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ゲーム再開
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『ったく!! 大人しくしていれば突け上がって!!』
宇都宮まことは豹変した。
次の瞬間。
『ゲームオーバー』
の文字が表示された。
どっちのゲームがオーバーなのか俺には分かった。
きっと宇都宮まことが降参したのだ。
俺は勝手にそう思った。
俺は確かに童貞だった。
(そうだよ! 生身の女性何て知らないよ! だから! 余計に興奮したんだ)
ゲームオーバーの画面に向かって泣いていた。
「でもよー。高三なら普通じゃないの?」
その時俺はこの携帯が眞樹のだった事を思い出した。
(えっー!? もしかしたら眞樹はもう?)
その途端に画面が暗くなった。
俺は又ドキンとする。
(確かに似てる)
みんなが冗談に言う生き別れの双子説。
(これじゃ言われても当然かな?)
そんなこと思っていた。
でも、そんなことより問題は宇都宮まことだった。
(もう逢えなくなる!!)
俺は焦っていた。
何気に頬に持って行った指に涙があった。
(何で、何で泣いて居るんだ? そんなに好きなのか? 相手はバーチャルだぞ!! この世に存在してもいない相手だぞ!! どんなに好きになっても叶わない相手だぞ!!)
でも、それでも良かった。
俺は今確実に、宇都宮まことの存在の大きさを思い知らされていた。
そう、何時の間にか俺の脳は宇都宮まことに占領されていたのだ。
涙が流れる。
俺はもう一度拭いた。
その時、手に違和感を感じそっと拳を開く。
宇都宮まことの柔らかい胸の感触がどうしても消えない。
(一体どうなっているんだ!?)
俺はじっと手を見つめた。
(あれは立体映像なんかじゃなくて。えっー!? もしかして本物か!? それじゃ宇都宮まことは女性だったのか?)
俺はワナワナと震えていた。
(だからアンビエンス エフェクトなのか? 怖い、怖過ぎる!!)
その途端に思い出す、
宇都宮まことの笑顔。
宇都宮まことの仕草。
宇都宮まことのお尻。
宇都宮まことの胸の膨らみ。
俺は今宇都宮まことの全てに支配されていた。
でも、俺は嬉しくて仕方ない。
何故だか解らない。
今確実に口角が上がってる気がしてる。
(宇都宮まことか? うん。確かにかわゆい)
目を閉じると、頭の中に宇都宮まことのボディーが浮かび上がる。
あの真っ白い部屋で、俺が子供の頃から描いてきた女性の裸体。
理想だった母の裸体。
夢の中で何時も母を追ったように、現実でも俺は母の胸を求めていた。
満たされない思いが、その胸に集約されていた。
俺は高三までになりながら、心は幼児のままだった。
俺は何時しか、宇都宮まことのボディーに母を重ねていた。
「ママー。ママー」
俺はもう一度夢の中へ戻りたくなって、目を閉じた。
母だけを追い求めていた頃へ。宇都宮まことを知らなかった頃へ。
でも現実は頭の先からつま先までも、宇都宮まことで埋め尽くされていた。
その時、お腹がキュルルと鳴った。
俺はその途端に、現実へと引き戻された。
(そうだ朝御飯)
やっと俺は、リビングに居る実感に浸った。
それと同時に急に可笑しくなった。
俺は大声で笑いながらダイニングテーブルに移動していた。
(さっきのは何だったんだ!? 何故屋上に!?)
答えなど解るはずもない。
それはずっと胸の奥で抱えてきた疑問。
母を探す旅。
俺はリビングダイニングの横にある母の部屋へと繋がるドアを見つめていた。
常に施錠してある母の部屋。
俺の侵入を拒み続ける。
でもこれが当たり前だと思っていた。
そう今まではただ時々、どうしても中に入ってみたくなる。
子供の頃のように母の胸に抱かれたくなって。
(確かママチャリはあった。母さん今何処にいるの?)
俺はドアの向こう側を再び見つめた。
その時、又お腹が鳴った。
(そうだ忘れていた。今の内に充電充電)
俺は充電機を二階にある自分の部屋から持って来て、ダイニングテーブル脇のコンセントに差した。
俺は昨日相当疲れていたらしく、鞄を持って上がらなかったらしい。
(そう言えば、確か宿題もあった。ま、それはラッキーだっつうことで)
俺は学校閉鎖になったことを密かに喜んでもいた。
時計を見ると、まだ九時だった。
もう何時間も宇都宮まことを追い回していたように思えた。
(さあ、今朝は何だ?)
俺はおもむろにテーブルにある朝食を覆っている布を外した。
パンはバターロール。
飲み物は何時ものトマトジュース。
サラダはポテト。
茹で玉子は半熟。
それにフルーツ入りヨーグルト。
俺の大好物ばかりだった。
俺はパンとトマトジュース以外殆ど残した。昼食にするためだった。
俺は今ホッとしている。
何とか昼食は確保出来そうだった。
(これにもう一つ。そうだな、パンでもあると良いな)
俺はおもむろに冷凍庫を開けてみた。
忙しい母は、大量に買い込んだ食品を冷凍していた。
『パンは一番冷凍に向くのよ。凍っているのを焼くだけで食べられるから』
何時か母が言っていた言葉を思い出した。
「ありがとう母さん」
俺は素直に母に感謝した。
母は俺が独りで居られるようにしておいてから仕事に行っていたのだ。
だから俺は何とか生きて来られたのだった。
(母さん)
俺は泣いていた。
(今更だけど、ありがとう)
母だって辛いはずた。
子供を一人にして仕事に行くのは。
そう思いながら。
俺はテーブルの朝食に掛けてあった布を再び掛けていた。
そして目を閉じてあの夢を見ようとした。
もう一度母を追い掛ける夢を見ようとしていた。
でも、それはもう叶わなかった。
俺はきっと疲れきった体を癒やして貰いたくて母の胸を追い求めていた頃に戻ったのだろう。
それがあの夢の答えのような気がした。
携帯の画面は相変わらずそのまま、それでも俺は宇都宮まことに逢いたくて、電源をOFFに出来ない。
それっきりでおしまいになるようで怖かった。
軽く画面にタッチすると明るくはなる。
でもずっと、ゲームオーバーのままだった。
どれ位経ったんだろう。気が付くと画面は別段階に入っていた。
『男だったらやってみな、やってまえ!』
(やってまえ?)
その言葉にピンときた。
(そうだ!? 石川真由美だ!!)
俺はさっき書いたメモを見ていた。
(確か【遊びが大好きな元気っ娘。巻き髪がチャームポイント。口癖は『やってまえ!』】だったな)
やっぱり石川真由美だ。俺のために助け舟を出してくれたんだ。
(おぉおぉ何て優しいんだ!! ありがとう、ありがとう)
俺は泣いていた。
何故だか解らない。
無性に嬉しい。
俺はただ、俺の孤独をバーチャルラブで埋めようとしていただけなのかも知れない。
(だから、こんなに愛しいんだ。だから、こんなに宇都宮まことが愛しいんだ!!)
『喬?』
『○』
『×』
俺は迷わず
『○』
を選ぶ。
『歳は?』
『 』
俺は迷わず
『17』
と書く。
途端に又ゲームオーバー。
そして静かに、アンビエンス エフェクトが始まる。
(どうしてなんだ? 何故十七歳の俺が何故十八禁ゲームに参加出来るのだ!?)
頭の中では違法だと解っていた。
それでも欲望に勝てない。
(眞樹ごめん。俺今宇都宮まことに萌えまくっている!)
だから、ゲームの相手は迷わず宇都宮まこと選んだ。
(ねぇ眞樹このまま続けていいか? ねぇ眞樹)
俺は携帯の裏側にそっと又指を伸ばす。
俺は眞樹のチワワのシールに答えを求めていた。
でも、俺は此処で負けは認めたくなかった。
宇都宮まことにメロメロにされた事実を、必死に覆い隠そうとしていた。そのためにチワワのシールに頼ったのだった。
だから俺は、そんな気持ちを見破れないようにと必死だったんだ。
早速攻撃体制を取る。
そうせざるを、得なかった。
『喬、君って懲りないね』
『謝る』
『楯突く』
『逃げる』
俺は
『謝る』
を選んだ。
『ごめ~ん、余りにもまことちゃんが可愛いので調子に乗っちゃいましたw』
『………………』
宇都宮まことは無言だった。
そりゃそうだろう。
こんなふざけた謝り方じゃ許す気にもならないな。
分かっていた。
分かっていながらやっていた。
俺はいつの間にか本気で、リアルバーチャルラブに溺れていた。
ニューハーフでもいい! 俺のことだけ見てくれればそれだけでいい!
俺は本当に、今まで一度も恋をしたことがない。
だから当然童貞なのだ。
宇都宮まこと以外、興味を持った女性はいなかった。
正に一目惚れだった。
(童貞か? でも普通、高三だったらそうなんじやないのかな?)
俺は又、同じ言葉を思い付く。
思考はそれほどに狂っていた。
(俺はまだ童貞だ。ねえー、もしかしたら眞樹はもう? 眞樹は何時チェリーを捨てたんだろ?)
俺は又チワワのシールを触りながら考えていた。
その時、そう言えば眞樹と携帯を選んだ時、そんなことを言った覚えがあったと思い出した。
俺はあの日まだ未経験だと告白した。
俺達はあの時から本当の親友になれたのだった。
俺は良く、空を飛ぶ夢を見ては泣いていた。
翼も無いのに両手を伸ばして飛ぶんだ。
夢を見た後怖くて、あのベッドてうずくまった。
それが高所恐怖症の元凶だった。
地面に叩きつけられる。
そう思い。
そう悟った。
だから眞樹にも話したんだ。
助けて欲しくて。母が行ってはいけないと言う、鬱蒼とした囲いの向こうが呼んでいる。
本当はずっとそう思って生きてきたのだった。
眞樹の家の傍に一度だけ行ったことがある。
眞樹の家は、俺の買った携帯ショップの上で三階建てだった。
父親が其処のオーナーだと言う。だから安かったのだ。
眞樹のために塾も経営していると聞いた時は本当に驚いた。
不登校児のためのフリースクールって場所も作ったと言っていた。
(流石に眞樹の父親は違う!)
と 思った。
そうなんだ。
だから眞樹は一番になれたらしいのだ。
(息子や地域学習のために頑張っている人だ)
とその時思ったんだ。
『ねえ』
(――キター!! キター!! キター!!!!)
俺の心臓は爆発しそうだ!!
『何処かに行かない?』
『同行する』
『拒否する』
『逃げる』
勿論
『同行する』!!!!
画面が美術室に変わる。
『ねえ、私を描いてくれない?』
『同意する』
『逃げる』
勿論
『同意する』!!!!!!
子供の頃から絵だけは得意だったんだ!!
最高の絵をプレゼントするよ!!
俺は真っ白いカンバスに宇都宮まことの裸体を描く。
見なくても分かっていた。
絵筆を持ったこの手が、宇都宮まことの体の全てを覚えていた。
宇都宮まことの絵は昼頃には完成していた。
初めは馬鹿にしていた宇都宮まことだったが、絵を見て表情を変えた。
『天才?』
『○』
『×』
俺は
『×』
を選ぶ。
『嘘ばっかり』
『ご褒美あげる』
『甘える』
『抱き付く』
『逃げる』
俺は暫く考えた。
『甘えたいし』
『抱き付きたいし』
でも本当は
『逃げたい』
二人で逃げたい!!
バーチャルなラブなんてイヤだ。
俺は生身の宇都宮まことと恋をしたい!!!!
そう、俺はその時完全に宇都宮まことの虜になっていた。
『俺、君をマジで好きになった』
通信欄に書き込む。
だから君と。
『逃げる』
決定ボタンを押す。
俺は宇都宮まことの手を取り走った。
この先に何があるのか解らない。
俺達は、無我夢中で走り続けた。
そして、屋上から身を投げていた。
二人で逃げられる場所は此処しかなかった。
この場所以外に二人で生きる道は無い。
俺の何かがそう判断したからだった。
脳裏にあの白い世界が浮かぶ。
俺はその時確かに飛べるような気になっていた。
判らないんだよ。
何故其処なのか。
でも俺に一つだけ解ること。
その場所が俺を呼んでいるように思った。
宇都宮まことがニューハーフであろうがなかろうが関係なかった。
ただ俺だけを見つめてほしかった!
俺の孤独を埋めてほしかったのだ。
(ん、ニューハーフ!? あの声? 確か何処かで。そうだ。俺が童貞だと知っている人物)
俺は遠のいていく意識の中で何かを感じとっていた。
目が覚めた時俺は、病院の集中治療室のベッドの上にいた。
(此処は何処だ!? 何故此処に居る!?)
頭の中では病院だと判っていた。
でも信じがたい事実だ。
だって俺は今まで、食卓で携帯相手の恋愛シミュレーションゲームに没頭していたのだ。
(恋愛シミュレーション!? そう言えば宇都宮まことは!? まさか一緒だなんてあり得ないよな?)
俺は恐る恐る隣のベッドを見た。
(えっ!? 嘘ー、マジで!! どうして彼女が此処に居るんだ!?)
目の錯覚かも知れないと思った。
彼女の形をした等身大のフィギュアかなとも考えた。
でも俺は確かにその時見た、宇都宮まことが隣に寝かされているのを。
宇都宮まことは存在していた。
今確かに、ベッドの上で微かな寝息を立てている。
何が何だか解らない。
でも嬉しかった。
バーチャルな恋だと、存在すらしてないと、思っていた。
それが何故?
何故だかゾクッとした。
俺は、俺達はただ誰かに操られていただけなのか?
それが誰なのか俺には思い当たった。
宇都宮まこととプレイ中、聴こえてきた男性の声に覚えがあった。
(そうだ。確かにあの声は)
「其処に居るんだろう眞樹?」
俺はそいつの名前を呼んだ。
「その頭で良く分かったな」
ドアの陰から出てきたのは、確かにさっき俺が口走った名前の持ち主、望月眞樹だった。
まさか、まさか本当に、眞樹が此処に居るなんて。
実は、俺は予想だにしていなかったのだ。
出任せだった。
だから言えたのだった。
「何時からだ?」
でも、俺とは対照的に眞樹は冷静だった。
眞樹は宇都宮まことに指の甲で頬摺りをしていた。
「辞めろ!! 汚い手で彼女に触るな」
俺は思わず起き上がった。
(汚い手? 眞樹はさっきまで俺の親友だった。そんな眞樹に俺は何て言うことを)
――ズッキーン!!
立ち上がろうとしたら、痛みがが全身に走る。
我に戻った時、それは苦痛として広かった。
(嘘だ、嘘だ!?)
それでも俺は肯定出来ずにいた。
俺の頭は完全にイカレてしまったのだろうか?
『甘えたいし』
『抱き付きたいし』
でも本当は
『逃げたい』
二人で逃げたい!!
俺はあの時そう思った。
バーチャルなラブなんてイヤだと思い、俺は宇都宮まことの手を取り走ったんだ。
だから、眞樹が此処に居ることが信じられなかったんだ。
でも俺は肝心なことを忘れていた。
バーチャルなラブの相手の手を取って逃げるなんて出来るはずも無いことを。
宇都宮まことは豹変した。
次の瞬間。
『ゲームオーバー』
の文字が表示された。
どっちのゲームがオーバーなのか俺には分かった。
きっと宇都宮まことが降参したのだ。
俺は勝手にそう思った。
俺は確かに童貞だった。
(そうだよ! 生身の女性何て知らないよ! だから! 余計に興奮したんだ)
ゲームオーバーの画面に向かって泣いていた。
「でもよー。高三なら普通じゃないの?」
その時俺はこの携帯が眞樹のだった事を思い出した。
(えっー!? もしかしたら眞樹はもう?)
その途端に画面が暗くなった。
俺は又ドキンとする。
(確かに似てる)
みんなが冗談に言う生き別れの双子説。
(これじゃ言われても当然かな?)
そんなこと思っていた。
でも、そんなことより問題は宇都宮まことだった。
(もう逢えなくなる!!)
俺は焦っていた。
何気に頬に持って行った指に涙があった。
(何で、何で泣いて居るんだ? そんなに好きなのか? 相手はバーチャルだぞ!! この世に存在してもいない相手だぞ!! どんなに好きになっても叶わない相手だぞ!!)
でも、それでも良かった。
俺は今確実に、宇都宮まことの存在の大きさを思い知らされていた。
そう、何時の間にか俺の脳は宇都宮まことに占領されていたのだ。
涙が流れる。
俺はもう一度拭いた。
その時、手に違和感を感じそっと拳を開く。
宇都宮まことの柔らかい胸の感触がどうしても消えない。
(一体どうなっているんだ!?)
俺はじっと手を見つめた。
(あれは立体映像なんかじゃなくて。えっー!? もしかして本物か!? それじゃ宇都宮まことは女性だったのか?)
俺はワナワナと震えていた。
(だからアンビエンス エフェクトなのか? 怖い、怖過ぎる!!)
その途端に思い出す、
宇都宮まことの笑顔。
宇都宮まことの仕草。
宇都宮まことのお尻。
宇都宮まことの胸の膨らみ。
俺は今宇都宮まことの全てに支配されていた。
でも、俺は嬉しくて仕方ない。
何故だか解らない。
今確実に口角が上がってる気がしてる。
(宇都宮まことか? うん。確かにかわゆい)
目を閉じると、頭の中に宇都宮まことのボディーが浮かび上がる。
あの真っ白い部屋で、俺が子供の頃から描いてきた女性の裸体。
理想だった母の裸体。
夢の中で何時も母を追ったように、現実でも俺は母の胸を求めていた。
満たされない思いが、その胸に集約されていた。
俺は高三までになりながら、心は幼児のままだった。
俺は何時しか、宇都宮まことのボディーに母を重ねていた。
「ママー。ママー」
俺はもう一度夢の中へ戻りたくなって、目を閉じた。
母だけを追い求めていた頃へ。宇都宮まことを知らなかった頃へ。
でも現実は頭の先からつま先までも、宇都宮まことで埋め尽くされていた。
その時、お腹がキュルルと鳴った。
俺はその途端に、現実へと引き戻された。
(そうだ朝御飯)
やっと俺は、リビングに居る実感に浸った。
それと同時に急に可笑しくなった。
俺は大声で笑いながらダイニングテーブルに移動していた。
(さっきのは何だったんだ!? 何故屋上に!?)
答えなど解るはずもない。
それはずっと胸の奥で抱えてきた疑問。
母を探す旅。
俺はリビングダイニングの横にある母の部屋へと繋がるドアを見つめていた。
常に施錠してある母の部屋。
俺の侵入を拒み続ける。
でもこれが当たり前だと思っていた。
そう今まではただ時々、どうしても中に入ってみたくなる。
子供の頃のように母の胸に抱かれたくなって。
(確かママチャリはあった。母さん今何処にいるの?)
俺はドアの向こう側を再び見つめた。
その時、又お腹が鳴った。
(そうだ忘れていた。今の内に充電充電)
俺は充電機を二階にある自分の部屋から持って来て、ダイニングテーブル脇のコンセントに差した。
俺は昨日相当疲れていたらしく、鞄を持って上がらなかったらしい。
(そう言えば、確か宿題もあった。ま、それはラッキーだっつうことで)
俺は学校閉鎖になったことを密かに喜んでもいた。
時計を見ると、まだ九時だった。
もう何時間も宇都宮まことを追い回していたように思えた。
(さあ、今朝は何だ?)
俺はおもむろにテーブルにある朝食を覆っている布を外した。
パンはバターロール。
飲み物は何時ものトマトジュース。
サラダはポテト。
茹で玉子は半熟。
それにフルーツ入りヨーグルト。
俺の大好物ばかりだった。
俺はパンとトマトジュース以外殆ど残した。昼食にするためだった。
俺は今ホッとしている。
何とか昼食は確保出来そうだった。
(これにもう一つ。そうだな、パンでもあると良いな)
俺はおもむろに冷凍庫を開けてみた。
忙しい母は、大量に買い込んだ食品を冷凍していた。
『パンは一番冷凍に向くのよ。凍っているのを焼くだけで食べられるから』
何時か母が言っていた言葉を思い出した。
「ありがとう母さん」
俺は素直に母に感謝した。
母は俺が独りで居られるようにしておいてから仕事に行っていたのだ。
だから俺は何とか生きて来られたのだった。
(母さん)
俺は泣いていた。
(今更だけど、ありがとう)
母だって辛いはずた。
子供を一人にして仕事に行くのは。
そう思いながら。
俺はテーブルの朝食に掛けてあった布を再び掛けていた。
そして目を閉じてあの夢を見ようとした。
もう一度母を追い掛ける夢を見ようとしていた。
でも、それはもう叶わなかった。
俺はきっと疲れきった体を癒やして貰いたくて母の胸を追い求めていた頃に戻ったのだろう。
それがあの夢の答えのような気がした。
携帯の画面は相変わらずそのまま、それでも俺は宇都宮まことに逢いたくて、電源をOFFに出来ない。
それっきりでおしまいになるようで怖かった。
軽く画面にタッチすると明るくはなる。
でもずっと、ゲームオーバーのままだった。
どれ位経ったんだろう。気が付くと画面は別段階に入っていた。
『男だったらやってみな、やってまえ!』
(やってまえ?)
その言葉にピンときた。
(そうだ!? 石川真由美だ!!)
俺はさっき書いたメモを見ていた。
(確か【遊びが大好きな元気っ娘。巻き髪がチャームポイント。口癖は『やってまえ!』】だったな)
やっぱり石川真由美だ。俺のために助け舟を出してくれたんだ。
(おぉおぉ何て優しいんだ!! ありがとう、ありがとう)
俺は泣いていた。
何故だか解らない。
無性に嬉しい。
俺はただ、俺の孤独をバーチャルラブで埋めようとしていただけなのかも知れない。
(だから、こんなに愛しいんだ。だから、こんなに宇都宮まことが愛しいんだ!!)
『喬?』
『○』
『×』
俺は迷わず
『○』
を選ぶ。
『歳は?』
『 』
俺は迷わず
『17』
と書く。
途端に又ゲームオーバー。
そして静かに、アンビエンス エフェクトが始まる。
(どうしてなんだ? 何故十七歳の俺が何故十八禁ゲームに参加出来るのだ!?)
頭の中では違法だと解っていた。
それでも欲望に勝てない。
(眞樹ごめん。俺今宇都宮まことに萌えまくっている!)
だから、ゲームの相手は迷わず宇都宮まこと選んだ。
(ねぇ眞樹このまま続けていいか? ねぇ眞樹)
俺は携帯の裏側にそっと又指を伸ばす。
俺は眞樹のチワワのシールに答えを求めていた。
でも、俺は此処で負けは認めたくなかった。
宇都宮まことにメロメロにされた事実を、必死に覆い隠そうとしていた。そのためにチワワのシールに頼ったのだった。
だから俺は、そんな気持ちを見破れないようにと必死だったんだ。
早速攻撃体制を取る。
そうせざるを、得なかった。
『喬、君って懲りないね』
『謝る』
『楯突く』
『逃げる』
俺は
『謝る』
を選んだ。
『ごめ~ん、余りにもまことちゃんが可愛いので調子に乗っちゃいましたw』
『………………』
宇都宮まことは無言だった。
そりゃそうだろう。
こんなふざけた謝り方じゃ許す気にもならないな。
分かっていた。
分かっていながらやっていた。
俺はいつの間にか本気で、リアルバーチャルラブに溺れていた。
ニューハーフでもいい! 俺のことだけ見てくれればそれだけでいい!
俺は本当に、今まで一度も恋をしたことがない。
だから当然童貞なのだ。
宇都宮まこと以外、興味を持った女性はいなかった。
正に一目惚れだった。
(童貞か? でも普通、高三だったらそうなんじやないのかな?)
俺は又、同じ言葉を思い付く。
思考はそれほどに狂っていた。
(俺はまだ童貞だ。ねえー、もしかしたら眞樹はもう? 眞樹は何時チェリーを捨てたんだろ?)
俺は又チワワのシールを触りながら考えていた。
その時、そう言えば眞樹と携帯を選んだ時、そんなことを言った覚えがあったと思い出した。
俺はあの日まだ未経験だと告白した。
俺達はあの時から本当の親友になれたのだった。
俺は良く、空を飛ぶ夢を見ては泣いていた。
翼も無いのに両手を伸ばして飛ぶんだ。
夢を見た後怖くて、あのベッドてうずくまった。
それが高所恐怖症の元凶だった。
地面に叩きつけられる。
そう思い。
そう悟った。
だから眞樹にも話したんだ。
助けて欲しくて。母が行ってはいけないと言う、鬱蒼とした囲いの向こうが呼んでいる。
本当はずっとそう思って生きてきたのだった。
眞樹の家の傍に一度だけ行ったことがある。
眞樹の家は、俺の買った携帯ショップの上で三階建てだった。
父親が其処のオーナーだと言う。だから安かったのだ。
眞樹のために塾も経営していると聞いた時は本当に驚いた。
不登校児のためのフリースクールって場所も作ったと言っていた。
(流石に眞樹の父親は違う!)
と 思った。
そうなんだ。
だから眞樹は一番になれたらしいのだ。
(息子や地域学習のために頑張っている人だ)
とその時思ったんだ。
『ねえ』
(――キター!! キター!! キター!!!!)
俺の心臓は爆発しそうだ!!
『何処かに行かない?』
『同行する』
『拒否する』
『逃げる』
勿論
『同行する』!!!!
画面が美術室に変わる。
『ねえ、私を描いてくれない?』
『同意する』
『逃げる』
勿論
『同意する』!!!!!!
子供の頃から絵だけは得意だったんだ!!
最高の絵をプレゼントするよ!!
俺は真っ白いカンバスに宇都宮まことの裸体を描く。
見なくても分かっていた。
絵筆を持ったこの手が、宇都宮まことの体の全てを覚えていた。
宇都宮まことの絵は昼頃には完成していた。
初めは馬鹿にしていた宇都宮まことだったが、絵を見て表情を変えた。
『天才?』
『○』
『×』
俺は
『×』
を選ぶ。
『嘘ばっかり』
『ご褒美あげる』
『甘える』
『抱き付く』
『逃げる』
俺は暫く考えた。
『甘えたいし』
『抱き付きたいし』
でも本当は
『逃げたい』
二人で逃げたい!!
バーチャルなラブなんてイヤだ。
俺は生身の宇都宮まことと恋をしたい!!!!
そう、俺はその時完全に宇都宮まことの虜になっていた。
『俺、君をマジで好きになった』
通信欄に書き込む。
だから君と。
『逃げる』
決定ボタンを押す。
俺は宇都宮まことの手を取り走った。
この先に何があるのか解らない。
俺達は、無我夢中で走り続けた。
そして、屋上から身を投げていた。
二人で逃げられる場所は此処しかなかった。
この場所以外に二人で生きる道は無い。
俺の何かがそう判断したからだった。
脳裏にあの白い世界が浮かぶ。
俺はその時確かに飛べるような気になっていた。
判らないんだよ。
何故其処なのか。
でも俺に一つだけ解ること。
その場所が俺を呼んでいるように思った。
宇都宮まことがニューハーフであろうがなかろうが関係なかった。
ただ俺だけを見つめてほしかった!
俺の孤独を埋めてほしかったのだ。
(ん、ニューハーフ!? あの声? 確か何処かで。そうだ。俺が童貞だと知っている人物)
俺は遠のいていく意識の中で何かを感じとっていた。
目が覚めた時俺は、病院の集中治療室のベッドの上にいた。
(此処は何処だ!? 何故此処に居る!?)
頭の中では病院だと判っていた。
でも信じがたい事実だ。
だって俺は今まで、食卓で携帯相手の恋愛シミュレーションゲームに没頭していたのだ。
(恋愛シミュレーション!? そう言えば宇都宮まことは!? まさか一緒だなんてあり得ないよな?)
俺は恐る恐る隣のベッドを見た。
(えっ!? 嘘ー、マジで!! どうして彼女が此処に居るんだ!?)
目の錯覚かも知れないと思った。
彼女の形をした等身大のフィギュアかなとも考えた。
でも俺は確かにその時見た、宇都宮まことが隣に寝かされているのを。
宇都宮まことは存在していた。
今確かに、ベッドの上で微かな寝息を立てている。
何が何だか解らない。
でも嬉しかった。
バーチャルな恋だと、存在すらしてないと、思っていた。
それが何故?
何故だかゾクッとした。
俺は、俺達はただ誰かに操られていただけなのか?
それが誰なのか俺には思い当たった。
宇都宮まこととプレイ中、聴こえてきた男性の声に覚えがあった。
(そうだ。確かにあの声は)
「其処に居るんだろう眞樹?」
俺はそいつの名前を呼んだ。
「その頭で良く分かったな」
ドアの陰から出てきたのは、確かにさっき俺が口走った名前の持ち主、望月眞樹だった。
まさか、まさか本当に、眞樹が此処に居るなんて。
実は、俺は予想だにしていなかったのだ。
出任せだった。
だから言えたのだった。
「何時からだ?」
でも、俺とは対照的に眞樹は冷静だった。
眞樹は宇都宮まことに指の甲で頬摺りをしていた。
「辞めろ!! 汚い手で彼女に触るな」
俺は思わず起き上がった。
(汚い手? 眞樹はさっきまで俺の親友だった。そんな眞樹に俺は何て言うことを)
――ズッキーン!!
立ち上がろうとしたら、痛みがが全身に走る。
我に戻った時、それは苦痛として広かった。
(嘘だ、嘘だ!?)
それでも俺は肯定出来ずにいた。
俺の頭は完全にイカレてしまったのだろうか?
『甘えたいし』
『抱き付きたいし』
でも本当は
『逃げたい』
二人で逃げたい!!
俺はあの時そう思った。
バーチャルなラブなんてイヤだと思い、俺は宇都宮まことの手を取り走ったんだ。
だから、眞樹が此処に居ることが信じられなかったんだ。
でも俺は肝心なことを忘れていた。
バーチャルなラブの相手の手を取って逃げるなんて出来るはずも無いことを。
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それはそれはものすごく‥‥‥
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