0

四色美美

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イワキ探偵事務所

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 俺は恐怖に震える有美を支えながらやっとカフェを後にした。
でも本当は俺もどうにか歩ける程度だった。
初めて着させてもらったワンピースは余計歩き辛くした。
裾が思ってた以上に広がらないのだ。
レギンスを履いていなかったらきっと最悪な状態になっていただろう。
でもこのスタイルにレギンスは合わないと思っていた。
そんなことはアパートを出る時から解っていたはずなのに、有美のことに気を取られていたから見過ごしてしまっていたのだ。




 ローヒールの靴だけは自分の足に合わせ選んだ。
だから歩き馴れている。
でも小幅で歩くことを余儀なくされた俺には、それすら妬ましく思えていた。
叔父さんの奥さんの形見のワンピースを破く訳にはいかない。
俺は精一杯内股で、ゆっくりと歩こうとはしていた。
でもそんなことより、大切な幼なじみの千穂が俺とみずほの共通の友人だった千穂が、事件のキーマンだったなんて。
あんなに仲良しだったみずほの命を奪ったなんて俺はまだ悪夢の中にいた。




 それは有美も同じはずだった。
次に狙われるのが自分だと知って恐くない人はいないだろう。
俺はただ、有美の傍に居ることしか出来なかった。




 ふらつきながら歩く有美と俺は明らかに不審者に見えるだろう。
おまけに、女にあるまじきペッタンコの胸。
男としては小柄だけど女としては大きいはずだ。
だから百合子と千穂に気付かれないかと心配していた。
でも二人には解らなかったようだ。




 足がもつれる。
その度何かを掴む。
有美も俺もやっと歩いていた。


(当たり前だ。みずほの様に自分も殺されるかも知れないんだ。俺もきっと……)
俺は何時しか有美の姿に自分を重ねていた。


(キューピッド様で出たのはいわきみずほなのだ。翔太のためにと、その内きっと俺も百合子に狙われる)
そう感じた。


(そうだった!? 元々《いわきみずほ》と出ていたのだった)
俺はその時、百合子なら俺の命も狙ってくると考え始めていた。
有美を支える手に力が入る。


「どうしたの?」
やっと有美が口を開いた。


「俺が守る。みずほさえも守れなかった俺だけど、絶対に守ってやる」
俺の言葉を聞いて有美は微かに笑った。
でもその顔は引き吊ったままだった。




 (あの時、俺もこんな風だったのだろうか?)
俺は、みずほが自殺したとのメールを受け取った後の行動を全く覚えていない。
気が動転していた。
何が何だか解らす、ただみずほを求めてさまよっていた。


『助けてー!!』と叫んだみずほ。
あの声が、まだ俺の耳で、頭の中でこだましている。
俺はあの時、屋上を見た。
其処の柵から何人ものクラスメートが顔を覗かせて笑っていた。
あの口角の上がり具合は、それ以外考えられない。
俺はあの時、みずほのあじわった恐怖を感じた。
肌の毛と言う毛が総立ち、縮み上がる程の衝撃。
俺は改めて、あの二人が許せなくなっていた。
それでも千穂は、俺の大切な幼なじみなのだ。
そう大切な友達だったのだ。




 そして有美は、サッカー部のエースに愛されたために、自分が死んでも誰も悲しまない事実を知ってしまったのだ。
そう、みんな無関心。
でも、それでいながら気にしている。
それはみずほの、成績優秀な生徒が一人居なくなったからラッキー。
と思ったライバル達にも繋がっていた。
それでも、逃げてほしくはなかった。
あの二人と、キューピット様と戦ってほしかった。
微力ながら俺も協力しようと思った。
俺に何が出来るのか解らないけど。




 (やはり俺のせいか?)
一方俺は、みずほに負わせてしまった罪に苛まれていた。
みずほの死は、サッカーグランドに俺を近付けなくするためだった。
それだけのために自殺に見せ掛けられて殺された。キューピッド様を使えば、思いのままに殺人が出来るとあの二人は思っているようだった。
それも自分の感知しないところで。
もしかしたら、本当にあの二人の居ない時だったのかも知れない。
キューピット様任せ。
他人任せ。
だったのかも知れない?



 集団心理を巧みに利用した計画的殺人。
キューピット様の名前を借りて、自殺させようとして、追い詰めたのだろうか。
では、みずほは何時言ったのだろうか?


『助けてー!!』
とーー。
携帯はその後で奪われたのか?
それとも、みずほが堕ちて来る所で待っていてだから取り上げることが出来たのだろうか?
屋上にいるクラスメートに自殺の名を借りた殺人をさせておいて。
でも、それにしては携帯はキレイなままだった。




 俺は有美を自宅まで送ってから、イワキ探偵事務所を訪ねた。
大通りから一本、中に入った道。
古い木造アパートの二階。
東側の窓に手作り看板。
《イワキ探偵事務所》はあった。
借りてたワンピースを脱いでシャワーを浴びる。
悪夢を忘れようと頭をかきむしる。
それでも、周りに飛び散らないように気を遣う。
小さな浴室の窓を月明かりが照らしていた。




 (俺のせいでみずほは死んだ! 俺がレギュラーを狙ったために……俺がみずほを好きになったせいで……)
後から後から涙が溢れる。
今まで泣けなかった分も一緒に。


(町田百合子はきっと橋本翔太のためだろう。そして福田千穂は、みずほから俺を奪うのが目的で……)
そのためにみずほがクラスメートの餌食にされた。
その事実をみずほの両親にどのように伝えれば良いのか。
俺は考えあぐねていた。
小さなバスタブに身を屈めて入る。
涙が波紋となって広がった。




 一度泣くと癖になるのだろうか。
涙が後から後から止まらなくなった。
バスタブが溢れてしまうのではないかと思った。
それ程悲しみが溜まっていた。
胸が引き裂かれそうになっていた。
恋人が殺されたと言うのに涙の一つも零さない、薄情な男だと思っていたから尚更なのだろうか。


(みずほーー!!)
声に出して叫びたい。
何もかもかなぐり捨ててみずほの元へ行きたい。
俺は生きて行くことが恐ろしくなっていた。


(なあ、みずほ。俺どうしたらいい? どうしたら有美を助けられる? どうしたら、千穂を説得出来る?)
俺はみずほに救いを求めていた。
月明かりの照らす小さなバスルーム。
今日の俺はなかなか其処から上がることが出来なかった。
湯が冷めていることにも気付かずに、俺は其処にいた。




 千穂に有美を殺させたくない。
そう思いながらふと窓を見た。
換気のために開けた隙間から射し込む月の光に、みずほの優しさが漂っているように思えた。


(ごめんみずほ……心配かけたね。俺頑張るから……絶対に有美を守ってみせるから……)
俺はこれ以上みずほに甘えてはいけないと思った。
みずほが安心して旅立つためにも。




 「あれっ瑞穂?」
俺の顔を見て泣いたのが判ったのか、叔父はそっと頷いた。


『瑞穂、悲しい時は思いっきり泣け』葬儀の朝の叔父の言葉が脳裏によぎる。
だから、俺もそっと頷いた。
無言の時間の共有が二人の絆を強めるような気がした。


「ところで、さっきの女の子だけど……。多分どっかで会ったことがあると思うんだけど、思い出せないんだ」
珍しく叔父が弱音を吐いた。


『記憶は探偵の命だ』何時もそう言っていたのに。
叔父は暫く腕を組んで考えているようだった。
その時俺は《イワキ探偵事務所》のロゴの入った封筒を思い出した。
そのロゴは小さくて目立たないようにしてあった。
それは叔父さんの気配りだった。
お客様のプライベートな事を調査したりする探偵業。
それを全面に打ち出さないように配慮したのだ。


(あー! あの写真!)
俺は思い出していた。
有美が俺に見せた写真は、偶然先生の浮気現場に遭遇した時の物だったのだ。


(グレーのスーツ……紺の上下…間違いない!)
松尾有美はきっとずっと前から知っていたんだ。
俺が叔父の探偵事務所でアルバイトをしている事を。
女装して、叔父の恋人の振りをしてラブホに出入りしていることを。
だから此処を選んだに違いない。


「叔父さん解ったよ。あの子はきっと依頼人だと思うよ」


「依頼人?  あの子がか?」


「あの子俺の同級生で、松尾有美って言うんだ。この探偵事務所の封筒に写真が入ってた」
俺は松尾有美の所持していた写真が、ラブホで会った二人だったことを話した。




 「確か、名前は松尾じゃなかったな」
叔父は依頼書を確認ながら言った。


「もっと年上の筈だ。確認は保険証だったけど」


「きっと誰かの保険証を借りたんだよ。ねえ、本当に気付かなかったの?」
皮肉を込めて俺は言った。


「面目ない」
すっかり悄げた叔父がそこにいた。


「お前と同じだ。きっと変装したんだよ。男が女に見えるんだ。化粧次第でどうにでも変われる筈だ」
肩を落とながら、言い訳を繰り返した。
俺は何時も、クラフト封筒に同系色の《イワキ探偵事務所》のロゴを目にしていた。
だから気付いたんだ。
きっと普通の人だったら気が付かないだろう。
きっと有美も知らなかったと思う。
だから堂々と俺に見せられたのではないのだろうか?


『知ってるの? あっ、そうか。だったら早いわ』
あれは、きっとそう言う意味だったんだ。




 松尾有美の依頼は、恋人の素行調査だった。


「何でも、結婚を約束した恋人が最近冷たい。浮気をしているかどうか調査してほしいと言う依頼だった」


「その恋人って?  もしかしたら……」


「お前には確か内緒だったな。その恋人と言うのが高校の先生だった」


「やっぱり。それは俺の担任だ。あれは偶然じゃなかったんだ。有美が頼んだのか……」
俺は何が何だか解らなくなった。
それでも俺は、有美に悪意の無かったことを信じようと思った。
全ては、自分の父親によって引き裂かれた恋人同士のためなんだと。




 それなのに、この時俺は感じた。
父親殺しの片棒を担がされたことを。
もしかしたら本当に、継母と先生の恋の応援だったのかも知れない。
先生が、あの日語ってくれた真実。
もしもそれを口実に、気に入らない父親を殺したのだとしたら、俺はそれでも有美を信じたかった。
でも、浮気現場のツーショット写真が心臓発作に繋がったことは真実のようだった。




 俺はその時思い出した。
父親が亡くなった時、松尾有美は学校に居たと言う真実を。


(って言う事は……あの、先生の恋人だった人も関与しているのかも知れない)
俺は自分の考えが怖くなった。
それでも何れは明らかにしなくてはいけないことだと感じていた。
それは全てが先生のためになると思っていた。
有美と継母が犯人ではないと確信するために。


(でももし……本当に犯人だとしたら。そうだよ……俺も叔父さんも、殺人に加担したことになる)
いくら知らなかったとはいえ、元警察官が関与した犯罪になる。
俺はイワキ探偵事務所の未来が心配になった。




 俺は勝手に推理した。
先生の恋人が真犯人とならないことを念頭において。
有美が朝学校へ出掛ける前に、父親にあのツーショット写真を見せ付ける。
勿論継母にも誰にも気付かれないように。
そして、父親が心臓発作を起こす。
有美はそのまま学校へ行った。
とーー。
俺は担任の先生の大事な人が、犯人でないことばかり考えていた。
家政婦代わりにこき使われ、挙げ句に財産目当てだとして籍にも入れて貰えなかった。
そんな人が犯人とは思えなかった。
思いたくなっかった。
犯人にしたくなかった。
たったそれだけの理由で。
俺はその人をリストの中から排除しようとしていたのだ。



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