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生まれた瞬間に決められた人生

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「おかあさん……」
「海? どうし……あっ……」


 キッチンで皿を洗っていた母の元へと駆け寄り声をかける。母はいつもの優しい声で俺の名前を呼んで、タオルで手を拭きながらその場にしゃがみこんだ。
 どうしたの?と聞こうとしたが、俺の姿を見てすぐに察したのか口を閉ざしてしまった。その顔はとても悲しそうで、哀れみを持った表情だった。


 俺が魔力無しの一般人というハンコを押されてからは、両親には多大なる迷惑をかけてしまっているだろう。
 赤ん坊の時に行われた魔力計測の時に俺は魔力を保持していなかった。全くのゼロ。欠けらも無いと、その時の魔導師は言っていた。


 あれから何度か両親は魔導師の元へと行っては、何度も魔力計測をしてもらった。
 答えは産まれた時から変わらず、今でも俺は魔力無しのまま。
 魔力のない人間はこの世には居ないとされていたのが、俺が生まれたことによって事実が変わった。


 そんなこんなで俺は今年で7歳になる。
 普通ならばこの歳から魔法校と呼ばれる学校へと入学となるはずだった。魔力を持つ子供たちが魔導師や賢者達から魔法の使い方を教えて貰える機関。
 魔力を一切持たない俺にはなんも関係の無い話だが。


「また……いじめられたのね?」
「……魔力を持たないやつなんて生きてる資格ないって、柊夜くんが……」
「そんなこと気にしなくていいのよ。魔力を持っていようが、持っていなかろうが、貴方が生まれてきたことに意味があるの。貴方が生まれてきてくれて、ここまで元気に成長してくれて喜んでいる人だっているんだからね?」


 俺はボロボロになったズボンをギュッと両手で掴んだ。
 生まれてきてくれたことに意味がある。そんなことを言うのは両親と母方の祖父だけだ。父方の方の親戚は俺には目もくれず、早く次の子を産めと急かしている。魔力無しの子供などいらないと言われたのだろう。母はよく父方の親戚と揉めているのをよくこの目で見ていた。
 そのせいなのかは知らないけど、父は母の元へと帰ってこなくなった。


 俺がここまで元気に育ってきたのは母と祖父のおかげである。魔力を持たないものとして周囲の人間には罵声を浴びせられ、ことある事に俺のせいにされた。
 そんな俺の事を二人は疎ましく思うどころか、普通の子供のように愛してくれた。この二人がいるから俺がここまで生きてこれたのかもしれない。


「どこか怪我してるところはある?」
「おひざをすりむいちゃったの」
「そう……痛かったわね。今治してあげるからね」


 半ズボンの裾を持ち上げ膝の怪我の様子を見た母親の顔が一瞬で曇った。きっと、普通の転び方をしたのではないと分かってしまったのだろう。
 何があったの?とまでは母は聞いてこなかったが、表情から読み取れるのは怒りと悲しみだった。
 この怪我の原因はいじめっ子たちの中で水を氷へと変化させることの出来る魔法を持っていたやつが、俺の足元を凍らせて滑らせたせい。なんて言えるわけもない。


 母は俺の膝に手をかざして魔法陣を浮かべた。
 金色に輝く魔法陣は俺の膝を包み込み、じんわりと内側から温かくなっていく。それは数秒で終わり、母はもう治ったわよ。とニッコリと笑いかけてくれた。
 感じていたヒリヒリとした膝の怪我の痛みは無くなり、朝起きた時と同じ状態になっていた。
 母の魔法は偉大なり。


「夕飯の準備しちゃうから海はおじいちゃんと遊んでてね」
「はーい!」


 母にお礼を言ってから俺はいつもの場所にいるであろう祖父の元へと走り出した。
 後ろから母に部屋の中で走らない!と怒られたが。


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